取り敢えずカオティクスの出番を作れたからそこは満ぞ(殴
探究を、憧れと持つ者たちが居た。
その憧れは、英雄に憧れを持つ大多数の者たちには、到底理解の及ばぬものだった。
彼女たちは、それでもよかった。
誰に理解してもらおうとも思っていなかった。
ただ、途方もない憧れが、彼女らを突き動かしてきた。
これからもそうなのだと、疑いすらしなかった。
しかし、それを認めぬ者が居た。
力を持つのなら、それを他者のために使うしか道はないのだと疑いすらしない者は、彼女の憧れを許さなかった。
ああ、なんと愚かなことだろうか。
意志の伴わぬ善意を強制されることは、心を殺すと同義だというのに。
……二年前、アンジェラがマンダレイとレターフレンドになり、ブラック彗星事件が発生して数ヶ月ほどの時が流れた頃のこと。
ラフリオンはシーサイドヒル。潮風の心地いいこの場所に建つ一軒家。
ここはベクターを所長とする探偵集団、カオティクス探偵団の事務所である。彼らは報酬さえ貰えるのであれば、悪事以外のどんな依頼も引き受ける。逆に言えば、悪事には決して加担しないというポリシーを持っている。ちなみに貧乏で、事務所の家賃を滞納している模様。
そんなカオティクス探偵団の事務所のドアが軽快な音を立てる。所長であるベクターがノックに返事をする前に、ドアが開いた。
「Hello,邪魔するぜ」
「……何だ、アンジェラか」
ドアをくぐって来たのは、アンジェラであった。依頼人かと思っていたベクターは明らかな落胆の声を漏らす。アンジェラはベクターのその反応は予想内なのか、おちゃらけたような態度で口を開く。
「オイオイ失礼だな、オレはちゃんと依頼人だぜ?」
「そちらのソファへおかけください」
「変わり身早っ」
アンジェラが依頼を持ってきたと知るやいなや、一気に態度を変えたベクター。それもこれも、馴染みの相手だからこその軽口の叩き合いである。
「しかし、アンジェラが依頼を持って来るとは意外だ」
「たしかに、なにかこまったことがあっても自分で解決できそうだよね」
書類の整理をしながら、エスピオとチャミーが口々にそう言う。アンジェラは少し恥ずかしそうに、頭を掻きながら口を開いた。
「いや……この一件に関しては、オレ達だけじゃどうにもならないというか……そういうんじゃないというか……」
アンジェラの煮えきらない言葉にベクター達は首を傾げる。アンジェラがここまで物を言うのに詰まることも、中々に珍しい。
「取り敢えず、コレ見てくれ」
アンジェラは懐からスマホを取り出し、操作するとベクター達に向けた。
アンジェラのスマホに表示されていたのは、ある写真。
アンジェラよりも歳は数段上だろう、白色のふんわりとした長髪とグレーとホワイトのオッドアイを持ち、こちらもどこかふんわりとした印象を持つ衣服を身に着けた、アンジェラとは違うベクトルで整った顔立ちの少女。
背景は大学の研究室だろうか、あちらこちらに古そうな本が山積みになっている。
「こいつに関することなんだが」
「おや、このおなごは確か……」
エスピオは写真の少女に見覚えがあった。具体的に言えば、1ヶ月前に開催されたアンリーゼ大学……アンジェラが通う大学の学祭に行った際、この少女を見かけた覚えがある。
「僕知ってる! リリィでしょ!」
「あー、そういや居たな、そんな子。アンジェラほどじゃないが、飛び級で大学に入ったっていう」
チャミーとベクターも写真の少女に見覚えがあった。確か、アンジェラと同じようにホクマー教授に世話になったという少女だ。
彼女の名前はリリィ・フェマーソン。16歳という若さでアンリーゼ大学語学部語学史学科に通う天才少女だ。ホクマー教授に世話になったという繋がりと、同じ学科の先輩後輩ということでアンジェラとも親しい。ちなみに、アンジェラの方が歳下ではあるが、大学においてはアンジェラの方が先輩である。閑話休題。
