オールマイトがアンジェラに華麗な土下座を決めた昼休みの密談から時間は進んで放課後。
この日はどうしても外せない用事があるためにアンジェラは急いで教室を出たかったのだが、いざ帰ろうとしたとき教室の外の廊下が人で埋め尽くされていた。
「な、何事だぁ〜!?」
「なんだあの人だかり……」
なんとなく理由は分かるが、道は塞がないで頂きたい。いやマジで。
アンジェラが頭の中でそう考えていると、爆豪が「敵情視察だろ」と言いながら廊下に集った人たちにガンを飛ばしていた。
「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな……体育祭前に見ておきてぇんだろ。そんなことしたって意味ねぇから、退けモブ共」
「知らない人のこと取り敢えずモブっていうの止めなよ!」
爆豪の暴言に飯田がツッコミを入れるが、爆豪はどこ吹く風だ。アンジェラは前々から何でこいつヒーロー志望なんだろう、と素で思っていたりする。
「噂のA組。どんなもんかと見に来たが、随分と偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい? こういうの見ちゃうと、幻滅するなぁ」
そう言いながら人混みの中から出てきたのは、紫色の髪をした隈が濃い男子だった。制服から判断するに、普通科の生徒だろう。
アンジェラは流石にヒーロー科全員がこんなんだと思われてはたまらないと、苦笑いで言った。
「あー、悪いな。こいつちょっと言動がヒーロー科らしからぬところがあるんだよ。お前の指摘は間違ってねぇいいぞもっと言ってやれ」
「おいお前! そりゃどういうことだ!」
「どうって、言葉通りの意味だぜ。Kid,do you understand?」
「ああ“!?」
アンジェラさん、それただの煽りや。
A組の殆どがそう思った。
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ結構多いんだ。知ってた? そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれてる。体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。…………その逆もまた然り、らしいよ」
なるほど、つまり他の科は実質的なヒーロー科の敗者復活枠ということだろう。そして、その逆もまた然りということは、体育祭のリザルトが悪ければ、ヒーロー科の生徒も容赦なく……
「敵情視察? 少なくとも俺は、調子乗ってっと足元ごっそり掬っちゃうぞっていう……宣戦布告しに来たつもり」
この男子、結構大胆不敵だった。
そんな宣戦布告に対してクラスメイトの殆どが戸惑いを見せる中、アンジェラはというと、どこか楽しげに笑っていた。
「ヒュ〜、カッコイイねぇ」
「いや、喧嘩売られてるだけだろ!? なんでフーディルハインはちょっと楽しそうなんだよ!?」
「ああいうの居ると楽しくなってこないか?」
「ならねぇよ!?」
上鳴の渾身のツッコミが入るも、アンジェラはどこ吹く風だ。
「おうおうおう! 隣のB組のモンだけどよぅ! 敵と戦ったっていうから話聞こうと思ってたんだがよぅ! えらく調子づいちゃってんなオイ! あんまり吠えすぎてると、本番で恥ずかしいことになんぞ!」
また不敵な人が来た。見た感じ、切島と同じタイプだろうか。
当の爆豪本人は、完全に無視して帰ろうとしていた。
「おい待て爆豪! どうしてくれんだ! オメーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねぇか!」
切島の言う事はもっともだ。爆豪があんなに暴言を吐いたりしなければ、ここまでヘイトが集まることもなかった。切島以外のクラスメイト達の何人かも、爆豪どうしてくれんだという非難の目を向けている。
それに対する爆豪の返答は、これだ。
「関係ねぇよ」
「はぁ?」
「上に上がりゃ関係ねぇ」
なるほど、無茶苦茶だが、確かに一理ある。クラスメイトの中にも爆豪と同じ考えに至った者は多いようで、そんな者たちは闘志を燃やしていた。中には、無駄に敵を増やしただけだという者もいたが。
アンジェラはそんな中で、心底楽しそうに笑っていた。
「ま、そういう世界だってこったな。筋は通ってる」
「フーディルハインが更に楽しげになってるしもぉー!!」
上鳴の言う事はまるっと無視して、アンジェラは扉の前に立つ。
「敵情視察も宣戦布告も、したけりゃ勝手にすりゃいいけどよ……お前ら、
邪魔だ」
アンジェラが黄金の瞳を細め、少し殺気も混ぜたプレッシャーを飛ばして低めに声を落とすと、廊下に居た生徒の殆どは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。残ったのは、宣戦布告をした紫髪の男子とB組の男子の二人だけだ。
「あ、アンジェラちゃん……?」
「これは……“個性”か?」
