「……ところで、ソニック、シャドウ達は?」
ひとしきり挨拶を終え、嫉妬を叫ぶ峰田を回収したあと、アンジェラはふとした疑問をソニックにぶつけた。
事前に送られてきたメールでは、今回Iエキスポに来ているのはソニックと、あと4人居るはずなのだ。それなのに、この場に姿を現したのはソニックだけ。
ソニックはアンジェラの疑問に、困ったように口を開く。
「ああ、それなんだけどさ……テイルスは学者さんたちに呼ばれてて、エミーはその付き添い。遅くともレセプションパーティーまでには戻ってくるってさ。
それでさ……アンジェラ、シルバー見なかったか?」
「シルバー? いや、見てないけど……」
「実はさ……」
ソニックの話は、実に単純明快であった。
シルバーが迷子になった。
その言葉を聞いたアンジェラは、またか、と言いたげに口を尖らせる。
「……シルバーのやつ、まぁたテンション上がってふらふらとどこか行きやがったな?」
「まさにその通りだ。気づいたときにはもう姿も見えなくてさ、シャドウとオレで探してて……」
「それで、こっちに来るのが遅れた、と。あいつ、前もそんな感じでクリームに保護されてなかったか?」
シルバー、オレと同じくらいの歳のはずなんだがなぁ。
ソニックのうんうんという相槌を受けて、アンジェラは深いため息をついた。
シルバーは約200年後の世界から来た未来人だ。今は事情あって未来の世界に戻ることができなくなってしまっているがゆえにこの時代に留まっているが、そんなシルバーからしたら、200年前の技術や風景は逆に物珍しいものであるのだと、前にシルバーが言っていた。
シルバー本人は方向音痴とかでは決してないのだが、若干天然な気質も相まって、気になったものがあるとそっちへふらふらとまるで蛍光灯に集う虫が如く引き寄せられてしまい、結果的に迷子になってしまうことがある。それは、シルバーにとって物珍しいものが多い現代ではわりと頻繁に見られる光景だ。
また、シルバーから見たら古すぎるがゆえなのか、今だにこの時代の携帯電話を扱えないこともシルバーの現代限定の迷子癖に拍車をかけていた。
今回もテイルス達と別れたあと、現代の最先端技術……シルバーからしたら骨董品もいいところなのだが、それゆえに興味を惹かれたのか、いつの間にかふらふらとどこかへ行ってしまい、そのままソニック達はシルバーを見失ってしまったらしい。
「あいつ、なんでこう変な迷子癖はナックルズに似てるんだ……?」
「血でも繋がってるんじゃね?」
「シルバーはハリネズミでナックルズはハリモグラだろうが……仮に繋がっていたとしても、そんなとこまで似なくていいのに」
シルバーが未来人であることは様々な事情によりあまり知られたくない(わりと結構な人数に知られている気はするが)のでその辺りはてきとうにぼかしつつ、アンジェラは特定の状況下で迷子になりやすい、という意味でシルバーに似ているナックルズを引き合いに出してシルバーの迷子癖を愚痴る。
シルバーが迷子になった場合、高確率で被害を被るのは何故かアンジェラだ。大体はシルバーの迷子に乗じて悪戯をする、シルバーに引っ付いて回っているあの重油のせいなのでシルバー自身はふらふらとどこかへ行ってしまうこと以外は悪くないのだが。
先程からしきりにため息をついているアンジェラを心配してか、麗日達が声をかける。
「アンジェラちゃん、私達もそのシルバーさん? って人を探すの手伝おうか?」
「マジか、助かるよ。あいつほんっと興味を惹かれるとこにふっらふらふらふらと行きやがるから探すの大変で……」
「……随分と苦労してきたんだね」
「や、探すのはともかく苦労は大体メフィレスのアホのせいだけど……」
「メフィレスって誰だよ」
「いつの間にかシルバーの家に住み着いてた不審者」
アンジェラはメフィレスがシルバーの迷子に乗じて行ってきた悪戯を思い出して、勘違いでもなんでもなく頭が痛くなって手でこめかみを押さえる。
よし、やっぱりメフィレスはボコそう。
「メリッサ、あっちは?」
「確か、ヴィラン・アタックっていうアトラクションがあったはずよ」
メリッサの案内でヴィラン・アタックの会場にやって来た、バイトの上鳴と峰田を除くアンジェラ達。そこに設置されているモニターに映し出されていたのは、コスチュームを身に纏った切島だった。
「切島!?」
「アンジェラ、あの人も……?」
「ああ、クラスメイトだ」
