其の■■への疑問に意味はない
もし、その■■が
■■■■が残したものだと言うのならば
その■■は本当に■■なのか
もし■■■■が生まれついての■■■■であるのならば
その■に、意味などない
内からズクズクと迸る痛みも、唄による精神汚染も、今のアンジェラを止める要因にはなり得なかった。
恍惚とした、悍ましい笑みを浮かべ、グロテスクなアカイロに染まった瞳を爛々と輝かせ、アンジェラは半死半生状態のワルプルギスへ容赦なく音速の蹴りを入れる。グシャリ、という肉を抉る音が、ヘリポートの残骸に嫌なほどに響いた。
スタリ、と着地したアンジェラは、その猟奇的な瞳にワルプルギスを写したまま、右手に魔力を収束させ、光の刃でその華奢な手を覆う。相手の命を刈り取るかのような形をした光の刃だ。
アンジェラはその脅威的なスピードでワルプルギスに接近すると、
オールマイトの一撃の影響か、アンジェラによる切断の影響か、はたまたその両方か。もはや動くことすら出来ないワルプルギスの両腕両脚を、その虚ろな目からは想像もつかないほど器用に
首無しの達磨になったワルプルギスの胸元に
鋭い犬歯がワルプルギスの肉に食い込む。顔が、髪が、黒に汚れることもお構いなしに、アンジェラはその肉を貪り食った。
「おや、おやおやおや…………あなたは…………」
一連の凄惨な光景を静観していたアトブリアは、何か興味深い物を見つけたかのように感嘆の声を漏らす。眼前に控える
ワルプルギスを視認し、本能に呑まれ冒涜的な行為を繰り返すアンジェラを初めて知覚したオールマイトは、反射的にそれを止めようとした。ヒーローとして、教師として、ヒーローを目指してはいないとはいえ教え子が間違った道に進もうとしているのであれば、それを正すのも自身の役目であると言わんばかりに。
その姿は、先程80階で麗日達が怯え混じりに見せた表情から、恐怖心を拭い取ったかのようだった。
今のアンジェラを止めようとすれば、アンジェラの心が壊れてしまう。そう確信していたソニックとシャドウは、アンジェラの元へ駆けようとしているオールマイトを止めようとする。
その時だった。
「……色々と、気になることはあるが……」
ワルプルギスのコアと思しき金平糖のような物体を噛み砕いたアンジェラが、そう言いながらむくり、と立ち上がった。心臓部を破壊されたのであろうワルプルギスは、既に溢れて地面を濡らしていた黒い液体を残して霧散する。
アンジェラの右手には、今だに
「あんたが、見た目通りの機械なんだったら」
靴が汚れることも厭わず、黒い液体に汚れた地面を踏み、アンジェラはアトブリアへ一歩、一歩と、少しふらついた足取りで近付いていく。彼女の瞳は、アカイロに染まったままだったが、その声は理性的なものであった。
アンジェラは右腕をゆっくりと、見せつけるかのように振り上げる。口角が上がり、瞳のアカイロに紅が混ざる。
本能と理性の狭間で揺れ動く自我。
それでもなお、彼女は忘れていなかった。
「その身体が、
それを目にした者の身を穿つほどの憎悪と狂気、そして、何よりも深い殺意をその美しい顔に滲ませて、アンジェラは至って冷静に口を開いた。
「…………今、ここで、
「…………あれは……」
「あそこまでキレたアンジェラは、結構久々に見たかもな……」
その一連の流れを静観していたソニックとシャドウは、オールマイトを止めようと伸ばした手を引っ込めて言った。オールマイトは幾度にも渡るアンジェラの突然の変貌に、もはや反応することすら出来ず固まっている。
アンジェラは本気で怒ると一周回って逆に冷静になる質のようで、静かに、しかしその目には確かな怒りを滲ませて、確実に相手を追い詰める。
今のアンジェラは、理性から来た大きな怒りと本能から来た衝動が、上手い具合に混ざり合っているような状態なのだろう。本来ならばぐちゃぐちゃに混ざり、自分が一体何を思っているのかが分からなくなってしまうような、似ているようで全く違う二つの違うところから来る感情が、どういうわけか同時に存在できている。どれだけ強い怒り、憎悪であれば、本能から侵食してくる狂気と並び立つことが出来るのであろうか。
……いや、恐らく既に彼女は発狂してしまっているのだろう。
アトブリアが全ての元凶であるとはいえ、アンジェラ自身に非があるわけではないとはいえ、友人を自ら手にかけたという事実が変わることはない。それは、彼女の理性を狂気で塗りつぶすのには十分すぎる理由だ。
狂気に塗りつぶされている自我が思考能力を保つことができているのは、ひとえに精神安定剤のオーバードーズがあったから。怒りと薬が、彼女を現界へ辛うじて繋ぎ止める糸になっているのだ。
