──記憶のカケラ 魔法使いの御伽話──
昔むかしあるところに、魔法使いの女の子がおりました。
魔法使いの女の子は、魔法と科学が融合し、発展した大きな国で生まれ育ちました。
少し大食いがすぎるところがありましたが、優しい両親や二人のかけがえのない友達に恵まれ、それなりに楽しく暮らしておりました。
…………しかし、ある時、国に大きな戦争の火が襲いかかりました。複数の宗教観の存在を、他者が崇める神の存在を認められない馬鹿共が起こした、残酷で、冷酷で、意味などない戦争でした。
魔法使いの女の子やその友人達も戦争に巻き込まれました。彼女たちの家族や身近な人々は敵によって捕まり、嬲られ、貶められ、痛めつけられ、傷つけられ、苦しめられ、泣かされ、最後には、異教徒であるというくだらなすぎる理由で殺されてしまいました。
身近な人々が一人、また一人と居なくなり、とうとう残ったのは魔法使いの女の子と二人の友達だけでした。
魔法使いの女の子は深く悲しみました。そして、敵のことを強く憎みました。
何故、自分たちはここまで傷付かなくてはならない?
何故、考え方が違うというだけで家族が殺されなくてはならない?
魔法使いの女の子は憎しみを募らせました。
最初は敵のことを、次にこの戦争を起こした原因とも呼べる宗教の存在を、そして最後に、何もできなかった自分のことを、激しく憎みました。
そして、その憎しみが魔法使いの女の子に一つの決心をさせました。
くだらない価値観の違いなどに囚われて、その手で多くの人々を屠ってきた奴らを、皆殺しにしてやろうと。
女の子は必死になりました。必死に強くなろうとしました。
必死になって、なって、なりすぎて……魔法使いの女の子は、とうとう見つけてしまいました。
この戦争を終わらせ、失ったものを全て取り戻すことができるであろう、古代の兵器を。
魔法使いの女の子は、その研究にのめり込みました。二人の友達も協力を惜しみませんでしたが、自身の身体も顧みない魔法使いの女の子を心配もしていました。
それでも、二人の友達も魔法使いの女の子と心は一つでした。自分たちをこんな目に合わせた敵のことは、決して許さないと。
だから、愚かで愚直な魔法使いの女の子を、止めることができなかったのです。
それは、ごくごく自然なことでしょう。
憎くて憎くてたまらない相手には、容赦もしたくなくなるでしょう。
それでも、二人は魔法使いの女の子を止めなければならなかった。どんな手を使ってでも、魔法使いの女の子に手をかけようとも、止めなければならなかったのです。
神の力に手を伸ばそうと考えてしまった時点で、魔法使いの女の子は大きく道を踏み外してしまったのですから。
「……い、おい、アンジェラ?」
「ん……?」
ソニックの呼び声に、アンジェラの意識がふわりと持ち上がる。病み上がりだからだろうか、アンジェラはいつの間にか座ったまま眠っていたらしい。
「あれ……オレ、寝てた?」
「はい、わりとグッスリと」
「座ったまま寝れるとは……器用なんだか、そうじゃないんだか」
アンジェラは恥ずかしそうにたはは、と笑っている。
眠っていたとき、何やら不可思議な夢を見たような気がするが、その記憶は霞がかったように思い出せない。まぁ、いつものことかとアンジェラはその夢のことを思考回路の隅の隅に追いやった。
「あの、聞きたいことがあるんですが、カオスエメラルドって何なんですか?」
飯田は聞いてもいいのだろうか、と思いながら今までずっと胸の内に隠していた疑問を口に出す。それは、轟もずっと思っていたことだった。
アンジェラはため息を一つ吐くと、扉に向かって手を翳し、扉に魔法陣を現出させた。部屋の外に音が漏れないようにする魔法だ。魔法をかけ終えると、アンジェラは自分の部屋にあるウエストバッグを魔法で取り寄せ、中身を漁る。ウエストバッグには特殊なセキュリティ魔法がかけられており、取り寄せる程度なら座標が分からなくても可能だ。また、アンジェラが許可を出した相手以外は開くことも叶わない。
手元に出現させた魔法陣からケテルも一緒に転がり出てきたので、膝の上に乗せておく。ケテルは今だにグースカピーと眠っていた。呑気なものだ、とアンジェラは薄く笑う。
「カオスエメラルドってのは、まぁ、すっごいエネルギーの塊……みたいなもんだよ」
ほら、これ。と言いながら、アンジェラはウエストバッグからジュエリーケースを取り出して開く。そこには、青い光を放つ奇跡の石が変わらず鎮座していた。