どうして切島が? とアンジェラが疑問に思っていると、MCのお姉さんのコールで次のチャレンジャーが出てくる。そのチャレンジャーの姿を視界に入れた瞬間、アンジェラは「ああ、なるほどな」と零した。
「ば、爆豪君!?」
そのチャレンジャーとは、悠然とした顔でコスチュームを身に纏いスタート位置につく爆豪であった。
「それでは、ヴィラン・アタック! レディ〜……ゴー!」
スタートと同時に爆豪は爆破の“個性”を駆使して空中を移動し、素早く次々と的の敵ロボットを破壊していく。
「死ねぇ!」
「……なぁアンジェラ、なんで爆豪……だっけ? あいつはロボットに死ねとか言っているんだ?」
「そんなもん知らん」
いつも通りだが青空が綺麗に広がる下ではいささか不釣り合いな爆豪の掛け声にソニックが疑問を呈し、アンジェラは苦笑いで答えにならない答えを口にした。
「これはすご~い! クリアタイム15秒、トップです!」
トップに躍り出たにも関わらず、どことなく物足りなさそうな爆豪の耳に、切島の驚いたような声が聞こえてくる。
「あれ? あそこにいるのフーディルハインじゃね?」
「よっ」
切島と爆豪の視線に気付いたアンジェラが片手を挙げて挨拶すると、爆豪が爆破による跳躍で観客席手前の手すりまで一気に飛び上がって手すりに掴みかかった。
「なんでお前がここにいるんだよ!?」
「お前に招待状やったの誰だと思ってんだよ、居るに決まってんじゃねえか」
「ぐっ……そりゃ、そうだけど……」
図星をつかれて珍しく弱り気味の爆豪に、ソニックが興味深そうな声を出す。
「アンジェラ、こいつらも友達か?」
「そうだぜ」
「うっせぇ! 誰がこの水色女と友達だって!?」
「そっか、オレはアンジェラの兄のソニックだ。妹と仲良くしてくれてありがとよ」
「仲良しこよしじゃねえんだよ!」
「いい加減にしないか爆豪君! ソニックさんに失礼だろう!」
「テメーに用はねーんだよ! こんなとこでまで委員長ヅラしてんじゃねえ!」
「委員長はどこでも委員長だ!」
吠える爆豪にどこ吹く風な音速兄妹。飯田が仲裁(?)に入るも言い争いになり、アンジェラとソニックは面白そうにそれを見ている。メリッサは何故爆豪が怒っているのか不思議そうにその光景を見ていた。
「切島さんもエキスポに招待受けたんですの?」
「いや、爆豪がフーディルハインの余った招待状貰って、俺はその付き添い。なに、これから皆でアレ挑戦すんの?」
八百万の疑問に答える切島。爆豪は再びアンジェラに向かって吠える。
「ハッ、やれるもんならやってみな!」
「いや、こっちも今人探し中だし。
…………ま、そんだけ煽られちゃやるけど。ソニック、ちょいと寄り道いいか?」
「Of course! シルバーならまぁ、迷子だけど無事だろうからな」
「Thanks!」
アンジェラは笑顔で言うと、観客席から柵を越えてスタート位置へ飛び降りる。突然降ってきた威勢のいいチャレンジャーに、MCのお姉さんも元気にコールを入れた。
「さて、文字通り飛び入りで参加してくれたチャレンジャー。いったい、どんな記録を出してくれるのでしょうか!」
アンジェラは軽くストレッチをする。射撃魔法で的を狙い撃つのは簡単だが、折角ソニックが直接見てくれているのだ。そんなつまらないことはしない。
「ヴィラン・アタック! レディーゴー!」
スタートの合図と同時にアンジェラは駆け上がる。音速の数倍のスピードで。そして、文字通り瞬く間に全ての敵ロボットを瞬間的に身体強化魔法とワン・フォー・オールを纏わせた蹴りや拳で破壊してみせた。
「……す、す、凄い! クリアタイム2秒! ダントツトップに躍り出ました! スローモーションでもう一度見てみましょう!」
アンジェラのスピードのデタラメさを知っている飯田たちはある意味予想通りの展開に関心していたが、観客たちはどよめきを見せる。ライダーズカップや雄英体育祭を見ていたメリッサも予想以上のスピードに驚愕していたが、スローモーションの映像を見ているとどこか引っかかるものを覚えた。
そして、ソニックはというと、
「よーし、オレもやろ」
「……え? シルバーさん探しは?」
「No problem! すぐに終わらせる!」
そんなことを言いながらスタート位置からジャンプして戻ってきたアンジェラと交代するかのように飛び降りる。戻ってきたアンジェラを称賛しつつ、麗日と飯田はアンジェラに問いかけた。
「アンジェラちゃん、お兄さん止めなくていいん?」
「あまりここで時間を使わない方が……」
