今回はガッツリGL描写があります。後半に。
「今回の一件ってつまり、ヒーロー中毒者が酔狂な理論をリリィに押し付けてる、ってことだろ?」
「……間違いとは言わないけどさ、もっとこう、言い方ってものが……」
ミスティックルーインにある、テイルスのラボ。現在ここには、ある客人が来訪していた。明るい茶色のショートヘアーに白の瞳を持つ、気の良さそうな青年だ。
そんな青年が吐いた毒に、テイルスは苦笑いしながら紅茶を差し出す。彼がヒーローに対して辛口なのはいつものことなのだが、今回は友人たるリリィに直接被害が及ぼうとしているからか、輪をかけてそれが酷い。
「ねーちゃんも変な奴だよな、好き好んでヒーローなんかやっちゃってさ。洸汰の件然り、ヒーローが居ても良いことないじゃん」
「流石にそこまで極端ではないと思うよ。ヒーローのおかげで、災害現場の死傷確率は超常以前よりグッと減ったし」
「それヒーローじゃなくてGUNでいいだろ」
「……それ言っちゃおしまいなんだけどね。GUNができる前にヒーローが台頭しちゃったから……」
青年の放った正論に、テイルスは溜息を一つ零した。
この青年の名前は彩芽信。遠路はるばる日本からアンリーゼ大学へと留学している大学生だ。放送学部放送理論学科に通っており、友人であるリゼラフィから連絡を受けて放送学部の教授に声をかけ、放送学部の協力を取り付けたのも彼だ。彩芽の言う「ねーちゃん」とは彼の姉のことではなく、彼の親戚の送崎信乃……マンダレイのことである。
彩芽は昨今、このラフリオンでもそれなりに珍しい、ヒーロー排斥派だ。あくまでもそれなりにであり、全体で見れば少数派とはいえ、ラフリオンは他国に比べてヒーロー排斥派は結構幅を利かせている方である。
「そもそもさぁ、超常黎明期の警察もバカなんだよ。何で警察は“個性”使用OKにしなかったのかね?」
「当時はそれだけ社会情勢が混乱してた、ってことでしょ」
「それでその穴を埋めたのがよりにもよってヒーローだろ? 日本なんかじゃヒーローは絶対に正しい、なんて人間としてどうかと思うような考えが、さも当たり前のように横行しててさぁ。息苦しいったりゃありゃしない」
彩芽はそう言うと、テイルスから出された紅茶を一気飲みする。その声には彩芽の苦労のようなものが垣間見えた。
テイルスは、彩芽がその頭の良さと物心ついて時間が経たない頃に起こった、ヒーローをしていた友人の父親が殉職したという出来事と、それに連なるある悲劇を知っているがゆえに、幼い頃からヒーローというものに疑念を抱き、そのせいでかなり凄惨ないじめを受け続けていたこと、周囲の大人がそれを庇ってくれないどころか、いじめを助長し続けたこと、両親すら庇ってくれず、彩芽を庇ってくれたのは、何の因果かヒーローであるマンダレイとプッシーキャッツだけであったことを知っているからこそ、彩芽の発言を止めようなどとは思えなかった。
「その点、ラフリオンは、特にアンリーゼ大学は居心地がいい。ヒーロー排斥派は珍しくないし、俺がヒーローに疑念を抱いているってどこからか悟られても嫌な顔をされたりしないし。
日本に居た頃は小学校の時にボロだしちまったせいで、結構長い間苦労したからなぁ」
「喜べばいいのかそうじゃないのか、ちょっと微妙……」
テイルスはそう言うと、本当に微妙そうな顔をする。彩芽もテイルスのその反応は予想内なのか、特に気にすることなくテーブルの上に置かれたパソコンのキーボードを叩いている。
「大体さぁ、ヒーローを職業にしよう、って考え自体がおかしいんだよ。大昔のコミックにおけるヒーローは概念的なもので、決して職業で置き換えられないようなものだ。
それを無理矢理職業にして、あまつさえ社会の基盤にしちゃったんだから、そりゃ不安定な社会が出来上がりますよねって話だよ」
「それは……確かに」
普段、彩芽の考えに反対はせずとも賛成もあまりしていないテイルスも、これには流石に同意せざるを得なかった。
ある一定水準、それこそ、アンリーゼ大学に通うような優れた頭脳を持つ人物が冷静になって俯瞰してみれば、今の世界全体の社会構造は「歪」としか言いようがない。「ヒーローはどんな時も絶対に正しい」という、人間としては絶対に有り得ない盲目的な信頼が根底に置かれた社会構造など、なにか一つが崩れれば連鎖的に崩壊する。