「全部で7つあって、これはそのうちの一つな。全部揃うと奇跡を呼ぶって言われている。その力を引き出せるのは、極々一部だけだけど。
ステインに使ったのはカオスコントロール。カオスエメラルドの時間に干渉する力を使って、ステインの肉体の時間を巻き戻したんだ」
「へ、へぇ……。それって、ある種の“個性”なんじゃないか?」
「んー、“個性”とは多分違うな。あくまでもカオスコントロールはカオスエメラルドが元々持っている力を引き出すだけだから」
アンジェラは一部の事実、カオスエメラルドの力を実は機械でも引き出せる(その為の機械を作れるのは本当に一握りの科学者のみとはいえ)ことや、カオスコントロールが元々ブラックドゥームという宇宙人の使う力であることは黙ったまま語る。嘘は言っていない。
「フーディルハイン以外にも、使える人が居るのか?」
「ソニックとシャドウは使える。オレの場合は一応使えるだけで、全然コントロール出来ないんだけど」
カオスコントロールへの適性を持つ人物は本当に稀だ。使えるだけでも相当に凄い事なのだが、アンジェラは身近に自分以上にカオスコントロールを使いこなす人物が居るせいで無駄にへりくだっている。
「いや、確かにコントロールが少し甘い所はあるが、そこまで言うほどではないだろう」
「……そうか?」
「アンジェラの場合は「巻き戻し」に特化してるとこあるからなー、他のことはちょっと苦手なだけだって」
そんなアンジェラに、ソニックとシャドウによるフォローが入る。実際、アンジェラは巻き戻し以外のカオスコントロールを失敗することはあれ、暴発させて大惨事にすることはほぼない。完全にないとも言い切れないが。
「そうなんですか…………では、ファントムルビー、って何なんですか?」
アンジェラはあー……と声を漏らす。中途半端に知っていても後が怖いし、それならいっそ全部話した方がいいだろうか。一応、機密事項なので非常時でない今、非正規雇用、いわゆるアルバイトみたいな立場であるアンジェラにファントムルビーに関する情報を他者に勝手に公開する権限はない。
「ファントムルビーは、ある敵組織が開発したらしい本物に限りなく近い仮想現実を実体化させる兵器だ。適性がない者が使えば、自我を食い潰され人ではない怪物と化す」
口を開いたのは、その権限を持つシャドウだった。いつもの仏頂面で淡々と、ファントムルビーについて語る。シャドウの話を聞いた轟は、どうしても疑問に思ったことをダメ元で聞いてみることにした。
「……一つ、質問していいですか?」
「答えられるかは分からない。それでもいいなら」
「答えられないのであれば構いません……インフィニットさんが現場に駆けつけたとき、ステインが放った赤いブロックのようなものが消えたんです。あれは、どういうことなんですか?」
瞬間、病室内に沈黙が走る。轟は、何かマズイことを聞いてしまったのだろうか、とアンジェラを見やった。アンジェラは曖昧に笑うだけで、何も言おうとしない。
「……ファントムルビーの仮想現実には、仮想現実同士が力をぶつけあったときに反発しあって消え去る、という特性がある」
「つまり……あの場にステインが持っていた以外のファントムルビーがあった、と?」
「そうだ」
轟の疑問に答えたのはインフィニットだった。
「……いいのか、話して」
「別に個人としては隠していることというわけでもない。ここまで話した以上、話さないわけにはいかないだろう」
「そうかい。ま、オレは止めやしないさ」
「えっと……それは、一体どういう?」
飯田はアンジェラとインフィニットの話についていけず、つい声を漏らす。轟も声こそ出していないが、疑問を顔に滲ませていた。
「…………インフィニットが現場に来るまで仮想現実はそのままだった。そして、さっきシャドウが話したファントムルビーの性質。この二つがあれば、簡単に分かることさ」
アンジェラはどこか悲壮感の漂う表情で言い放った。
「……………………まさか…………!? いや、でも、そんなことが……!?」
「………………!!」
答えに辿り着いたらしい二人は、顔色を悪くする。取り込まれ、自我を失い人を棄てさせられた男の哀れな末路を間近で見てしまった少年たちには、重く感じられた事実。
胸元に手を置いたインフィニットは、残酷なほど透き通るような声で、答えを口にした。
「……答え合わせをしようか。
俺もまた、ファントムルビーを埋め込まれた者だ」
昔の話をしよう。
これは、ある子供のお話だ。