「それで……その子がどうかしたのか?」
「いや、実は……」
数日前。
この日、アンジェラは英語の家庭教師のアルバイトで、ある家を訪ねていた。この家の家主がアンリーゼ大学の卒業生であり、ホクマー教授とも繋がりがあるため、その流れで、アンジェラがこのバイトを初めた当初から付き合いのある家だ。
その家主の子供である、緑髪蒼瞳の9歳ほどの少年、ピラーに渡された答案を隅々までチェックすると、アンジェラは嬉しそうに微笑む。
『Congratulations! カンペキだ、やればできるじゃないか!』
『へへへ、だって、アンジェラが教えてくれたから。学校のせんせーより、アンジェラたちの授業の方が分かりやすいんだ』
『Hehe,そう言われると、教えた甲斐があるなぁ』
ラフリオンでは、遅くとも小学一年生の時から日本で言うところの中学校であるような英語の授業が始まる。授業形態の違いと、同じラテン語圏の言葉であるということもあり、日本人と比べると英語に苦手意識を持つ子供は圧倒的に少ない。
しかし、ピラーはラフリオンでは珍しい、英語に苦手意識を持つ子供だった。
なんてことはない。人に得意不得意はあって然るべきであり、ピラーの場合は苦手なものが英語だった、それ以外の教科は軒並み得意だった、それだけの話だ。
しかし、このままでは将来の受験に影響を及ぼしかねない。文系に行こうが理系に行こうが他の道に進もうが、英語は必ず必要になるのだ。せっかく他の教科が得意なのに、英語が出来ないがために進路が絞られてしまうのは勿体ない。
そう考えたピラーの父親が、大学時代の伝でホクマー教授に相談したところ、週に一回ずつ、アンジェラとリリィが、家庭教師のバイトとして派遣されることになったのだ。
アンリーゼ大学の学生とはいえ、最初はピラーとあまり歳が変わらないアンジェラとリリィを家庭教師としてつけることに少なからず不安を感じていたピラーの両親だったが、いざ二人がバイトを引き受けてみると、ピラーの英語の成績はぐんぐんと伸び、少しずつではあるがピラーの英語への苦手意識も改善されていった。
これには彼の両親も大喜び。今では家庭教師などの立場も関係なく普通にお喋りしたりすることもよくあった。閑話休題。
『これだけ出来りゃ次のテストも大丈夫だろ。よく頑張ったな』
『うん!』
『アンジェラ、お疲れ様ね』
『おや、ミセス。珍しいですね、家に居るなんて』
アンジェラがピラーに答案を返した時、赤混じりの緑のロングヘアに紅眼を持つ女性、ピラーの母親がやって来た。アンジェラは家ではあまり見かけたことがない彼女がここに居ることにどことなく新鮮さを覚える。
ピラーの母親はプロヒーローだ。本名はローザ・カットラス。ヒーロー名はミセス・ローズ。デビュー当初はミス・ローズだったのだが、結婚を機にミセスに改名したそうだ。ちなみにイギリス出身とのこと。
GUNの本拠地が置かれていることもあり、流石に本場アメリカや、平和の象徴が座する日本ほど熱狂的ではないが、ここラフリオンでもヒーローは人気の高い職業だった。小学生に対する職業人気ランキングをつければ、必ず上位にランクインするほどには。
そんなヒーローの人気番付、ヒーロービルボードチャートは当然ラフリオンにも存在する。ミセス・ローズはチャートナンバー4と、ラフリオンでも五本の指に入るトップヒーローであった。ちなみに彼女の夫でありアンリーゼ大学のOBであるジャンク・カットラスは、ミセス・ローズの事務所の経営を担当している。
