自ら手放したその輝きは、
もう二度と、戻ることはない。
アトブリア……そう名乗った白い仮面の男の口から放たれた「天使の教会」というワードに、アンジェラは腹を裂かれるような激痛の中、目を見開いた。
路地裏で待ち構えていたりだとか、道端でばったりだとか、どこかの人混みで、だとかは予想していた。どこかのイベントの会場などで、とかも有り得るだろうとは思っていた。
しかし、まさかIアイランドに乗り込んで、あまつさえその正体をあっさりと明かしてくるとは、全く予想していなかったのだ。
天使の教会は大きな事件を起こしはするが、自ら名乗ることはない。その、何か同一のものを信奉しているらしい言動と構成員の神職を思わせるような服装から便宜上そう呼ばれているだけだ。その目的には謎が多く、今まで警備が厳重な施設への攻撃なども確認されていない。まして、タルタロスと同等のセキュリティを誇るIアイランドであれば尚更。
では、何故GUNは天使の教会を危険視しているのか。それは単純に、天使の教会によって引き起こされる事件は何故か大規模なものが多く、また、誘拐された中の誰一人として生還を果たしていないからである。おまけに、どこをアジトにしているのかすら不明。GUNの諜報部が辛うじて現在日本を拠点にしているらしいことは突き止めたが、それだけだ。
一体、何が目的だ?
アンジェラは激痛に苛まれつつもそれだけは聞き逃すまいと、気合で今にも遠ざかりそうな意識を現界に繋ぎ留めていた。
「彼は……ウォルフラムはよくやってくれました。お陰でこうも簡単にIアイランドに侵入することができたのですから。デヴィット・シールド博士の“個性”増幅装置が手に入れば、それを使ってもっと暴れてもらうつもりでしたが……壊れてしまったものは仕方がありません」
アトブリアは心底残念そうな言葉を吐くが、その声色は全然気にしていない者のそれである。ウォルフラムたちを殺したことに関して、特に何も思っていないのだろう。
「何で、殺したの……!」
「ああ、そういう話でしたね。簡単です、“個性”増幅装置の現物が手に入らないのであれば、彼らは用済みですから。我々は装置にはそこまで興味がないのですよ」
アトブリアはそこまで言うと、アンジェラにその白い仮面で隠された顔を向ける。
「装置を破壊したのはあなただと言っていましたね……やはりあなたは素晴らしい。雄英体育祭見ましたよ、以前のあなたはそんな力持っていませんでしたよね?」
仮面で顔が見えないはずなのに、探るような、舐め回すようにアンジェラへと向けられた視線は全くと言っていいほど隠れていない。その気味が悪い視線なき視線に、アンジェラの身体がビクっと震える。酷い身体の痛みに耐えながらなんとか喉を震わそうとするも、アンジェラの口からは小さな呻き声が捻りだされたのみであった。
「……ぅ……ぇ」
「おや、無理はいけませんよ。まだ声を出すことすらままならないでしょう」
疑問は尽きないほどあった。
「以前のあなたはそんな力は持っていなかった」という言葉が示すのは、アトブリアがアーク事件までのアンジェラのことを知っているということ。
仲間であったのか、はたまたただ利用していただけなのか、どちらにせよ、手を組んだ相手を無情に殺しておいて、あまつさえ愉悦も何もなく、ただ普通に「礼を言う」ような、頭のネジが外れている科学者の言葉は、いくらアンジェラでも流石に理解に苦しむ。
「ああ、そうだ、私の目的も聞きたいのでしたね。折角なのでお話いたしましょう」
アトブリアは懐から何かを取り出して掌の上で弄ぶ。
それは、鬼火のような形をした手のひらサイズの黒い塊であった。しかし、まるで子供の工作のような歪な突起があちこちに生えていて、鬼火の形そのものも大きく歪んでいる。鬼火の尾の部分に穴が空いており、まるでオカリナのようにも見えた。
「これは、
「……その完成品とやらを作るために、パパを利用しようってこと……?」
「ご明察。あなたは聡明ですね、流石はデヴィット・シールド博士の娘さんだ」
怒りに震えながら言葉を放ったメリッサに、アトブリアが場に合わぬ朗らかな声で言う。
「この
「あなた研究者なら、自分だけで勝手に作ってればいいじゃない! どうして……こんな………………」
