「ったく、朝飯タイヤキってなに考えてんですか」
「……いいだろ、俺は甘いのが好きなんだ」
「No way! ちゃんと食べないと身体に悪いですよ御老体」
職場体験二日目の朝。アンジェラはグラントリノ宅のキッチンで朝ご飯を作っていた。最初、グラントリノは冷凍タイヤキを温めてそれを朝ご飯にしようとしていたが、それにアンジェラが待ったをかけたのだ。
冷蔵庫の中を確認してみると、ほとんど冷凍食品、しかも甘いものしか入っていなかった。それに絶句したアンジェラはグラントリノを脅……いや、グラントリノにお願いをして、お駄賃を貰って早朝からやっているスーパーで材料を買ってきてこうして料理している次第だ。ちなみに今作っているのはメインディッシュのオムレツだ。
「冷蔵庫の中身全部甘味ってなに考えてんだこの爺さん」
「……それを言うなら、さっきのお前さんの気迫、やばかったぞ……一体どういう経験をしたらそうなるんだ」
「いや、あんた知ってるでしょう」
「まあ、大体はそうだがな……お前さん、どことなくあいつに似てるよ」
「あいつ? 誰のことです?」
「今は亡き俺の盟友、オールマイトの先代だ」
「あ、オールマイトの先代、お亡くなりになってたんですね」
アンジェラはオムレツをひっくり返しながら言う。オールマイトから先代の話とかは何も聞いていない。そういう存在が居た、とはワン・フォー・オールの説明のときに聞いているが、先代ですら亡くなっていたとは。
ふわふわのオムレツを皿に盛り付けながら、アンジェラはどういう人だったのだろうと漠然と考えた。
グラントリノは思案に暮れた。いくら事故で本人の意志が伴わずに継承してしまった少女だからって、7代目のことを話していないのか、と。
今度、叱っておいてやるか、とグラントリノは決めた。
《お姉ちゃーん、まだー?》
「もうすぐできるからな」
机の上に乗っ朝ご飯ができるのを無邪気に待っているケテルの姿が、グラントリノには妙に眩しく見えた。
さて、ここで、他のクラスメイト達の職場体験の様子を覗いてみよう。
・CASE1 爆豪勝己
アンジェラがグラントリノと仕事の話をしていたその時、爆豪はナンバーフォーヒーロー、ベストジーニストの事務所を訪れていた。理由は至極単純で、指名してきたヒーローの中で一番ランクが高かったから。ここでなら、更に強くなれる何かが手に入るはず。
そう思っていた爆豪だったが、ベストジーニストは爆豪の戦闘力を見て指名を入れたわけではなかった。
ベストジーニストは、爆豪の体育祭での活躍を見て、戦闘力や“個性”の応用力については、今すぐ事務所のサイドキックに選ばれてもおかしくないレベルの逸材であると認めていた。
しかし、爆豪には致命的な欠陥がある。主に麗日戦で見せた、その凶暴な人間性だ。ベストジーニストは、爆豪をヒーローたる人格に矯正すべく指名を入れたのだ。
「しかし……彼女は来てくれなかったのか」
「彼女? 誰のことだ?」
「君の決勝の相手さ。アンジェラ・フーディルハインといったかな。彼女も君ほど酷くはないとはいえ、若干人間性に欠陥が見られたからね。特に、二回戦の言動とか。そこを矯正出来ればと、指名を入れておいたんだが……」
ベストジーニストが言っているのは、轟に激励(当人たちから見れば余計な一言)をしたエンデヴァーに対してアンジェラが叫んだ拒絶の言葉のことだろう。他の会話はマイクの関係上聞こえなかったようだが、拡声魔法で放たれたその叫びは会場全体に響いていた。
確かに、その言葉が捻り出された真相を、そこにある真の意味を知っていなければ、そこに行き着くまでの過程が示されず結果だけが示されてしまえば、アンジェラがそういう粗野な人物であるという認識を抱くのも納得がいく。もしアンジェラがこの場に居れば、それに関してはベストジーニストを責めたりはしないだろう。むしろ、勘違いされる言動をしたのはこっちだと言いそうだ。同時に、反省も後悔もしていない、むしろ清々しい気分だったとも爽やかな笑顔で言いそうだが。
