音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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生と死の境すら曖昧で、



微睡みの中、手を伸ばすことすら出来なかった。





ああ、私はもう、■■■■にはなれない。


OVERLOAD

 タワーの屋上にある、一台のヘリが停まっているヘリポート。何者かの肉片が転がっているそこに、デヴィット博士とメリッサを連れ去ったアトブリアが、一人悠々と佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分とお早い到着ですね。あれほどの痛みをその身に受けていながら……」

 

 アトブリアは何故か楽しげな表情でヘリポートの入口を見やる。

 

 そこには、腰にウエストバッグを身に着け、杖に変形させたソルフェジオを支えにしながら、なんとか立ち上がっているアンジェラの姿があった。息は絶え絶えで、とても戦えるような状態には見えない。

 

「やはり、ダメージはまだ身体に残っているようで……今はお休みしていたほうがよろしいのでは?」

「黙れ……オレは助けに来たんだ」

「それは、ヒーローとして?」

 

 アトブリアがこてん、と首を傾げながら放った言葉に、アンジェラは天を駆る翼(ローリスウィング)を発動させソルフェジオを振りかぶって飛びかかりながら叫ぶ。

 

「ヒーローなんかじゃない……友達を、助けに来たんだ!!」

 

 音速のスピードでアトブリアに近付き、身体強化魔法とワン・フォー・オールを併用しながら振りかぶったソルフェジオをアトブリアの腹部めがけてぶつけるアンジェラ。身体にダメージが残っているがゆえに思ったほどの出力は出ていないものの、それでもアトブリアを吹き飛ばすには十分だった。

 

 ガキィン!! という金属音と共に、アトブリアが吹き飛ばされる。

 

「なんと……人の意思とは恐ろしい。迎撃の隙さえ与えてくれはしないとは」

「うるさい……メリッサは何処だ!」

「ああ、あのお嬢さんなら今は眠っています。じきに解放しますよ」

 

 アトブリアはヘリポートの縁ギリギリまで弾き飛ばされ宙を舞ったが、なんと空中に留まることで落下を回避した。アンジェラはそれを確認すると、すぐさまアトブリアから距離をとる。

 

「その様子だと、私の力がどういうものなのかも理解しているようで」

 

 お見通しかよ……

 

 アトブリアの言葉に、アンジェラは思わず内心で舌を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前。

 

 

『……アトブリアと名乗っていた男の能力が分かった』

 

 アンジェラは目覚めてすぐ、そう口にした。

 ソニックたちは静かにアンジェラの話に耳を傾ける。

 

『あいつは、多分亜空間のようなものに接続することができるんだ』

『亜空間?』

『四次元空間、とも言うかな。今オレたちが居る次元空間と隣り合わせに存在して、だけど自然に干渉はしない空間。オレたちが、普段感覚器官を通して感じることができない空間に、あいつは目に見えない裂け目みたいなものを形成して、通り道のようなものを作ることができるらしい』

 

 それは、実際に不意打ちのように攻撃を浴びたアンジェラと、その事象を解析したソルフェジオであるからこそたどり着くことができた結論。

 

 アトブリアの作った空間の裂け目が小さかったのであの場で気付くことはできなかったが、実際に受けてからソルフェジオが解析を行ったところ、保管庫の数カ所に、目には見えない空間の裂け目が見つかった。

 

『裂け目も目には見えない。しかも小さかったから、ソルフェジオの感知にもその場では引っ掛からなかった。だから、実際に攻撃を受けるまで攻撃されていることにさえ気付けなかった』

『なるほど……アンジェラちゃんの圧倒的なスピードでさえ、意味を無くしたってことか……』

『That's right……メリッサと博士を連れ去ったときに見せた不可視の力、メリッサと博士を持ち上げた力も、恐らくはその能力の応用だ』

『空間そのものを捻じ曲げて運んだ、ということか……聞いた限りでは、ワープのようなことは出来ないようだが』

『いや、アトブリアってやつが力を隠している、っていうのも考えられるだろ』

 

 麗日は色々と納得したかのように頷くも、途中でアレ? と疑問を抱いた。

 

『じゃあ、アンジェラちゃんのお腹に刺さっていたっていう、あの針は?』

『……問題はそこなんだよなぁ』

 

 アンジェラは忌々しげにテイルスの手にあるハンカチに包まれた針を睨みつける。アトブリアの言葉が真実なのだとするならば、「強大なエネルギーを内包している者に地獄の苦しみを与える針」。

 

