時は流れて、三日間の筆記試験終了日。
アンジェラはケアレスミスさえなければ大丈夫だろ、と自信をもって言えた。芦戸と上鳴も取り敢えず全部埋めることは出来たと言っていたので、筆記試験は恐らく全員大丈夫そうだ。
その翌日、演習試験本番。コスチュームに着替えて集まった試験会場の中央広場には、相澤先生を始め多くの先生が集まっていた。なんだか先生多いな、とクラスメイトたちは感じていたが、肩の上にケテルを乗っけたアンジェラはそれ以上にもしかして、という思いに駆られていた。
「それじゃあ、演習試験を始めていく。この試験でも、勿論赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねぇヘマはするなよ。
諸君なら事前に情報を仕入れて、何をするか薄々分かっていると思うが……」
「入試みてぇなロボ無双だろ〜!?」
「花火〜! カレー! 肝試し〜!」
この状況に違和感を感じないのか、楽観的思考回路のままで騒ぎ立てる上鳴と芦戸。アンジェラはこいつら大丈夫か? と頭の片隅で思っていた。
「ノンノン! 諸事情あって、今回から内容を変更しちゃうのさ!」
相澤先生の首元の捕縛布からひょこっと現れた根津校長がクラスメイト達、特に騒いでいた芦戸と上鳴に現実を叩きつける。芦戸と上鳴が白くなって動きがピタリと止まった。
『校長先生!』
「変更って……」
上鳴と芦戸程ではないが、やはり動揺するクラスメイト達。根津校長は相澤先生から降りながら、変更された演習試験の内容を口にする。
「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを、重視するのさ!
というわけで……諸君らにはこれから二人一組となって、ここに居る教師一人と、戦闘を行ってもらう!」
「先…………生方と!?」
先生、つまり、現役プロヒーローとの対人戦闘。その字面だけで分かる、あまりの高難易度試験にクラスメイト達が戦慄とする中、アンジェラは自身の予想が当たってしまい、違う意味でこめかみに手を当てる。
「ペアの組み合わせと対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから、発表していくぞ」
相澤先生はそう言うと、淡々とペアと対戦相手を発表していく。次々と発表されていく中、アンジェラのペアは爆豪。そして、対戦相手は……
「私が、する!」
「「……オールマイト……!」」
上空から颯爽と現れた、オールマイトであった。
数日前の夜。雄英高校の会議室にて、期末の実技試験に関する会議が進んでいた。
そもそも演習試験の内容が変更になったのは、アンジェラの予想通り敵連合から始まった、現状以上に激化するであろう敵との戦闘に備えるためである。入試などで使われる仮想敵ロボットは、入試という場で生徒に危害を加えるのか、というクレームを回避するための代物であり、あまり実戦的な物ではない。
生徒を守るために、学校側はどうすればよいか。根津校長が出した結論は、「生徒自身に強くなってもらう」、である。他の先生もその考えに賛同した。その考えから、対先生の実戦演習という案が生まれたのだ。
勿論、入学して3ヶ月余りの高校一年生が、例外中の例外を除いて本気の先生相手にまともに太刀打ち出来るはずもない。その辺を考慮して、教師側にはハンデを付ける。が、それでもロボとの戦闘訓練よりは格段に難易度が高いであろう。
それから、先生達は生徒のチームアップとどの教師と対戦させるか、ということを話し合った。
粗方A組の組み合わせが決まった頃、相澤先生が一番の難問を口にする。
「それでは最後に、フーディルハインですが……彼女に関しては、一対一でも、というかハンデなしでも難なく試験をクリアするでしょう。