ソニックはアンジェラが落としていった杖形態のソルフェジオを拾い上げる。アンジェラが本能に呑まれつつとはいえあそこまでキレ散らかしているのだから、その相棒が抱く怒りも相当なものだろう。
そう予想はしていたが、やはりというかなんというか。ソニックがソルフェジオに触れた時、その先端部分が赤い光を放った。
その光が意味するのは、彼女もまた、抑えきれない怒りを抱えているということだと、彼らは知っていた。
「……やはり、素晴らしい……人を真に強く大きくするのは、内から湧き出る激しい感情……どれだけボロボロな身体であっても、その感情を貫き穿とうとする者が、一番強いのですね……」
アトブリアは、ボロボロな身体でしかしその瞳には確かな殺意を滲ませてしっかりとアトブリアを写すアンジェラを見てそう呟き、遙か上空に浮かび上がると懐から何か小さなカプセルのようなものをいくつか取り出して周囲に投げる。
そのカプセルのようなものは重力に従いヘリポートの残骸に落下すると、パリン、と音を立てて割れ、カプセルの質量を無視した大量の黒い粘性の液体が発生した。
その黒い粘性の液体はボコボコ、と音を立てながら膨張し、黒い煙を蒔き散らしながら人のような形へと成ってゆく。
そのシルエットを視認したアンジェラは、痛みに軋む身体を引き摺り音速でその物体の1つに接近すると、湧き上がる衝動と共に、アトブリアへと向けていた
その物体、アトブリアが放った物体は、ワルプルギスであった。恐らくだが、80階に居たワルプルギスもアトブリアによって持ち込まれたものだったのだろう。
噴水のように黒い液体を吹き出しながらヘリポートに落ちたワルプルギスの上断面に左手を突っ込んで、黒に汚れた肉を、コアと思しきパーツを引き摺り出して貪り食い、他のワルプルギスを斬り、喰らいを繰り返すアンジェラは、しかしその視線はアトブリアへと向けていた。
そのアカイロの瞳に、憎悪と狂気を湛えながら。
「本能に呑まれても、理性から来る感情を忘れない……いい、いいですよ…………」
ヒュ〜………………ガンッ!!
「ッ!?」
風切り音と、金属を殴りつける音がヘリポートに響き渡る。
アトブリアがそれに反応する前に、アトブリアの身体はソニックブームと共にヘリポートへと叩きつけられ、オイルを撒き散らしながら二、三回バウンドすると燃え盛る骸の巨人の前に転がり落ちた。
「っ、DETROIT SMASHっ!!」
それを好機とばかりに、今の今までショックが大きすぎて動けなかったオールマイトがアトブリアへ拳を放つ。凄まじい勢いのストレートパンチは、アトブリアを骸の巨人を焼く炎へ吹き飛ばした。
その直後、スタン、とソニックがヘリポートに着地する。上空のアトブリアを殴りつけ、ヘリポートへと落としたのはソニックだ。ソルフェジオの怒りを感じ取った彼は、アトブリアがワルプルギスを喰うアンジェラに注目している隙に上空にジャンプし、後ろからアトブリアを強襲したのだ。
「……これで……」
「いや、まだだ」
オールマイトが紡ぎかけた言葉をシャドウが否定する。
彼の視線の先にあったのは、炎の中で揺らめく影。
ワルプルギスを全て喰い殺したアンジェラの瞳が焔を写し、紅を湛えてゆらり、と揺れる。
「おやおや……話には聞いていましたが、やはり衰えましたねぇ、平和の象徴。全盛期であれば、この躯体を一撃で葬る可能性すらあったというのに……」
彼らの視線の先には、身体中から火花を散らすアトブリアの姿があった。
ゆらめく炎を抜け、アトブリアは歩みを進める。
奴が纏っていた服が炎に呑まれて焼け焦げ、今まで一部しか垣間見えなかったアトブリアの本来の姿が露わになった。
火花散る配線と金属のパーツまみれの身体。腕や脚は幾本もの配線と銃口の付いたパイプの塊であり、オールマイトの拳とアンジェラの
「しかし、これは流石に弱りましたねぇ。先の一撃で亜空間との接続機構を破壊されてしまいました。ピンポイントにこの機能を破壊するとは、流石は平和の象徴」
パイプの右手で器用に黒い針を玩びながら、アトブリアはそう呟く。
自ら弱点を公言するなど、普通の敵であれば愚の骨頂であろう。しかし、奴のこの身体は
「………………お喋りはこの位にして……この躯体最後の花火でも上げましょうか」
アトブリアは全身のパイプを震わせ、ヘリポート全体へ勢いよく伸ばし、叩きつける。母体の質量を無視した巨大なパイプの群れが、アンジェラ達へと襲いかかってきた。
