昼休憩も終わり、午後の部開始直前。生徒たちは再び会場のグラウンドに集まっていた。これから始まるのは束の間、レクリエーションだ。本場アメリカからチアガールチームも呼んで、盛り上がる準備は万端。
……の、筈なのだが、アンジェラは困惑の表情を浮かべていた。主にクラスメイトの女子たちの方に視線を向けながら。
「……お前ら、なにしてんだ?」
クラスメイトの女子たちがその身に纏っていたのは、雄英の体操服ではなくアメリカのチアガールチームのものと同じチアガール服であった。手には黄色のボンボンまで装備している。ただ、その表情は虚無感の漂うものであり、どう見ても不本意だ。プレゼント・マイク先生のツッコミと相澤先生の何やってんだあいつら、というボヤキが放送を通して聞こえてきた。
「峰田さん、上鳴さん、騙しましたわね!?」
ああ、あのチャラ男とセクハラ野郎の仕業か。
アンジェラは後で上鳴と峰田をしばき上げると心に誓いながら、二人にまるで汚物でも見るかのような冷ややかな視線を向けた。
「どうしてこうも峰田さんの策略に嵌ってしまうの……衣装まで創造で作って……」
「というか、フーディルハインはちゃっかり回避してるし!」
「そういえば、アンジェラちゃんさっき更衣室に居なかったね。何かあったの?」
「ああ、ちょっとな。おかげでチア姿は回避できたが、代わりに昼飯食いっぱぐれた」
アンジェラの視界の端では葉隠がいっそのことこの状況を楽しんでしまおうとわいのわいのと動いている。張り詰めていても仕方ないのはごもっともだが、いいのかそれで。
それはともかく。
レクリエーションが終わればトーナメント形式、4チーム16名からなる一対一のガチバトルだ。レクリエーションの前に、第一試合の組み合わせがくじ引きで抽選される。形式は違えど、例年サシで競っているらしい。去年はスポーツチャンバラだったと、誰かが言ったのが聞こえてきた。
壇上のミッドナイト先生がくじ箱を持って言う。
「組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります。レクリエーションに関しては進出者16名は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人も居るしね」
先程アンジェラが相澤先生に聞いたとおりだ。まさかミッドナイト先生も、その中にお昼を食いっぱぐれたから食べる人が居るとは思ってないだろう。
ミッドナイト先生が一位のチームからクジを回そうとした、その時。
「あの……」
進出者の一人である尾白が手を挙げた。その顔は何か張り詰めたような表情を作っている。
「俺……辞退します」
まさかの宣言に、周囲が騒然とした。折角プロヒーローに自分の実力を見てもらえる場なのに、そのチャンスを不意にするなんて、と。
周囲の疑念の眼差しに応えるかのごとく、尾白は続ける。
「騎馬戦の記憶……終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしかないんだ。多分、奴の“個性”で」
確か、尾白が組んでいたのは青山と、B組の男子と、
普通科唯一の進出者であるC組の男子だった。
「チャンスの場だってのは分かってる。それを不意にするなんて、愚かなことだってのも……。
でもさ! 皆が力を出し合って、争ってきた場なんだ。こんな……こんな訳のわからないままそこに並ぶなんて、俺には出来ない……!!」
そんな尾白に、葉隠や芦戸は気にしすぎだ、本選でちゃんと実力を見せればいいと尾白を説得するが、尾白の意思は変わらない。
「違うんだ……俺の、俺のプライドの話さ……俺が、嫌なんだ…………!
あとなんで君らチアの格好してるんだ」
最後の最後に出てきた的確なツッコミに、チアの格好をしていないアンジェラ以外のA組女子達はぎくっと固まった。
直後、騎馬戦で尾白と組んでいたB組の男子も同様の理由で棄権を求めてきた。何もしていない人間が舞台に立つのは、実力以前にこの体育祭の趣旨と相反する行為なのではないかと。
なんだか妙なことになってきた。放送席からも困惑の声が聞こえてくる。こういうのは、主審のミッドナイトの采配次第だが…………
「そういう青臭いのはさぁ………………
好み!!