“個性”は「魔術」……体内のエネルギーを組み替えて魔術のような現象を引き起こすことが出来る“個性”。確認出来るだけでも砲撃や射撃、水や炎などを出現させ操るなどの攻撃以外にも、防御、バフ、移動、拘束、回復……などなど、多彩な技を持っていますね。また、“個性”としては一応発動型として分類されますが、異形型に近い性質を持つためか、俺の「抹消」などの“個性”に直接干渉する類の“個性”は効果がないと、“個性”届けにあります」
「おまけに、“個性”なしで音速以上のスピードで駆けることが出来て、マーシャルアーツ……近接格闘術も一戦級レベルで会得しているなど、“個性”を使わなくても並大抵のヒーローはおろか、トッププロですら軽く凌駕するであろう実力の持ち主……改めて見ると、凄まじいわね」
教師陣のアンジェラへの評価は、「凄まじい」の一言に尽きる。戦闘能力で言えば、もう既にナンバーワンを狙えるほどだ。アンジェラに相澤先生の「抹消」が効かないのは、アンジェラの“個性”は“個性”ではなく魔法だからなのだが、それを教師陣が知る術はない。
「そして、最近GUNからの特別講師として赴任してきたインフィニットとガジェットが、一年を教える教師と校長にのみという条件で開示した情報があります。
このことは他のヒーローやヒーロー公安委員会はおろか、警察などにも他言無用だそうですが……皆さんはコレ見て、どう思いました?」
相澤先生は机の上にあった白い封筒を持って言う。
「……ある意味、納得しましたね。この資料を読んで思いましたが、体育祭でも恐らく手を抜いていたんでしょう……自分以外をなるべく目立たせるために」
「彼女の突出した戦闘センスはセンスだけでなく、経験に裏打ちされたもの、か……そりゃ、凄まじく強いわけだ」
「敵との戦闘、という経験では、数では俺たちに劣るだろうが……密度はフーディルハインの方がよっぽど濃いだろうよ。ある意味コウハイで、センパイだぜ」
「コレデ、フーディルハインサン自身ハ正規職員デハナク、アクマデモソノ場ソノ場デノ協力者トイウノダカラ驚キダ」
「……今回の来日も、何かしらのGUNにまつわる目的があってのことでしょうが……ガジェットにそのことを問い質したら、「それ以上の情報を開示する権限は自分たちにはない」、と返されましたよ」
「遠回しの肯定……だけど、その内容を話はしないのだろうね。フーディルハインさんがGUNと組織的に繋がっているとこちらに開示されただけでも、少なくとも僕ら雄英を信頼してくれている証さ。彼らの真の目的は、彼らが話してくれるまでこっちから聞くような無粋な真似はよそう。彼らが折角信頼してくれたんだ。その信頼には、応えなくてはね」
根津校長の言葉に、全員が頷く。オールマイトはアンジェラ達の真の目的を知っているのだが、そのことを話すようなことはしない。オールマイト以外の教師も、アンジェラ達がどんな目的で日本に来ていようと、GUNという国際警備機構の看板を背負っているからには、何かしらの敵か何かに関わりがあることで、情報が不確定だからなのか、はたまた目標に気付かれたらまずいのか、どちらにせよ、おいそれと他者に話せない理由があるから、情報を開示しないのだろうと推測していた。
また、ヒーロー公安委員会や警察には言わず、雄英だけに情報を開示した理由も、根津校長は予測がついている。ヒーロー公安委員会や警察の上層部のやっかみに、アンジェラを巻き込まないためだ。もし彼女がそんなやっかみに巻き込まれてどうにかなってしまったら、下手したら日本が滅びるだろうから。
だからGUNは、現場のことを知り教師として多数の生徒を見てきて、尚且つアンジェラと直接関わり合いを持つ雄英の一年を教える教師と校長にだけ情報を開示し、現場に出ない口先だけの無能や出世欲の塊が紛れ込んでいる可能性がある委員会や警察には伝えなかったのだ。ガジェットやインフィニットは、例年通りの講師でもあるだろうが、雄英教師の監視なども兼ねているのだろう。彼らも大概強い。