 仮に、アトブリアの能力が亜空間にまつわるものなのだとするならば、この針は一体何なのだろうか。

 

『ただ、今はそんなことを考えていても仕方ない……「当たらないようにする」しかないだろ』

『それはそうだけどさ……ソニック、どうするつもりなの?』

 

 五人はどうしようかと考え込む。アンジェラが呼び出したウエストバッグの中から取り出したカオスエメラルドもあるにはあるのだが、たった一つだけでは空間そのものを捻じ曲げるには足りない。少なくとも、五つはカオスエメラルドが必要なのだが、今この場にカオスエメラルドは一つだけ。アトブリアの能力の限界が分からない以上、五つあっても足りないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ん? 空間を捻じ曲げる?』

 

 と、アンジェラが何かに思い至ったのか声を上げる。そして、ウエストバッグの中から瓶を取り出す。麗日はなんだろう、と首を傾げていたが、その中身を知っているソニックたちはアンジェラに詰め寄った。

 

『おい、アンジェラ!』

『……今は、これしか……』

 

 アンジェラは意を決したかのような表情でその瓶のフタに手をかけ、フタを捻ろうとする。

 

 

 

『待て』

 

 そう言いながらアンジェラの手を掴んで静止させたのは、シャドウであった。アンジェラを見るシャドウの目は、鋭さの中に確かな優しさが含まれている。

 

『アンジェラ、アレ(・・)を使うつもりなんだろう? でなければ、その薬を戦闘中に取り出したりしない』

『………………』

『薬?』

 

 瓶の中身を知らない麗日は状況についていけず混乱しかけるが、そんな麗日に瓶の中身について教えたのはテイルスであった。

 

『……あの瓶に入っているのはね、精神安定剤なんだ』

『せ、精神安定剤!?』

 

 まさかの中身に、麗日は思わず大声を上げて驚く。確かに繊細な所があったり、ワルプルギスへの捕食本能を抱えているアンジェラではあるが、まさか、精神安定剤を持っているとは思っていなかったのだ。

 

 ソニックが深刻そうな面持ちで口を開く。

 

『……アンジェラは、多分アレ(・・)を使うつもりなんだ。

 

 確かに空間を捻じ曲げることは出来るだろうが……代償として、アンジェラの精神を摩耗させることになる。酷ければ……自殺を図ろうとするほどには』

『そ、そんな……!』

 

 麗日は理解してしまった。だからこその精神安定剤なのだろうと。アンジェラが何をしようとしているのかは分からないが、その精神を摩耗させてでも、戦おうとしていると。

 

『アンジェラ、オレもシャドウに同意するぜ……その心をすり減らしてまで、戦おうとするのは……』

 

 ソニックは深刻そうな面持ちのまま、アンジェラに苦言を呈す。

 

 

 

 

『……大丈夫、とは言い切れないけどさ』

 

 アンジェラは俯いて口を開く。馬鹿なことを、と言われてもおかしくないことを、自分はやろうとしている。以前、コレを使った時のアンジェラの荒れ具合は、それはもう酷いものだった。それを間近で見て知っているからこそ、止められているのだと、知っている。

 

 

 

 だが。

 

 

『ここで動けなきゃ、オレは絶対に後悔する』

 

 それは、アンジェラの本心。

 

 この力が自身に牙を剥こうとも、今やらなければ後悔すると、確信に近い予感があった。

 

 

 

 

『また、自分に手をかけそうになったら、

 

 その時は、止めてくれよ』

 

 それは、どこまでもソニックたちを信じているからこその言葉。また自分が行き過ぎてしまっても、彼らなら必ず引き戻してくれると、確信を持って言えるからこその言葉。

 

 そうだ、アンジェラは一度決めたら曲がらない。そういうところは、自分に似ているのだと、ソニックはやれやれと言わんばかりに首を振った。

 

『…………無茶するなとは言わないけどさ……

 

 

 せめて、限界になる前に助けくらい求めてくれよ?』

 

 アンジェラの覚悟を、自分たちに向けられる信頼を受け取ったシャドウは、掴んでいたアンジェラの手を離す。

 

 アンジェラは、分かった、と言わんばかりに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………しかし、無策のまま挑んでも、先程よりも傷が増えるだけですよ?」

 

 アトブリアは手を翻し、不可視の力を発動させる。その力を感じることはできないが、ソルフェジオのおかげで近づいてきている、ということだけは分かった。

 

「誰が無策だって?」

 

