帰りのホームルーム前の教室、アンジェラは更衣室で女子たちにカミングアウトした件について、クラスメイトたちに問い詰められていた。
「年齢……15、じゃなかったのか?」
「見た目の年齢から推定年齢を出しただけだ。ソニックと会ったあの日から身長一ミリも伸びないどころか髪と……ああ、あと顔つきと身体付きは若干変わったかな……それ以外はろくな身体形状変化がないから若干詐欺じみてきてるけど」
「え……誕生日は?」
「テキトーな日を登録しているだけであって、本当の誕生日はあるのかすら知らん。そもそも記憶がないんだから知ってるわけないだろ」
アンジェラは何言ってんだこいつら、と言わんばかりの視線を向けている。確かに人とは違うだろうが、それだけだろうと本気で思っている。人とは違うとは認識していても、それが世間一般で言う「異常」であるとは、これっぽっちも認識していない。
「どうしたお前ら? さっきから変だぞ」
だから、アンジェラはどこまでも純真無垢な表情で首を傾げている。根本から考え方が違うので、アンジェラにはどうしても、クラスメイトたちが何でこんなに慌てていたり必死になっているのかが、理解が出来ない。
逆にクラスメイトたちは、アンジェラのあまりの闇の深さに絶望感をも感じていた。記憶喪失であるとは聞いていたが、クラスでは中心的立ち位置で、皆よりも遥か先を行く天才で、危機に真っ先に立ち向かえる勇気の持ち主で。
クラスメイトの誰も彼もが、形は違えどアンジェラに尊敬の念を向けていたのだ。
そんなアンジェラが抱える闇、自身の年齢すら知らない、身長が伸びたことがない、誕生日も知らない……と、人として「異常なこと」を沢山抱えているという事実に、健常者であるクラスメイト達は恐怖を感じた。
それを、本当に何でもないようなことのように語る、アンジェラ自身にも。
「……だけど、記憶喪失って時点で、年齢と誕生日の件は考えられることだったな……そこを騒ぎ立てるのは、配慮が足りなかったかもしれねぇ」
口を開いたのは轟だ。轟自身もかなり複雑な家庭環境という、健常者から見たら「異常」とも言える環境に身を置いてきた。だからこそ、アンジェラの「歪み」の原因の一部に気が付くことが出来たのだろう。
他のクラスメイト達も、確かに、と轟の意見に納得した。
同時に、こんなに騒ぎ立てるのは、アンジェラに対して失礼なことだとも思った。
「ご、ゴメンね、アンジェラちゃん……こんなに騒いじゃって。そうだよね……年齢とか誕生日の話は、アンジェラちゃんの話を聞いてちょっと考えていればわかったことだよね」
「……? ま、解決したんならいいけど……気にしてないし」
アンジェラはなんか面白いことになってるなー、と思いながらクラスメイト達を見ていた。アンジェラからしたら、どうでもいいことで何故かクラスメイト達が大盛りあがりしているようにしか見えなかった。
「盛り上がるのはいいけどさ、もうすぐホームルーム始まるんじゃねぇの?」
アンジェラの一言で、クラスメイト達は我に返ったかのように一言アンジェラに謝ってから自身の席に着く。
アンジェラは、なんで謝られているのか意味がわかんないなー、と思いながら相澤先生を待った。
ホームルームの後。アンジェラはオールマイトに呼びつけられて仮眠室を訪れていた。どことなく神妙な面持ちのオールマイトに、されどアンジェラは一切態度を変えずにオールマイトに促されるままに椅子に腰掛けた。
「色々大変だったな……近くに居てやれず済まなかった」
「いや、オールマイトは悪くないでしょう。アレは事故みたいなもんですよ。
……まどろっこしいのは嫌いなんで、さっさと本題に入りましょう。話って何ですか?」
アンジェラは淹れられた緑茶を啜りながら言う。オールマイトの様子からして、かなり真面目な話であることは分かっていた。だからこそ、アンジェラはさっさと聞いてしまいたかった。
「そうだね……君はそういうヒトだものね。
“個性”の……ワン・フォー・オールの話をしたとき、一緒に話したこと、オール・フォー・ワンのことは覚えているかい?」
オール・フォー・ワン。アンジェラはその存在についてを、記憶から掘り起こす。確か……
「超常黎明期、他者の“個性”を奪ったり、他者に“個性”を与えたりできるチートな“個性”が発現した男が調子に乗って、裏社会の帝王になっちゃったって話ですか?