そして、根津校長の推測が大体当たっていたことは、当の本人たちは知る由もない。
「それでは、話を戻しますが……ぶっちゃけ、フーディルハインはどうするべきだと思います? というか、誰となら試験になると思います?」
「俺は……少なくともオールマイトさんじゃないと相手にもならないかと」
「私もそう思うわ……私じゃあ、眠り香の射程範囲外から狙撃されて接近もままならないでしょうし」
「ブラックホールの僅かな死角も貫かれそうですね」
「いっそ教師が束になってかかりますか?」
「いや、それだとフーディルハインさんとペアを組む生徒に不利すぎる。フーディルハインさんを一人で受験させるかとも考えたけど……それだと、一人余ってしまう。フーディルハインさんはともかく、余ったもう一人はとばっちりが過ぎるのさ。ただでさえ例年より難易度が高い試験なのに、更にそこだけ難易度を上げるのは……」
教師陣は色んな意味で頭を抱える。これでは、どちらが試験される側なのかわかったものではない。
「……では、こうしましょう。
フーディルハインは爆豪とペアを組ませて、対戦相手は……オールマイトさん、頼みます」
「分かったけど……一応、フーディルハイン少女を爆豪少年と組ませた理由を聞いていいかい?」
「我が強く、独断専行しがちな爆豪の手綱を、フーディルハインがどこまで握れるか……これを、フーディルハインの試験内容とします。また、フーディルハインだけは爆豪が気絶しているか爆豪に先導されていない限り
……流石にこうでもしないと、試験にならないでしょうから」
「分かったよ、私はフーディルハイン少女と爆豪少年が仲違いなどをしないように、誘導すればいいんだね?」
「そういうことです」
こうして、アンジェラと爆豪の組み合わせが決定したのである。
懐から黄色いハンドカフスを取り出した根津校長が、試験の詳しい内容について説明していく。
「試験の制限時間は30分! 君達の目的は、このハンドカフスを教師に掛ける、オア、どちらか一人がステージから脱出することさ!」
先生を捕らえるか、ステージからの脱出。本当に逃げてもいいのかという疑問がどこからともなく湧き出たが、会敵したと仮定した場合、そこで捕縛できればそれが一番なのだが、実力差が大きすぎたり、相性が死ぬほど悪すぎたりした場合は、逃げて応援を呼ぶのも一手。逃げてはないが、アンジェラも保須での一件でファントムルビーに対して強く、近くに居るであろうインフィニットに救援を求めていた。最終的に被害者0でことを済ませられるのであれば、応援を呼ぶことは全然恥ずかしいことなどではないのだ。
「そう! 君らの判断力が試される! けどこんなルール逃げの一択じゃねって思っちゃいますよね?
そこで我々、サポート科にこんなの作ってもらいました!」
コミカルな感じで懐をゴソゴソと漁るオールマイト。取り出したのは、黒い重りがついた輪っか状の物体。
「超圧縮おーもーりー!」
「……何故にどこぞの青い猫型ロボット風?」
オールマイトのどこか聞き覚えがある口調にアンジェラがツッコミを入れる。ジャパニメーションを踏襲済みのアンジェラは、当然某猫型ロボットのアニメも見たことがある。閑話休題。
「体重の約半分の重量を装着する! ハンデってやつさ。古典だが、動き辛いし体力は削られる……あ、やっば、思ったより重っ……」
超圧縮重りを手足に装着しながらオールマイトは言う。途中、あまりの重さにオールマイトが思わず声を漏らしていたが、オールマイトは体重が確か200kg以上あったはずなので、当たり前といえば当たり前か。
「……戦闘を視野に入れさせるためか……ナメてんな」
「HAHAHA……どうかな?」
ぼそりと呟いた爆豪をオールマイトの眼光が射抜く。少なくとも、舐め腐っているわけではなさそうだ。
「それぞれ用意してあるステージで一斉スタート。移動は学内バスだ。分かったらはよ移動しろ」
