音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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それは、叛逆だったのだろう。

本能と大切なものを天秤にかけて、後者を取った。

ただ、それだけで、




決して、彼女の心が強い証明にはならない。


Rebellion

 謎のヒトガタを相手に大立ち回りの虐殺を繰り広げていたアンジェラの頭脳は、明らかに正気ではなかった彼女の行動全て(・・)を、正しく記憶していた。

 

 アンジェラの瞳に理性が戻る。グロテスクなアカイロの瞳ではなく、トパーズの輝きが瞳に宿る。

 

『……………………』

 

 しかし、その輝きは普段のような強い光ではなく、暗く、鈍い光だった。

 

 ドサリ、とアンジェラがその場に膝を付く。ポタポタ、ポタポタと、黒く染まった彼女の髪からヒトガタの返り血が滴り落ちる。

 

『…………………………………………』

 

 アンジェラは膝をついたまま微動だにしない。明らかに様子が変わったアンジェラに、神妙な面持ちのソニックたちが駆け寄った。

 

『……アンジェラ?』

 

 ソニックは微塵も動こうとせず、一言も言葉を発しようともしないアンジェラの顔を心配そうに覗き込む。

 

『……………………ぅ』

『……?』

 

 ふいにアンジェラが口を開く。小さく、弱々しい声で何かを呟く。ソニックたちは、何を伝えたいのだろう、とよくよく耳を澄ます。

 

 その直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違う、違う違う違う違う違う違う違う、こんなの、オレじゃないっ…………いや、嫌だ、こんなの、嫌っ…………まるで自分の意思がないみたいで、自分が自分じゃなくなるみたいで…………………………

 

 アンジェラの身体がガタガタと震える。アンジェラは反射的に両腕で自分の身体を抱く。普段でさえ病的なまでに白い彼女の肌が、更に青くなる。

 

 自分が自分ではなくなるようなあの悍ましい感覚、今まで知り得ることさえなかった本能に突然呑み込まれる感覚が、アンジェラに底知れぬ恐怖を与えていた。理解が及ばぬものに生物は本能的な恐怖を感じる。それは、普段豪胆なアンジェラも例外ではない。

 

『気持ち悪い……気持ち悪いっ、こんなの!』

 

 湧き上がるどす黒い感情のままに、アンジェラは叫ぶ。身体を抱く手に力を込めて、そのまま自身の骨を砕き折ろうとする。

 

 自分の意思で身体を動かすことすら出来ない。あの化け物どもを蹂躙し、喰らい尽くしていたとき、アンジェラは確かに「美味い」と、「楽しい」と感じていた。理性が本能に呑み込まれていなければ決して感じていないと断言できる感情を、それを確かに感じていたという、急に降って湧いてきた事実を、彼女の心は即座には認められなかった。

 

 ミシミシと、アンジェラの腕から嫌な音が響く。このままでは、本当に彼女の腕が砕け折れてしまうだろう。

 

 

 

 

『っ、アンジェラ!!』

 

 そんな妹の両肩を、ソニックが掴む。これ以上、大事な妹が自ら身体を壊そうとするのを止めるために。

 

『そに』

『もう、あいつらはいなくなった。お前がやっつけたじゃないか。何も怖がることなんてないだろ?』

『で、も……あんなの』

 

 アンジェラは身体を壊そうとすることは止めたものの、今だにガタガタと震えている。今にも泣き出しそうなその瞳は、ソニックを見ているようで、何も写してはいない。

 

 

 

 

『アンジェラ、オレは何があっても、アンジェラの存在を拒絶するようなことだけは絶対にしない。

 

 それに、さっきだってオレたちを守るために、必死でその衝動に抗ってたんだろ? お前は凄いよ』

 

 ソニックの優しい言葉は、アンジェラには福音のように聞こえたのだろう。アンジェラはいつの間にか、ボロボロと静かに泣き出してしまっていた。

 

『……ぁ』

『大丈夫、あの衝動に飲み込まれそうになっても、お前はお前を見失っていないんだ。それは、お前が少しでもあの衝動に打ち勝った、何よりの証だろ?』

『アンジェラ……僕さ、さっきのアンジェラ、確かにちょっと怖かったけど……凄く、勇敢だったと思うんだ! 自分でも良く分からない衝動に衝き動かされるのは、僕らが思う以上に怖いことだろうから』

