音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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その怒りも憎悪も悲しみも、私はもう、捨ててしまったけれど。

あなたはそのまま、宿して進め。

その感情は、いつかきっと力と変わるから。


ビャクヤカスミ

 雄英の洗礼をモロに浴び、魔獣の森を徒歩で攻略するはめになったクラスメイト達を遠く展望台から見守っていた(マンダレイに手を出すなと言われ大人しく従っていた)アンジェラだったが、しばらく経つとマンダレイに促され、プッシーキャッツの車に乗って宿泊施設へと一足先に向かって行った。ちなみに相澤先生は人数の関係でバスの方に乗っている。

 

 

 

 

 

「おっ! 来たね、ヒメちゃん!」

「話はよくマンダレイから聞いている……歓迎しよう」

 

 宿泊施設にてアンジェラを出迎えたのは、プッシーキャッツのもう二人のメンバー、黄色いコスチュームの女性ラグドールと、茶色のコスチュームの男性、虎だった。ちなみに、虎は元女性で、チームを守れる強さを求めて、タイに行って性別を変えたそうだ。閑話休題。

 

「どうも……ってか、ピクシーボブも言ってたけどヒメって……そんなキャラじゃないんすけど」

「まあまあ、そのあだ名が付いたのもほぼほぼ成り行きみたいなものだし、それだけアンジェラがかわいいってことだよ」

「……はぁ」

 

 アンジェラはマンダレイの言葉に気の抜けたような返事をしながら、大学時代のことを思い出す。

 

「ビャクヤヒメ」とは、アンジェラの大学におけるあだ名のことである。

 

 アンジェラはかわいいと言われるよりもかっこいいと言われる方が好きなので、「ビャクヤヒメ」というあだ名はそこまで好きというわけではない。かと言って嫌いなわけでもないので、その名前で呼ばれても別段気にしない。嬉しいわけでもなく、心中複雑なことに変わりはないが。

 

「……ところで、イレイザー。アンジェラが日本に来た理由は知ってる?」

「…………いえ、知りません」

 

 マンダレイの問いかけに、相澤先生はその意味を思考しながら答える。彼女がGUNと何かしらの関わりを持ち、今回の日本への来訪も恐らくGUNが関わっているのであろうということは、予想していた。

 

「そっか、まだ話してないのか」

「要請来たとはいえ、タイミングなかったし」

 

 アンジェラの言葉に、相澤先生は自身の……いや、正しくは校長の予想が正しいのではないかと思う。彼にとってアンジェラ・フーディルハインという生徒は、異常なまでに戦い慣れした、他の生徒たちの何歩も先を行く生徒。それは、精神的な面でもそうだと、今までは思っていた。

 

 しかし、一学期の終業式の日までのアンジェラと、今日のアンジェラとでは、何かが違う。相澤先生は、そう思わずにはいられなかった。アンジェラを含むA組の生徒たちの約半数がI・アイランドで大きな事件に巻き込まれたという情報は学校側も把握しているが、そこで学校側が把握していない何かがあったとしか思えない。

 

 何故って、彼女の纏う空気のようなものが、今までと今日とでは、何かが違うのだ。それが精神的な成長であれば相澤先生もそこまで気にはしなかっただろうが、彼の教師としての、ヒーローとしての勘は、そうではないと告げている。

 

「……フーディルハイン、I・アイランドで、何があった?」

「………………」

 

 アンジェラは、何も語ろうとはしない。そのトパーズの瞳に宿った鋭さが、言外に「何かがあった」ことを告げてはいるものの、それ以上のことは、彼女の口から聞き出すことは出来ないだろう。

 

「……その信念が、その言葉を紡ぐことを許さない、か……」

「……?」

「いや……何でもない。アンジェラは、そういう類のことは絶対に自分の口から話そうとはしないよ」

 

 マンダレイの口から意味深に告げられたその言葉は、相澤先生の胸の内に鉛のように沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊施設の食堂。長テーブルがいくつか並ぶそこに、ピクシーボブを除くプッシーキャッツと相澤先生、そしてアンジェラが集まっていた。ピクシーボブは、展望台にて彼女らと一緒に居た5歳くらいの男の子……マンダレイの話では、出水洸汰と言うらしい彼と一緒に居るようで、ブラドキング先生は部屋で細々とした仕事を片付けるために席を外している。

 

「……この花、ひょっとして……」

 

 アンジェラの視線の先にあったのは、真ん中に位置する長テーブルの上に飾られた花瓶と、そこに生けられた花弁が5つある薄い水色の花。ちょうど、魂の残響(ソウルオブティアーズ)の中央に位置する花の宝石と同じような形をしたその花は、アンジェラにとって馴染み深いものであった。

 

「……ビャクヤカスミ」

「ホームセンターで見かけたって、マンダレイが買ってきたの」

 

 可愛い花だよねぇ、と言いながら、ラグドールはキッチンから紅茶の入ったカップをこの場に居る人数分持ってきた。席に着いていたアンジェラはラグドールからカップを受け取ると、それに口をつける。

