『我が主なら大丈夫だとは思いますが、一応バレないように我が主の肉体を防壁で包んでおきます。これで死柄木弔の“個性”を使われたとて、我が主は無傷です』
(ああ、ありがとな、ソルフェジオ。頼む)
アンジェラはソルフェジオと念話で会話しながら、死柄木の顔を見やる。死柄木は、悪戯がバレた子供のような表情を浮かべていた。
「……お前、これがどういう状況なのか分かってんのか? アンジェラ・フーディルハイン……お前の命は、俺が握っているも同義だぞ? 俺のことを覚えているってことは、雄英襲撃のとき、俺が最後に言い残した言葉も覚えているんだろ?」
死柄木が雄英襲撃時に残した言葉。アンジェラへの、明確な宣戦布告であり、殺してやるとの意思表示。
アンジェラはそのことを思い出して、澄ました笑みで言い放つ。
「そっちこそ。オレに手首掴まれちゃそのおっかない“個性”も使えねぇだろ。それに、オレはそういうスリルはむしろ好きな方なんでね。宣戦布告も好きなんだよ。するのも、されるのも。
それが例え……命を賭けた勝負だとしてもな」
「とんだイカレ女だな……ヒーロー側にお前みたいな奴が居るとは思わなかった」
死柄木の声には心からの驚愕が含まれていた。アンジェラは死柄木と目線を合わせて口を開く。
「ま、こんなとこで立ち話もなんだ。折角会えたんだからお茶でもしようぜ? アイスくらいなら奢るよ。近くに自販機あるし。何味がいい?」
「…………別に、何味でも」
宣言通り、近くの自動販売機でアイスを買ったアンジェラは、死柄木が腰を掛けたベンチの隣に馴れ馴れしく腰掛け、死柄木にアイスを手渡す。
「買う所は見てただろ? まぁ、溶けないうちに食えよ。味の好み知らないからテキトーにバニラアイス買ったけど、それでいいか?」
「……味はそれでいいが、本当に何もしてないんだろうな?」
「オイオイ、オレがわざわざオレに名指しで宣戦布告してきた奴を毒殺なんて面白くない手で殺すような野蛮な人間だとでも思ってるのか? そりゃ心外ってもんだぜ」
毒見が必要ならするけど、とアンジェラは死柄木に視線を向ける。アンジェラは毒の魔法は使えないので、アンジェラが死柄木が見ている中、開封されていないアイスに毒を仕込むなんてことは本当に不可能である。今は使えないだけで練習次第では使えるようになるかもしれないが、アンジェラに今のところその気はない。
「……いや、いい」
アンジェラの言葉が真実だと思ったのか、死柄木は包み紙を独特な手付きで開封してバニラアイスにかじりつく。アンジェラも、自分用に買ったクリームソーダアイスの包み紙に手をかけた。
「お前……前はイレイザーヘッド……お前らの先生を庇って俺たちと戦ったじゃねえか。その時とは随分、キャラが違うというか……普通、敵だって分かってる人間にアイス奢ったりしねぇだろ」
死柄木が自身が今感じた疑問を素直にアンジェラにぶつける。アンジェラはクリームソーダアイスをかじりながら苦笑いした。
「なんだ、そんなこと……別に、あのときは先生が殺されそうだったからお前らと戦っただけだし、先生を助けたのだってそうしたいとオレが思ったからだ。オレ個人はお前らに恨み辛みがあるわけでもないし、お前今、こんなとこで暴れるつもりはないんだろ?」
「そりゃないさ……だが」
「だったらオレとお前はヒーロー候補生と敵じゃなくて、この場でバッタリと出会った顔見知りの二人。ただそれだけだ」
死柄木は何か深みに嵌りそうな感覚を覚えた。アンジェラの言う事は全てが紛れもない真実であり、アンジェラ自身が心の底から思うことである。死柄木は、何故かそういう確信を持つことが出来た。
死柄木は、アンジェラの思考回路がまるで理解出来なかった。普通、一度殺されかけて、更に殺してやると宣戦布告までした相手と友人と話すように会話したり、ましてやアイスを奢ったりなどしないだろう。自分が破綻者であるという自覚はある死柄木でも、アンジェラの対応があまりにも異質なことは分かる。死柄木自身も、一度殺されそうになった相手に旧知の友人のように接する自信などない。
だが、隣に座るひと回りも、下手したらふた回りも小さな少女は、あたかもそれが当然のことのようにこの異質で歪な行為を行っている。敵でもない、むしろヒーローサイドの人間が。
「……お前、どちらかといえば俺たち寄りの人間だろ」
「ま、ヒーロー寄りと言われたことはないな。敵寄りと言われたこともないけど。中立くらいだとは言われたことある」