罪悪感の欠片も感じられないアトブリアの言葉に、メリッサは激昂し叫ぶ。未知の物質への探究心は少なからず分かるのだが、そのためにメリッサの愛する父を貶めたことは、決して赦せるようなことではない。
「
メリッサの激昂は、アトブリアの普遍的な声で一刀両断された。メリッサはもはや、涙を流すことしか出来ない。
「さて、博士は私に着いてきてもらいましょうか」
アトブリアが右手を翻すと、不可視の力によってデヴィット博士の身体が持ち上がり、そのままアトブリアの所へと運ばれていく。アンジェラはなんとか止めようと藻掻くが、死すら生ぬるいほどの激痛によって動きを遮られた。辛うじて意識があるのが、もはや奇跡と言えるような痛みであった。
アトブリアはデヴィット博士を抱えると、保管庫から去ろうとする。
「待って!!」
戦う力を持っていないにも関わらず、メリッサはその後を追おうとする。今、父にこの手が届かなければ、もう一生触れることすら叶わないというある種の直感めいたものを感じながら。
「元気なのはいいことですが、少々やんちゃが過ぎますね」
駆寄ろうとしたメリッサの身体を、アトブリアの不可視の力が捕らえた。
「ちょうどいい、あなたにも着いて来てもらいましょう」
アトブリアの言葉に困惑するメリッサとアンジェラ。次の瞬間、メリッサは何かに刺されたような痛みを感じ、そのまま意識を失ってしまった。
「……ぇぃ……ぁ…………っ……」
瞳を閉じてしまったメリッサを何とか助けられないか藻掻くアンジェラだったが、断続的な内側からの激痛に、ずっと意識のあるまま無茶を通して耐え続けていた反動からか、電池が切れたかのように視界が暗闇に包まれてしまう。
意識を失う直前にアンジェラの瞳に映った光景は、アトブリアに抱えられてメリッサとデヴィット博士が連れ攫われるという光景だった。
少し時間は遡って、ウォルフラムが保管庫に入ってきた頃。テイルスとケテルは制御ルームに辿り着いた。そこを警備している敵は居ない。テイルスはケテルに周囲の警戒を頼み、自身は警備システムを奪還しようとキーボードを操作する。
しかし、
「……なに、この強固なプロテクト……!」
予想以上に強固なプロテクトがかかっており、その解除に少し手間取っていた。
メリッサが立てた「犯人たちは警備システムの扱いに慣れていない」という予想は、ある意味犯人の中に機械類の扱いに長けている人物が居ないことが前提条件。プロテクトがかかっているということは、敵の中に機械類の扱いに長けた人物が居たということ。これを解除するのは、至難の業であろう。
「……でも、解けないほどじゃない……なら!」
テイルスは手早くキーボードを操作する。その動きは正確で、迷いなど、全くと言っていいほど見えない。
今はただ、アンジェラたちに託された役目を果たすため、自分に出来ることをするために、真剣な眼差しを画面に向けながら手を速く速くと動かす。そして、少し時間がかかりつつもようやくプロテクトを解除したテイルスは、すぐに警備システムを通常モードに再変更した。
「よし……これで……!」
通常モードに戻った画面。各階の隔壁も開き、警備マシンもその動作を停止する。パーティー会場のヒーローの拘束も解除された。これで、形勢は逆転する。
「ケテル、行くよ!」
《うん!》
テイルスはケテルを連れて、アンジェラたちと別れた保管庫に駆け足で戻る。そこで二人が目にした光景は、
肉塊となってあちこちに飛び散った二人の敵らしきものと、腰が抜けているのか座り込んでいるサムと、地面に横たわって、苦悶の表情を浮かべながら気絶しているアンジェラの姿だった。
「っ……、アンジェラ!?」
《お姉ちゃん!》
凄惨な光景に息を呑みつつも、すぐにアンジェラに駆け寄るテイルスとケテル。アンジェラの腹部には、黒い針のようなものが刺さっている。思ったよりも細く、深くは刺さっていないからか、血は少ししか流れていない。
《これ……こわい》
しかし、ケテルは怯えたような表情でその針を差した。ウィスプの言葉を翻訳する装置は手元にはないものの、結構分かりやすいその表情でケテルがどんなことを思っているのかは大体把握できるテイルスは、ケテルがこの針に対して恐怖心を抱いていると察した。
アンジェラの身体を傷付けないように注意を払いつつ、その針を抜くテイルス。針を抜くと、アンジェラの表情が少し柔らかいものになったような気がした。
