職場体験三日目。
アンジェラが今までやっていたのは、グラントリノとの軽いスパーリングとあとは仕事の話。空き時間は魔法の練習をしたり、レポートの続きをしたりと割と有意義に過ごしていたが、三日目の夕方ごろ、いきなりコスチュームに着替えろと言われて、首を傾げながらコスチュームに着替えて外に出ると、
「っつーわけで、いざ敵退治だ」
「いやいきなりすぎるだろっ!?」
あまりに急すぎる発言に、アンジェラは思わず素でツッコんだ。
「お前さんはヒーローになるつもりはないだろうが、仕事の都合上ヒーローのような振る舞いを必要とされることもあるやもしれん」
「それに慣れるために……敵退治と?」
「そういうこった。そもそも職場体験だ、敵退治をするのは当たり前だろう」
「Ahー……I see……」
確かに、今までは職場体験らしいことは組み手くらいしかしてこなかった。対外的にも、多少は職場体験っぽいことをしなくてはならないのだろう。学校に戻って話に詰まるのはアンジェラも避けたい。アンジェラは面白そうだし、まあいっか、とあまり深くは考えないことにした。
「ここいらは過疎化が進んで犯罪率も低い。都市部にヒーロー事務所が多いのは、犯罪が多いからだ。人口密度が高ければそれだけトラブルも増える。渋谷辺りは小さないざこざは日常茶飯事なわけよ」
「あ、行き先渋谷ですか。一回行ってみたかったんですよね」
ラフリオンで言えばステーションスクエアのような街だと聞いている。渋谷までのルートをスマホで調べると、あることに気が付いた。
「あ、じゃあ甲府から新宿行き新幹線ですか?」
「ああ」
「また新幹線かぁ……まどろっこしいのやだなぁ……」
アンジェラは口ではそんなことを言いつつ、頭の中では別のことを考えていた。
(……保須を横切る。飯田のやつ、大丈夫かな……)
アンジェラはソルフェジオを握りしめて、ふぅ、と息を吐いた。
しばらくして、アンジェラとグラントリノは新宿行き新幹線に乗っていた。渋谷に着くころには夜になるだろうが、その点を指摘するとグラントリノはそっちの方が小競り合いが増えて楽しいという。元来楽しいことが大好きなアンジェラは、それに同感した。
「……渋谷に行く目的はもう一つある」
グラントリノが先程よりも小さな声で語る。仕事の話だろう。アンジェラは聞き逃さないように、耳を傾けた。
「GUNの日本支部が渋谷にあるのは知っているな?」
「はい……事前に説明されています」
「渋谷で敵退治をするついでに、そっちにも寄る。明日の朝だ。頭に入れておけ」
「Yes,sir」
アンジェラは脳内の予定リストの明日の欄に、GUN日本支部に行くことを書き込んだ。
それと同時に、アンジェラは懐からスマホを取り出す。グラントリノは座りスマホかとか言っていたが、じゃあいつスマホ使うんだよとアンジェラは頭の中でツッコんだ。
それはともかく、アンジェラは飯田にもうすぐ保須を横切るという内容の文を送る。しかし、既読は付けど返信が来ない。いつもは既読後3分以内に返信をくれるのに、何かあったのかなと不安に苛まれる。
その時だった。
『お客様、座席にお掴まりください』
そんな無機質なアナウンスと同時に、新幹線が音を立てて急停車し、新幹線の壁が何かによって破壊された。
何が起こったのかと見てみると、そこには傷を負ったヒーローらしき人物と、脳みそ剥き出しの敵、脳無の姿があった。
「小娘、あのヒーローの保護を!」
「はっ、はい!」
グラントリノの指示と同時にアンジェラは素早く傷を負ったヒーローを救助し、グラントリノは脳無に突撃してそのまま保須市へと突っ込んで行った。視界の端に写った保須市からは、大きな煙と炎の光が立ち昇っている。
グラントリノのことは心配だが、今は自分に与えられた仕事をしなくてはならない。そう考えたアンジェラは、簡単な回復魔法を傷を負ったヒーローにかけた。
「Hey gentleman,are you OK?」
「ああ、ありがとう、助かったよ……」
ヒーローの傷はある程度は治したが、急だったこともあり完治までは持っていけていない。アンジェラはヒーローにそう忠告すると、ソルフェジオをガントレットに変形させて装着した。
「なあ、相棒……こりゃ、ちょっとどころじゃなく、スリリングなことになってるな?」
『そうですね。お祭りですね』
「ああ……ある意味お祭りだろうな」
アンジェラは一言そう残すと、保須市へと飛び出していった。
アンジェラが新幹線を飛び出していったのと同時刻、保須市内の路地裏にて。
飯田は、ステインと遭遇してしまっていた。
兄を、自分の憧れのヒーローを再起不能に陥れた相手が目の前に居る。飯田の頭の中は、憎しみでいっぱいになってしまった。兄が使ってくれと託してくれたヒーローネームを、あろうことか復讐のために使ってしまった。
飯田はステインを捕らえようと攻撃をしかけるも、いともたやすく躱されてしまい、逆にステインの棘付きシューズで踏み抜かれてしまう。
「インゲニウムの弟か……奴は伝聞のために生かしたが、お前は……弱いな」
ステインはその言葉と共に、手に持った刀で飯田の左肩を貫かれてしまう。飯田の苦悶の声が響く。
「お前も、お前の兄も弱い。偽物だからだ」
「黙れ悪党……! 脊髄損傷で下半身麻痺だそうだ……もうヒーロー活動は叶わないそうだ!
