「…………」
あまりのショックに、アンジェラ達は言葉を紡ぐことすら出来なかった。
燃えている?
何が?
彼女………………
………………メリッサが?
「ああ、燃えているとは言っても、その前にもう死んでいたようなものですがね。いやはや、もしやとは思いましたが、本当に驚きましたよ……そして、助かりました。アレをどう処分しようか、悩んでいたところだったので」
「何……を……」
無機質な声色で、ただただ事実と感謝だけを紡ぐアトブリアが、アンジェラには酷く歪んで見えた。
「どういうことだ……貴様、彼女に何をした!?」
酷く動揺してしまい口を動かすことすら出来ないアンジェラに代わり、シャドウがアトブリアを睨み問いかける。アトブリアは一切調子を変えぬまま、口を開いた。
「簡単なことです、少し実験にお付き合いいただいただけのこと。まさか、あんな大物が発生するとは思いもしていなかったのですが……彼女は、よほどの虚弱体質だったのですかね?
GUNはアレを……ワルプルギス、と呼んでいると聞きます。アレは本物ではなく、そのレプリカのようなものですが」
「ッ……!!」
アンジェラは、あまりのショックで動くことすら出来なくなった。
冷静に考えれば、真っ先に唄でアトブリアの能力を封じなければならなかったアンジェラが、ニアワルプルギス・コアの正体を、メリッサの成れの果てがあの骨の巨人であることを知る由はなかった。ニアワルプルギス・コアを処分したかったと言っていたアトブリアが、アンジェラ達がニアワルプルギス・コアを仕留める前にその正体を明かしていたとも考えられない。
しかし……知る由もなかったとはいえ、「友人をその手にかけた」という事実は、アンジェラの心に重いしこりとなって深く伸し掛かってくる。精神安定剤のオーバードーズがなければ、即座に発狂していてもおかしくはないだろう。
「あっ……オレ、は…………」
「っ、……」
あのソニックですら、今のアンジェラに対してかけるべき言葉が見つからなくて、カタカタと震えるアンジェラの肩にそっと手を乗せることしか出来なかった。
アンジェラの眼は、完全に光を失っている。
メリッサ、真実の断片を見せて、それでもなおアンジェラのことを友達だと言ってくれたヒトをこの手にかけてしまったのであれば、自分の唄には、力には、一体何の意味があるというのか。
「そこの彼女から聞いているでしょう……
「っ、ああ、聞いている………………
…………………………!」
アンジェラの言葉とアトブリアの言葉、そしてメリッサの成れの果てであるという骨の巨人の存在が、パズルのピースを埋めるが如くシャドウの頭の中で一つに収束し、ある結論を出す。
それは、決して認めたくはない、しかし、今の状況を考えれば、そうとしか考えられないこと。
どこまでも残酷で、非道な結論。
ソニックもシャドウと同じ考えに辿り着いたのか、目に見えて怒りをその表情に滲ませ、ギリッ、と歯軋りして、普段よりも低い声で言う。
「……今のでようやく分かったぜ……アトブリア、お前は、
それは、決して認めたくはない事実。
しかし、この状況を考えればそうとしか思えない事実。
ソニックの叫びを受けたアトブリアは、全く調子を変えぬまま言い放った。
「ええ、その通りです。
「っ、それなら、仲間内で勝手にやってろ……何故、彼女達を巻き込んだ!」
かつて大切な人を眼の前で亡くした記憶がリフレインしているのか、シャドウが感情を抑えずに声を荒げる。アトブリアはそんな状況下であっても、平常を保ったまま説明を続けた。
「
その感情の種類は問われませんが、
そんな感情ならば、探すよりも作る方が手っ取り早いでしょう?