 

「……アールグレイか?」

 

 その味は、教授によく振る舞われていた紅茶と同じ味だった。マンダレイは笑みを浮かべながら頷く。

 

「そ。ホクマー教授がアールグレイ好きだって前手紙に書いてたでしょ? それを思い出して、この前買ってきたんだ」

「ああ……そういや書いたな、そんなこと……」

 

 記憶の海に沈みそうになったアンジェラの意識であったが、相澤先生の咳払いにより現実へと引き戻される。早く話を始めろという、催促なのだろう。

 

「……話を始める前に確認したいことがある。イレイザーは、彼女……アンジェラ・フーディルハインについて、どこまで知っている?」

「どこまで……」

 

 虎の言葉に、相澤先生は言葉に詰まってしまった。

 

 言われてみれば、自分は彼女について、どこまで知っているのだろう。

 

「……書類上のことであれば、これに書かれたことくらい……ですかね」

 

 相澤先生はそう言うと、懐からある書類を取り出す。期末試験前に、ガジェットとインフィニットから提示された書類だ。それに書かれた内容は、主にGUNが関わった過去のソニック達によって解決された事件について。それが、GUNから雄英の教師陣に提示された情報であった。その内容については、アンジェラもGUNから開示するという連絡が入っていたため知っている。

 

「……フーディルハイン、本当にこんな大事件に何度も関わったのか?」

「はい、そうですけど」

 

 アンジェラはさも何でもないことのように言うが、アンジェラ達が関わってきた事件は普通の人間が一生をかけても関わる可能性が極端に低いであろう事件ばかり。荒唐無稽なおとぎ話と言われても、何ら不思議ではない。

 

 しかし、相澤先生はアンジェラが決して嘘をついているわけではないと、何故か確信を持って言えた。

 

 アンジェラはマンダレイを見やる。マンダレイは、アンジェラの視線の意味を感じ取り、頷いた。

 

「……結論から言いますけど」

 

 紅茶を一口飲み、アンジェラが口を開く。

 

「オレは、GUNの民間協力者です」

 

 そして、アンジェラは語る。

 

「天使の教会」という敵組織が、今日本を根城にしているという情報を、GUNの諜報部が掴んだこと。

 

 その「天使の教会」を拿捕する作戦に協力するために、日本に、雄英にやって来たこと。

 

 アンジェラの役目は、「天使の教会」を誘き寄せる餌であること。

 

 ガジェットとインフィニットも、その作戦に参加するために日本にやって来たこと。

 

 これらの情報を、相澤先生と根津校長に開示してほしいという要請が、GUNの上層部からアンジェラ達へ下りたこと。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「オレは、ハナからヒーローになるつもりなんてありません。元は金で雇われただけですし、今は自分の目的もありますが、ヒーローになろうと思ったことは、一度もない」

 

 鋭い視線で、相澤先生に語るアンジェラからは、確固たる意志を感じ取ることができた。

 

「第一、オレはヒーローに不向きですから」

 

 アンジェラはそう言うと、紅茶を啜った。

 

「……ヒーローに、なるつもりはない、か……」

 

 GUNの民間協力者であるという事実よりも、彼女の役目が釣り餌であるということよりも、その事実が相澤先生の心を穿った。

 

 正直、アンジェラがヒーローになれば、あのオールマイトをも超えるナンバーワンヒーローになれるだろうと、相澤先生は確信している。戦闘力然り、“個性”の応用力然り、精神性然り、彼女は規格外が過ぎるのだ。その才能を埋もれさせるのは、勿体ないとさえ感じる。

 

 しかし、アンジェラは本当にヒーローになるつもりはないのだとも、確信を持って言えた。

 

「……それを話して、俺がフーディルハインを除籍しないのかと、思わなかったのか?」

「しないでしょう、GUNが直接関わっていると知った以上は」

 

 冷徹なトパーズの瞳が、相澤先生を射抜く。相澤先生は、アンジェラに自身の心の中までもが見透かされているような錯覚を覚えた。

 

 相澤先生は実際に、今まで何度も自分の受け持った生徒を除籍処分にしてきた。しかし、GUNという大きな組織がアンジェラのバックに居る以上、アンジェラの処遇は彼の一存では決められない。ヒーローと違い人手不足とはいえ、日本において普通のヒーローが手を付けようとしない影の仕事は、その殆どをGUNに任せている節もあり、彼らの機嫌を相澤先生の一存で損ねるわけにもいかないのだ。アンジェラが、GUNからの正式な依頼を受けてここに居るのであれば尚更。

 

「フーディルハイン……今は、自分の目的もあると言ったな。それは、何だ?」

「……ああ、簡単ですよ」

 

 じっと、動きのない冷たい視線を相澤先生へ向けて、アンジェラは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天使の教会(奴ら)を、根絶やしにしてやるんです」

 

 その声色からは、表情からは、トパーズの輝きからは、何の感情を読み取ることも出来なかった。

 

