向き合う必要もない。
そうしなければならないと、一体誰が決めた?
辛いだけで、無意味なことなのに。
「家族」だから向き合わなくちゃ?
そんなもの、健常者の理屈でしかない。
そんなものに、従わなければならない道理なんかない。
もしも、その罪を贖うつもりなら、
私達の前から消えて、もう二度と親として姿を現さないでくれ。
そしてどうか、願わくば。
あの子が親の呪縛から解き放たれて、
憧れを手にできますように。
『お待たせしたなEverybody! 二回戦第一試合は、ビッグマッチだ!
一回戦の圧勝で観客を文字通り凍りつかせた男! ヒーロー科、轟焦凍!
VS、
一回戦から魅せてくれたぜワンダフル・レディ! ヒーロー科、アンジェラ・フーディルハイン!』
プレゼント・マイク先生のコールに合わせて、アンジェラと轟はステージに上がる。アンジェラは左手を前に出し、轟も右半身を前に構えている。
アンジェラは昼休みの時間、轟に言いそびれたことがあった。勝つこと以上に、それを伝えるべく今ここに立っている。
(轟はおそらく、特大の氷結を繰り出してくる。とするなら…………)
(フーディルハインのスピードは厄介だ。手数も多い。自由に動かしちゃいけねぇ……)
アンジェラは、一つ深呼吸をした。
『さあ! フーディルハインVS轟、スタ────ートっ!』
プレゼント・マイク先生のコールと同時に、轟は大規模な氷結を放った。瀬呂戦ほどの規模ではないが、それでもステージを埋め尽くすほどの氷結。アンジェラは突き出した右手に魔法陣を現出させ、放った。
「
魔法陣から放たれたのは、蒼い炎を纏った竜巻。竜巻は轟が放った氷結を全て溶かす。その衝撃は凄まじく、上の階の観客席にも風が吹き荒れた。
「……!! 炎、だと……!?」
轟は驚愕した。アンジェラが、今まで使ってこなかった炎を使ったのだから。自分にとって忌まわしい記憶の象徴である赤い炎ではない、アンジェラの髪の色にそっくりな蒼い炎を。
「轟、炎が使えるのはお前らだけじゃねえぞ」
「……!」
轟は背面に氷を貼っている。おそらく、場外防止用のものだろう。大規模な範囲攻撃はこちらの隙を生むだけ。ならば。
轟は再び氷結を繰り出す。アンジェラを自由に動かしたくはないらしい。アンジェラは両腕を前に突き出して魔力を集中させた。
「
魔法陣から無数の魔力弾が放たれ、轟の放った氷結を粉々に砕いてゆく。何発かは轟に直に当たり、その衝撃に轟はふっ飛ばされる。
遠距離戦は不利だと悟った轟は、氷結を用いて足場を作り、接近戦に切り替える。氷結を纏った右手でアンジェラに殴りかかるも、アンジェラはその音速のスピードで難なくそれを躱し、逆に轟の背後を取った。
「オラァッ!」
「ッッッ!!」
アンジェラに背中を蹴り飛ばされた轟は、氷結で場外こそ免れたが、相当な距離をふっ飛ばされた。
轟は再び氷結を繰り出してくる。しかしその氷結は、先程までのものと比較にならないほどに規模が小さかった。よく見ると、轟の右半身には霜が降り、震えている。
「……“個性”だって身体機能。轟、お前だって冷気に耐えられる限度ってもんがあるんだろ、
氷結を
「でもそれって、熱を使えば解決できるんじゃないか!?」
「フーディルハイン……お前、クソ親父に金でも握らされたのかっ……!?」
轟は再び近接戦闘に持ち込む。しかし、先程までよりも動きは鈍く、近接格闘戦を得意とするアンジェラにはすぐに見切られ、攻撃はことごとく回避されている。
「んなわけねぇだろっ!」
アンジェラは叫びながら、轟の腹に思いっきり蹴りかかる。氷結で場外直前で留まった轟だが、あまりの衝撃に何回か咳き込んだ。
「なら、どうして……!」
轟の頭の中は今、ごちゃごちゃだった。
幼い頃から訓練を強要し、母親を苦しめた父親の声が、
そんな父親を真っ向から否定した、目の前の少女の声が、
父親に追い詰められ、自分の右が醜いと言って煮え湯を浴びせた母の苦しそうな声が、
そして、今轟と対峙する少女の怒りに満ちた声が、
全てがごちゃごちゃになって、纏まらない。
そんな轟の内心を知ってか知らずか、アンジェラは語る。
「……似てるんだ、お前は。
見た目も、性格も、境遇も、強さも、その胸に秘めていた思いだって、何もかもが違う。