「へぇ……お前、うちに来ないか?」
「いや、面倒だからそれは遠慮しとく」
死柄木は最初、USJ事件の時に自身の計画を大いに捻じ曲げてくれやがったアンジェラ・フーディルハインという少女に、底しれない殺意を感じていた。この場では逃してやっても、いつかは必ず殺してやろうと思っていた。
が、ここまでの会話で死柄木の中のアンジェラについてのイメージがバラバラと連続して崩れてゆく。最初に胸にあった殺意はアンジェラと話していくうちに段々と鳴りを潜め、いつの間にか、「邪魔をするなら殺すが、面白い人間」という認識に収まっていった。
「そうだな……お前に聞きたいことがある」
「ふぅん? ま、聞いてやるよ」
アンジェラはクリームソーダアイスをかじりながら興味深そうに死柄木の話に耳を傾ける。死柄木は胸の内に秘めた苛立ちを隠すことなく口を開く。
「大体何でも気に入らないんだけどさ……今一番腹が立つのはヒーロー殺しだ」
「仲間じゃなかったのか……いや、一部の目的だけが上手い具合に噛み合ったから一緒に居ただけ、ってトコか」
「そうだ、問題はそこだよ。殆どの人間がヒーロー殺しに目が行ってる」
死柄木はそこまで話すとバニラアイスを一口かじる。アンジェラは、保須で遭遇したヒーロー殺しを、ファントムルビーに自我を喰われた哀れで理想に生きようとした男のことを思い出した。
「雄英襲撃も、保須で放った脳無も、全部奴に喰われた。誰も俺を見ないんだ。いくら能書き垂れようと、結局奴も気に入らない物を壊そうとしていただけだろう?
俺と何が違うと思う? フーディルハイン……」
死柄木になくて、ステインにあったもの。ステインが激昂するまでファントムルビーに飲み込まれずに居たのは、ひとえに死柄木にはないものをステインが持っていたから。
アンジェラは後頭部を掻きながら口を開く。
「そりゃ、お前USJん時途中で投げ出したろ。少なくともヒーロー殺しは、自分の決めた信念に正直に生きようとした。最期まで信念を絶対に曲げようとしなかった。オレの知る傍迷惑な無駄に技術力の高いオッサンも、自分の理想に生きようとしてる。そういうとこなんじゃねえのか?」
死柄木の中で、アンジェラの言葉が反響する。そして、思い出す。自分が何故、オールマイトを殺したいと思ったのか。自分が何故、ヒーロー殺しが気に食わないのか。
自分の感情の、その根底にあるものが、一体何なのか。
「……ああ……そうか…………点と点が線で繋がった気がする。何でヒーロー殺しが気に食わないのか……分かった気がするよ……」
「へぇ、そりゃよかったな。差し支えなければ教えてくれないか?」
死柄木はバニラアイスの最後の一口を頬張り、包み紙に五本の指で触れる。包み紙はバラバラと塵になってゆく。
「そうだな……アイスを奢ってもらった礼だ。教えてやるよ」
死柄木は、その瞳に狂気的な光を宿していた。憎しみが、嫌悪感が、あらゆる負の感情が凝縮されたような鈍い光。
「全部……オールマイトだ。
ああ、そうだ……何を悶々と悩んでいたんだろう俺は。こいつらがヘラヘラ笑って過ごしていられるのも、オールマイトが、あのゴミが救えなかった人間が一人も居なかったかのようにヘラヘラ笑っているからだよなぁ……!!」
死柄木の視線はアンジェラからショッピングを楽しむ一般市民たちに向く。今この瞬間も理不尽の毒牙にかけられている人間が居るにも関わらず、そのことに気付いているのかいないのか、気付いていたとしても見向きもせずに何でもない日常を笑顔で謳歌する人々。
死柄木の目には、その光景が酷く苛立たしいものに見えた。
「何を当たり前のことを」
アンジェラはクリームソーダアイスの最後のかけらを口に放り込みながら、なんでもないように言い放った。死柄木は、そのあまりの衝撃に目を丸くする。
「……は? お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
「分からずに言ってたらそれはそれで問題だろ……あと、一応言っておくけどオレが同意したのはオールマイトが悪いって点じゃなくて、オールマイトが救けられなかった人間が居ないって点だからな」
「いや、正直そっちでもお前が何でそんなこと言ったのか分かんねぇんだが」
死柄木は不思議そうな視線をアンジェラに向ける。死柄木はてっきり、真正面から否定されるか、よくて興味なさそうな反応を返されると思っていた。考え方はヒーロー側でこそないが、中立、あくまでも表に組み込まれているこの少女は、裏の考え方を否定すると思っていた。