『我が主は、我が主です。それは、永遠に変わることはありません』

 

 ソニックとテイルスの優しい言葉が、ソルフェジオの断言が、アンジェラの傷付いた心を癒やす。アンジェラはもう、涙を堪えることすら出来なかった。

 

『うぁぁぁぁぁっ!!』

『……好きなだけ泣いていいからな、それで、お前の気分が少しでも晴れるのなら』

 

 アンジェラはソニックに縋り付き、声を上げて泣き叫ぶ。そのトパーズの瞳からは絶えず涙がこぼれ落ちる。

 

 ソニックは、アンジェラが泣き疲れて電池が切れたかのように眠りに落ちるその瞬間まで、絶えずアンジェラの頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソニックくん! 何かあったのか? さっき凄い破壊音が…………どういう状況だ、これ?』

 

 アンジェラが泣き疲れて眠ってからしばらくして、白衣を纏った白髪の女性が慌てた様子でソニックたちの元へと駆け寄ってきた。

 

 その女性は、ソニックに縋り付いたまま眠っている、何やら黒に汚れたアンジェラを見て首を傾げた。

 

『ソニックくん、テイルスくん、一体、アンジェラに何があったんだい?』

 

 状況をいまいち飲み込めていない女性は、ソニックたちにそう尋ねる。その表情には、アンジェラに対する心配が滲み出ていた。

 

『……ホクマー教授、実は……』

 

 ソニックはアンジェラを起こさないように声を抑えつつ、その女性――アンジェラによく目をかけている、精神科医であり語学史教授の、ホクマー教授に事情を説明した。

 

 突然、未知のヒトガタが現れたこと。

 

 アンジェラがそれを視認した瞬間、何らかの衝動に衝き動かされたようにそのヒトガタを喰らい尽くしたこと。

 

 それはアンジェラ自身の意思ではないようで、ヒトガタを全て倒したアンジェラが酷く動揺、恐怖していたこと。

 

 そして、アンジェラは今泣き疲れて眠っていること。

 

『………………私は、その現場を見ていないからハッキリとは言えないんだけど……アンジェラは、多分自分が自分じゃなくなるような感覚に酷く怯えていたんじゃないかな?』

 

 話を聞いたホクマー教授は、ソニックに倣いアンジェラを起こさないような声量で言う。

 

『……流石ですね教授、その通りですよ。今は僕らでなだめてなんとか落ち着いていますけど……』

『アンジェラの“個性”はこんな衝動が起こるようなものじゃないはず……じゃあ、一体どこから……』

 

 ソニックとテイルスが考え込む。アンジェラが言うには、魔法は変なことをやらかさなければ正気を失うようなことはないものだそうだ。そのうえ、アンジェラはあのヒトガタの群れを見る前に魔法を使ったりしていない。

 

 ますます何が原因でこんなことになってしまったのかが分からなくなってきた頃、ホクマー教授がふと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

『だったら、私の“個性”を使おうか?』

 

 その言葉に、ソニックとテイルスは心底驚く。

 

 ソニックたちはホクマー教授の“個性”について知っている。以前、アンジェラから話してもらったことがあった。ホクマー教授の“個性”であれば、確かに何がアンジェラを衝き動かしたのかを知れる可能性は高いだろう。

 

 しかし、ソニックたちはホクマー教授の“個性”の副作用についても知っている。その力は、使えば使うほど使い手であるホクマー教授の自我を蝕み、最終的には自我を壊してしまうような代物だ。その副作用によって、ホクマー教授は精神科医の職から離れざるを得ない状況にまで追い込まれている。

 

 そんなホクマー教授が、まさか自分から“個性”を使おうとするなんて、と、ソニックとテイルスはあっけにとられた。

 

『いいん、ですか? だって、次使ったら、教授がどうなってしまうか、教授自身でも分からないって…………』

『いいんだよ、それは精神科医から離れたばかりの頃の話。あれからもう何年も経ってるんだ。

 

 ……それに、私にとってアンジェラは優秀で大事な教え子だからね』

 

 ホクマー教授はアンジェラに慈しむような目を向けると、アンジェラの頭にそっと触れる。彼女の“個性”は、相手の頭部に“個性”を使おうとする意思を持って触れることで発動するものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、アンジェラの自我を読みとっていたホクマー教授は目を見開く。

 

『なん……だ、コレ………………』

 

