I・アイランド
色んな意味で濃密だった雄英高校の一学期も終業式を迎え、夏休みに突入した、その数日後。
太平洋上空を飛ぶプライベートジェット機の機内に、トゥルーフォームのオールマイトと、膝の上にケテルを乗せたアンジェラの姿があった。
「Hey,All Might,Wake up! 見えてきましたよ」
アンジェラが視線をジェット機の窓に向けてそう言いながら隣で鼻提灯を膨らませながら眠りこけているオールマイトの肩を揺すり起こすと、鼻提灯はパアン、と気持ちいい音を鳴らしながら割れ、オールマイトは目を擦りながらアンジェラの視線の先を見やる。鼻提灯の割れる音で目を覚ましたケテルは、アンジェラの顎の下に入って窓に張り付いた。
三人の目に飛び込んできたのは、円形の巨大な人工島、I・アイランド。世界中から科学者が集まり、日夜“個性”の研究に励んでいる“個性”研究のメッカである。
ヒーローが使うサポートアイテムや、人々の生活を支える新素材など、様々なものがここで産まれ、人々の手に渡ってきた。それらを研究しているのは、世界中から選りすぐられた科学者たち。そんな科学者たちやその家族を守るために、I・アイランドにはかのタルタロスと同レベルのセキュリティが敷かれている。
アンジェラの手には、現在Iアイランドで行われているIエキスポのプレオープンチケットと、レセプションパーティーへの招待状があった。
「いやー、まさかオールマイトもIエキスポのプレオープンに招待されていたとは。便乗して飛行機代タダになったのはラッキーでしたけど」
「フーディルハイン少女は体育祭で優勝したからね、体育祭の優勝者には、何年かに一度開かれるIエキスポのプレオープンチケットが貰えるんだよ」
「あ、そっちは爆豪にあげました」
「……ん?」
オールマイトは首を傾げる。てっきり、体育祭優勝者への招待用チケットで来ていたのかと思っていたのだが、よくよく見ると、アンジェラの招待状はラフリオン語の文字が刻まれているではないか。
「オレは元々弟分……テイルスがIエキスポに招待されてて、今日本に居るオレ用に送られてきた招待状があったので、体育祭のやつが余っちゃって」
「それで、爆豪少年にあげた、と?」
「「世話は受けねえ!」とか言ってましたけど、Iエキスポがどれだけ有意義なものかをプレゼンして、極めつけにオレを助けると思って、とか言ったらわりとすんなり受け取ってくれましたよ」
アンジェラはその時のことを思い出して苦笑いする。本来の爆豪は手を貸されると基本苛立つ性格のようだ。期末の時は例外だったらしい。今回は、手を貸されるのではなく、アンジェラもわりとマジで困っていたのでアンジェラに恩を売れると思って、最終的には受け取ってくれた。
こいつ意外とチョロいな、とアンジェラが思ったのはここだけの話である。
「そっか……じゃあ、フーディルハイン少女のお兄さんたちも来てるのかな?」
「テイルスは科学者枠で招待されてるので、荷物運び役と言う名の同伴者も結構な人数居ると思いますよ。連絡じゃあテイルス含めて……5人は来るって」
「そっか、後で挨拶しなくちゃなぁ」
オールマイトはそんなことを言いながらも、まだ見ぬテイルスと言う名の子供が一体どれほどの科学者なのかを想像して、いい意味で戦慄した。
アンジェラの弟分であるならば、まだ10代かそこらの少年のはず。それほどの若さでIエキスポのプレオープンに招待されるとは、さぞ、優秀な科学者なのだろう。実際、アンジェラの両手足のリミッターはテイルスによって作られたものであると、以前オールマイトはアンジェラから聞いたことがある。
アンジェラもこの歳で既に大学を卒業するほどだし、様々な分野で若い世代に優秀な子が多いのはいいことだ、とオールマイトは一人しみじみと思っていた。
『えー、当機はまもなくI・アイランドへの着陸態勢に入ります』
と、着陸を告げるアナウンスが流れてきた。オールマイトは周囲を見渡して、人が居ないかを確認する。
「さて、中々にしんどくなるな……なにせ向こうに着いたら私は……マッスルフォームで居続けないといけないからね!」
オールマイトから湯気のようなものが立ち上り、オールマイトは筋骨隆々のマッスルフォームへと変化する。ついでに服装がゴールデンエイジのコスチュームになった。
「フーディルハイン少女、ヒーローコスは持ってこなかったのかい?」
「はい、ぶっちゃけコスでもこの服でも性能変わりませんし……靴とかはどっちにしろ自前だし」
そう、アンジェラの服装は、ラフリオンでよく着ていた青いノースリーブのパーカーとミニスカート、黒いスパッツに白い手袋と、いつもの赤いグラインドシューズに青のウエストバッグ、両手足のリミッターに黒のチョーカーとソルフェジオに黒いリボンという、ほぼほぼ普段着な服装だった。コスチュームを持ってこなかったのは、性能がほぼ同じなうえ持って来るには学校に申請をする必要があり、それがぶっちゃけ面倒だったからである。