 彼女がその胸に抱くあらゆる感情を、相澤先生に感じ取る術はない。事務的に、義務的に、機械的に、彼女はそれを告げている。

 

 相澤先生は、たった15、16歳ほどの、まだあどけなさが残る少女が、こんなにも無機質な表情が出来るものなのかと、どこか他人事のように思った。

 

「何故……根絶やしにしたい、と?」

「………………なんでもいいでしょう、オレがそうしたいと思ったからです」

 

 そう言いながら魂の残響(ソウルオブティアーズ)に指先で触れたアンジェラは、しかしその決定的な理由を話そうとはしない。相澤先生は聞き出そうと口を開きかけて、しかし言葉を紡ぐことはしなかった。

 

 決してそれを、相澤先生には話そうとはしないのだろうと、彼の教師としての勘は告げていた。

 

「……面倒だな」

 

 相澤先生は紅茶を啜る。アンジェラはヒーローになるつもりがなければ、彼の一存で除籍するわけにもいかない。アンジェラの目的は天使の教会を潰すという、ヒーローにとってもありがたいことではあるが、相澤先生にとっては面倒なことこの上ない。

 

「文句なら、そんな面倒なのを雇ったGUNにどうぞ」

「……言うわけがないだろう」

 

 相澤先生はそう言うと、至極面倒臭そうに溜息を吐いた。

 

 その最中、マンダレイが苦笑交じりに口を開く。

 

「アンジェラって確かにお人好しなところはあるけれど、根っこの部分は学者だもの。ヒーローは元から向いてないよ」

「確かに、マンダレイの話とマンダレイに来る手紙をちらっと見ただけのイメージだけど、ヒメちゃんってフリーダムそうだよね」

「なんというか……我の中で彼女は、ある程度わきまえている自分勝手な人間、のようなイメージだ。事件に首を突っ込んでいったりしているのも面白半分だと、マンダレイへの手紙に書いてあった。面白半分なりに色々と引き際や節度などはわきまえているようだがな」

 

 プッシーキャッツの面々、特に友人たるマンダレイの言葉は、的確にアンジェラの人格を言葉に表していた。

 

 アンジェラは確かにお人好しな面を持ち合わせてはいるが、決してヒーロー精神の持ち主などではない。寧ろ、彼女の心根はその逆だ。

 

 敵などの犯罪者を除き、ヒーローの対局に位置するもの。

 

 それ即ち、「学者」である。

 

 ヒーローがその力を他者のために使うというのなら、学者はその力……頭脳を、悪く言えば自分のために使う。ヒーローが自らの意見を封じて人を救う仕事なのだとすれば、学者は自らの意見を他者に押し付けるのが仕事である。

 

 そんな学者の気質を持つ人間は、総じて自分本位で自分勝手で、他者のことをあまり気にしない人間であることが多い。一々周囲の言動に反応していては、他者の心なき評価に常に晒されるこの世界において、折れずに自分だけの意見を確立させることが出来ないからだ。それが感情論であれ、論理的な結論であれ、社会の常識から外れたものであれ、自分の意見が多少批判されたくらいでは決してめげない、諦めの悪い心構えが、如何なる分野であろうとも、学者には必要なのである。

 

 アンジェラは、まさにその学者気質の持ち主であった。

 

「なるほど……フーディルハインの性根が、ヒーローとは程遠いものであるということは分かりました」

 

 相澤先生はマンダレイへと向けていた視線を、ゆっくりと、アンジェラへと向ける。

 

「だが、フーディルハイン、それはお前が天使の教会を根絶やしにしたいことの理由にはならないだろう」

「……」

「俺には、話せないことか?」

「…………………………」

 

 それは、無言の肯定だった。

 

 アンジェラは決して、その口を割ろうとはしなかった。

 

 彼女の信念、価値観が、その口を開くことを赦さない。

 

 それを人はただの意地だと言うだろう。感情に囚われ、自分の気持ちを縛っているのだと言うだろう。

 

 しかし。

 

 

 

 

 

「自分勝手で結構。言うつもりは毛頭ありませんから」

 

 アンジェラは、決してその心を曲げようとはしなかった。

 

 想像以上に頑固なアンジェラに、相澤先生は再び溜息をつく。彼では、どうあっても彼女の本音を聞き出すことなど出来やしない。マンダレイに意味有りげな視線を向けても、彼女は曖昧に笑うだけ。マンダレイもまた、アンジェラの本心を分かっていて、それを相澤先生に話そうとはしないのだ。

 

「……分かった。フーディルハイン、これ以上は追求しない。ただ、これだけは聞かせろ。

 

 お前は、誰の味方だ?」

 

 ヒーローではなく、教師としての目。相澤先生の教師としての視線が、アンジェラを射抜く。

 

 アンジェラは一切動揺せず、むしろ余裕綽々というような態度で、そのトパーズの瞳を輝かせて、笑った。

 

「さぁ。そんなもん、そっちが勝手に決めてくださいよ」

 

 

 

 

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