「これは……一体……」
かなり軽いそれは、見た感じ金属ではなさそうだった。それどころか、メカニックとして様々な素材を目にしてきたテイルスですら見たことのない物質でできていた。うっかり指に刺さりでもしたら危なそうなので慎重に持っていたハンカチで包む。
「テイルス!」
「あ、ソニック!」
と、ちょうどテイルスが針を床に置いたその時、風力発電設備で別れたソニックたちが保管室に入ってきた。ソニックたちは床に倒れ付して気を失っているアンジェラを見つけると、一目散に駆け寄る。
「ちょうどいいところに……! 実は、アンジェラが目を覚まさなくて……! どうしたんだろうってちょっと診てみたら、アンジェラのお腹にこんなものが刺さってたんだ……」
テイルスはソニックたちに、アンジェラの腹部に刺さっていた針を見せた。ハンカチに包まれた、おどろおどろしい黒い針を。
「なんなん、これ……」
「分かんない……僕でも見たことがない物質なのは間違いないんだけど……」
「テイルスが見たことないって、そりゃ未知の物質と同義だろ……てか、刺さってたのか?」
「うん……あのアンジェラがそうやすやすとこんな針お腹に刺させるわけないはず……なんだけど……」
「
「この部屋の惨状も気になるしな」
ソニックはそう言いながら周囲を見渡す。複数人分であろう血肉が飛び散っているなど、明らかにこの部屋で何かがあったと言いたげなものだった。
「……そこでへたり込んでいる彼が、教えてくれるのではないか?」
シャドウはギロリ、と鋭い視線を今だにへたり込んでいるサムに向ける。僅かながら殺気が込められた視線に、サムはビクリ、と肩を震わせた。
「わ、私は……」
「……僕は、話してくれなんて穏やかに頼んでいるんじゃない……話せ、と命令しているんだ。さっさと口を開け」
更に向けられた威圧感に、サムは観念したかのように口を開いた。
テイルスが来る数分前まで、この場所で起こっていたことを。
凍結されてしまった自分たちの研究を取り戻すために、自分とデヴィット博士が敵を手引したこと。その際、サムがデヴィット博士を騙して本物の敵を招いたこと。
アンジェラが、デヴィット博士がオールマイトがもっと戦えるようにと作った発明品を、その考えが認められないと破壊したこと。
手引した敵が、敵の中に紛れていた「天使の教会の研究者」を名乗る男に殺され、周囲に飛び散っている肉片と血液は敵の首領と一人の仲間のものであること。
アトブリアと名乗った天使の教会の研究者を名乗る男の目的は、
デヴィット博士とメリッサがアトブリアに連れ去られたこと。
アンジェラが気絶しているのは、アトブリアの攻撃によるものであるだろうということ。
自分たちの犯した罪も、アンジェラとメリッサの悲痛な叫びも、アトブリアが言い放った狂気も、全て。
麗日はあまりのショックに、思わず手で口を覆った。「オールマイトのための」研究をアンジェラが破壊したことが少なからずショックだったのもあるが、それ以前に、メリッサの父親たるデヴィット博士が、偽物であると騙されてのこととはいえ敵をIアイランドに招くなどという愚行を犯したことが、信じられなかったのだ。
そんな最中、ソニックは静かに口を開く。
「……お前の話はよーーーく分かった。
この事件がお前らのエゴや欲のために起きたことだってな。
なぁ、デヴィット博士は、オールマイトにあの装置を作ってくれと、頼まれていたのか?」
「そ、それは…………」
サムは口を噤む。その行動は、そうではないと言っているのと同義。ソニックはやっぱりな、と肩を落とした。
「アンジェラは、それが許せなかったんだろ。「平和の象徴」だとかなんとか言われ続けて、生贄になり続けるたった一人の存在を、親友であるにも関わらずそれを推し進める博士を、認められなかったんだ」
ソニックはまるでその現場に居たかのように、そう断言する。それが、アンジェラが語った内容と同じで、サムは思わず目を丸くした。そして、同時に思い知ったのだ。
自分の考えが、どれほど浅はかであったかを。
アンジェラが目を覚ましたのは、その数分後である。
この話には、ヒロアカ劇場版以外の元ネタがあります。黎明卿っぽいキャラ出した時点で、分かる人には分かるかと思いますが……