特別講師
保須市での動乱から四日後、アンジェラは経過観察期間を終え、退院した。ソニックとシャドウは退院するまで毎日アンジェラの病室に来ていたが、アンジェラが退院すると同時にカオスコントロールで帰っていった。ガジェットとインフィニットは、何やら仕事があると言ってアンジェラが怒られたその日にどこかへと行った。日本国内には居ると聞いたが……。
アンジェラは以前来たGUNからの通信を思い出す。
まさかな、と頭の中に浮かんだ可能性を排除した。
そして退院する今日。職場体験も最終日ということで、グラントリノがグラントリノ宅に置いてきたアンジェラの荷物を持って病院まで来てくれた。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「いや、むしろこっちが世話になった。色んな意味でな。それに職場体験もあんなになっちまったし、教えられたこともない」
「いえ、こういうのは礼儀ってのが大事なので」
「……お前さん、そういうとこあるよなぁ」
アンジェラは首を傾げた。何か間違えただろうか? グラントリノは苦笑いしながら、ああ、そうだと懐から何か紙を取り出しアンジェラに手渡した。
「お前さんの兄さんたちからの預かりもんだ。
「……ほーん、I see.了解です」
家で読め。その一言で、アンジェラはこの手紙がどういうものなのかを理解した。手紙を大事そうに懐に仕舞う。
「あ、そういえば、一つ聞きたいことが。グラントリノってちょっと調べてみたんですけど、情報が殆ど出てこなかったんですよ。強いのに。何で無名なんです? やっぱヒーローには興味なかったクチですか?」
「ああ、その件か……概ねお前さんの言う通りだ。昔、ある目的のために日本のヒーロー免許が必要でな、資格を取った理由はそれだけだ。GUNの免許が使えんこともなかったが、当時は周りにはGUNのエージェントだっつーことは隠してたもんで」
アンジェラはなるほどな、とひとりごちた。聞きたいことも聞き終わったし、もう長居は無用。
「達者でな」
「See you,have a good day!」
別れの挨拶を済ませ、手を振ったアンジェラは一人病院を後にした。
(あの小娘は確かにヒーローではない。敵寄りでもないが、お前のような平和の象徴としての器ではもっとない。
だが……確かに「いい奴」、だな、アンジェラ・フーディルハイン……「空色の魔女」は)
家に着き、預かった手紙を読んだアンジェラは、そこに書き記された数奇な運命に、思わず大笑いした。
翌日、一週間ぶりの学校。
クラスメイトたちの話題は、やはりというかなんというか、職場体験一色に染まり上がっていた。ベストジーニストの元へ赴いていた爆豪の髪が8:2になっていたり、女子達が職場体験先で○○したよ〜と盛り上がっていたり、ガンヘッドの元へ行っていた麗日が何かに目覚めて勢いよくジャブをしていたり、何か恐ろしいものを見てしまったらしい峰田がカタカタと震えていたり……。
峰田に関しては普段のセクハラも相まってざまぁ、とか内心で思いながらアンジェラは飯田と轟と談笑していた。
「まぁ、一番変化っつーか大変だったのは、お前ら3人だな!」
震える峰田を止めながら上鳴がアンジェラ達の方を向く。アンジェラが近くに居るかもしれないクラスメイトへと一括送信した位置情報という名のSOSとテレビなどで流れたニュース、そして3人からの連絡でアンジェラ達がヒーロー殺し逮捕の一件に巻き込まれてしまったのだとクラス中が知った。特にアンジェラは巻き込まれて救助が来るまでに大怪我を負って血反吐まで吐いたと聞き、皆が心配していた。
「そうそう、ヒーロー殺し!」
「命あって何よりだぜ、マジでさ」
「心配しましたわ……」
「エンデヴァーが救けてくれたんだってな!」
「すごいね、流石ナンバーツーヒーロー!」
ヒーロー殺しはエンデヴァーが確保した。これが、警察が公式に発表した表向きの事実である。アンジェラの怪我は不幸にもそれに巻き込まれてしまったがための怪我として、轟と飯田の怪我は職場体験中の事故として処理された。アンジェラはエンデヴァーに恩を売ることが少々不服だったが、まあ仕方ないか、と受け入れた。
轟はエンデヴァーとの関係が複雑なため、かなり複雑な心境……かと思いきや、特段何も思っていないらしい。強いて言えば、「エンデヴァーというヒーロー」に対する一般的な感謝くらいなものだ。轟は本格的に、ヒーロー、エンデヴァーと自身の父親、轟炎司を別物として見ているようだった。
「ああ、そうだな……救けられた」
だから、轟炎司には絶対に言わないような言葉も口に出来る。恐らく、本人を前にすると無理なのだろうが、これは進歩と見るべきなのだろうか、それとも…………
「俺、ニュースとか見てたけどさ、ヒーロー殺し、敵連合とも繋がってたんだろ? もしあんな恐ろしい奴がUSJに来てたらと思うと……ゾッとするよ」