しかし、トップヒーロー事務所であるがゆえに、ミセス・ローズとジャンクは中々休みが取れず、家にも帰れない。ヒーローというものはミセスの幼き日からの憧れであり、その道を進むことに何ら後悔は無いものの、やはり愛する人との愛の結晶たる我が子に構ってあげられる時間が取れないというのは、親として後ろめたい気分になる。
だからこそ、ミセスはピラーに英語を教えてくれるのみならず、同じような目線に立って仲良くしてくれて、その様子を自分に伝えてくれるアンジェラとリリィには、本当に感謝しているのだ。閑話休題。
『ふふ、今日は珍しくオフなのよ』
『マミー、見てよこれ!』
『あらまぁ、全問正解! よくやったわね、偉いわ、ピラー』
『コツを掴むまでは時間がかかったけど、そこからは呑み込みが随分早かったんですよ。な?』
『えへへ〜。ねえマミー、僕ゲームしてていい?』
『ええ、もちろん』
『やったー! アンジェラ、またねー!』
『See you〜』
ピラーは、そう言って自分の部屋へと向かって行った。それを見送ったアンジェラは、自身も家に帰ろうかと身支度を始める。
『……ちょっと待って頂戴、アンジェラ』
それを、ミセスが引き止めた。普段の数倍真剣なミセスの声に、アンジェラは何か起こったのか、と身支度をしていた手を止める。
『どうしました、ミセス。何か話でも?』
『…………リリィのことで、少しね。
グリフォンってヒーロー、居るでしょ?』
グリフォン。ラフリオンのヒーロービルボードチャートナンバー2に君臨するトップヒーロー。アンジェラも過去に一度だけ、会ったことがある。
彼にアンジェラが抱いた第一印象は、「いけ好かない野郎」だ。
まるで品定めをするかのように、アンジェラを舐め回したあのねっとりとした視線は、今でも思い出すと悪寒が走る。
確かにヒーローとしては優秀だろう。ナンバー2まで上り詰めた、その実力は確かなのだろう。
だが、根本的な何かが腐っていると、アンジェラはその視線から確信していた。
『妙な話を聞いたのよ』
『妙な話?』
『ええ……「グリフォンが、リリィを後継者にしたがってる」って』
『…………は? いや、リリィはそもそもヒーローでもなんでもない、ただの大学生だろ。どうしてそんな話が……?』
確かに、リリィの“個性”は強力なものだ。ヒーローに居たら、すぐにでもトップに躍り出ること間違いなし、と言い切れるほどには。
しかし、それだけだ。
リリィはヒーローを目指してなどおらず、語学史の研究に熱心だ。彼女が幼い頃から言葉の歴史を紐解くことに憧れを抱き、その憧れを糧にここまで来たのだということは、アンジェラもよく知っていた。
だから、アンジェラにはミセスが話したその話が、奇っ怪なものとしか思えなかった。
『確かに、グリフォンはドラグ……リリィのお父様の弟だけれど』
ドラグとは、リリィの父親であり、かつてラフリオンのヒーロービルボードチャートでナンバー3だったヒーローだ。
しかし、数ヶ月前に殉職している。
リリィは幼い頃に母親も亡くしているため、現在はドラグの弟であるグリフォンがリリィの後見人となっていた。
『グリフォンが、いくら兄の娘だからといって、なんの見返りもなく後見人を引き受けるとも思えないし……何か、裏があるとしか思えないのよ。対外的な理由で引き受けただけかもしれないけれど……』
『……それ以上の裏がある可能性がある、ってことか』
アンジェラは、ズキリと痛むこめかみに、手を当てた。
勘違いで済めば、それが一番いい。
しかし、これがミセスの勘違いでなかったら。
…………本当にグリフォンが、ヒーローを目指してすらいないリリィを、後継者にしようとしているのなら。
リリィの憧れは、そこで潰える。
『……わかりました。教授達に話しておきます。