「大丈夫だ、瞬きする間もなく終わるから」
そう言いながら手すりに肘を乗せて頬杖をつくアンジェラに、麗日達は首を傾げる。爆豪はアンジェラの大記録に「……まぁ、あいつならそうか」と悔しそうにしていた。
「ヴィラン・アタック! レディーゴー!」
MCのお姉さんのコールが響き渡る。
が、次の瞬間、会場は驚きを通り越して無音状態になった。
「え、え、えっと……クリアタイム0.53秒……? 一秒の壁が破られました……?」
MCのお姉さんですら、信じられない記録に懐疑的な声しか出すことができない。唯一会場の中でアンジェラだけが、「あー、また負けた」と悔しそうな、しかしどこか自慢気な声を上げ、ライダーズカップでアンジェラとソニックのデッドヒートを観て、その勝者がソニックであることを知っているメリッサは流石はアンジェラのお兄さん、と感心していた。
「す、スローモーションで見てみましょう!」
MCのお姉さんの言葉でモニターに映し出されるスローモーションの映像。ソニックのしたことはワン・フォー・オールや魔法の有無以外はアンジェラとほぼ変わらない。
ただ、アンジェラよりもそのスピードが速いだけである。
「あ、アンジェラちゃん! ソニックさんって何者なん!?」
「フーディルハインのお兄さんだっていうからかなりのもんだとは思ってたけど……」
「まさか、これほどとは……」
「…………」
麗日達も驚きすぎて口をあんぐりと開けている。爆豪に至ってはあまりのショックに石化したかのように動かない。
「凄いだろ? オレの兄さん。オレ、ソニックとシャドウには一度も勝てたことないんだよ」
「……あのアンジェラちゃんが? って驚くとこなんだろうけど……あんなの見せられたら納得してまうわ」
「アンジェラさんのお兄さんというのは、伊達ではないということですね」
八百万の一周回って納得したような声に、アンジェラは満足気な笑みを浮かべた。
そして、戻ってきたソニックはおもむろにアンジェラの頭を撫でる。
「楽しそうだな」
「なんだよ急に」
アンジェラは口ではそんなことを言いながらも、その緩みきった顔には拒絶の念など1ミクロンも感じ取れない。声もどことなく嬉しそうだった。
「いや、アンジェラがいい友達に恵まれたみたいで、兄貴としては嬉しいんだよ」
「そーかよ、こっちはまたその兄貴に負けて悔しいってのに」
「Haha,まだまだ妹には負けられねぇよ」
そんな兄弟のじゃれ合いを微笑ましそうに見る麗日達と、今だに石化したままの爆豪。爆豪は切島によって回収された。
そんな中、また挑戦者が現れたらしい。ガガガッという大きな音と共にアンジェラ達はどことなく肌寒さを感じた。会場には、巨大な氷の塊で会場もろとも敵ロボットの動きを封じる轟の姿があった。
「じゅ、14秒! 第3位です!」
「轟! 来てたのか!」
「フーディルハインたちも来てんのか……って、ソニックさんも。お久しぶりです」
飯田と同じく、保須の一件でソニックと面識のある轟はペコリ、と会釈をする。ソニックも軽く片手を挙げてそれに応えた。
「でもどうして轟がここに?」
「招待受けたエンデヴァーの代理だ。正直エンデヴァーの代理なんて嫌だったが、Iエキスポには興味があったからな」
サラリと答える轟。轟は体育祭以降、エンデヴァー嫌いを一切隠すことがなくなったが、今回はIエキスポへの興味でエンデヴァーを利用したらしい。したたかなことだ。アンジェラは二重の意味で轟に拍手を贈った。
と、
「いやー、焦凍もスゲェな!」
観客席の方から、ソニックとアンジェラには聞き馴染みのある声が聞こえてくる。バッと二人が後ろを振り向くと、そこにはいつの間にか観客席に紛れ込みながらポップコーンを食べている、シルバーの姿があった。
「し、シルバー!?」
「おま、いつからそこにいた!?」
「? 最初からだけど?」
驚愕する二人にメリッサが「どうしたの?」と問いかける。
「ひょっとして、あの人が探し人のシルバー?」
「ああ、そうなんだが……どうしてここに?」
「道に迷ったらばったりと焦凍に出会ってな! それで今まで一緒だったんだ」
つまり、シルバーは今の今まで轟に保護されていた、と。
アンジェラは申し訳ないやら、ありがたいやら、色々と感情が混ざった顔で轟に言う。
「ありがとな、轟。シルバーを保護してくれて」
「? っていうか、シルバーって迷子だったのか?」
「いや、知らなかったのかよ!?」
まさかの轟の発言に、アンジェラのツッコミが冴え渡った。