それに、どんな人間でもいいわけではないのですよ。俗に言う異形型や生まれついての強“個性”持ちの人間では、その強い“個性”因子が魂の凝結を遮ってしまうのです。
何の役にも立たない弱“個性”……とりわけ、“個性”因子そのものを持たない無個性の人間が、一番適性が高い。
しかし、今の世の中私の言うような弱“個性”の持ち主はほぼ居らず……無個性は尚更。
そんな中、デヴィット・シールド博士とその娘さんを見つけたのです」
アトブリアはそう言うと、骸の巨人へと顔を向ける。
さも当然のことを語るが如く、どこまでも悍ましいことを口走るアトブリアに、ソニックとシャドウですら、言葉を失ってしまった。
いや、
人間の皮を被った化け物に、かける言葉など最初から存在しないのだ。
奴に、人間の言葉は、情は、何一つとして通じなどしない、理解を求めることは、時間の無駄でしかない。
人間の常識で測ってはいけない異常性の塊、精神の怪物。
それが、アトブリアなのだと、ソニックとシャドウは正しく理解した。
「しかし……この結界は厄介だ。デヴィッド博士にはもう少し、ご協力いただきたいのですが……奪還されて、力を封じられてしまっては、それも難しい……」
何やら考え込むような素振りを見せるアトブリア。ソニックとシャドウは奴が何を仕出かしても対応出来るように構えをとる。
アトブリアは懐から黒く長い針を取り出し、まるでレイピアを振るうかのように構える。その針がアンジェラの腹に突き立てられていたものと同じモノであると、ソニック達はすぐに気が付いた。
『っ、我が主……!』
《お姉、ちゃん……!》
「ぁ……っ……」
巨大な骸がぱちぱち、ぱちぱちと燃え盛る音と、ソルフェジオとフラフラとアンジェラの肩の上に乗ったケテルの心配を孕んだ声が、今だに眼に光が戻らぬアンジェラの耳に、やけに鮮明に響いていた。
『……メリッサって、この島から出たことないのか?』
レセプションパーティーの直前のこと。フルガントレットを受け取ったアンジェラは、メリッサにこう質問をした。
『小さい頃は外で暮らしていた時期もあったけれど……大体小学生になるくらいの歳から、この島で過ごしているわ』
『……それって、窮屈じゃないか? 旅行とかもできないんだろ?』
メリッサは今十七歳。小学生になる年齢からこの島で暮らしているということは、メリッサは大体十年ほどの時間をこの島で暮らしていることになる。
もしも自分がそうだったら、とても耐えきれそうにもないなと思ったからか、アンジェラは思わずそう口にしてしまい、すぐにはっとして口を噤んだ。
『気にしないで。今でこそ目標があって、充実した毎日を送れているとはいえ、小さい頃にそう思ってたことは事実だし…………今でも、ほんのちょっとだけ、そう思ってるし』
『……』
『そう思うってことは……アンジェラって、一所に留まるの、苦手だったりする?』
『ああ……その通りだよ』
アンジェラは困ったような笑みを浮かべる。メリッサはやはり、頭がいいらしい。アンジェラのふとした呟きから彼女の質を読み取ることなど、誰にだって出来るようなことではない。
そのメリッサの姿に、教授の姿が重なったように見えた。なんだかいたたまれなくなって、アンジェラは話題を変えようと口を開く。
『あー……そうだ、外のこと知らないんだったら、観光地とかも知らないんだよな?』
『ええ……あまり……ちょっとは知ってるけど……』
『じゃあ、アポトスはどうだ? あの港町の景色は絶景だぞ』
『アポトス……?』
メリッサの目に、輝きが宿る。それは、アンジェラが観てきた風景という名の、メリッサにとっての未知への憧れからくるものだった。
アンジェラは、メリッサに話して聞かせた。彼女が観てきた世界のことを。
聞いたこともない景色、食べ物、文化、そこに暮らす人々……
アンジェラの楽しげな声で紡がれる様々な「未知」は、メリッサの胸に小さな、しかし眩い火を灯した。
まるで、絵本を読んでいるかのようにワクワクが止まらない。知れば知るほど、もっと色々なことを知りたくなる。自分が見てきた世界が、どれだけ小さかったのかを思い知らされたような感覚が、メリッサの心を包み込む。
いつしか、メリッサの胸の内には「父のような立派な科学者になって、ヒーローをサポートしたい」という夢以外にも、ある憧れが産まれていた。
それは、霞のように掴めず、朧気で、そのままにしておけばやがて消えてしまいそうな儚い光。
しかし、アンジェラがワルプルギスを喰い散らかすという、悍ましくも美しい光景を目にした時、そして、強いと思っていたアンジェラが、儚く脆い一面を見せたその時、それはメリッサの心に形となって残った。
痛い。
痛い。
アトブリアに連れ攫われ、それ以降の記憶は曖昧だった。
意識すら朧気で、まるで夢の中で揺蕩っているかのようだった。
身体を自由に動かすことすらままならず、自分が何処に居るのかすらも、彼女には認識できなかった。
『……………………』
身体が張り裂けそうな痛みと、ぼんやりとした意識の中。
唄が、聞こえてきた。
『………………』
美しく、しかし苦しそうに奏でられる旋律に、思わず手を伸ばそうとした。
彼女は、正しく認識していた。
自分が、人ならざるものへと堕ちてしまったこと。
もう、人間に戻ることは、出来ないということ。
そして、この唄の主が、自身の友達だということ。
絶望は、感じなかった。
それを感じるだけの感情すら、失われていた。
身体を動かすことも出来なかった。
唄の主を排除しようと、勝手に動かされた。
彼女は、ぼんやりと感じていた。
自分はこのまま、死ぬのだと。
それでもいいと思った。
人に戻れないのであれば、このまま友達を傷付けてしまうのであれば、友達の手にかけられた方が、何倍もマシだと。
このまま生きていても、誰かを傷付けるだけなのだから。
どうせ死ぬなら、友達に看取られての方がいい。
…………本当に?