 アンジェラはソルフェジオを持っていない左手でウエストバッグを漁り、精神安定剤が入った瓶を取り出すと、蓋を開け、まるでジュースを飲むかのように錠剤を思いっきり口の中に放り込み、瓶を投げ捨てた。そして、ウエストバッグの中からペットボトルのスポーツドリンクを取り出して飲み、錠剤を胃の中に全て収めペットボトルも投げ捨て、リミッターを両手足一段階は解除させ、セカンドリミット状態にする。ウエストバッグから飛び出したケテルも、即座にアンジェラの中に入りカラーパワーを発動させた。

 

「っ、ぷはっ……」

「おや、ポイ捨てはいけませんよ?」

「ごもっともだが、殺人・誘拐犯にゃ言われたかねぇな……」

 

 アンジェラはニヤリ、と笑う。ソルフェジオから送られてくるデータが、不可視の力がアンジェラに迫っていることを告げている。しかし、アンジェラは動かない。

 

「避けないのですか?」

「必要がない」

 

 アトブリアはヤケでも起こしたか、と思い、しかし攻撃の手は緩めない。不可視の力がアンジェラに触れそうになった、

 

 

 

 

 

 その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ〜……

 

『彼方巡る

 歯車は刻む

 夢幻の旅路を…………』」

 

 大きく息を吸い込んだアンジェラの口から奏でられたのは、唄。どこまでも儚く、力強く奏でられるその唄が、アンジェラの心を蝕み、それを対価として力を与える。

 

 それは、アンジェラの魔法における切り札。

 

 確固たる意思を持って唄を唄うことによってその力を我が物とし振るう、「唄の魔法」。魔法使いの中でもほんの一握りしかその素質を持たぬそれは、アンジェラが使うものどころか現存するどの魔法よりも強力な力を持ち、時空そのものを捻じ曲げることすら可能にしているものの、その代償として精神を大きく摩耗させ、それが酷ければ自我の崩壊を招く。

 

「『手を伸ばし

 救いを差し伸べる英雄』」

 

 アンジェラの足元に、巨大な魔法陣が形成される。それは、アトブリアの亜空間に不可視の扉を開く力を捻じ曲げるもの。アンジェラの周囲の空間が不規則に歪み、魔法陣があちこちに展開され、光が溢れ出す。空中に浮くための力を阻害されたアトブリアは、寸でのところでヘリポートの縁に着地した。

 

「『盲目白痴

 その痛みも悲しみも知らずに』」

 

 身体に残った痛みからか、調子外れのステップを踏みながら唄うアンジェラの瞳には、何も映されてはいない。ただただ虚空だけが宿ったその瞳が、アトブリアを捉える。

 

「……これは、これは……空間をも捻じ曲げるほどの唄……よもや、こんな隠し玉を持っていたとは」

 

 自身の能力を封じられ、危険が迫っているはずなのに、アトブリアは楽しげな声を出した。

 

 その瞬間、魔法陣から溢れ出した閃光が形となって、アトブリアに襲いかかる。確かな質量を持つそれを、アトブリアは軽やかな動きで躱した。

 

「『眩しいほどの光は照らし出す

 光は焼き焦がすいつか全てを』」

 

 アンジェラは手を翻し、魔法陣から次々と閃光を発射する。無詠唱で放たれた流星砲(スターストリングス)の束である。アトブリアの退路を塞ぐかのように軌道を描く光の束は、時間とともにその数を増してゆく。

 

「『正義と悪の

 境目は何処にある?』」

 

 激しさを増した流星砲(スターストリングス)の一部が、ウォルフラムかアトブリアが逃走用に用意していたのであろうヘリのプロペラを破壊した。

 

「プロペラだけを破壊しヘリによる逃走経路を絶ちましたか……これは、してやられましたね」

 

 アトブリアは仮面で感情を隠しながら、プロペラを破壊されて使えなくなったはずのヘリに乗り込む。アンジェラは更に魔法陣を展開し、瞳を伏せる。この場に居るはずのメリッサとデヴィット博士を探しているのだ。

 

「『胸に抱く

 唯一つの真実を』」

 

 少しして、アンジェラはヘリの中に、デヴィット博士の存在を発見した。

 

 オールマイトの親友という立場から不用意にヘリを破壊することができないことに内心舌打ちをするも、それ以上にヘリの中に巨大なエネルギー反応を発見したアンジェラは、メリッサの姿が見えないことに疑問を抱きつつ、流星咆(スターストリングス)の斉射を止め、それを迎え撃つべく準備を進める。