でも、何かに囚われて、なんとかしようともがき足掻くその姿が、誰かのために怒りに身を焦がすその姿が! 驚くほどに、オレの兄さんの昔の姿に、似てるんだ!」
アンジェラの脳裏にチラつくのは、出会った当初のシャドウの姿。記憶操作が原因とはいえ、姉のような存在であるマリアのためにその感情を怒りと憎悪で染め上げ、世界を手に掛けようとした。
轟は、自身に宿った力が遠因となって母親を傷付けられ、父親に憎悪を抱き、その全てを否定しようとした。
アンジェラには、そんな二人の姿がダブって見えた。
「さっき、エンデヴァーと話をした……お前に聞いてた通りのクソ野郎だったよ。あんなのがナンバーツーヒーローだなんて、日本も堕ちるとこまで堕ちたなって思った……だけどっ!!」
アンジェラは握り拳を作って、力の限り叫んだ。
「そんなやつのせいで本気が出せないなんて……巫山戯んな……本ッ当に!!!」
「っ、何が、言いたい!!」
轟の放った冷気を纏った右ストレートを、アンジェラは掴む。そのまま凍らされる前に、轟を投げ飛ばした。轟はまたしても氷結で場外を防いだが、その息は上がり切っている。
「……全力じゃなきゃ、オレにかすり傷一つ浴びせられねえぞ!
血の繋がりがなんだ、親と同じ力がなんだ! オレだって
でも! お前の炎は違うだろ、お前の大切な人を傷付けた炎とも、オレの大切な人を傷付けた炎とも違うだろっ!!!」
アンジェラは激情のままに叫ぶ。アンジェラの心もまた、ぐしゃぐしゃだった。
アンジェラの脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。
どこまでも悲しく、引き裂かれるような記憶。今となっては自分以外の誰も覚えていない、いや、
その悲しみを巻き起こしたのが、炎だった。
エンデヴァーと対峙した時、不覚にもその記憶がフラッシュバックした。今ならば分かる、あの時エンデヴァーに浴びせかけた怒りには、私情も多分に含まれていたと。
「オレは炎が嫌いだけど、自分で炎を使う。それが自分の力だから、傷付けた炎とは違うから!!」
アンジェラは身体強化魔法とワン・フォー・オールを発動させた右腕で再び接近戦に持ち込んできた轟を殴り飛ばす。
轟の頭の中に、走馬灯のように駆け巡る記憶があった。
吐くほど苦しい訓練を幼い頃より強制され、庇ってくれた母は父親に殴られた。
自分の左側に煮え湯を浴びせられたとき、母の心は既に壊れてしまっていた。
そんな母を悪びれる様子もなく病院に入れた父親に、自分は激しい憎悪を抱いた。
もう心がグチャグチャで、何を思っていたのかすらわからない。でも、許せないものだけは分かっている。
「俺は……親父の力を…………」
「お前の! 力じゃないかッ!!!!」
「…………!!!」
轟には、いつしか忘れていた記憶があった。
幼い頃、訓練が辛くて母に泣きついていた時の記憶。
『嫌だ……僕、お父さんみたいになりたくない! お母さんを苛める人になんてなりたくないよ!!』
その時、母と一緒に見ていたテレビに映っていたオールマイトが言った。
『“個性”とは、親から子へ、子から孫へと受け継がれるもの。しかし、本当に大事なのはその繋がりではなく、自分の血肉。自分であると認識すること。
そういう意味もあって、私はこう言うのさ。
私が来た! ってね』
オールマイトに憧れを向ける轟に、母が優しく撫でて言ってくれた言葉があった。
『でも……ヒーローにはなりたいんでしょう? いいのよ、お前は。
血に囚われることなんてない。なりたい自分に、なっていいんだよ』
今まで忘れてしまっていた、大切な記憶。そのときの母は、
確かに、柔らかな微笑みを、浮かべていた。
「…………俺だって……ヒーローに……!!」
言葉が、感情が、全てが一つになって、巨大な紅蓮の炎となって立ち昇る。轟の左半身から吹き出した炎は、エンデヴァーの爆炎とは
アンジェラは思わず笑みを浮かべる。
なんて、なんて美しい炎なのだろう。
自分の忌まわしい記憶の炎とはまるで違う、ブレイズの繰る炎と同じくらいに美しい!
「焦凍オォォォォ!!
やっと己を受け入れたか! そうだ、いいぞ!