尾白の言葉はもっともだ。もしUSJの場にステインが居たのならば、この場の数人はもう既に屍になっていたかもしれない。
「でもさ、確かに怖えけどさ、尾白、動画見た?」
「動画って、ヒーロー殺しの?」
「そう! アレ見ると、一本気っつーか執念っつーか、なんかぐぇっ!?」
「それ以上は言わせねぇよ?」
巫山戯たことを抜かしかけた上鳴の口を、アンジェラが手で思いっきり塞いだ。スピードが速すぎて上鳴は若干えづく。アンジェラはすぐに手を離し、上鳴はアンジェラの殺気と飯田の兄がステインの犠牲者であったことを思い出したことによって即座に謝った。
飯田は上鳴が言いかけたことに気付いたのか、顔色を変えずに口を開いた。
「奴は信念の男ではあった。クールだと思う人が居るのも、分かる。
ただ奴は、信念の果てに粛清という手段を選んだ。例えどんな考えを持とうとも、それがどれだけ正しい考えでも、それだけは絶対に間違いなんだ。
奴のことを許したわけではない。だが、俺のようなものをこれ以上出さないためにも、改めて、俺はヒーローへの道を歩む!」
そうハッキリと大きな声で宣言してみせた飯田に、アンジェラは拍手を送った。
「ヒュ〜、カッコイイじゃねえか飯田。You can do it!」
「ありがとう、アンジェラ君。
さぁ! そろそろ始業だ、皆、席につきたまえ!」
「煩い……」
「上鳴が余計なこと言おうとするから……」
「…………スイマセン」
飯田は本日もフルスロットルで委員長としての責務を全うしようとしている。その様子を見ていたアンジェラは、これなら大丈夫そうだな、と朗らかな笑みを浮かべた。
「っつってもフーディルハインも勢い凄すぎ……痛かったんですけど」
上鳴は席につこうとしたアンジェラにそう苦言を呈する。アンジェラは困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。
「それに関しては悪かったよ。でも、あの場であんなこと言わせるわけにはなぁ」
「うっ……そうですね……。でも殺気はちょっと……やり過ぎと違いますかね…………? いや全面的に悪いの俺だけど!」
「………………」
「ふ、フーディルハイン?」
いきなり反応がなくなったアンジェラを心配した上鳴が、アンジェラの顔を覗き込む。
「…………っ!?」
その顔は、どこまでもどこまでも深く根付いた絶望と、身を焦がすような憎悪と、ドロドロとした何かへの執着と、鋭く鋭利な殺意に満ち溢れていて、なのに、有り得ないほどに美しくて……
端的に言って……とても恐ろしいものであった。
「……ああ、悪い。ぼーっとしてた。何かあったか?」
「…………イエ、ナニモ」
次に瞬間には、アンジェラの顔は普段通りに戻っていた。
上鳴は今の光景を忘れることにした。上鳴以外には見た者は居ないようだし、うん、忘れよう。
ちなみに結論から言うと、上鳴はたまにこのときのアンジェラの顔が悪夢に出てくるようになってしまったらしい。好奇心は猫を殺すのだ。南無。
昼食後、午後のヒーロー基礎学の時間。アンジェラ達はコスチュームを身に纏い、運動場γのゲート前に集まっていた。
「ハイ、私が来た。
ってな感じでやっていくわけだけどもね。ハイ、ヒーロー基礎学ね。久しぶりだ、少年少女! 元気か!?」
ゲートの前に立つオールマイトがヌルっと挨拶をする。
が、アンジェラの顔はかなり引き攣っていた。
クラスメイト達も視線がオールマイトではなく、オールマイトの横に立つ二人組に向いている。
「さて、今日は授業の前に、皆に紹介する人が居る! 皆は、国際警備機構「GUN」は知っているかい?」
「はい、一国だけでは対処できないような国際的な犯罪に対抗するために設立された国連直轄の組織ですわ」
オールマイトの質問に答えたのは八百万だ。八百万の答えに満足したようにオールマイトは首を縦に振る。
「そう、日本ではあまり知名度はないが、特に欧州などでは組織的な敵が多いこともあって、かなり活躍している組織だね。ヒーローと同じように“個性”を戦闘や救助に用いることができる他、ヒーローと違って限定的とはいえ直接の逮捕権も持っている。
まあ、細かい話はヒーロー情報学の時間に相澤君が教えてくれるだろうし、今はこのくらいにしておこうね。さて、そんなGUNだけど、実は雄英高校では毎年GUNの職員さんを特別講師として雇っているのさ! 今年は特別にGUNの本部があるラフリオンからお招きしたぞ!」
オールマイトはクラスメイト達の視線が向く先に手を広げる。アンジェラの顔が更に引き攣った。だって、オールマイトが指し示す先に居るのは……
「えっと、自己紹介していい感じですかね?」
「勿論! どうぞどうぞ!」
「じゃ、えっと……ご紹介に預かりました、GUNエージェントのガジェットです。皆さんと歳は近いので、気楽に接してくれると嬉しいです……ほら、インフィニットさん」