「マジか……フーディルハインそんなことも出来んのかよ……」
クラスメイトの大半はこれがアンジェラの“個性”によるものだと勘違いしていたが、轟だけは違った。
「いや……あれは“個性”じゃねぇ……」
「え? どういうこと?」
「威圧、みたいなものだろうな……おそらくは」
轟はアンジェラを見据える。
あれは、自分が超えなくてはならない壁だ。
トップに、ナンバーワンになるために。
母から継いだ力のみで……。
当のアンジェラ本人は、あいつら根性足りねぇなぁ〜なんて思いながら、何食わぬ顔で教室を後にした。
「すまないね、一日に何度も呼び出したりして」
「いえ、オレもちょっと話しすぎちゃったというか……」
教室を後にしたアンジェラがやって来たのは、校内にあるトレーニングルームだ。雄英高校には生徒が自主トレをするためのトレーニングルームがいくつかあるが、今回アンジェラがやって来たのは完全個室で許可制のトレーニングルームである。このトレーニングルームには、ボタン一つで呼び出せる動く的があり、遠距離系“個性”の持ち主の特訓も可能だ。
何故こんなところにやってきたのかというと、オールマイトから直々にワン・フォー・オールについて教わるためである。
あのあと、解析を終了させたソルフェジオによると、ワン・フォー・オールはアンジェラに渡ってしまったことによってその性質が若干変化し、ワン・フォー・オールの力を魔力へと自由に変換できるようになっていた。
これによって、元々膨大な魔力の持ち主であったアンジェラはほぼほぼ無尽蔵に魔力を持つことになったのだが、その代償として、アンジェラの魔力の一部がワン・フォー・オールに蓄えられてしまったのだ。
魔力とは、魔法使いが持つ魔法の源である。魔法使いは魔力を魔法式を元に組み替え、加工することによって、超常的な現象……魔法を発動させることができる。
そんな魔力を、耐性を持たない人間が一定量以上体内に直接魔力を注ぎ込まれると、何が起こるか。
答えは簡単。
死に至るのだ。
許容量以上の魔力を体内に注ぎ込まれた人間は、人間性を喪失してしまう。ここで言う人間性の喪失とは、自我を失うという意味だけではない。
文字通り、人間としての形、遺伝子そのものが崩れるのだ。
魔力は魔法使いにとっては魔法を使うための燃料のようなものであるのだが、それ以外の人間にとっては毒のようなものでもある。ガソリンが車を動かす燃料であると同時に、人体に取り込まれれば悪影響を及ぼすように。
現在のワン・フォー・オールには、以前から培われてきた力とアンジェラに渡ってしまったことでストックされ始めた魔力が混ざり合っている状態だ。ストックされ始めとはいえ、アンジェラの魔力量は膨大。今の段階で、既に普通の魔法使い何人分という魔力がワン・フォー・オールに蓄えられている。
ガソリンで例えると、普通のオートマチック車十数台にガソリンを満杯まで注ぎ込める、と言えば、どれくらいの魔力がワン・フォー・オールに蓄えられているかが想像つくだろうか。
こんな量の魔力が直接体内に注ぎ込まれたりしたら、耐性がなければ即お陀仏……
いや、お陀仏の方がまだマシかもしれない。
更に言うと、この世界の人間はその殆どが魔力に耐性を持たない。ソースは世界中を旅して回っていたアンジェラにずっと着いていたソルフェジオが出した統計。魔法に関係があると思しき遺跡はあるものの、基本的には魔法が存在しない世界だからだろうか。理由は不明であるが、この世界の人間の中から魔法に耐性を持つ人間を探し出すことは砂漠に落とした小石を探すことよりもよほど難しい。
蓄えられてしまった魔力をどうにか出来ればいいのだろうが、そんな遺伝子に干渉する魔法など、ソルフェジオのサポートと幻夢の書の存在があるとはいえ基本独学で魔法の使い方を学んでいるアンジェラにとっては、それこそ数百年単位で長い時間を要する課題だ。しかも、ただでさえ超常黎明期から時が流れた現代においても謎の多い“個性”の問題だ。今すぐにどうにかできるような問題ではない。
アンジェラが魔法のことは若干伏せつつ(魔力はアンジェラの“個性”の源であるエネルギーということにして誤魔化した)、苦々しい顔をしながらそのことをオールマイトに話すと、オールマイトはそうか、と眉をひそめた。
「まぁ、どうにかできないかこっちでも探ってみますけど……どうにもできなかったら、すみません。まさかこうなるなんて……」
「ああ、できることならそうしてくれると助かるけど、巻き込んでしまったのはこちらだ。君を責めたりは絶対にしないよ。あ、でも私のトゥルーフォーム含めて誰にも話さないようにだけはお願いね?」
「わかりました」
「さて、暗い話はここまでにしよう。ワン・フォー・オールの使い方の話だったね。変質した性質についてはそっちでやってもらうしかないけど……」
「No problem.なんとなくわかってるんで」