だが、偶然アンジェラと轟の会話を聞いてしまっていた爆豪は苦々しい顔で言い放った。
「あいつはそんなんじゃねえよ……」
ベストジーニストは意外に思った。ベストジーニストが爆豪に抱いていた印象は、自分が強いと思い込み、なりふり構わずそれを実践しようとするような危険な思考を持つ人物。
しかし、今爆豪はアンジェラを庇うような言動をした。爆豪のような思考の人物は、誰かを庇ったりするようなことはしないと思っていたのだが……。
「ほう……正直見直したよ。君のような人間でも、誰かを庇ったりするのかと」
「おま、馬鹿にしてんのか!?」
「いや、失礼。どうやら君のことを、そして彼女のことも少し誤解していたようだ」
ベストジーニストはふむ、と少し考え込む。爆豪の言動や身だしなみは矯正する必要があるだろうが、彼の考え方自体はもう少し聞いてみないと分からない。やはり、人間の考え方は一枚岩ではないと、ベストジーニストはひとりごちた。
「ふむ……少し予定を変えよう。君のことを、もう少し知りたくなった」
「はぁ?」
「ヒーローたるもの、人々に安心を与えなくてはならない。今の君が人々に安心を与えられるかと言ったら、かなり怪しいが……それを教えるためにも、君のことをもっと知らなくてはね」
爆豪は面倒なことになったなとため息をつく。幼馴染の分も夢を叶えるため、もっと強くなりたくてここに来たのに、どうやら来る場所を盛大に間違えてしまったらしい。
こうなるのなら、フーディルハインも巻き込んでおけばよかった。
爆豪はそう考えて、もう一度ため息をついた。
・CASE2 轟焦凍
轟が職場体験先として選んだのは、轟が心の底から憎んでいるエンデヴァーの事務所であった。
何故わざわざエンデヴァー事務所を選んだのかというと、見限った父親轟炎司とヒーローエンデヴァーを、轟は完全に別物として見ているからである。
父親としてのエンデヴァーはただのクズだが、ヒーローとしてのエンデヴァーは確かにとても優秀だし、自身と“個性”の系統が同じだ。妙なプライドに引っ張られて別の事務所に行くよりも、得られるものは大きい。
ならば、もういっそのこと轟炎司とエンデヴァーは別物としてしまおうというのが、轟が出した結論である。
「待っていたぞ、焦凍。ようやく覇道を進む気になったか」
だから、こんなことを言われても、轟は何も感じなかった。
「あんたの決めた道を行く気はない。自分の道は自分で決める」
エンデヴァーは面白くなさそうな表情をする。まだエンデヴァーは、轟のこの反応がただの反抗期だと思っているようだ。
本当は、親としては家族全員に既に見限られているとは知らぬまま。
轟はそれが可笑しくて、心の中で嘲笑う。エンデヴァーから盗める技術を全て盗んだら、姉兄と母親と一緒に絶縁状を叩きつけるつもりだ。その時のエンデヴァーの顔が、楽しみで仕方がない。
こんな思考は敵のようだと思われてしまうだろう。轟も勿論それは承知の上だ。
だが、血の繋がりがあるから必ず和解しなくてはならないという決まりがあるわけでもない。血の繋がりがあるからといって、必ず赦さなくてはならないという決まりなど、あるはずがない。
轟はもう決して赦さないと決めた。姉兄を無視し続けたことを、母を傷付けたことを、一番上の兄を殺したことを。今後何をされようと、轟炎司を決して赦さないと、赦す価値もないと見限った。
そんなことを露ほども知らぬエンデヴァーは、ヒーロー殺しステインを捕まえるために保須へ行くから準備しろと轟に命じた。
・CASE3 麗日お茶子
麗日が訪れていたのは、バトルヒーローガンヘッドの事務所。数日前に教室でアンジェラに話していた通り、今の麗日に足りないものを見つけるためだ。
初日はガンヘッドと市街パトロールをしながら、ヒーロー活動の詳しい内容について教わったり、事務所で基礎トレーニングをしてもらったりした。これだけでも、麗日にとっては大収穫と言えよう。