 

 アンジェラはソルフェジオを構え、ウエストバッグから幻夢の書を取り出しその場で浮遊させる。すると、幻夢の書のページがひとりでにパラパラとめくれてゆき、あるページになるとピタリ、とその動きが止まった。

 

「『夢、幻それらの総て』」

 

 数多展開された魔法陣に魔力が集約される。光となったそれらは一点に集約し、巨大な二つの手を形作った。

 

「『一つ一つ重なる嘘』」

 

 まるで麗人のような白い手袋をしたように見えるスラリとしたそれは、人二人を握りつぶせるであろうほどの大きさであり、本来手首があるべき所に一つずつ内部に何やら文字が刻まれた円形に、6つの三角形が外側に均等にくっついているような、アンジェラの魔法陣とは異なる形をした魔法陣が展開されていた。その二つの巨大な手はアンジェラを包み込むように現れ、開かれるように宙に浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時に、ヘリが内側から破壊された。

 

 

 

 

 

「『馬鹿なことだと言われようとも

 愚かなことだと分かっていようとも』」

 

 ヘリを破壊したのは、その内側からヘリを食いつぶすように破壊して現れた、巨大な一体の骸であった。

 

 上半身だけしか存在しないそれは、まるで夜がそのまま布になったかのような半透明のレースで骨だけの身体を着飾り、頭に黄金に煌めく赤い宝石があしらわれた王冠を乗せ、背中から赤黒い彼岸花のような歪な翼を生やし、その躯体全体からは黒いドロドロとしたスライムのような半透明の液体を溜らせている。アトブリアは、デヴィット博士を抱えてその巨大な骸の肩の上に佇んでいた。

 

「ッッ────────!!」

 

 意思など見えぬ、何も入っていないはずの骸の眼窩が、確かにアンジェラを射抜く。アンジェラの唄に対抗してか、肺腑などないその身体から声にならない声を上げた。

 

「『もう二度と立ち止まることは

 赦されない』」

 

 アンジェラの自我に植え付けられた本能は理解する。眼の前の歪な骸は、形は違えどかのワルプルギスと同じ……いや、その粗悪品に過ぎない。普通のワルプルギスよりも強い力を持つワルプルギスを更に強化せんと改造しようとしたのか、ワルプルギスの力を取り込んだ生物なのか、はたまたどちらでもない別の何かなのかどうかは知らないが、何かをしようと弄り回してその末に産み落とされた失敗作。その力こそ、今のオールマイトでは全く太刀打ち出来ないほどには脅威であろうが、その末にコアが別物になってしまっては仕様がない。

 

 喰らうだけの価値も持たぬのなら、食指も動くことはない。

 

「『どれだけ待ち続けていようとも

 願い信じ祈り続けていようとも』」

 

 しかし、アンジェラの深層意識の奥の奥から響く声音は言う。それはアンジェラの意思と、決意となって唄にさらなる力を与える。

 

 深層意識から反響する声。それは、アンジェラ自身の意思となる。

 

 

 

 

 

 彼の存在を赦してはならぬ、認めてはならぬ。壊し尽くせ、燃やし尽くせ、解放はそれでしか訪れぬ、と。

 

「『その手に二度と戻ることはない

 カケラさえも』」

 

 巨大な骸……アンジェラとソルフェジオが便宜上、「ニアワルプルギス・コア」と呼ぶことにしたそれは、黒い液体を溜らせながらその巨大な両腕をヘリポートに振り下ろした。その一撃で、ヘリポートは粉々に砕かれる。足の踏み場もなくなるところだったが、アンジェラは上空に展開した魔法陣の上に乗ることによって足の文場を確保した。

 

「『憐れな幼子の魂』」

 

 ニアワルプルギス・コアは暗闇しかないはずの眼窩をピカッ! と光らせた。その光は確かな熱を持ってアンジェラを狙い撃つ。

 

「『惑い彷徨い眠りに堕ちる』」

 

 アンジェラは眼前に手を伸ばし、無詠唱で守りの意志(ディフェソート)を発動させる。普段であれば確固たる拒絶(ディフェラドゥーム)であっても焼き貫かれるであろう威力の光は、唄の力によって強化された白銀に輝く防壁によって阻まれた。

 

「『遥かな世界を生き

 星羅を巡った先』」

 

 巨大な両の手それぞれに足元の魔法陣から現出した青白い光が集う。すると、その光は西洋風で柄が水色の巨大な剣へと姿を変えた。現れた二本の巨大な剣を、麗人のような巨大な手は一本ずつ掴み構える。