 あまりにもショックなことを知ってしまったのか、彼女は口を手で抑える。額から、嫌な汗が止まらない。

 

『……教授? 何が見えたんですか?』

 

 ホクマー教授のただならぬ様子に、ソニックがいつもよりも数段低い声で問いかける。教授は、とても恐ろしいものを見てしまったかのような、いや、それよりも酷く、暗い瞳をしていた。

 

『……………………いい、落ち着いて聞いて。

 

 

 

 アンジェラの、アンジェラの自我には……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何者かに弄くり回された跡がある』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……教授がそう言ったときは、流石にショックだったな。

 

 そして……それが、アンジェラが持つワルプルギスに対する強烈な捕食本能の原因であると、教授は言った。というか、それしか考えられないんだ。あのあとも数回、ワルプルギスと遭遇したことがあったが……周囲に人が居ようと居まいと、アンジェラはワルプルギスを喰らうことを最優先に動こうとした。今でこそ、多少話が通じて融通が利くようにもなったが……その行動は、ワルプルギスを喰らうということに集約される」

「教授が言ってたらしいの……アンジェラのワルプルギスに対する行動は、本人にもどうしようもできない、弄くり回された自我から来るものだから……無理にアンジェラを止めようとしたら、アンジェラが壊れてしまうって。実際に、ワルプルギスと相対しているときのアンジェラは……とても、脆く見えてしまう。

 

 だから、今のアンジェラを止めちゃいけないの」

 

 アンジェラがワルプルギスの肉を喰らう音をBGMに語られた、アンジェラの秘密。その、あまりにも悲惨な内容に、麗日たちは絶句する。

 

「あの生物は、以降アンジェラ以外の人間にも大きな被害を及ぼした。人里に現れて猛威を振るい……死傷者が多数出る事態に陥ったこともある。どこからともなく現れて、人々に危害を加える危険生物……どこかの誰かがばら撒いているのか、はたまた本当に自然発生したものなのかすら分からない以上、下手に公表するわけにもいかなかった。

 

 それを受けてGUNは、あの生物に「ワルプルギス」というコードネームを与え、秘密裏に排除対象にした」

 

 淡々とした口調で語るシャドウ。しかし、その表情には妹に対する心配の念が浮き出ている。

 

「………………アンジェラちゃんは、大丈夫なんですか?」

 

 麗日は、やっとの思いで口を開く。アンジェラのあの行動の理由は、分かりたくないけれども分かった。しかし、アンジェラはその事実を、「自らの自我が何者かに弄くり回されていた」という事実を、どう受け止めたのか。

 

 豪胆なようでどこか繊細なあの友人は、どうして今まで普通に麗日たちと接することが出来たのか。下手をしたら、もう既に心が壊れてしまっていてもおかしくはないというのに。

 

「……あのあと、な、折を見て、アンジェラに事実を、教授の言葉も全部伝えたんだよ。最初は流石に動揺してたんだが……ちょっとすると、何事もなかったかのようにケロっとしてたんだ。教授から見ても、から元気じゃないってさ。不思議に思って、アンジェラに聞いてみたんだよ。

 

 そしたら……あいつ、何て言ったと思う?」

 

 麗日たちは首を傾げる。ソニックは当時のことを思い出しているのか、呆れたような笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

「『ショックはショックだけど…………

 

 あるもんはあるんだから、仕方ないか』、だとよ」

「…………はっ?」

 

 麗日は、思わず間の抜けた声を出す。てっきり、その植え付けられた本能を受け入れることを拒否し続けでもしていたのだとばかり思っていたのだが、まさか、「受け入れた」など、にわかには信じ難い。

 

「要は、究極の開き直りだよ。どれだけ否定しようとも、拒絶しようとも、あれは一生アンジェラについて回るもんだ。ワルプルギスと出逢ってしまえば、どうしても表に出てきてしまうものだ。

 

 だから、落ち着いてよくよく考えてみたらしいあいつは、あの衝動と上手く付き合うことにしたんだ。自分自身から湧き上がってくるものを拒絶し続けることは難しいし、アンジェラの心も無駄に擦り減り続けるだけ。

 

 そんな歪みも全部引っ括めて、「アンジェラ・フーディルハイン」だから、「自分」が歪むことはないから、だとよ」

 

