A組の面々を乗せたバスが停車したのは、サービスエリアや道の駅などのパーキングエリアではなく、山々の景色を一望出来る広めの展望台のような場所だった。近くにB組のバスの姿もない。
「ようやく休憩かぁ……」
「つか、なにここ、パーキングじゃなくね?」
「あれ、B組は?」
「トト、トイレは……?」
クラスメイト達が口々に疑問を語る中、バスを降りてきた相澤先生が一言放つ。
「何の目的も無くでは、意味が薄いからな」
その言葉の意味が理解出来ず、頭の上に疑問符を浮かべるクラスメイト達。
その時。
「よう、イレイザー!」
クラスメイト達にとっては聞き馴染みのない、しかしアンジェラにとっては聞き馴染みのある女性の声が響くと同時に、駐車場に停められていた黒い乗用車のドアが勢いよく開かれる。
「ご無沙汰してます」
相澤先生はそう言うと、黒い乗用車の方へと頭を下げた。
「煌めく眼で、ロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
乗用車から降りてきた二人のヒーローと思しき女性が、お約束なのか掛け声に合わせてビシッとポーズを取る。猫をモチーフにしたアイドルのようなお揃いで色違いのコスチュームに身を纏った二人のヒーローの内の一人に、アンジェラは見覚えがあった。その近くには、5歳程度の小さい子供の姿もあった。
「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ」
彼女らは連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団、「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」。山岳救助などを得意とするチームである。
水色のコスチュームに身を纏っているのが「ピクシーボブ」。「土流」という“個性”を持つヒーロー。
そして、赤色のコスチュームに身を纏っているのは。
「信乃? 信乃じゃないか!」
誰が反応するよりも先に、アンジェラはその瞳を輝かせて赤いコスチュームを纏うヒーローの元へと駆け寄る。
「アンジェラ!」
そして、アンジェラに信乃と呼ばれた赤いコスチュームに身を纏う女性も、これまた嬉しそうな表情でアンジェラの名を呼んだ。
「え、ちょ、え?」
一体何が起こっているのか分からず、混乱状態のクラスメイト達と相澤先生を余所に、アンジェラは久方ぶりに再会した友人に話しかけるかのように、赤いコスチュームの女性に声をかける。
「Hi,信乃。Long time no see!」
「ふふ、久しぶりだね、ビャクヤヒメ」
「そのあだ名はやめろって言ったろ? にしても、手紙でお互い近況は知ってたけど、こうして会うのは何年振りだ?」
「大体二年くらいかな。忙しくて会う機会なかったものねぇ」
「あー、そっか、もうそんなに経つのかぁ」
赤いコスチュームの女性と話を交わすアンジェラは、本当に楽しそうだ。邪魔をしてはいけないような雰囲気まで漂っている。
しかし、このままでは話が進まないのもまた事実。そして教師として、歳上の、しかもこれから世話になるヒーロー相手に下の名前で呼び捨て&タメ口なアンジェラのこの状態は看過出来ないと、相澤先生が口を開く。
「あー、マンダレイ、すみません、フーディルハインが……」
「いや、このままでいいんだよイレイザー。アンジェラに今更他人行儀に話しかけられたくはないし」
「えっと、どういう……?」
赤いコスチュームの女性、マンダレイこと送崎信乃は、アンジェラの頭をポフポフと撫でながら言った。
「だって、友達だもの」
『……え────っ!?』
クラスメイト達の驚きに満ちた声が、周囲に広がる山々に響いた。
「……なるほど、つまりフーディルハインとマンダレイはレターフレンド、と……」
「そうそう、年齢とか関係なく対等な友達。だから、教師としてはちょっとアレかもしれないけど、アンジェラの私への態度は逆に注意とかしないでほしいんだ」
「……まぁ、そういうことでしたら……先に言っておいて欲しかったですけど」
「……ごめん、てっきり伝えたかと思ってた」
マンダレイがアンジェラとマンダレイの関係性を相澤先生に説明すると、相澤先生は納得したように頷き、その後本音をぼそりと漏らす。その点に関してはマンダレイの既に教えていたという思い込みが原因なので、マンダレイは申し訳無さそうに頭を下げた。
「……フーディルハイン、お前の交友関係は一体どうなっているんだ」
「そんなこと言われましても」
相澤先生は呆れ混じりの視線をマンダレイの隣に陣取ったアンジェラに向けた。その特異な経歴から、歳上の知り合いや友人が普通より格段に多いであろうことは容易に想像がつくが、まさか彼女にとっては遠く離れた島国のヒーローと友人関係にあるなど、一体誰が予想出来るだろうか。
それはクラスメイト達も同様であるようで、麗日なんかはポカンとした様子でアンジェラへと視線を向けていた。当のアンジェラは苦笑いだ。
「フーディルハインも、そういうことは事前に……」
「いや先生、合宿場所は来るまで公表されてなかったから、言えるもんも言えませんって」