「はぁ……ガジェットの上司のインフィニットだ。よろしくするつもりはないが、せいぜい失望はさせてくれるな……というか、
何で最初にお前が居るクラスなんだアンジェラッ!」
「それはこっちのセリフだっつーの! 何でお前らがここに居るんだよインフィニットッ!」
「仕事だ、さっきそこのメリケン男が説明していただろう。まさか、最初にお前のクラスに当たるとはな……」
「んなことオレに言うな、カリキュラムを作ったやつに言え! つーか何であの時会ったついでに言わなかった!?」
「ふん、決まっているだろう、普段の仕返しだ」
「いやこっちはどっちかというと止めてる側だぜ、酔っ払い」
「すみません調子乗りました」
「弱ぁ……」
いきなり、それも特別講師、先生に向ってタメ口で馴れ馴れしく話しかけるアンジェラに、轟と飯田以外のクラスメイト達は全員心底驚く。
「ちょ、アンジェラちゃん!? 相手は先生だよ!?」
見かねた麗日がアンジェラを止める。麗日達から見たら、アンジェラがいきなり先生に喧嘩をふっかけた……いや、ふっかけられて乗ったように見える。ノリノリで。
「あー、止めなくていいですよ。いつものことなので」
混乱しかけた場を収めたのはガジェットだ。ガジェット達と顔見知りでアンジェラとガジェット達の関係を知っている轟と飯田以外のクラスメイト全員の頭の上にクエスチョンマークが乱立する。
そんな中、先程のガジェットの自己紹介から何かを思い出したのか、麗日が口を開いた。
「……あ、ラフリオンから来たって言ってましたよね? ひょっとして、お二人はアンジェラちゃんの地元のお知り合いか何かで……?」
「はい、そんなところですね。インフィニットさん、酒癖が悪いのにその自覚なくて呑みまくるから、すぐに酔っ払って、そういうときにアンジェラさんが駆り出されるんですよ。毎回」
「……んー? なんかちょっとその関係は予想外?」
「だからインフィニットさん、アンジェラさんには弱いんですよ。それを抜きにしても、お二人は元々お友達なので……」
「お友達!?」
「えっと……失礼なんすが、お二人はおいくつで……?」
麗日の驚愕の声を継いでガジェットに疑問を投げかけたのは耳郎だった。ガジェットは一瞬考え込む素振りを見せる。
「うーん、僕は18……インフィニットさんは確か22ですね」
「若っ!?」
「いや若いなんてレベルじゃねーぞ、ガジェット先生に至っては2、3しか変わらないじゃん!?」
「インフィニット先生も22って……俺らと5、6しか変わらねえのか……」
予想以上に低いガジェットとインフィニットの年齢に轟と飯田を含む全員が戸惑っていると、オールマイトがゴホン! と咳払いをした。
「そうだね、二人はかなり若いね。それに驚く気持ちは分かるよ。私でも驚いた。
だけど、年齢で見くびっちゃいけないよ。どれだけ若くても二人はGUNのエージェント、もう実際に現場で働いていて成果を上げている、いわば君達の先輩だ」
「畑違いですけどね。僕らはヒーローとしてのあれこれは教えられませんが、戦い方や鍛え方みたいなことだったら、少しはアドバイス出来ると思います。なにかあったら、質問に来てくださいね」
ガジェットはそう言うと、朗らかな笑みを浮かべた。アンジェラははぁ、とため息を吐く。先日、GUN本部からの通信で言われていた特別講師の皮を被った捜査官とはこの二人のことだろう。確かに、アンジェラと馴染みの人物であり、連携を取るにはうってつけだろう。
うってつけだろうが…………ガジェットはともかく、どうしてよりにもよってインフィニットなのか。インフィニットは過去のこともあってか人見知りで、本人に悪意がなくても、その言動で勘違いされることが多々ある。ガジェットがインフィニットのバディになってからは、ガジェットがフォローに回っているおかげでトラブルの回数自体は減っているものの、学生と話す機会など皆無だったはずだ。しかも、今回関わるのはヒーロー科。嫌な予感しかしない。
本部よ、何故こいつを選んだ。
アンジェラは再びため息を吐いた。
「……オレ、ガジェットみたいにお前のお守りまでしたくねぇんだけど」
「お守りとはなんだお守りとは! まるで俺がガジェットが居なきゃ人とマトモに話せないみたいなことを言うのはやめろ!」
「いやだってそりゃ事実だろうが」
「ま、まあまあお二人共! 皆さん置いてけぼりですから!」
またもや言い争いになりかけたアンジェラとインフィニットをガジェットが諫める。クラスメイト達は、ついていけなくて終始ぽかーんとしていた。
はい、というわけでフォース組が日本に滞在することになりました。雄英はUSJの件で警戒を強めてるはずだからなんかおかしくね?と思われるかもしれませんが、雄英はGUNと結構仲良くやっているので、信頼されているのです。信頼大事。
ただし、普段は国内から招いている講師をわざわざ国外から招いている辺り、警戒はしています。