そして今日は、基礎トレが終わったあとからガンヘッド考案の近接格闘術、ガンヘッド・マーシャル・アーツ、略してGMAを教わっていた。
「漫然とやるのではなく、一つ一つの動作に集中するんだよ。現場で最後に物を言うのは、基礎体力だからね」
ガンヘッドのアドバイスに、サイドキック達は大きく返事をしていたが、麗日は喋り方かわいい……とついぷるぷる震えていた。
・CASE4 飯田天哉
飯田が訪れていたのは、保須市を拠点とするノーマルヒーロー、マニュアルの事務所。マニュアルと共に市街パトロールをしたり、その道中でヒーロー業界について色々教わり、そのことも頭には入れていた飯田だったが、彼の脳は殆ど別のことを考えていた。
一度休憩として事務所に戻ってきた二人。マニュアルはヘルメットを脱ぎながら飯田に話しかけてくる。
「まあ、こんだけ街中が警戒モードだと、敵も出てこれないよね」
「……そうでしょうか」
実際、今保須市には平時よりもヒーローが多い。市民達もどことなく不安そうにしていた。その原因は言わずもがな、ヒーロー殺しステインである。
ヒーロー殺しステインは、飯田の兄インゲニウムを再起不能にした張本人。飯田にとっては、ヒーローとしての兄を殺した憎き人物である。
ステインは一度出現した街で、必ず四人以上のヒーローに危害を加えている。それがジンクスによるものなのか、何らかの目的のもと行われていることなのかは分からない。ただ一つ言えることは、保須ではまだインゲニウムしか被害にあっていないということ。
つまり、ステインは再び保須に現れる可能性が高い。
無駄なことかもしれない。死ぬかもしれない。それでも今は、追わずにはいられなかった。
体育祭を早退し、駆けつけた病院。その一室にか細く響く、兄の懺悔の声が頭に焼き付いて離れない。あんな兄の姿を、飯田は今まで一度も見たことがなかった。
物心つく前から一緒だった。その背中を見て育ってきた。規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー、インゲニウム。飯田の強い憧れであり、最早二度と戻らない望郷の彼方に追いやられた光。
仇討ちを願わずにはいられないのに、同時に脳裏に浮かぶのは、職場体験の初日、駅で見たアンジェラの姿だった。
『お前の怒りはご尤もだし、その感情を抱くのを止める権利は誰にもない』
『だけどさ、飯田。
その怒りの使い方だけは、間違ったりするなよ』
そう語ったアンジェラの瞳は綺麗なトパーズのようなものだったはずなのに、何故か自分のものと同じ、どうしようもないほどの憎しみが込められた、ドロドロに濁ったもののように見えた。
(怒りの使い方を間違えるな……か)
ならば、この激情はどうすればいい?
飯田の目に映っていたのは、か細い光だった。
・CASE5 ???????、?????
東京国際空港国際線ターミナル。日本一のハブ空港であるこの場所に、また一便、飛行機が降り立った。
ラフリオンのステーションスクエア国際空港発のその飛行機から降りてきたのは、灰色の無愛想な青年と、赤い利口そうなメガネの少年。
「さて、無事日本に到着したわけだが……」
「まず本部への報告が先ですよね! 大丈夫です、既にメールを送信済みですから!」
「相変わらず、そういう仕事は早いな……戦闘時は足手まといだが」
「ちょ、足手まといって流石に酷いですよ! 僕だってちょっとはお役に立ってるじゃないですか!」
「あーはいはい役に立ってる立ってる。騒がしいのでマイナスだがな」
「相変わらず手厳しいです……」
「何をしている、置いていくぞ」
「あ、待ってくださいよー!」
青年にいくら邪険に扱われようが、もうそれなりに長い付き合いになる少年は慣れたものだ。
メガネの少年は、置いていかれまいと急いで無愛想な青年を追いかけた。
さて、最後の二人組は誰でしょうね(すっとぼけ)。