子供の両親は、揃って何らかの宗教にのめり込んでいるようだった。ようだった、というのは、子供は家において殆ど置物に近い状態であったがゆえに、ほとんど何も知らないのだ。
世間体を気にしてか、食事は取らせてもらえるし学校にも行かせてもらえていたが、逆に言ってしまえば、それだけだ。食事は必要最低限だし、それ以外にまだ幼い子供の面倒を見るなんてことはしてくれなかった。わりと頻繁に暴力にも晒された。骨が何本か折れたこともあった。学校や外にバラしたら殺す、とも言われていたから、誰に何を言うこともできなかった。
子供はもはや何も感じなかった。一般から見たら異常なことでも、生まれた時からこんな状況であった子供にとっては、疑問に感じることではなかった。当たり前に繰り返されていたことであったのだ。
学校には行っていたから、普通のことではないという自覚はあった。ただ、それだけだった。
そんな日が十数年続いた続いたある日のこと。
子供は、家を出ることになった。親に捨てられたのだ。
最後に見た両親は、子供を白衣を着た人間に押し付けて、金を受け取っていた。彼らは子供には目もくれずに立ち去って行った。
子供はすぐに理解した。
自分は、何らかの施設に売り渡されたのだと。
予感はあった。愛されていないという自覚はあった。だから、全く寂しくも悲しくもなかった。ただ、新しく自身の居場所になるであろう場所がどんな場所なのだろうかということしか考えていなかった。
結論から言おう。
売り飛ばされた先は、前の場所よりも遥かにマシではあった。
暴力はない。学校には行けなくなったが、その代わりに実験とやらに協力すれば、3食温かい食事と寝床、そしておもちゃが与えられた。
その実験とやらも、麻酔を打って眠った状態で参加していたので、恐怖もないし、痛みもない。施設を管理している人間は何かと子供を気遣って、話しかけてくれたりする。
まさに、当時の子供にとっては破格の待遇だった。
何の実験に参加していたのかは分からなかった。分かる必要もないのだと思っていた。子供は、産まれて初めて感じた、「幸福」の感情に酔いしれていた。
それは、両親の元で幸せというものを知る由もなかった子供にとっては甘美なる蜜。飢餓状態のものがそんなものを与えられたらどうなるのか…………少しは、予想がつくだろう?
子供が両親に捨てられて暫くが経ったある日のこと。
『やあ、調子はどうかな?』
『博士、特に問題はありません』
白衣を着た男、子供が売り渡されたとき、子供を迎えに来た男がいつものように子供に話しかける。彼はこの研究所を一人で管理している人物で、よく子供を気をかけてくれていた。
『そうか、それはよかったよ。さて、今日の実験は少し特殊なものでね……実験後に激しい痛みを伴うかもしれない。だから君には普段よりも効果の高い鎮静剤を使う権利がある。……どうするかい?』
博士は朗らかに笑う。いつも世話になっているこの人たっての頼みを、拒否するなんて子供には出来なかった。
『実験を受けます……鎮静剤は、お願いしたいです』
『そうか、ありがとう! 君のおかげで、また研究が一つ進むよ!』
博士は、嬉しそうな声を上げる。
人の役に立ちたいとは、こんな感情なのか、こんな心地なのかと、子供は本人でも気づかないほどに薄く、笑った。
痛い。
随分と久しぶりにここまでの痛みを感じたような気がして、子供は深い眠りから意識を取り戻す。子供は実験室の手術台に寝かされ、特に拘束などはされていなかった。
『……実験は、終わったのか?』
子供はそう呟くが、その顔には疑問が残っていた。普段であれば、実験が終了したあと、自分は眠っている間に自室のベッドに戻されるはずなのに。
疑問に応える者は居ない。実験室には、誰の姿もない。どうしたのだろうと思って、ふと胸元に手を置くと、彼は明らかな異常に気が付いた。
子供の胸元に、なにか硬いものが埋め込まれていたのだ。
『………………っ!?』
彼は慌てて立ち上がり、手術用の鏡を手繰り寄せる。そこに写っていたのは、逆三角形の赤い宝石。鈍い光を放つそれが、確かに子供の胸元に根付いている。
『これ、は…………』
彼はそれの正体を知っている。確か、この研究所で研究されている、仮想現実兵器だったはず。それが、どうして自分に。
そんなことをグルグルと考えていると、不意に実験室の扉が開く。
『やあ、目を覚ましたのかい?』
そこに立っていたのは、
ちなみに仮想現実同士が反発し合って消えるってのは公式設定です。