 アンジェラは最後のワルプルギスの金平糖のようなパーツ……恐らくは、ワルプルギスの核の部分を喰らい尽くすと、汚れを除去する魔法で服や顔などにこびり着いたワルプルギスの返り血を消し去る。その瞳は、普段のトパーズの瞳に戻っていた。

 

 周囲は酷い有様だ。警備マシンは全て破壊され、ワルプルギスの肉体は残っていないものの、ワルプルギスの体内から湧き出た黒い液体が床に黒いカーペットをつくっている。

 

 ぴちゃり、と音を鳴らしながらアンジェラはその黒いカーペットの上を歩く。頭がズキズキ、と痛んでこめかみに手を当てる。もう何度目かのこととはいえ、この感覚に慣れることはない。

 

「……こいつらに、話したのか?」

「全部……な」

「そうか……」

 

 ソニックとアンジェラの間の僅かな会話。しかし、その内容はその場の全員が手に取るように理解することができた。

 

 アンジェラは顔を僅かに顰める。自分自身で本能を受け入れることと、他者に受け入れてもらうことは全く違う。自分自身では受け入れた……というか、開き直ったとはいえ、この歪みを、ヒーローに憧れを抱く友人たちが受け入れてくれるという保証は、どこにもない。

 

 アンジェラは俯いて、重々しく口を開く。

 

「…………今見てもらった通りだ……オレは、あの化け物……ワルプルギスを前にすると、無性に腹が減って仕方がなくなる……他のことが、目に入らなくなる。

 

 

 

 

 …………こんな、どうしようもないオレでもさ、まだ、友達でいてくれるか?」

 

 それは、懇願に近いものだった。人間からしたら、どうしたって歪なこの本能。怖がられるだけならいいのだが、アンジェラは、アンジェラという存在そのものを友人たちに拒絶されることを恐れていた。

 

 

 

 

 

「見くびらないで」

 

 麗日はそう低く声を上げ、アンジェラの手を取って、肉球に触れないように優しく包み込んだ。

 

「私は、私たちはアンジェラちゃんの友達。アンジェラちゃんがどんなに残酷な本能を抱えていようと、それを理由に拒絶するなんてことは絶対にしない」

「ああ! アンジェラ君は俺たちの大切な友人だ! むしろ、知られて怖かったろう、フォローすることはあれ、拒絶なんて考えもしないさ!」

 

 雄英で、アンジェラと特に仲がいい麗日と飯田が口々に言う。それに続くかのように、八百万たちも口を開いた。

 

「アンジェラさん、そんなことを抱えていらしたのですね……私たちでお役に立てることがあれば、微々たる力ではありますが、ご協力いたしますわ!」

「フーディルハインみたいな良い奴は早々居ない。それに、開き直ったとか言ってたけどさ、お兄さんたちを傷付けないように抗ってたんでしょ? それって、十分凄い事だと思う」

「……俺、ちょっと自分がもしそうだったらって考えてみたけど……早々に本能に負けてる気しかしねぇよ……フーディルハインは、十分本能に打ち勝ってる」

「ワルプルギス……だっけ? それに対してちょっと攻撃的になりやすいだけだろ? オイラたちはお前を邪魔しなきゃいいんだ、それ以外は、何も変わりやしない」

 

 クラスメイトたちの口からアンジェラに対する拒絶の意志は全くと言っていいほど出てこない。それどころか、アンジェラの力になりたいと、言ってくれていた。

 

「やっぱり、アンジェラは凄い人なんだね。抗いがたい本能に僅かでもちゃんと抗ってみせるなんて、誰にだって出来ることじゃないわ」

 

 クラスメイトたちの、メリッサの、大切な友人たちの優しい言葉に、アンジェラは目頭が熱くなるのを感じたが、それどころではないとぐっと堪えてみせた。

 

「……ありがとう。オレは、本当に恵まれてるな」

 

 アンジェラは、どこまでも美しく、朗らかに笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ソニックシリーズって結構いきなり謎の古代文明とか出てくるからこれくらい許されると思った(と供述しており)




えー、前回いきなりのオリジナル要素に驚かれた方も多いかと思います。でもタグにちゃんとオリジナル要素、オリジナル展開ってつけてたしおれは悪くね(殴

まぁこの時点だと何が何やら、って感じでしょうが、それはアンジェラ達も同様です。ただ、今後の物語に大きな影響を与えることだけは確かです。



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