パイプの動きは、かの伝承上の怪物クラーケンが暴れる様を思い出させるようなものであり、無遠慮に、狙いすら曖昧に、ただただヘリポートを破壊する。
曖昧な狙いの攻撃は、一周回って厄介なものだ。それは、戦い慣れている者ほど感じやすい。自分の予想を外れた動きは、対応がし難いものである。
重い振動が周囲に響く。その振動で、パイプを躱すソニック達の動きが僅かに鈍る。
しかし、アンジェラだけは、あのパイプに、ないはずの記憶が呼び起こされるような感覚を受けて、そのアカイロの瞳を揺らしていた。
『■■■■■■■■■■■■■■』
「うっ……」
アンジェラの右手から
『奴を殺せ、その存在を赦すな、その怒りはお前のものだ。
■■■■、お前には、お前だけには、それが赦されているのだから』
「…………最初から、そのつもりだ…………」
この狂気に身を委ねることが、本当に正解なのかは、誰にも分からない。
だが、アンジェラは、今度は自分自身の意思で、自我で、決意した。
狂気が狂気を塗りつぶす。ぐちゃぐちゃになって溶けかけていた自我が、「彼女」という存在に戻る。瞳のアカイロは、右がトパーズ、左が紅へと染まってゆく。
その瞳は、今だに狂気に塗れている。しかし、確かな彼女自身の「意思」をも映し出していた。
「っ、アンジェラ!」
アンジェラの瞳を垣間見たソニックは、手に持っていたソルフェジオをアンジェラに投げ渡す。アンジェラは右手でソルフェジオをキャッチすると、杖からサブマシンガンへと変形させ、構え、引き金に指を置いた。
「
虚ろな、しかし確かな意思を宿した瞳でアンジェラが引き金を引くと、超高温の魔力弾が銃口から放たれた。その弾幕は凄まじい速度で宙を舞い、アトブリアのパイプを切断する。しかし、手負いのアンジェラでは断続的に発生し続けるパイプの全てを切断することはできない。
無論、アンジェラもそれは承知の上だ。
そして彼女は、一人ではない。
「カオススピア!」
アンジェラが撃ち洩らしたパイプに、光の槍が突き刺さり爆発を起こす。アンジェラが光の槍が飛んできた方向に一瞬目をやると、そこには左手で青いカオスエメラルドを握り締め、右手をアトブリアへと向けているシャドウの姿があった。
シャドウが今持っているカオスエメラルドは、元々アンジェラが持っていたものだ。今ここに居るメンバーの中で、カオスエメラルドの扱いに最も長けているのはシャドウ。なのでアンジェラは、事前にシャドウにカオスエメラルドを手渡していた。
アンジェラとシャドウの攻撃で、パイプの動きが一瞬鈍る。そして、それを見逃すソニックではなかった。
「もう、オマエには何もさせない……!」
ソニックはパイプの隙間を縫うように駆け抜け、アトブリア本体へ音速の蹴りを落とす。妹を狂気の淵に叩き落したアトブリアへの激しい怒りも相まって、力を増したその蹴りによって、アトブリアはソニックブームを発生させながら地に落ちた。グシャァっ、と、機械の潰れる音がアンジェラ達の聴覚に響いた。
「ふ、フふ……素晴ラしい、素晴ラシい……」
アトブリアの声にノイズが混ざる。最後の花火だとばかりにアトブリアの両腕のパイプの群れの銃口に光が集う。
「……ふふ」
アンジェラは笑みを浮かべ、足元に魔法陣を展開する。
それは、一介の少女には過ぎたる
アンジェラが何かをやろうとしていると、アトブリアも悟ったのだろう。銃口を全てアンジェラへ向け、右手のパイプで弄んでいた黒い針をアンジェラへ向かって投擲する。
しかし、そんなことを彼らが赦すはずもない。
「……させるか」
「大人しくしていろ」
ソニックは投擲された針を蹴りで叩き落し、シャドウはアトブリアが伸ばしていたパイプを掴んで、上空へと投げ飛ばした。
しかし、最後の悪あがきとばかりにアトブリアからパイプが伸ばされる。
「子供たちばかりに、任せるわけにはいかないなっ!」
そのパイプを拳で破壊したのは、オールマイトだった。オールマイトはパイプを破壊すると、即座にその場から離れる。
それを確認した……のかは分からないが、アンジェラはソルフェジオをサブマシンガンから再び杖に変形させ、アトブリアへと向けて構える。足元の魔法陣が光を増し、ソルフェジオの先端にも魔法陣が展開される。そして、その魔法陣に空色の光が集ってゆく。
「……消えろ。
低く、おどろおどろしい、しかしどこか美しい声の詠唱によって放たれた砲撃が、アトブリアの躯体を飲み込んだ。凄まじい破壊力を持つその砲撃はアトブリアの躯体をみるみるうちに解体していく。
そして。
ボカァン!!!
と、大きな音を立てながら、アトブリアの躯体は爆発した。
伸びに伸びまくったI・アイランド編も次回が最後です。