期末実技試験の翌日。一年A組の教室には、どんとりとした雰囲気を背負い絶望的な表情を浮かべる人物が四人。
「皆……ぐすっ、合宿の土産話、楽しみにしてる……から……」
その人物とは、芦戸、上鳴、切島、砂藤。彼らは、先日の実技試験をクリア出来なかった者たちだ。クリアが出来ていないということは、それ即ち不合格……赤点が決定しているも同然。採点基準は明かされていないが、クリア出来た者たちよりも絶望的なのは間違いないだろう。
「まーまー、まだどんでん返しがあるかもしれないぜ?」
「よせフーディルハイン、それ口にしたらなくなるパターンだ」
アンジェラがおちゃらけたように放った言葉を、肩に手を置いて静止したのは瀬呂である。瀬呂も瀬呂で、峰田の作戦のおかげでクリアこそ出来たものの、試験官のミッドナイト先生の眠り香にあてられて殆ど眠っていただけという酷い有様。クリア出来ていない者たちよりも立場が不透明な状況であった。
「試験で赤点取ったら合宿行けずに補習地獄……そして俺たちは実技クリアならず。これでまだわからんのなら貴様の偏差値はサル以下だー!!」
パシッ
どこか悲壮感すら漂う表情でアンジェラに目潰しを食らわせようとした上鳴の右手を、アンジェラは涼しい顔で片手で掴んで受け止めた。
「やめろバカ」
アンジェラはニコニコ笑いながらそう言い放つ。
「すみませんでした」
上鳴は即座に謝った。決してニコニコとした笑みの中に般若のような何かを見たわけではない。微笑みから放たれた声に若干の威圧感を感じたわけでもない。単純にやめろと言われたから謝った。それだけ、のはずだ。
「予鈴が鳴ったら席に着け!」
そんな感じのやり取りが繰り広げられた直後、前の方のドアから相澤先生が入ってきた。一斉にガタガタと席に着くアンジェラ達。
「おはよう。今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。従って、林間合宿は……
全員行きます!」
『どんでん返しだーーーーーーー!!!』
ニッコニコと笑顔を浮かべながら放たれた相澤先生の言葉に、実技クリアならずの四人組は大声を張り上げた。アンジェラは相澤先生あの笑顔似合わねー、と、割とマジで結構失礼なことを考えていた。
「行っていいんスカ俺ら!」
「ほ、ホントに!?」
「ああ。赤点だが筆記の方はゼロ。実技で切島、砂藤、上鳴、芦戸、あと瀬呂が赤点だ」
「ゲッ……確かに、クリアしたら合格とは言ってなかったもんな……」
赤点確実で林間合宿に行けないと思っていた四人の顔に希望の灯が宿る。瀬呂は逆に恥ずかしそうだ。殆ど他人の力だけ頼ってのクリアなのだから、当然といえば当然なのだが。
「今回我々敵側は、生徒に勝ち筋を残しつつどう課題を向き合うかを見るよう動いた。でなければ、課題云々の前に詰むやつばかりだっただろうからな」
「本気で叩き潰すと仰っていたのは……?」
「無論、追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。
合理的虚偽ってやつさ」
『ゴウリテキキョギィィ──────!!!』
どうやら、両手足の重りというハンデが課されていた状態で更に手心を加えられていたらしい。どうりでオールマイトの動きに何となく違和感を感じたわけだ。オールマイトは、アンジェラが空を飛べるということをわざと忘れたフリをしていたのだろう。
ちなみにこれは大変余談であるが、後日オールマイト本人に確認してみたところ、確かにアンジェラが飛べるということは忘れたフリをしていたらしいが、アンジェラのスピードが速すぎて忘れていなくても対処は出来なかった、らしい。それが真実かどうかは定かではない。閑話休題。
嬉しさのあまり狂喜乱舞する赤点5人組。
しかし、それを容認できない……というか、虚偽を重ねられたことに憤りを感じる人物がここに一人。
「またしてもやられた……流石雄英! しかし! 2度も虚偽を重ねられると、信頼に揺らぎが生じるかと!!」
そう、我らが委員長、飯田である。見事に水を差した飯田の主張だが、間違っているわけでもない。嘘で鼓舞することは確かに効果的だが、何度も繰り返されると「またか」、と耐性が付いてしまい、効果が薄くなるものだ。
それを分かっているのか、相澤先生は口を開く。
「確かにそうだな、省みるよ。だが、全部が嘘ってわけじゃない」