「HAHAHA,フーディルハイン少女らしいね! それじゃあ、飛行機を降りる準備をしなさいね」
「はぁい」
気の抜けるような返事をしたアンジェラは、ケテルを腕に抱きかかえてテーブルの上に広げていた荷物の整理を始めた。ちなみにほぼほぼお菓子のゴミである。
『ただいまより、入国審査を開始します』
アンジェラとオールマイトは動く歩道に乗りながら、機械による全自動での入国審査を受ける。便利なもんだなぁ、と、今までに訪れた国々の独特な入国審査を思い出してアンジェラは思わずくすり、と笑った。
「フーディルハイン少女、待ち合わせまで時間はあるかい?」
「んー、皆はお昼過ぎに来るって言ってました」
今はIアイランドの時刻でおよそ11時頃。お昼まではまだ時間があった。
「そっか。実はフーディルハイン少女に紹介したい子が居てね。私を招待してくれた子で、私の古い友人の娘さんなんだけど、時間いいかな?」
「まぁ、ソニック達来るまで暇なんで……いいですよ、付き合います」
オールマイトの古い友人の娘さん、どんな人なのだろうか。
そんなこと考えている内に、再びアナウンスが流れる。
『入国審査が完了しました。現在I・アイランドでは様々な研究、開発の成果を展示した博覧会、I・エキスポのプレオープン中です。招待状をお持ちであれば、ぜひお立ち寄りください』
アナウンスが終わると、ゲートが開く。アンジェラの目に映ったのは、遊園地もかくやというような華やかなエキスポ会場の景色であった。ウォーターアトラクションからは水が文字になって吹き出たり、楽器をモチーフにしたパビリオンからは音符が出現したりと、どれもこれもがとても楽しげであり手が込んでいる。
「I・アイランドは日本と違って“個性”の使用が自由だからね……っと、そういえばラフリオンもそうだったね」
「はい、ラフリオンの遊園地には“個性”を使ったアトラクションとかも多いんですけど……」
「ここのパビリオンにも、“個性”を使ったアトラクションが多いそうだ。後でお兄さん達と一緒に行ってみるといい」
アンジェラは珍しく、年相応の笑顔をこぼして見せた。事前に調べてはいたが、やはり実際に目で見てみるとどれもこれもが楽しそうで目移りしてしまう。
「さて、ホテルの場所は……」
まずは荷物を置いてしまおうと、オールマイトがスマホの地図アプリでホテルの場所を検索する。ちなみに、アンジェラ達が泊まるホテルもオールマイトが泊まるホテルと同じホテルだ。
と、案内役のコンパニオンの女性が近付いてくる。
「I・エキスポへようこそ……って、オールマイト!?」
(あ、コレ面倒なやつだ)
コンパニオンの女性は目の前の人物がかのオールマイトであることを認識すると、パァァ、と目を輝かせる。何となく嫌な予感がしたアンジェラは、一瞬でオールマイトから距離を取った。
やはりというかなんというか、周囲の人々が全員オールマイトの方に吸い寄せられて、どのパビリオンよりも混雑した人集りが出来上がってしまった。背の低いアンジェラがあそこに巻き込まれでもしたら怪我だけでは済むまいし、ケテルともはぐれてしまうかもしれない。距離を取って正解だった。
《人気者って大変だね!》
「ケテル、笑顔で言うことじゃないぞ」
人集りが散るまで、アンジェラは苦笑いしながらIエキスポのパンフレットを読んでいた。
「いやー、参った……あそこまで熱烈な歓迎をされるとは……約束の時間に遅れるところだったよ」
顔中に歓迎のキスマークを付けたオールマイトが、手で顔を拭いながらぼやく。
「というか、フーディルハイン少女はちゃっかり回避してたねぇ……」
「オールマイト、オレの身長何センチか知ってます? 140ですよ? 巻き込まれて怪我したくないし、ケテルとはぐれるかもしれないし。あの場は距離をとって正解でしょうよ」
「まぁ、そうなんだけどね」
アンジェラはオールマイトの人気っぷりに一周回って呆れ返っていた。流石は、世界のナンバーワンヒーローだ。その功績は、いくら平和の象徴と言う名の生贄を認められないアンジェラであってもケチを付けることはできない。実際、オールマイトは凄い人だ。そのことはアンジェラも正直に思っている。ただ、凄すぎて周囲がついていけなかったようだが。
アンジェラが愛想笑いをしながらケテルを撫でていると、オールマイトが身を屈めてこそっと耳打ちしてくる。
「ああ、私の古い友人にはワン・フォー・オールの件やフーディルハイン少女に“個性”が渡ってしまったことについては話していないから、そのつもりで」
「古い友人にも話していないんですか」
「ワン・フォー・オールの秘密を知る人物には危険が付き纏うからね」