確か、無個性だと思われていた弟が居て、その弟に「力をストックする」“個性”を与えたら、その弟には実は「“個性”を与える」っていう意味のない“個性”が宿っていて、混ざってワン・フォー・オールになって、聖火形式で巡り巡ってオールマイトにそれが渡って、最終的にオール・フォー・ワンは自分の力が根本の原因で倒されたって」
「……間違ってはいないが、なんだいその解釈……間違ってはいないけどね」
「2回言いましたね」
アンジェラの独特な解釈に、オールマイトがツッコミを入れる。
「まぁ、いいや。そのオール・フォー・ワンについての話なんだ。
オール・フォー・ワンが、敵連合のブレーンとして再び動き出した」
「そっすか」
「あれ、思った以上にアッサリしてるね?」
オールマイトとしては、もう少し驚かれるようなことだと思っていたのだが、アンジェラは、そっすかの一言で済ませてしまった。
「だって、よくよく考えてみてくださいよ。かつて裏社会の帝王と呼ばれていたような奴なんでしょう? 何でもアリだって言ったのはオールマイトじゃないですか。何で仕留めたとき死体……じゃないのか。オール・フォー・ワンを持って拘束してマリアナ海溝にでも沈めておかなかったんですか?」
「ちょちょちょ、それは流石にやり過ぎやり過ぎ! というか、それはマリアナ海溝とその周辺に住んでいる人とか魚とかに迷惑だから! 大迷惑だから!!」
「あ、そっか。
でもオール・フォー・ワンがめちゃくちゃなやつで、死体だと思ってたものがどっか行っちゃってたんなら、生きている可能性くらい考えるべきだと思いますがね。そこんとこ、詰めが甘いんじゃないですか?」
アンジェラの鋭い指摘にオールマイトはうっ、と息を詰まらせる。確かに、詰めが甘かったかもしれない。自身も極限状態だったとはいえ、せめて死体……だと思っていたものくらい回収すべきだったかもしれない。
「……そうだね、フーディルハイン少女の言う通りだ。私は詰めが甘かった。それが、オール・フォー・ワンをまたのさばらせる切っ掛けを与えるような結果を招いてしまった。そこは反省してもし足りないよ。
……ところで、ひょっとして知り合いにめちゃくちゃなやつでもいるのかい? 随分と経験した感があったけど」
「はい、どんだけ処してもどこからともなく現れる懲りない重油が」
懲りない重油とは、それ即ちメフィレスのことである。
「そ、そうなんだ……フーディルハイン少女も大概めちゃくちゃだけどね……」
「オレはそんなでもないですよ。ちょっと脚が速いだけですって」
「うん、“個性”なし……というかありを含めても、音速で走れる脚をちょっと脚が速いだけとは言わないからね?」
「頑張れば出来ますって」
「……君が言うと重みが違うね」
「恐縮です」
だんだんと話が脱線してきた。軌道修正を計るため、オールマイトはゴホン! と咳払いをする。
「さて……ワン・フォー・オールは、言わばオール・フォー・ワンを倒すために受け継がれてきた力。君はいつか奴と……巨悪と対決しなければならない、かもしれない。
虫がいい話だということは重々承知している。偶発的に巻き込まれてしまった、部外者である君に言うことでもないということも理解している……。
しかし、どうか、どうか頼めないだろうか!