 

 唄の魔力によって限定解除された、アンジェラが普段幻夢の書を使っても使うことができない魔法、遙華魔術(ウルティ・マギア)の一つ、黎明を裂く剣(ウルトラソード)である。

 

「ッ──────────────!」

 

 ニアワルプルギス・コアは声にならぬ咆哮を轟かせる。まるで、威嚇するかのように。

 

 アンジェラが右手を空をなぞるようにして上から下へと振り下ろすと、巨大な両の手はそれに呼応するかのようにその手に携えた黎明を裂く剣(ウルトラソード)の切っ先をニアワルプルギス・コアへと振りかざした。

 

「『夢見続く子供たちの

 お伽噺』」

 

 ニアワルプルギス・コアは骨の両腕で二振りの大剣を受け止める。ガキン!! という、金属同士がぶつかり合ったかのような音がヘリポートの残骸に響き渡り、接触面から火花が散った。

 

「『楽園はある 

 そんな

 チンケなものでいいから』」

 

 剣と骨の腕は競り合う。ニアワルプルギス・コアは肩に乗っているアトブリアを護るかのように、剣の切っ先を遠ざけようとする。

 

 しかし、その動きに一瞬、迷いのようなものが見えた。

 

「『ただ嘘に深く溺れさせてよ』」

 

 アンジェラはその隙を逃さず、黎明を裂く剣(ウルトラソード)に魔力を集中させ、ニアワルプルギス・コアへ向かって振り下ろす。

 

 

 

 

 それと同時に、ヘリポートの入口から青と黒の閃光が駆け抜けた。

 

「『総てが灰塵に帰して

 両の手から零れて』」

 

 空間に干渉する能力を封じられたアトブリアには、二つの閃光に反応する術などなく、そのままニアワルプルギス・コアの肩の上からガンッ! という音と共に弾き落とされ、デヴィット博士を奪還された。

 

「……なるほど、私の力を封じたのはこのためですか」

 

 アトブリアは納得したような、追い詰められているのにも関わらずどこか楽しそうな声を発する。重力に縛られるまま落ちてゆく彼は、その視線を彼をニアワルプルギス・コアから弾き落としデヴィット博士を奪還した張本人である二つの閃光……ソニックとシャドウに向けていた。ソニックがアトブリアをニアワルプルギス・コアの肩の上から弾き落とし、シャドウがその衝撃で空中に放り出されたデヴィット博士をキャッチしたのだ。

 

 そう、それこそがアンジェラ達の作戦。アンジェラが唄でアトブリアの力を封じ、ソニックとシャドウがデヴィット博士とメリッサを奪還するという、単純明快な作戦。ニアワルプルギス・コアという思わぬ大物の出現や見えないメリッサの姿に少々狂いが生じはしたが、デヴィット博士を奪還することはできた。

 

「『落ちても 

 変わらず

 世界は廻り続く』」

 

 ソニックとシャドウはヘリポートの残骸の上に着地すると、アトブリアとニアワルプルギス・コアを睨みながら唄を紡ぎ続けるアンジェラの傍に駆け寄り、シャドウは抱えていたデヴィット博士をヘリポートの入口へ雑に放り投げた。

 

 アンジェラがその決して強いとは言えない心をすり減らしてまで唄う決意をしなければならなくなったのは、元はと言えばデヴィット博士の恐怖心から産まれた発明品のせいだ。雑な扱いとはいえ、ちゃんとアトブリアから引き剥がされているだけまだマシと言えよう。

 

「アンジェラ、まだ行けるか?」

「今は……アレを仕留めるぞ」

 

 アンジェラは力強く頷き、唄にさらなる力を込めた。黎明を裂く剣(ウルトラソード)は光となって消え去り、巨大な両の手に、手首にあるものと同じ魔法陣が浮かび上がる。

 

「『そのいつかは、いつ? と

 無邪気なあの日も』」

 

 出現した魔法陣が大きくなると同時に、ソニックとシャドウも動き出した。

 

 ニアワルプルギス・コアはその巨躯に見合わぬほどのスピードでその骨の剛腕を振り下ろしたが、ソニックとシャドウにとっては遅すぎるその動きは、最小限の動きで簡単に避けられた。

 

「────────ッ!!!」

 

 次の瞬間、ニアワルプルギス・コアが声にならない悲鳴を上げて大きく仰け反る。ソニックとシャドウがほぼ同時にニアワルプルギス・コアの懐へホーミングアタックを放ったのだ。