ヒーローを職業として選ぶ人間には、必ず必要なものがある。しかしそれは、“個性”ではない。
それは、世間一般では大なり小なり誰もが抱えていることが当たり前のものであり、リリィやアンジェラ達には、欠片たりとも存在し得ないもの。
それは、「ヒーローへの憧れ」である。
ヒーローへの憧れを持たぬ者が無理にヒーロー活動を続ければ、その先に待つのはありとあらゆる破滅のみ。強すぎる憧れをヒーローでないものに向けているリリィであれば、確実に一週間も保たない。
そうなれば、リリィは敵になるか自殺を図り、それが世間に晒されれば世間のヒーローに対する信頼そのものも大きく揺らぐ。テイルス達には、そういう確信があった。
「別にヒーローに対する信頼が揺らぐのはいいんだけどさ、リリィが憧れを捨てて、死んだほうがマシ、みたいな状況に晒されるのは許せん。ヒーローになりたくない奴をそういう風に巻き込むなっての。
ホント、ヒーローってクソだな。今すぐ滅んでGUNとか警察にでも統合されりゃいいのに」
彩芽はヒーローに対する悪態を付き続けながらも、キーボードを叩く手は止めない。その正確無比な手捌きに、テイルスは尊敬の念を覚えた。
「やっぱり、信ってこういうの得意だよね」
「教えてやろうか? 格安で」
「いや、まずは自分で勉強するよ。分からないところがあったら聞く」
「おうそうしな少年……あ、紅茶のおかわりくれ」
「はーい」
テイルスがキッチンに赴き、紅茶を淹れようとしたその時。
ピンポーン
呼び鈴が鳴った。彩芽もキーボードを叩く手は止めないままちらり、と玄関の方を見る。
「? 誰だろう」
テイルスは紅茶を淹れようとしていた手を止めて、インターホンを覗き込む。そこには、2つの見知った姿があった。インターホンのボタンを押すと、見知った姿のうちの一人の声が響く。
『テイルス、差し入れにクッキー持ってきたわ! ついでに途中で教授も拾ってきたの』
『ちょ、私は落とし物かい?』
「あはは……今出るよ」
落とし物と同じ扱いの教授に苦笑いしながら、テイルスは玄関のドアを開ける。
「ハーイ、テイルス」
「やあテイルス君、お邪魔するよ」
「エミー! それにホクマー教授も、いらっしゃい!」
玄関先に立っていたのは、エミーとホクマー教授だった。テイルスは二人をラボの中に案内し、キッチンに戻り彩芽と自分の分も含めた四人分の紅茶を淹れた。
「信君、お疲れ様。こっちとしても色々助かったよ」
「いえ、リゼたっての頼みですし、何より俺としてもアイツは許せないので。これでヒーローの信頼が完全に失墜してくれれば万々歳なんですがね」
「うんうん、それはやりすぎ。ミセスとか職なくなって困っちゃうから」
「あ、そっか。まあミセスならGUNでも活躍できそうですけどね」
「ま、あの人はそれくらい柔軟な人だけどね、それでも、ヒーローに憧れた人なんだから。それやったら、リリィを付け狙う奴らと一緒だぞ?」
「……確かに」
信は何やら納得したかのような表情をしながら、今の今までカタカタと音を鳴らしていたキーボードから手を離した。
「それで、教授は何故ここに? というか、何でエミーと一緒なんですか?」
「いやー、道に迷ってしまってね。エミー君にここまで連れてきてもらったってわけさ」
「ホントに落とし物じゃないですか」
テイルスは呆れたようにそう言いながらホクマー教授に紅茶を渡す。エミーに至っては苦笑いだ。
「教授、変な方向にあちこち行くから……ここまで来るのに随分とかかったわ」
「それは……お疲れ」
彩芽がエミーを労るように言う。エミーは紅茶を飲みながら、あはは、と曖昧に笑った。
時は流れて、その日の夕飯時。ステーションスクエアにある、リリィの家にて。
「あ~~~~~、もう滅んでしまえヒーローなんがぁあぁああああ!!!」
「あいつ、自分が酒に弱いって分かってるくせに……なんでウイスキーなんか買ってきたんだか」
大きな丸い氷が入ったグラスに、溢れんばかりにウイスキーをドボドボと注いで、わんわんと泣き喚きながらテーブルに伏すリゼラフィを、アンジェラは呆れ混じりの視線で見つめている。テーブルに並べられている料理は、基本酒のつまみになりそうなものばかりだった。どうせリゼラフィが飲酒をするだろうと思ったアンジェラが、酒のつまみになるものばかり作ったからである。
「もぉーーーーーーーーー!!! あんのクソヒーローがぁああああ!!!