せめて、せめてオール・フォー・ワンの企みを阻止するまでは……ワン・フォー・オールの継承者として、その力を貸してはもらえないだろうか!」
オールマイトはそう言うと、深々と頭を下げた。
オールマイトは本気なのだ。本気で、日本中に住む人々の幸せを願って、平和の象徴として自身が果たせなかったことをどうにか果たせないかと、偶発的に巻き込まれてしまっただけの部外者であるアンジェラに頭を下げて、頼み込んでいる。
「頭を上げてください」
アンジェラの優しい声が、包み込むような声が仮眠室に響く。オールマイトが顔を上げると、その目に入ったのは、聖母の如き微笑みを携えた少女。
「オレは歴代の継承者のように、ワン・フォー・オールを継ぐものの運命をそのまま受け入れるなんて断固ゴメンです。平和の象徴なんて御大層なものを、引き受けるつもりも毛頭ありません。
だけど、先代の尻拭い程度なら、手伝ってもいいです。
結局はエッグマンの規模が小さくなって、残忍度が上がったバージョンみたいなものでしょう? それなら、いつものことですから」
「……! それじゃあ……!」
アンジェラは瞳を伏せる。その口角は、自然と上がっていた。
「但し、タダで引き受けるわけでもありません。いくつか条件があります」
「……その、条件、とは?」
アンジェラの瞳が開かれる。トパーズの輝きが、オールマイトの目に止まった。
「一つ、いつか、オール・フォー・ワンとオレが戦う前に、ソニック達にはワン・フォー・オールのことを含めて事情を話すのを許可してください。別に今すぐにじゃなくてもいいですけど、言っておかないと怒られるのはオレなので」
「……分かった。ただ、今すぐには流石に厳しい」
「分かりました。
二つ、ソニック達にこのことを話して、手伝う、と言われたとき……というか、十中八九混ぜろとか言われるので、あなたの全権力を持って、許可をもぎ取ってください」
「少し厳しいが……なんとかしよう」
アンジェラは聖母の如き微笑みを絶やさず、最後の条件を告げる。
「最後に、三つ……
オール・フォー・ワンを倒して監獄に入れたら、それ以降世間がどんな状況であっても、あなたがどんなにまだ戦えると自分で思っていても、ヒーローを引退してください。引退して、後進の育成に取り組みながら、今度は自分の幸せのために、残りの命を使ってください」
「………………!!!」
オールマイトは雷に打たれたような衝撃を受けた。目の前で聖母の如き微笑みを浮かべているトパーズの輝きをその瞳に湛えた少女は、今、何と言った?
オールマイト自身の、幸せのために、命を使えと、言ったのか?
「……フーディルハイン少女、それは、私には」
「許されないこと、なんて巫山戯たことを言うな」
オールマイトは目を見開く。アンジェラの言葉から敬語が抜け落ち、そのトパーズの輝きに鋭さが宿っている。
今ここに居るのは、雄英高校ヒーロー科一年A組の生徒、アンジェラ・フーディルハインではない。ラフリオンが空色の魔女、アンジェラ・フーディルハインであった。
「人間、誰しもが幸せになる権利を持っている。あんたはそれを自ら手放して、何十年と世のため人のために尽くした。もう、十分だ。
あとは、最後に残した大仕事を片付けて、後に託してもいいんじゃないか? 「平和の象徴」は、決して一人がなり続けるものじゃなくてもいいんじゃないか? 一人が限界をとうに超えてなおそれを続けるというのなら、それは、体のいい生贄と変わらない。オレは、決してそれだけは認められない」
「……しかし、皆が私を待っているんだ、オール・フォー・ワンと戦った後もそうだった」
「それはただ無責任なだけ。オールマイトを人間として見ていないのと同じだよ。オールマイトが幸せになることを認めようとしないだけ。そんなの、不条理でしかないだろう」
少女はカラカラとした笑みを浮かべている。そこに込められたものは、これまで長い間戦ってきたオールマイトへの賛辞と、オールマイトが戦い続けることを求める人々への、嘲笑。