「それはすまなかった」
合宿場所を公表しないというのは、生徒の安全を考えたが故の学校側の措置。相澤先生は事前にアンジェラからはアンジェラとマンダレイの友人関係を聞くことがほぼ不可能だったと悟り、反射的に謝罪を口にした。
「……お前ら、挨拶しろ」
『よ、よろしくお願いします』
相澤先生にせっつかれ、クラスメイト達は困惑混じりにプッシーキャッツへ挨拶をする。マンダレイは流石に仕方がないか、と苦笑いしながら説明を始めた。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね」
そう言いマンダレイが指さした先は、展望台から一望できる山々の中で、一番手前にある山。一番手前とはいえかなりの距離があるのか、宿泊施設の屋根の色すら伺うことが出来ない。
『遠っ!?』
あまりの遠さにリアクションを見せるクラスメイト達。そんな中、一部のクラスメイト達はなんだか嫌な予感を感じ取ったのか、口々に不安を紡ぐ。
「……え、じゃあなんでこんな半端な場所に……」
「これってもしかして……」
「いやいや……」
「あはは……バス、戻ろうか……な? 早く……」
「……そうだな、そうすっか」
一人、また一人とクラスメイト達が後退していく。アンジェラもこの後何が起こるのかをなんとなく予想した。
と、ピクシーボブがアンジェラに声をかけてきた。
「おっと、ヒメはここに居てね」
「?」
アンジェラの頭の上に疑問符が浮かぶ。アンジェラが頭の中でピクシーボブの言葉の意味を考察していると、マンダレイがニヤリ、と笑いながら口を開いた。
「今は午前9時30分……早ければ、12時前後かしらん」
その言葉に、クラスメイト達の不安が一気に爆発した。
「ダメだ……おい……」
「戻ろう!」
「バスに戻れ! 早くー!」
クラスメイト達は我先にとバスに向かって走り出す。
「12時半までかかったキティは、お昼抜きね」
マンダレイの言葉で、これから起こるであろうことを完全に理解したアンジェラが、しかしピクシーボブの言葉の意味は分からずマンダレイの傍でどうしようかなと考えていると、バスに向かって走っていたクラスメイト達の方から地響きのような音が響く。
「悪いな諸君。合宿はもう、始まっている」
相澤先生の言葉とほぼ同時に、クラスメイト達の前に立ち塞がったピクシーボブの“個性”によって土が大きく盛り上がり、クラスメイト達は土流に飲み込まれて崖の下へと落とされてしまった。
しかし、アンジェラだけは土に飲み込まれることなく展望台の上に居たままであった。
「………………???」
この状況に、アンジェラが頭の上に更に大量の疑問符を飛ばしている最中、マンダレイが崖の下に落とされたクラスメイト達に声をかける。
「おーい! 私有地につき、“個性”の使用は自由だよ! 今から3時間、自分の足で施設までおいでませ!
この……「魔獣の森」を抜けて!」
なんだそのRPGっぽい名称。
アンジェラは、5秒くらいそう思った。
どういうこっちゃとアンジェラが崖の下を見やる。どうやらクラスメイト達は土で汚れはついているものの、全員怪我はしていないようだ。
「なぁ信乃、オレはあっちに行かなくていいのか?」
「アンジェラはあの程度の距離、ハイキングどころか散歩にもならないでしょ」
「うん」
ここから施設が視認できないとはいえ、せいぜい数十キロ程度の距離。確かに超音速で地を駆けるアンジェラにとっては、散歩にもならない短い距離だ。
「あと、砲撃ブッパされたら流石に困るから」
マンダレイはそう言いながら、崖の下の方を指差す。アンジェラがそちらを見ると、そこにはクラスメイト達の前に立ち塞がる、魔獣のような生き物が居た。アンジェラは以前にマンダレイから送られてきた手紙の一つに、あの魔獣のようなもののことが書いてあったな、と過去の記憶を掘り起こす。
「ああ、あれがピクシーボブの「土魔獣」か」
「そう。土くれだから、流石にアンジェラの砲撃は耐えなくて一撃で何体も消し飛ぶんだよね。動きもアンジェラからしたら止まって見えるだろうし」
「…………I see」
アンジェラは、自身がここに残された理由をようやく理解した。もしアンジェラがあっちに行ってしまったら、クラスメイト達の訓練にならないからだ。
「それに、仕事の話をするなら今のうちでしょ?」
「…………そうだな」
アンジェラは
「全部、お兄さん達やGUNから聞いてるよ。やりすぎだったらそれは流石に止めるけど、それ以外なら、私はあなたの力になるから」
「そうか…………悪いな、オレのわがままに付き合わせて」
アンジェラは申し訳無さそうにケテルを撫でながら言う。自分の選択に、これからやろうとしていることに、彼女は躊躇いなど微塵もないが、流石に関係のない友人を巻き込むこと、いざというときのストッパーを任せることには負い目を感じている。
「いいのよ、友達だもの」
それは、立場も年齢も国籍も、何にも関係のない、ただの友人の言葉だった。
アンジェラは、酷く曖昧に、笑った。
……なお、これは大変余談だが、尿意を我慢していた峰田は色々な意味で手遅れだったとかなんとか。
まあ、アンジェラには何の関係もない話である。