リリィ、いっそのこと駆け落ちしようよぉ〜、私が一生養うからさぁ〜、結婚しようよぉ」
「おい酔っ払い、お前らもう既にくっついてんじゃんか」
「えっ……駆け落ち……ですか?」
「リリィ? いや、酔っ払いの戯言は気にしない方が……」
「私はぁ、本気だってのー」
「あの……不束者ですが……」
頭痛い。
アンジェラは、こめかみを手で押さえながらそう思った。
恐らく、リリィは飲酒こそしていないが場酔いしているのだろう。でなければ、恥ずかしがり屋のきらいがあるリリィが、アンジェラが居るこの状況でリゼラフィの口説きを受け止めたりしない。
リゼラフィとリリィがくっついていることは、アンジェラは知っている。というか、当人達から教えられた。
最初はリゼラフィが酒に酔った勢いで自分はバイセクシャルであり、リリィが好きなのだとアンジェラに零し、また別の日、アンジェラはリリィに恋愛相談を受けた。内容は、リリィが実はレズビアンであるということと、リリィがリゼラフィのことが気になっている、というものだった。
アンジェラは確かに学内では先輩だが、実際の人生経験は二人の方が豊富だ。自分の感情に素直になってみればいいのでは? とだけそれぞれに言ったその数日後、二人にくっつきましたと報告を受けた。
「何故オレに言うんや」
と、アンジェラは思った。
アンジェラは別段同性愛に対する偏見などは無いし、友人達がそれで幸せなのならそれを見守ろうとは思っている。傍目から見ても二人はお似合いだ。友人代表スピーチの枠は誰にも譲らないと周囲に牽制もしている。教授もやりたがっていたが、それだけはいくら教授であっても譲らない。
「ああ、リリィぃぃぃ、愛してるよぉ、クソヒーローなんかにわだじだりじないがらぁあああ!」
「うう、私も大好きですよ……」
しかし、それとこれとは話が別である。
眼の前で堂々といちゃつかれるのは正直勘弁願いたい。五月蝿い酔っ払いとの相乗効果で大変目に毒である。
不幸中の幸いか、二人共ベクトルは違えど結構整った容姿をしているため、その点では目の保養……いや、酔っ払いのせいで台無しである。しかもリゼラフィは泣き上戸。酔っ払いの五月蝿さに更に拍車がかかっている。
「あーもー、リリィはかっわいいなあー、うりうりー」
「ちょ、頬突っつくのはやめ……リゼ!」
「こーんなかわいい子をヒーローにしようとか、アイツはアホなんじゃねーのー? ヒーローなんて血なまぐさい仕事、リリィには似合わないんだよぉぉぉぉ! ヒーローなんかになっでリリィがしんじゃっだらどうぜきにんどるづもりなんだクソったれがおまえがしんじまええええええええ!!! ヒーローなんがごのよがらぎえざっでじまええええええええええ!!! リリィは、リリィはいっじょうわだじのもんだあああああああああ!!! てめぇらなんがにわだじでやるわげねえだろバーーーーーーーーーーーーーーーカ!!! ヒック、ヒック……」
更にヒートアップしたリゼラフィは、更にウイスキーをガブ飲みし、更に酔いが回ったのかリリィに抱き着いて大声で叫んでいる。言っている内容の一部、「アイツ」にリリィを渡してなるものかというのはアンジェラも同意するが、いかんせん五月蝿い。兎にも角にも五月蝿い。これでは近所迷惑である。深夜じゃなくてよかったと、アンジェラは思った。
そんな五月蝿い酔っ払いを鎮めたのは、リリィだった。
「リゼ、私はヒーローになんかにはなりませんし、ずっとあなたの傍に居ますから」
「……ぐすん、ほんとぉ?」
「はい、一生をあなたと添い遂げます」
なんと熱烈な告白であろうか。アンジェラは自分が言われたわけでもないのに、顔が熱くなるのを感じた。
リゼラフィは一瞬落ち着いたかと思うと、リリィを抱き寄せて口を開いた。
「……リリィーーーーーーー!! あーもー、一生じあわぜにずるーーーーーーー!! リリィを付け狙うアホどもも、私がやっづけでやるがらぁーーーーーーー!!」
前言撤回。リゼラフィは落ち着いてなんかいなかった。
そして、それを受けたリリィは幸せそうな笑顔で一言。
「はい、私も、あなたを愛していますよ」
「…………こいつら、オレがここにいるってコト忘れてるよな、絶対」
もはや二人に生暖かい目を向けていたアンジェラは、スマホに視線を移す。
そこには、アンリーゼ大学へ「グリフォン」から送られてきた、ある書類が表示されていた。
おらよイチャイチャさせたぜこれで満足かっ!
酒の勢いとは恐ろしいものですが、実はリゼは酒なくても状況が許せば普通にリリィを口説いてます。ちょっと前のアレはほんと、状況が状況だったんで……酒入ってぶっ壊れたけど。