兄さんは……多くの人を助け、導いてきた、立派なヒーローだったんだ……お前が潰していい理由なんてないんだ!」
飯田の脳裏に浮かぶのは、兄インゲニウムの姿。
ヒーロー活動をしている時の兄はかっこよかった。
家族として接した兄は色んなことを教えてくれた。
そして、病院で寝たきりの兄は、悔しさに涙を零していた。
想いが、感情が、全てが怒りを湧き上がらせる。眼の前に居る男が憎いと。憎くて憎くて、たまらないと。
胸の内からドス黒いなにかが湧き上がる。それは、飯田が今まで持ったことがない、悪感情の極地。ヒーローが最も抱くべきではない感情にして、人間が本能に刷り込まれた絶対的な感情。
「僕のヒーローなんだ……僕に夢を抱かせてくれた、立派なヒーローだったんだ!
許さない……殺してやる!!」
それは、強い憧れに呼応するかのように飯田の胸に沸き上がった、
どこまでも強い、殺意だった。
ステインは呆れたような声を出すと、ある場所を指差す。
「あいつをまず救けろよ」
そこに居たのは、飯田がステインと遭遇する直前にステインに殺されそうになっていたヒーローだった。左脇から出血しており、とても無事とは思えない。
「……自らを顧みず他を救い出せ、己のために力を振るうな。目先の憎しみに囚われて、私欲を満たそうとするなど…………ヒーローから最も外れた行為」
ステインはそう言うと、刀に付いた血を舐めた。すると、まるで重力に掴まれたかのような感覚が飯田の身体を駆け巡る。身体が、動かなくなってしまったのだ。
なんとか動こうともがいてみても、飯田の身体は動かない。ステインは、刀を大きく振り上げた。
「じゃあな……正しき社会への供物」
「黙れ……黙れ! 何を言ったってお前は、兄を傷付けた犯罪者だ!」
飯田の涙ながらの叫びも無視して、ステインが刀を振り下ろそうとした、
その時だった。
「あんた、何しでかしてんですかっ!!」
ステインの懐に、赤いなにかが突っ込んできた。ステインは吹き飛ばされ地面を音を立てて滑る。
「っち、誰だ!」
ステインは立ち上がって刀を構える。ステインの眼の前に立っていたのは、赤い犬の耳と尻尾を持つ、メガネの少年だった。
「あ、あなたは……?」
「もう……日本に来て早々に、まさかこんな事態に遭遇するなんて……」
少年は己の不運さに嘆きつつも、拳を構える。
「しかし……ある意味幸運かもしれませんね。
ヒーロー殺しステイン……このヒトたちを殺させたりはしませんよ!」
「……貴様、何者だ……?」
メガネの少年は飯田を庇うようにステインの前に立つ。
自分はコミックやテレビの中に出てくるヒーローのようなヒトではないし、人のために己が“個性”を使えるような、出来たヒトでもない。憧れに近づきたいとは思っているが、ヒーローになりたいなどとは微塵も思っていない。
だけど、刃物を携えた大人に今まさに襲われている血まみれのヒーローを、傷だらけの子供を見捨てるような、下衆にはなりたくない。かのヒーロー殺し相手に、自分の力がどれだけ通じるかは分からないけれど、やるだけやってみるしかないだろう。
「僕、僕は、ガジェット。ガジェット・ミザリー。
ただの通りすがりの、GUNエージェントです!」
メガネの少年……ガジェットは、その言葉と共に力強く地面を蹴り、ステインが振るってきた刃物を躱してステインの鳩尾に素早く蹴りを入れた。その衝撃で、ステインは軽く咳き込む。そのスキに、ガジェットはバックステップでステインから距離を取った。
「ハァ……小僧、お前、いいな……GUNのエージェント、だったか……」
「ヒーロー殺し……その悪名は、こっちでも耳にしました……何人もの罪のないヒーローを殺し、再起不能に追いやった連続殺人犯、ですよね」
ガジェットは日本に来る前、上司から渡された資料の中にあった日本の情勢に関する資料の記憶を呼び起こす。ヒーロー殺しのように単独犯にも関わらず、ここまで罪状を積み上げてきた敵は中々いない。その能力を、もっと他に活かすことができれば、大成しただろうにとガジェットは思っていた。
しかし、ガジェットは今までの経験から、ある違和感を覚えていた。
「何故、ヒーローを、いえ、罪なき人を殺すのです? 愉快犯ではないですよね。こうして対峙してみて、あなたは自分自身の快楽のために人を殺しているのではないと思ったんです」
ガジェットは、ステインに自身の疑問をぶつけた。自分の快楽のために人を殺す愉快犯の目と、自身の信念、絶対に曲げられないもののために殺人を犯す人の目の違いを、ガジェットはよく知っている。
ステインは目を見開き、地面に落ちた刀を拾い上げ、そこに付いていた少量の血液を舐め取った。
「なっ……!?」
瞬間、ガジェットの身体は重りがついたように動かなくなってしまう。
(……そうか、奴の“個性”は血の経口摂取による拘束……! さっき、刀を弾き落としたときに血がついてしまっていたのか!)