さっきとは打って変わって自信満々なアンジェラの表情を見て、オールマイトは、この子は基本はいい子なんだな、ちょっとおかしいとこはあるけど。と思っていた。
「さて、ワン・フォー・オールを使うコツだが……感覚だ!」
「………………………………アホか」
ただし結構毒舌である。
「いや…………アホすぎる」
「そこまで言う?」
「バイトで家庭教師してた身だからこそ言わせてもらうが、アホ丸出しだわ」
最早敬語が抜けるほどにアンジェラは呆れ返っている。オールマイトはしょぼんと落ち込んでしまった。
「もっと先に言うべきことがあるだろ。四肢がもげて爆散するほどの力なら、一点集中じゃなくて全身で使うとか、一挙手一投足で全力を出したら危ないとか、そもそもオレの身体がどれくらいの出力に耐えられるのか確認するべきとか……色々あるでしょうよ」
「い、いやぁ……私は受け継いでからなんとなくで100%扱えてたからなぁ……」
「……アンタ、根本的に先生に向いてないですよ」
オールマイトは所謂天才型と言われているタイプの人間なのだろう。今までの功績からなんとなく察することができた。
そして、その天才型と言われるタイプの人間の中には、努力の天才も居れば、感覚でなんとなく全部出来てしまうタイプも居る。そして、そういう人間は総じて教えることが苦手なものだ。
「………………はぁ」
アンジェラはため息を一つ零すと、身体の中に意識を向ける。先日から感じていた違和感の正体、ワン・フォー・オール。それを引きずり出して、身体へ巡らせてゆく。イメージは身体強化魔法に似ているかもしれない。
身体にスイッチを入れる感覚。力が滾ってくるのが分かる。この感覚に、アンジェラはなんとなく覚えがあった。
(…………カオスエメラルド?)
カオスエメラルドの力を引き出す感覚に、それは酷似していた。なれば、話は早い。カオスエメラルドの力を引き出すときと同じようにやればいいのだから。
ある程度力を込めたところで、壁に向かって軽く腕を振るってみる。すると、アンジェラの腕から突風が吹き荒れた。
「……これ、どれくらいの出力だい?」
「大体15%くらいですかね。軽くやってみただけだから、多分もうちょっといけると思います」
アンジェラの見立てでは、アンジェラが反動なしにワン・フォー・オールで出せる最大出力はおおよそ35%ほど。怪我しない範囲なら、おおよそ45%は出せるだろう。カオスエメラルドや身体強化魔法を扱う感覚と、ワン・フォー・オールを扱う感覚が似ていたからこそだ。
(……待てよ、カオスエメラルドの感覚に似てるってことは……)
『その可能性はあります。試す価値は十分かと』
アンジェラは壁際にあるスイッチを押す。すると、アンジェラが立っているのとは逆側の壁から的あて用の的が出てきた。アーチェリーとかでもよく見られる、ごく普通の的だ。オールマイトは何をしているのだろうと首を傾げている。
アンジェラは右手に力を集約させる。カオスエメラルドと同じようにワン・フォー・オールの力を引き出せるのであれば、そのための魔法式を組めれば力を外に集約させることも可能なはず。
アンジェラの読み通り、アンジェラの右手に光が集う。野球ボールほどの大きさになったそれを、アンジェラは思いっきり投げつけた。
「カオススピアっ!」
放たれた光は槍となって的の中央に激突し、木っ端微塵に破壊した。オールマイトは目を点にして困惑している。
ワン・フォー・オールは力を蓄えて譲渡することができる特別な“個性”だが、その効果自体は至極単純で、言ってしまえば「超すごい身体能力」である。アンジェラはその超すごい身体能力を発揮するのに使われるエネルギーを、魔法を用いて外に収束させ放ったのだ。
「どうです? 自分の“個性”とワン・フォー・オールを組み合わせてみたんですが」
「…………君って、つくづく規格外だよねぇ」
「どの口が言いますか」
お互い様でしょう。アンジェラはそう言いたげに、ニヤリと笑った。
ちなみに、その翌日。相澤先生に「選手宣誓はお前だ」などと言われてしまい、アンジェラはその日の放課後の半分を選手宣誓について調べる時間に充てたとか。
「Hey、ちょっと頼まれてくれないか?」
「…………何だよ」
「アンジェラから雄英の体育祭があるって定期連絡で来たんだけど、その日丁度オレもシャドウも外せない仕事があってさ、飛行機代その他は出すからお前に代わりに行ってほしくて」
「何で俺が……まあ、いいけどよ。断ったら更に面倒なことになりそうだし」
「Thanks! あ、カメラ渡すから写真OKだったら写真も頼むな。あと、こっちはアンジェラが好きなスナックで、こっちは…………」
「そんなに一気に渡されて持てるかっての!」
魔法に関しては、基本上手く使えば便利だけど、少しでも何かが狂ったら術者本人でさえ危機に晒すものだと思ってもらえれば。それは魔法に関する知識にも言えることで、変なことを知ってしまうと少なくとも発狂します。深淵を知ってしまえば人の心は簡単に壊れてしまう。魔法の勉強は常に危険と隣り合わせなのです。