“個性”を人に渡すことができる“個性”。確かに、そんな情報は、例えオール・フォー・ワンの存在がなくとも持っているだけで危険が付き纏うだろう。他者に力を明け渡せる特別な力など、いくらでも普通の“個性”とは違う悪用方法が思いつく。
改めて、偶発的とはいえやべぇもん預かってしまったな、とアンジェラが思っていると、遠くからぴょーん、ぴょーん、という軽快な音と共に、赤いホッピングに乗ってジャンプしながらこちらに近付いてくる少女の姿が見えた。
「マイトおじさまー!」
「OH! メリッサ!」
ホッピングから飛び降りた少女はオールマイトの胸に抱きつく。オールマイトも少女を満面の笑みで抱き返した。どうやら、この少女がオールマイトの言っていた、オールマイトをこの島に招待したオールマイトの古い友人の娘さん、のようだ。
「お久しぶりです。来てくださって嬉しい」
「こちらこそ、招待ありがとう。しかし見違えたな、すっかり大人の女性だ」
「十七歳になりました。昔と違って重いでしょ?」
「なんのなんの!」
オールマイトはそう言うと、少女を軽々と高く持ち上げる。まるで久しぶりに再開した姪っ子と叔父のようだ。少女の話によると、少女の父親……オールマイトの古い友人の研究が一段落したお祝いに、オールマイトをこの島に招待したのだとか。ちなみにその研究については、少女も守秘義務があるとかで教えてもらえていないらしい。
「ああ、フーディルハイン少女。彼女がさっき話した私の親友の娘さんで……」
「メリッサ・シールドです、はじめまして!」
少女……メリッサはアンジェラに近付いて手を差し伸べてくる。アンジェラはいつも通りの済ました笑顔を浮かべてその手を取った。
「オレはアンジェラ。アンジェラ・フーディルハインだ。Nice to meet you!」
「アンジェラ・フーディルハインって……もしかして、去年のライダーズカップ準優勝の!?」
アンジェラはメリッサの予想の斜め上の発言に一瞬度肝を抜かれた。が、ここは科学のメッカ。日本とは違い、エクストリームギアのことが知られていないはずもない、と、考えて笑みを浮かべ直した。
「そうだ、そのアンジェラだよ」
「凄い! 私あんなふうにエクストリームギアを操る人初めて見たわ! それで、すっかりアンジェラのファンになっちゃったの! 雄英体育祭に出てたのを見たときは違う意味で驚いたけど……じゃあ、今はマイトおじさまの?」
「生徒だよ」
「将来有望な金の卵さ!」
元来ファンだったアンジェラの登場とオールマイトの言葉の相乗効果で、メリッサはその目をものすごくキラキラと輝かせる。
「凄いわ! まさか本物のアンジェラ・フーディルハインに会えるなんて!」
「Haha……オレのことはアンジェラでいいよ。フルネーム長いだろ?」
「ええ、じゃあ遠慮なくそう呼ばせてもらうわ。
ねえアンジェラ、どんな“個性”を持ってるの?」
「魔術っつって、魔術っぽいことができるんだ」
「カッコイイけど……オーソドックスなデザインね……」
「あ、コレはコスチュームじゃなくて私服だぜ」
「あれ、そうなの? てっきりコスチュームだと思った」
メリッサはアンジェラの普段着をコスチュームだと勘違いしていたらしい。確かに、両手足のリミッターやグラインドシューズを見たらそう思うのも無理はないが。
「じゃあ、この両手足のリングは普段から着けてるの? 多分これ、何かのサポートアイテムよね……力を抑える系かしら?」
アンジェラは目を丸くする。アンジェラのリミッターは一発でサポートアイテムだと見抜かれたことが殆どない。大体の人にはアクセサリーに見えるらしい。それを一発で見抜くとは、流石は科学者の卵といったところか。
「よく分かったな……その通りだ。体内のエネルギーを抑えるリミッターだよ。これがないと脳味噌がやられちまうんだ」
「なるほど……」
メリッサは興味深そうにアンジェラのリミッターにそっと触れる。科学者の娘としては、何かしら気になるところがあるのだろうか。
アンジェラはなんだかむず痒いような、不思議な感覚がしてちょっと困り顔になっている。そんなアンジェラに、オールマイトが咳払いで助け舟を出す。
「メリッサ、そろそろ……」
「あっ、ごめんなさい、つい夢中になって……」
メリッサはぴょこりと立ち上がり恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。そして、乗ってきたホッピングを掴んでボタンを押すと、しゅるり、とホッピングが光って紐状になった。最新の圧縮技術が使われているようだ。
「早くパパを喜ばせてあげなくちゃ! こっちです、マイトおじさまー!」
メリッサは待ちきれないとばかりに駆け出していく。父親の喜ぶ顔を見るのがそんなに楽しみなのか、メリッサはニコニコと笑っている。
アンジェラは、「普通の父親と娘」の姿が
劇場版編は劇場版と小説版を参考にしているので、所々小説版準拠の設定が出てくることがあります。