あと、知り合いに腕利きの探偵が居るので、そいつらにも話をつけておきましょう』
『ええ、お願いね。
……本当、勘違いで済めばいいのだけど』
ミセスはそう言いつつも、直感的に理解していた。
アンジェラも、確信していた。
それは、勘違いでも何でもないということを。
「……と、いうわけで、その噂の真偽を確かめて、真実だった場合は証拠を掴んできてほしい」
そう語ったアンジェラの視線は、真剣そのものであり、激しい敵意に満ち溢れていた。普段、飄々とした態度の彼女がここまでの明確な敵意を見せることも、本当に珍しい。
「……教授には、もうその件を話したのか?」
「当然。そしたらさ、教授にこう言われたんだよ。
「リリィを手放せ、彼女はヒーローになるべき人間だ」って類の脅迫メールや電話が、ここ数日何件も来てるって」
ベクター達は絶句した。それはつまり、ミセスの語った噂話が真実である可能性が高いということ。
それがグリフォンであるとはまだ言い切れないが、何にせよ、誰かがリリィを無理矢理ヒーローに仕立て上げようとしているということに、他ならない。
「……胸糞悪い話だな。“個性”だけでヒーローが成り立つんなら、ヒーロー養成校なんて必要ないってのに」
「ああ、全くだ」
人を救うことができる。それ自体は、確かに素晴らしいことだ。誰かのために力を使うことができる。それは、誰にだってできることじゃない。
しかし、そこに「意志」が介在せず、ましてや、「憧れ」を手放してまで、それを強要されるのだとしたら。
生きるためにやむを得ずその道を選ぶしかないのだとしたらともかく、そういうわけでもなく、頑張れば憧れに届くはずのその手を、押し付けがましい善意とやらで遮られてしまうのであれば。
彼女の意志を全て無視した善意の押しつけは、やがて火となり毒となり、彼女の身体にそれが回りきってしまえば、周囲の全てを焼き焦がすまで、止まらないだろう。
アンジェラには、そういう確信があった。
「……これはもう、オレたちに対する宣戦布告と変わらない。奴さんがその気なら、こっちもそれ相応の対応を取るだけだ。
だから、お前ら、手ぇ貸せ」
アンジェラは力強くそう言うと、札束の入った封筒をベクターに押し付けた。
「それは前金だ。オレと教授、あとリゼから」
かなり厚みのある封筒。結構な金額が入っていると一目で分かるそれは、アンジェラ達がどれだけ本気なのか、どれだけの怒りを抱えているのかを如実に表していた。裏を取って法的措置に走ろうとする辺り、まだ理性は残っているのだろう。
しかし、その表情からは、隠しきれていない怒りが滲み出ている。リリィの憧れの灯火を消そうなどという行為は、アンジェラには到底許容出来ないことなのだろう。
「……わかった。その依頼、このカオティクス探偵団に任せな!」
ベクターがそう宣言すると、エスピオとチャミーも頷く。
アンジェラは、満足気に微笑んだ。
「ところでアンジェラさんよ、この話、教授の他に話したりしたのか?」
「ソニックとシャドウには話した。今頃、テイルス達とかルージュ達には伝わってるんじゃないかな」
よりにもよって、一番敵に回してはいけない奴らを敵に回した脅迫犯に、ベクター達は1ミクロンだけ同情を覚えたそうな。
ヒーロー業って、当人の気持ちが伴っていなければすぐに心を壊してしまう職業だと思うんですよ。命の危険と隣り合わせですし、自分の命を優先したらバッシング受けるし。
また、ヒロアカの二次創作を読んでいると、「強い“個性”を持ったキャラクターが無理矢理ヒーローやらされる」ってことが多くて、結構モヤモヤするんですよ。そのモヤモヤを晴らすつもりで書いてます。
あと、カオティクス探偵団の事務所の場所は捏造です。うろ覚えですが、Xの描写的に海辺なのかなって……。