相澤先生に催促され、アンジェラ達はバスに乗って所定の試験会場へと赴く。
その前に、アンジェラは相澤先生に呼び止められた。
「ああ、フーディルハイン、お前だけは爆豪が気絶しているか爆豪に先導されていない限り、ゲートからの脱出は禁止だ」
「別にいいですけど……理由を聞いても?」
「そうでもしなきゃお前が速すぎて試験にならん」
「……ま、それで納得しときますよ。爆豪にも伝えておけばいいんですね?」
「そういうことだ」
アンジェラはまあいっか、と思いながらバスへと赴く。バスに乗車したとき、既に爆豪が座席でふんぞり返っていた。
「遅ぇ」
「悪い、ちょっと相澤先生に呼び止められたもんで」
アンジェラはそう前置きして、相澤先生から言い渡されたアンジェラだけの禁止事項を爆豪に伝える。爆豪は悔しそうではあるが、納得はしたようだ。
「ま、お前デタラメなスピードしてるもんな……アレ、“個性”使ってないって何かの冗談だろ」
「いや、マジもマジ、大マジだって。オレ、“個性”結構遅咲きだったんだけどさ、“個性”が発現する前からマッハは出せたから」
「……お前が言うと冗談だと思うようなことでも冗談に聞こえん」
「It's not joke……信じてもらえるたぁ思ってねぇケド」
そんな他愛もない話をしながらバスは進む。ある程度まで進んだ頃、アンジェラが切り出した。
「んで? 爆豪、お前どうするつもりなんだ?」
「どう、って……そりゃ、正面からブチ抜くに決まってんだろ」
「ヘェ……悪くねぇな。オールマイトが相手とはいえ、ハンデでどれだけ戦力が削がれているのかは分からんわけだし、オレがゲートを通り抜けられない以上、正面戦闘は避けられない、か。
だがよ、爆豪。逃げの一手を打つってのも、結構大事なコトなんだぜ?」
「ケッ、誰が逃げるかよ誰が!」
この反応が返ってくることは想定内である。アンジェラは全く臆することなく続ける。
「人の話は最後まで聞け。
いくらお前に戦闘の才能があろうと、相手はオールマイト。何十年と……平和の象徴として君臨しているヒーローだ」
「平和の象徴」と口にした一瞬だけ、アンジェラの声が微かに歪む。爆豪はそれに気付きはしたが、それを指摘する前にアンジェラが再び口を開いた。
「雄英に入ってから数ヶ月ほどの子供が真正面から無策で突っ込んで行って勝てるほど、甘くはねぇんだよ」
「…………」
「だから、まずは作戦勝ちを狙え」
「……それって、どういうことだ?」
爆豪がアンジェラの話に食い付いた。アンジェラはニヤリと笑みを浮かべながら言う。
「作戦勝ちすら出来ない奴が、真正面から突っ込むだけでオールマイトに勝てるわけないだろ。本気で勝ちたいのなら、まずは段階を踏むんだな。
勝利の種類は、一つだけじゃねぇんだぞ」
さて、爆豪はどう出るだろうか。自身よりも下と見下している相手には当たりが強い爆豪だが、体育祭の決勝で真正面から爆豪を打ち負かしたアンジェラに対しては結構普通に接してくる。ただ、自尊心の塊であることに変わりはないので、アンジェラとしては話に乗ってくるか、逆上されるかの五分五分だった。
爆豪は少し考える素振りを見せて、口を開く。
「……フーディルハイン、お前、オールマイトの動きを制限出来るか?」
冷静に言葉を放つ爆豪に、アンジェラは楽しげな笑みを浮かべる。
「そういうのにうってつけの技がいくつか……一つ、試したい新技がある」
「聞かせろ。そして、作戦は俺に考えさせろ……それが、逃げの一手を容認する条件だ」
ガサツに見えるが、こいつ意外とクレバーだな。
アンジェラは肩の上のケテルを撫でながら、ニヤリ、とあくどい笑みを浮かべて言った。
「Ok.Please give me instructions,sir」
ツッコミどころがあれば、どうぞ優しく指摘してやってください。転がりながら喜びます。