尾白、庄田の棄権を認めます!!」
好みで決めたぞこの主審。大丈夫かよこの学校。
アンジェラは、5秒くらいそう思った。
なにはともあれ、尾白と庄田の棄権により2名繰り上がり出場者が出ることになった。最初は騎馬戦5位の拳藤チームからという話になっていたが、当の本人たちが騎馬戦で終盤ほぼ動けなかった自分たちよりも、最後まで頑張って上位キープしていた同じB組の鉄哲チームからの方がいいのではないかと提案。結果、鉄哲チームから鉄哲と塩崎が繰り上がり出場することとなった。
「抽選の結果組は、こうなりました!!」
会場に設置された大型液晶ディスプレイにトーナメント表が映し出される。アンジェラの試合は第一試合。相手はC組の出場者のようだ。
ふと、背後に気配を感じる。振り返ってみると、そこに居たのはA組に宣戦布告してきた大胆不敵なC組の男子、件の心操だった。
「アンタだよな、アンジェラ・フーディルハインって」
傍目には普通に話しかけてきてるだけのように見える。
しかし、アンジェラは感じた。あの
アンジェラは警戒して返答を控えた。警戒されたことを感じ取ったのか、心操はそそくさとその場から離れる。それと入れ替わるように、尾白が近付いてきた。
「フーディルハイン! 大丈夫か!?」
「ああ、尾白。大丈夫だ」
「そっか、ならいいんだけど……フーディルハイン、あいつになにか言われても絶対に応えるな」
「ほーん……
尾白は目を丸くした。まだ心操について、何かを話したわけでもないのに。あの一瞬で、アンジェラは心操の“個性”に気付いたというのか。
「……フーディルハインって、やっぱり凄い人なんだな」
「別に凄くはないさ。対策としては、やっぱ話に応じない、だよな」
「ああ。騎馬戦の終盤、他のチームの騎馬とぶつかったみたいで、その後の記憶はハッキリ覚えてるんだけど……」
「トーナメントは一対一。そんな外的要因には頼れない、か」
「うん。どの程度の衝撃なら解けるのかとかも分かんないし、やっぱり問いかけに応じないのが一番だと思う」
「つまり、狙うは短期決戦……任せろ、スピード勝負はオレの十八番だ」
アンジェラはニカリと笑う。見る者を安心させる笑みだ。尾白は一瞬心臓の鼓動を感じながらも、それなら安心だと拳を握って言った。
「勝手だとは分かってるけどさ、俺の分まで頑張ってくれよ」
「Of course!」
レクリエーションの時間、アンジェラとケテルはスタジアム2階にあるA組のクラス観覧席で弁当を食べていた。右横からコンビニおにぎりを食べ終えたナックルズのうわー……みたいな視線が飛んできているが無視を決め込んで弁当を口の中にかき込む。
「[…………アンジェラって、見た目ちっこい割にかなり食う方だよな]」
ナックルズの視線は、正確に言えばアンジェラではなくその手元にある3段重ねの弁当箱に向いていた。一つ一つはおよそ普通の弁当箱2倍ほどの大きさ。つまり、アンジェラの弁当は普通の弁当のおよそ6倍の量だ。
一つ目には弁当箱いっぱいのハムサンドやレタスサンド、クロワッサンなどのパン類がギュウギュウ詰めにされており、2つ目にはハムサラダや卵焼きなどのあっさり目のものがこれまたギッチリと詰まっている。これだけでも相当な量であり、かなり目を引くのは明らかだ。
しかし、一番目を引くのは3つ目の弁当箱だろう。
3つ目の弁当箱は他の弁当箱よりも少し大きめであり、中には唐揚げベーコン餃子ハンバーグといった、所謂肉類がギッチギチに詰め込まれている。
年頃の男子にとっては夢のような弁当箱に見えるかもしれないし、この弁当箱を見た相手はおそらく、この弁当箱の持ち主が大食いの男子であると推測するだろう。
しかし、実際にそれを食べているのは、140cmほどの小柄すぎる美少女である。ここまでくるとギャップどころの騒ぎではない。
ちなみにケテルは専用の弁当箱に入ったものを、そのフヨフヨした両手で器用にカラトリーを使いながら、うまうまと美味しそうに食べている。全体的にアンジェラの弁当箱を一つに纏めて小さくしたようなラインナップだ。ウィスプサイズなので結構小さいが、ケテルにとっては適量である。弁当箱は特注。閑話休題。
「[なんかお腹空くんだよなぁ。あとちっこい言うな]」
「[お腹空くで誤魔化せる量じゃねえぞそれは……。ちっこいのは事実なんだからしゃあねぇだろ]」
その大量の弁当はスルスルとアンジェラの口の中に収まっていく。一体その小さな身体のどこにそんなに入るのか、ナックルズは気になって仕方がなかった。
アンジェラはその体躯に見合わず昔からかなりの大食いで、ソニックやシャドウよりもよく食べる。というか、恐らくは仲間内で一番大食いだろう。あの大柄なベクターですら、アンジェラの大食いっぷりには敵わないのだから。