 

「『もう二度と帰らない

 戻れやしない』」

 

 大きく広がった魔法陣から蒼い炎が吹き出る。まるで指揮をとるかのようなアンジェラの手の動きに合わせて、炎は竜のような形になり、ニアワルプルギス・コアへ睨みをきかせた。遙華魔術(ウルティ・マギア)の一つ、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)である。

 

「『遥か、星の瞬き

 舞い落つ星の光は』」

 

 ソニックとシャドウがニアワルプルギス・コアの傍から離脱したことを確認したアンジェラは、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)へ更に魔力を込める。

 

 眼の前に座す歪なものを、灼き尽くす。

 ただそれだけのために。

 

「『確かに触れられたはず

 でも届きはしない』」

 

 焔抱く龍槍(ドラゴストーム)がニアワルプルギス・コアめがけて放たれる。ニアワルプルギス・コアは焔抱く龍槍(ドラゴストーム)を受け止めようとしたのか、腕を前に突き出して骨の手を広げた。

 

 二つの力がぶつかり合う。拮抗していると思われていた両者であったが、ニアワルプルギス・コアの腕は少しずつ、しかし確かに焼け落ちていた。

 

「『闇に隠された希望も

 絶望すら砕き壊すまで』」

 

 唄の終わりと共に、焔抱く龍槍(ドラゴストーム)は咆哮を奏でる。ニアワルプルギス・コアも受け止めようとはしていたが、遂に限界が訪れた。

 

 

 

 

 

「────────────────ー!!!」

 

 焔抱く龍槍(ドラゴストーム)が、ニアワルプルギス・コアの防御を突破し、その胸に突き刺さった。声にならぬ甲高い悲鳴がIアイランドに響き渡る。骨が焼け焦げる匂いと、パチパチ、という焚き火のような音とともに、ニアワルプルギス・コアはその身を焼かれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……!!》

 

 アンジェラの身体からケテルが力なく出てきて、フラフラとウエストバッグに戻る。限界を超えたカラーパワーの使用で、体力が尽きてしまったのだろう。その浮く様はフラフラだ。

 

 しかし、それ以上に限界なのはアンジェラだろう。

 

 アトブリアから受けた攻撃に始まり、唄の魔法による精神汚染を抑えるためのオーバードーズ、本来使えるはずのない遙華魔術(ウルティ・マギア)を唄によって無理矢理使用したことによるバックファイア、そして、オーバードーズしてなお抑えきれなかった唄の魔法の精神汚染が、巨大な両の手が光となって消えると同時に容赦なくアンジェラを心体共に蝕む。

 

「ッ…………!!」

 

 アンジェラは唄によって作られた結界を消さないようになんとか気を保たせ、力なく地面に着地した。

 

「アンジェラっ!」

「大丈夫か……!?」

「なん……とか……」

 

 駆け寄ってきたソニックとシャドウに、アンジェラはそう返す。口ではそう言いつつも、アンジェラはもはや戦えるような状態ではなかった。唄の副作用で発狂していないだけまだマシと言えよう。

 

 それでも、まだ元凶をぶちのめしていない、と、アンジェラはソルフェジオを支えにしながら立ち上がる。

 

「まだ、だ……まだ、終わってない……」

 

 アンジェラは身体こそボロボロであったが、そのトパーズの瞳にはまだ強い闘志が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおやおや……これはこれは」

 

 ヘリポートだった場所に、この場には不釣り合いすぎる声が響き渡る。アンジェラ達は警戒を強めた。

 

「まさかアレを倒すとは……いやはや、驚きました。あなたたちは本当に優秀ですね」

 

 声の主は、ニアワルプルギス・コアの肩の上から落とされたアトブリアであった。アトブリアは虎の子のニアワルプルギス・コアが倒されたというのに、どこまでも楽しげに言葉を紡ぐ。

 

「うるさい……言え、メリッサは何処だ……!!」

 

 アンジェラは怒りをトパーズの瞳に滲ませてアトブリアを睨み、ソニックとシャドウも臨戦態勢をとる。

 

 多勢に無勢のこの状況。

 

 しかし、アトブリアは一切焦りなど見せなかった。

 

「ああ、あのお嬢さんのことでしたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女なら、今燃えているじゃありませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はっ?」

 

 ごうごう、ぱちぱち。

 

 炎が立ち昇る音だけが、その静寂を切り裂いていた。

 

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