ガジェットは己の迂闊さに心の中で悪態をつく。ステインは一歩一歩確実に、刀を携えて飯田の方へと歩みを進めていた。
「小僧、質問に答えよう……ヒーローとは、自己犠牲の上に成り立つ称号。それを名乗る以上、そいつらはもう個人ではない。今の世は、ヒーローを名乗る拝金主義者が、贋物が多すぎる……取り戻さなければならない、誰かが血に染まらなくてはならないのだ!」
「っ、そんな犠牲の上に成り立つ平和なんて、すぐにあっけなく崩れ去ってしまう……! あなたが今のヒーローが間違っているのだと言うのなら、まずは言葉で訴えればいいじゃないですか! ヒーローだって、生きている一人の人間だ!」
「俺も、昔は言葉に訴えた時期があった……だが! 言葉に力はなかった! ならば、俺が気付かせなくてはならぬ、誰かがやらねばならぬのだ!」
ステインは、かつて街頭演説で英雄回帰を訴えたのだという。ヒーローは、自己犠牲の上で成り立つ称号でなくてはならない。今のヒーローは間違っていると。
しかし、誰もステインの話に耳を傾けることはなかった。誰も彼もが、英雄回帰など鼻で笑った。
だからこそ、ステインは粛清という手段を選んだのだ。自分の手を汚してでも、本当のヒーローを取り戻して見せる、と。
それは、ガジェットが、一番納得できない考え方だった。
「あなたがそれに気付いたというのなら、世の中にはまだ気付いてくれる人が、あなたに賛同してくれる人が居たはずです! あなたはそれに目を背けて、楽な手段に逃げ出しただけだ! 粛清という手段を選んだ時点で、あなたの主張に正当性など、なくなったんだ!」
身体は未だに動かないが、ガジェットは力の限り叫ぶ。
「小僧……お前は口先だけの無能共よりいい……生かす価値がある……」
「っ……!!」
「こいつは、殺す」
ステインは刀を飯田へと向ける。ガジェットは自身の無力さを痛感しながら、それでもなんとか動こうと必死に藻掻いて叫び続けた。
「やめろおおおおお!!!!」
飯田に刀が振り下ろされた、その瞬間。
「……ビンゴだっ!!!」
空色の風が吹き荒ぶ。認識の遥か外から攻撃を受けたステインは大きく吹き飛ばされた。
「今日は随分とよく邪魔が入る……」
ステインの前に新たに立ちはだかっていたのは、ソルフェジオをガントレット形態にして装備している、空色の魔女、アンジェラ・フーディルハインだった。
「……アンジェラ、君……」
「アンジェラさんっ!!」
「よおガジェット、久しぶりだな。飯田も随分と傷だらけだが、まあ、大丈夫ではなさそうだな」
アンジェラは軽口を叩くような声で、しかし鋭い眼光をステインに向ける。
「さっきの話はちょっとばかし聞かせてもらった……随分とまあ、オレの友達に好き勝手なコトしてくれたな?」
「いい台詞じゃないか小娘……だが、力なきは淘汰され、消されるのみだ。今なら見逃してやる……とっとと去れ」
ステインは刀を構えて言う。よくもまぁ、好き勝手なことを言うものだと、アンジェラは苛立ちを一切隠すことなく言い放った。
「随分と言ってくれるじゃねえか。オレは友達のピンチに助太刀に来たんだ……この意味が分からねえとは、言わせねえよ?」
アンジェラはそう言いながら飯田たちの方に手を向けて手早く3つの
「アンジェラさん、奴の“個性”は血の経口摂取による相手の拘束です……絶対に、血を見せちゃ駄目です!」
「OK。ガジェット、あとは任せろ」
「待て……アンジェラ君! 君たちには関係ないだろう……!」
路地裏に飯田の悲痛な叫びが響く。飯田の瞳は憎悪に染まり上がっている。アンジェラはちらりと飯田の目を見ると、口角を上げた。
「関係ない? それこそ関係ないね。オレはオレのやりたいようにやるだけさ。
さて、ヒーロー殺し。オレの友達を殺させはしねえぞ?」
Q. 何でアンジェラさんの到着が遅れたの?
A.単純に原作緑谷君とは違うルートを通ってきたからです。これでもタイムロスは最小限に抑えられている方です。