それがまさか、一部とはいえ肯定されるとは思ってもみなかったのだ。そりゃあ驚きもするだろう。
「だって、オールマイトは人間だぜ? 神なんかじゃない」
「……」
「あと、オールマイトが笑ってるから民衆も笑ってるってのは、間違いたぁ言えないけど極論すぎな。オールマイトの存在がない他の国でも、笑って毎日楽しく暮らしている奴は大勢居る。そうじゃない奴も居る。オレはそれを、この目で見てきた」
アンジェラは瞳を伏せる。
ソニックに連れられて、様々な国を巡ったのが始まりだった。その後、一人で、はたまた誰かと、様々な国の様々な光景を、人の明るい部分も、暗い部分も、かつてあったかもしれない過去も、いつかあるかもしれなかった荒廃した未来も、あってはならない時間も、あらゆるものをそのトパーズの瞳に写して、アンジェラはここまで来た。その全てが、アンジェラの価値観を形作っている。
「自分が何かを出来る状況」にあると、アンジェラは自らを顧みない行動をとってしまう。しかし、それはよくあるヒーロー精神に基づくものなんかでは決してない。それは、一種の精神の病に近いものであり、ただのエゴでしかない。アンジェラはそれを、正しく理解している。そして、その上で動くのだ。
「後悔したくない」、ただそれだけの思いで。
「誰も彼もが自分のことをまず考えている。だけど、それはごくごく当たり前のことだ。だって、生き物なんだから。よく言うだろ? 命あっての物種って」
「……じゃあ、ヒーローって何なんだ? あいつらは敵と戦って、命を散らしている。暴力で平和なんていうものを守り、そのために死んでいく。あいつらは、何なんだ?」
「ヒーローっつっても、色んな考えの奴居るからなぁ。人間が寄って集まっている以上、ヒーローも一枚岩じゃない。本当に人のためになることをしたいと考える奴も居れば、自分の承認欲求を満たしたい奴や金を稼ぎたい奴も居る。
ま、強いて言えば、「人間」、かな」
アンジェラはそう言いながらアイスの包み紙を二つ折りにする。死柄木は、どことなくスッキリとした表情で立ち上がった。
「そうか……話せてよかった。アイス、ご馳走さま」
「いいって、押し付けたようなもんだし。
あとな、」
アンジェラが直後放った一言は、死柄木の耳にやけに明瞭に残った。
死柄木はアンジェラの姿を一瞥すると、どこかへと立ち去って行った。
その後、アンジェラはスマホでクラスメイト達に死柄木と遭遇したことを伝え、警察にも通報。ショッピングモールは一時閉鎖され、警察やヒーローによる死柄木の捜索が行われたが見つからず、アンジェラはその日のうちに警察署に連れられ、敵連合の捜索を行っており、オールマイトの秘密についても知っているという警察官の塚内さんに死柄木の人相と会話内容などを伝えた。
「いやしかし……君の胆力には恐れ入ったよ。まさか、あの敵連合の死柄木相手にアイスを奢って話をするとは……」
「あいつとは個人的にちょっと話がしてみたかったので。無理に引き止めたところで被害が拡大するだけでしょうし」
塚内さんの称賛と呆れ入り混じった視線がアンジェラに刺さる。アンジェラはたはは、と愛想笑いをした。
「まあいずれにせよ、連合の目的がオールマイト打倒のままだと分かっただけでも収獲だ。ありがとう、フーディルハインさん」
「いえ、結構楽しかったのでお礼はいいですよ」
一歩間違えば死ぬかもしれなかったのに、それを楽しかったで済ませるフーディルハインって、怖いものとか無いのでは? と、塚内さんは思ったとかなんとか。
アンジェラが、正確にはソルフェジオが魔法で見えない防壁を貼っていたのは、他の誰にも知られることはなかった。
その後、アンジェラはGUN本部にもこの件を連絡し、あれやこれやでソニック達まで伝わっていった頃には、話がねじれにねじれて「アンジェラが死柄木と仲良くお茶をして溶けた」と、決定的に間違ってもいないが、特に最後3文字が正しくもない内容に改変されていたことは、後に笑い話となる。
ちなみに、ここまで話を妙にコミカルに改変した犯人であるメフィレスは、シルバーによって一週間おやつ抜きの刑に処されましたとさ。
アンジェラさんは一般から逸脱した価値観を持っています。彼女に一般で言う「敵」や「ヒーロー」のような区切りは存在しません。一般の価値基準として認識はしていますが、それだけです。
今日はもう一話更新します。