ここからがお前の始まり、俺の血を以て俺を超えてゆき、俺の野望をお前が果たせ!!」
エンデヴァーの叫びが聞こえる。アンジェラが話をしたにも関わらず、全く分かっていないエンデヴァーの言葉に、アンジェラは顔を歪ませ、拡声魔法を使って大声で叫んだ。
「うるせぇ!!!! 部外者は黙ってろっ!!!!」
その怒りを滲ませた声が、会場全体に響く。エンデヴァーが黙ったことを確認すると、アンジェラは挑発的な笑みを浮かべた。
「オレには分かるぜ轟……お前は受け入れたんじゃない、
その上で、忌まわしい記憶の象徴である炎を受け入れた。ただただ、自分の力として……
Hehe……お前、最っ高だなっ!!」
「フーディルハインのおかげだ……おかげで、ようやく踏ん切りがついた。
俺はあいつを……お母さんを傷付けたあいつを、家族をぶっ壊したあいつを、一生許さねえ……
でも、それをあいつにぶつけるようなことはしない。俺は、俺がなりたいのは、俺が憧れたのは、お母さんと一緒に見た、テレビの中のあの人だ!!
そのために……全力で、お前を倒す!!」
アンジェラはもう笑いが止まらなかった。ここまで胸が踊る戦いは何時ぶりだろう。ここまで強い意志と意志のぶつかり合いは、何年ぶりだろうか。
「OKOK……その覚悟、受け取った!
なら、それ相応の全力でもって相手するしかねえよなぁ!!」
アンジェラはそう言いながら、両手のリミッターにす~っ……と指をなぞらせた。
瞬間、空色の魔力光が空に向かって立ち昇る。リミッターに内蔵された安全装置を、一時的に一段階解除させたのだ。
アンジェラはソルフェジオを杖形態に変形させて構える。その顔は、心底楽しそうだった。
「……! それは……!」
「あんまり長時間リミッターを解除してはいられないんだ。これで決めるぞ!」
轟は超巨大な氷結を放つ。アンジェラは身体強化魔法とワン・フォー・オールの合せ技でそれを回避し、目の前に一つ大きな魔法陣と、それを取り囲む4つの魔法陣を現出させ、魔力を込め、放った。
「
それは、一つの巨大な砲撃と、4つの砲撃が重なった一撃。轟は迎撃しようと、左手を振りかぶって最大火力の炎を、放った。
「……フーディルハイン……ありがとな」
砲撃と熱がぶつかりあい、特大の爆風と煙が巻き起こって会場中に広がってゆく。その衝撃は凄まじく、観客席の誰もが顔を伏せていた。
『……何今の……』
『散々冷やされた空気が温められて膨張し、それがフーディルハインの砲撃と合わさって特大の爆風になったんだ』
『……ったく、何も見えねえぞ! おい、これ勝負はどうなった!?』
衝撃で吹き飛ばされたミッドナイト先生が立ち上がったと同時に、ステージ上の煙が晴れる。
そこには、ソルフェジオを突き刺してステージ上に留まっている、
ミッドナイト先生はこの状況に軽く絶句しながらも、辛うじて残っていたステージのラインを見て勝者を告げる。
「……轟君、場外。フーディルハインさん、3回戦進出!!」
会場に、拍手喝采が巻き起こった。
ハンソーロボに出張保健室へ搬送される轟を見送りながら、アンジェラは解除したリミッターの安全装置を付け直した。
「……ははっ」
アンジェラはあまりの愉快さに思わずニヤける。轟は幼い頃より自身にかけられた父親という名の呪縛を自分の意志でもって断ち切った。アンジェラの言葉はきっかけにはなっているが、決めたのは轟自身だ。
あの炎は本当に美しかった。ブレイズに稽古でもつけてもらえば、さらにそれに磨きがかかるだろう。ブレイズも最近よくこちらの世界に来るし、自身の炎魔法の鍛錬と合わせて頼んでみてもいいかもしれない。
アンジェラは、そんなことを考えていた。
轟君の心境の変化については、原作でもあの場でかけられた言葉が違えばこうなるんかなぁ、と思いながら書いてました。原作緑谷君は「轟君は優しいからエンデヴァーを許せるようになるまで待っている」的なこと言ってましたが、多分轟君は「拒絶する」という選択肢を知らなかったのではないでしょうか。あんなんでも産みの親ではありますし、怒りと憎しみで轟君の視野が狭くなってたのもあるでしょうし。
アンジェラさんには轟君の視野を広げてもらいました。少なくとも、「拒絶」という選択肢を知った轟君ならこの選択を選ぶ可能性があると思っています。