ガキィン……!!
金属がぶつかり合うような音を響かせて、黒い針がアトブリアの手から離れて宙を舞い、ヘリポートの残骸の上に深く突き刺さる。
それを為したのは、いつの間にやらアトブリアに接近し、その手に金色に光り輝くカオスエメラルドの力の結晶……カオススピアを携えた、シャドウであった。
「おや……それは、混沌の宝珠…………ですか」
「……カオスエメラルドのことも知っているのか」
カオスエメラルドそのものを見せていないというのに、カオススピアがカオスエメラルド由来の技であると見抜いたアトブリアの腹に、シャドウは思いっきり蹴りを入れる。ガコッ、という重々しい音と共に放たれた音速の蹴りは、アトブリアの身体を吹き飛ばしたものの、アトブリアは動じることもなく砂埃を上げながら着地した。
「
アトブリアはヘリポートに突き刺さった針を抜きながら言う。しかし、声色は先程から全く変わっていない。ここまで変化がないと、こいつにはそもそも感情というものがないのではないかという疑問がふつふつと湧き上がる。
ヴォルフラム達を肉塊に、メリッサを異形に変え、それでも平然とした態度を保っている。
奴は、オールマイトとベクトルは全く違えど、同じように精神が欠落している。オールマイトと違い、一語一句全てにその欠落が垣間見えるのは、流石としか言いようがない。
オールマイトと違い、奴の言葉は毒が過ぎる。それが故に、聞き続けていたら耳が腐ってしまいそうな感覚に陥る。
毒ではあるのだが。
奴の言葉には、一切の虚偽すらも感じ取ることが出来なかった。
アトブリアは引き抜いた針をシャドウに向ける。アンジェラの話によれば、それはエネルギーを蓄えているものに地獄の苦しみを与える針。究極生命体であり、リミッターが必要なほどのエネルギーを持つシャドウがその毒牙にかかれば、恐らくはアンジェラと同じように体内から引き裂かれるような激しい痛みに襲われるはずだ。
それを思い出したシャドウはバックステップでアトブリアから距離を取る。それと入れ替わるかのように、ソニックがアトブリアへ、常人には認識することすら不可能なスピードで接近し、音速の拳を見舞った。アトブリアは反応する間もなく宙を舞う。
「……………………」
アンジェラは、音もなくソルフェジオをアトブリアに向ける。
「ふふ……はははは」
少女の笑い声が響く。それに呼応するかのように、周囲の空気に変化が起こる。
唄の魔力が、主の感情と共鳴を起こす。
彼女の心は、既にボロボロだった。
アンジェラはそもそも、精神がタフなわけでは決してない。寧ろ、彼女の精神は何かをかけ違えば容易く壊れてしまうほどには脆い。アンジェラが戦闘面以外で強く見えるのは、単にその勝ち気で男勝りな性格と言動によるものでしかない。
それでもなお、彼女が戦う理由があるのだとするならば、
それはきっと、ヒーロー精神などという曖昧なものではなく、
「
………………例え、この身が異型に成り果てようとも、
私の魂、憧れは、貴方と共にある。