その言葉に、喜びの舞を踊っていた赤点5人組の動きがピタリ、と停止する。そんな5人に、相澤先生は鋭い眼差しでとどめを刺した。
「赤点は赤点だ。お前らには別途に補習時間を設けている。ぶっちゃけ学校に残っての補習よりキツイからな」
赤点5人組は喜びから一転、悲しみの感情に包まれどよーんとした空気を身に纏いましたとさ。
「まぁ……何はともあれ、全員で行けてよかったね」
その日の放課後の教室。配られた林間合宿のしおりを手に尾白が言った言葉は、補習組の確かな救いになったかもしれない。
それはともかく、教室内では林間合宿の持ち物の話題で盛り上がっていた。
「一週間の強化合宿か……」
「かなりの大荷物になるな」
「あ、俺とか水着持ってねーや。色々買いに行かねぇと」
「暗視ゴーグル」
峰田の明らかに林間合宿に必要のなさそうで、しかもそれで思いっきりセクハラ……というか犯罪を働くつもりしかないであろうぼやきは全員でスルーを決め込んで、葉隠の一言がきっかけになって、休みでテスト明けの翌日にA組皆で買い物に行こう、という話になった。何気にそういうのは初めてのことである。
切島は爆豪を、アンジェラは轟を誘ったが、前者は行く気がなし、後者は休日に用事があるとのことで不参加とのことだ。アンジェラは轟の用事って、もしかしたら母さんの見舞いかな、と思いながらスマホを弄っていた。
翌日。やって来たのは県内最多の店舗数を誇る大型ショッピングモール。アンジェラもたまに買い物をしに来る。普通の人間にとっては遠出だが、アンジェラにとっては散歩も同然の距離である。閑話休題。
そんなショッピングモールに集まった爆豪と轟を除くA組メンバー。途中、体育祭をまだ覚えている若者からの若い反応があった。テレビの力とは、侮れないものである。アンジェラは、数ヶ月前のことなのにまだ覚えてるのか……と一周回って関心していたとか。
そんなこともありつつ、買わなきゃいけない物について会話が盛り上がるクラスメイト達。途中、峰田がピッキング用品や小型ドリルなど、明らかに不必要なものを求めていたような気がするが、今は気にしては負けである。
実際に性犯罪に走りそうになったら地面の中に埋めてやろう、とアンジェラは決心した。
「皆、目的バラけてっし、時間決めて自由行動するか!」
「わー、賛成賛成ー!」
「じゃあ、3時にここ集合なー!」
『異議なーし!!』
アンジェラがそんなくっだらないことを考えている間に、どうやら話がまとまってしまったらしい。クラスメイト達は我先にと自分が欲しい物を売っている場所へ向かって行った。置いてけぼりにされたのは、アンジェラと麗日のふたりだけだった。
「…………皆、元気だな」
「うん……アンジェラちゃんも行きそうな感じしたけど……どうしたん?」
「ん? いや、大したことじゃないぜ。ただ、峰田が実際に性犯罪に走ったらどう料理してやろうかなーって考えてただけだ」
「……………………へぇ…………」
確かに、峰田君怪しいことは口にしていたけれども。
アンジェラが出遅れた理由が思った以上にくだらなくて、麗日は愛想笑いしか出来なかった。
「麗日、お前はどうする? オレはまずスポーツシューズ見に行こうと思ってたんだが」
「私は虫除けが欲しいなって。……あ、でも逆方向だね……」
アンジェラが欲しい物と麗日が欲しい物を売っている店は、このショッピングモールのちょうど反対方向にある。アンジェラはたはは、と笑いながら仕方ないか、と口を開いた。
「オレらも別行動するか。無理して一緒に行く必要はないだろ」
「そうだね……じゃあ、後でシャツ一緒に見に行かない?」
「お、いいなそれ。乗った。じゃ、See you later〜」
「うん、後でね!」
麗日はそう言うと立ち去っていった。アンジェラもスポーツ用品店へと足を向けようとした、その時。
「おっ、雄英の人だ。サインくれよ。確か体育祭で優勝した奴だよな? それに、保須でヒーロー殺しと遭遇した人だ」
どことなく聞き覚えのある声がアンジェラの耳に入ってきた。その声の主は、アンジェラの肩に腕を回してくる。
アンジェラは、この声の主の情報を記憶の海から掘り起こし、
「そういうお前も元気そうじゃねえか、死柄木弔」
「…………バレるの早っ…………」
ニヤリ、とあくどい笑みを浮かべて、回された腕を、正確に言えば手首をガシ、と掴んだ。