「オレはな、オールマイト。認められないことは認められないし、切り捨てられるものは切り捨てる。目的のためなら手段を選ぶようなこともしない。
もし、あんたがオール・フォー・ワンを倒したあともヒーローを続けるってんなら……」
アンジェラはソルフェジオを杖に変形させ、オールマイトの首に当てがった。そのトパーズの瞳に宿るは、強く鋭い決意と、殺意。
「あんたの両手両足もぎ取ってでも、無理矢理引退に追い込む」
その言葉が本心からの言葉だと、声色から伝わってくる。彼女にならば出来てしまうと、何故か確信が持てる。
同時に……その全てが、オールマイトが「みんなのため」に戦い続けることを憂いてのことだと、オールマイトは肌で感じた。
だから、なにも言い返せなかった。
「あんたの戦いにはこれっぽっちも「自分のため」がない。少しだけオールマイトについて調べて、あんたとこうやって話して、そう思った。
なぁ……それがどれだけ
「誰かのため」に戦えることは、そりゃ素晴らしいことだ。誰にだってできることじゃない。それは身体じゃなくて、精神的な話だ。
だがな……戦いってのには、ひとつまみくらいは自分の、自分自身による自分自身のための理由も必要だ。それは誰かの幸せを願うなんていう理由じゃない。自分自身が幸せになるための理由。それがなきゃ……人の心は、壊れてしまう。あんたは異常なんだよ、その心が」
アンジェラは微笑みをかなぐり捨てて、鋭いその瞳でオールマイトを射貫く。
「誰かの、見知らぬ誰かのためだけを思って戦って死ぬなんて…………オレはまっぴらゴメンだし、あんたがそうすることも、認めない。
せめて、最後に残した大仕事を片付けたあとの、もう少しの人生は、自分のためだけに生きな」
そう言うと、アンジェラはソルフェジオをオールマイトの首から離し、ペンダントに戻した。
それはもはや提案などではない、脅しだった。オールマイトというヒーローへの最大の脅し。
今までも、オールマイト自身の幸せを望む人は居た。そんな人々、かつての相棒の思いまでもを全て踏み躙って、オールマイトはここまで来てしまった。それしか、知らなかった。
だが、眼の前の不敵な笑みを浮かべた少女は、オールマイトがオールマイト自身の幸せを掴もうとしないのであれば、両手両足をもぎ取ってでもヒーローを引退させようとしている。それは、他の人のようなオールマイトの幸せへの願いなどではない。明確な、脅迫であった。
「……私相手に、脅迫を仕掛けるつもりかい?」
「お生憎様、オレは気に食わないものは捻じ曲げないと気が済まない性分なもんで。直接関わったんなら尚更な。
あんたがいくら平和の象徴と謳われていようと、オレは自分の考えを曲げるつもりはねぇよ。
そもそも、たった一人が平和の象徴として長い長い時間生贄となり、立ち続けることで成り立つ日本の社会構造自体、オレは気に食わねえ。
たった一人に責任を押し付け続けて、使い潰して、それが倒れればあっけなく崩れるような平和なら、オレはそもそもそれを平和とは認めない。
人は、神なんかには成れないんだよ」
少女の言葉には、確かな重みがあった。ゴールが見えたのなら、そこまでひた走ろうと覚悟を決めたオールマイトにとって、アンジェラの言葉は重苦しく、眩かった。
彼女は本気だ。目がそう言っている。
オールマイトがオール・フォー・ワンを倒してもヒーローを続けようとするならば、本気で手足をもぎ取りにかかってくるだろう。
(……ああ、負けた。負けたよ)
何と勝負をしていたのかすら、分からないけれど。
オールマイトはこの時、遥かに年下なはずの少女に、確かな敗北感を感じた。
「…………………………分かった。オール・フォー・ワンを倒したら、私はヒーローを引退する。
だから、力を貸してくれ」
オールマイトの言葉に、アンジェラはとても満足そうな表情で頷いた。
ヒロアカ世界の日本って、結構盲目な感じがするんですよね。一人に全てを背負わせていたら、それが崩れた時に全てがご破産になると、ちょっと考えれば分かるはずなのに、オールマイトが万能すぎるばかりに、それに気付くことができなかったんでしょうね。