そして食べまくっているくせにそれ以上に動きまくるから太ったりした試しもない。寧ろ超絶ナイスバディだ。何故だか身長は一切伸びないが。
「[ところで、本当に俺A組の観覧席に居ていいのか? ]」
「[先生が許可出したんだからいいだろ。……あれ? ナックルズって日本語話せたっけ? ]」
「……どこぞの誰かがエンジェルアイランドで大学の課題やるせいで日常会話できる程度には覚えた」
「へへっ、あそこが一番よく集中できるもんで。でも今こうして活きてるからいいだろ?」
「ったく……」
ニヤニヤしながら弁当をがっつくアンジェラ。ナックルズは相変わらず自由だな、と呆れ顔だ。
レクリエーションがある程度進んだ頃、アンジェラの弁当は最後の一つになっていた。例の肉類詰め合わせ弁当だ。ちなみにケテルはもうとっくの昔に食べきっており、アンジェラの肩の上で昼寝をしている。
流石に肉類の一部は市販のお惣菜や冷凍食品を用いているが、それ以外はアンジェラが全部作っている。ラフリオンにいた頃は家事を兄妹で当番制にしていたので、アンジェラも家事は一通りこなせるが、中でも料理はかなり上手い。現に、アンジェラの食べる量に呆れを見せていたナックルズが、アンジェラの弁当箱の中身を目に入れるてうっかり、美味そうだな……と呟いてしまっている。
「[食うか? ほれ]」
そしてそんなナックルズに、アンジェラは唐揚げを一個あげようとした。
フォークに突き刺して直接。
「[……いやいやいやいや! おま、それ自分が何してるか分かってるのか!? ]」
それが所謂間接キスというものになってしまうことは、ナックルズでも分かる。しかし、アンジェラはきょとんと首を傾げていた。まるで、何も分かっていないように。
「[ん? オレ何かおかしなことしてるか? ]」
「[………………はぁ〜…………]」
アンジェラは自分のしようとしていることの重大さに全く気付いていない。鈍感にも程があるだろ……と、ナックルズは思わず頭を抱えた。
「[……帰ったらまずソニックをぶん殴ってやる…………]」
「[? 食うの? 食わねぇの? ]」
「[…………食う]」
ナックルズは今ここに居ないアンジェラの長兄へ心の中で愚痴りながら、アンジェラが突き出してきている唐揚げに齧り付いた。
「[……美味い]」
「[だろ? 揚げる前にダシに漬けてみたんだ]」
「あれ? アンジェラちゃんこんなとこに居たんだ」
と、チア服から体操服に着替えてクラス観覧席にやって来た麗日の声が響いた。麗日はナックルズを視界に入れると、ん? と首を傾げながらアンジェラの左隣の席に座る。
「アンジェラちゃん、その人誰なん?」
「ああ、紹介するよ。こいつナックルズ。仕事で来れなかったオレの兄さんたちの代わりに体育祭見に来たはいいものの、なんかよくわかんないとこで迷子になってたから先生に許可取ってこっちに連れてきた」
案内したのは先生だがな、と言いながらアンジェラは餃子をパクりと口に含む。この餃子は冷凍食品だが、中々に美味しい。
「へ、へぇ〜……あ、私麗日お茶子です。アンジェラちゃんのクラスメイトで友達です」
「ああ、アンジェラに電話で話は聞いてる。アンジェラに振り回されてないか?」
「い、いえ! むしろすっごく仲良くさせてもらってます!」
「おいナックルズ、振り回すってどういうことだ」
「どういうこともなにも、そのまんまの意味だろ」
「………………」
麗日は意外そうな顔をしながら、アンジェラとナックルズの会話を聞いていた。アンジェラの纏う空気のようなものが、普段教室で感じるものとは違うような感じがした。普段は飄々としたクールな感じだが、今はまるで妹のような。
「……なんや、普段のアンジェラちゃんと違う感じがするなぁ」
「そうか? 俺は普段通りだと思うけどな」
自分の知らないアンジェラの側面を垣間見た気がした麗日は、少しだけ締め付けられるような思いを感じていた。
時計をちらりと確認すると、そろそろレクリエーションも終了の時間だった。アンジェラは弁当箱を片付けると立ち上がり、ケテルをナックルズに預けた。
「じゃあ、ケテルのこと頼むな」
「ああ」
《お姉ちゃん、頑張ってね!》
「アンジェラちゃん、ファイト!」
「Hehe,thanks!」
アンジェラはそう言って笑うと、駆け足でその場を立ち去った。
その後、A組のメンバーが観覧席にしれっと混ざっているナックルズを視界に入れたとき、麗日と同じような反応を見せ、麗日は苦笑しながら、ナックルズはぎこちない様子で事の次第を説明したとか。
Q.ナッコってエンジェルアイランド離れてていいの?
A.ライダーズとかじゃ普通に離れてたしちょっとくらいはいいんでね?
〜追記〜
うちのソニックは不定期にですが語学の塾講師のバイトをしている設定です。外せない仕事っていうのもソレですうっかり描写するの忘れてましたすまそ。