証明してやれ、偽りの英雄に。
怒りも、嘆きも、なにもかも。
その力で何かができると、囁かれた。
たったその程度では、
果てなき憧れは止められやしない。
……二日後、メガロポリスに存在する、あるヒーローの事務所。
「やあ、よく来てくれたね。リリィ・フェマーソン」
「……」
わざわざ、わざわざこの場所まで出向いてやったリリィは、果てしなく不機嫌な顔で、眼の前の所長席に座し胡散臭い笑みを浮かべる、この事務所の主……ラフリオンのナンバーツーヒーロー、グリフォンを睨み付けた。
「……ナンバーツーヒーローって、暇なんですか?」
「まさか、君を迎えるために時間を取ったんだよ」
グリフォンはそう言うと、ニヤリ、と笑みを浮かべる。アンジェラが気味が悪いと評した、舐め回すような視線だ。“個性”が発現したばかりの頃にも向けられた、リリィのことを、「物」としか見ていないような、気持ちの悪い視線だ。
そんなリリィの不機嫌さなどお構いなしとばかりに、グリフォンはニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「リリィ・フェマーソン……その圧倒的に強力な“個性”は、多くの人々を救うことができる力だ。私の後継者になりなさい」
「お断りします」
即断。リリィの表情からは、拒絶しか読み取れなかった。
グリフォンは少しばかり顔を歪めるが、即座に余所行きの表情に戻す。その歪みを、そこに宿った真意を、リリィは決して見逃さなかった。
「何故? 君は多くの人々を救える力を持っているんだよ? ヒーローになるのは当たり前だろう?」
「私にはやりたいことがあります。それを為すためにも、ヒーローにはなりたくありません。何処の誰とも知らぬ赤の他人のために、わざわざ力を、労力を、私を、使いたくはありません。
あなたの勝手な妄想で、私の未来を決めないでください」
グリフォンは、今度は隠すこともなく表情を大きく歪めた。バンっ!! という大きな音と共に、所長席の机が割れる。
「何故っ!? 弱きを守るのは、強い力を持つ者の義務だ! 多くの富と名声も得られる、これ以上にいい仕事はないんだぞ!?」
「まず、勝手に義務を捏造しないでいただきたい。強い力を持っているからって必ずしもそれを社会に役立てなくてはいけないなんていう法律は、少なくともこの国にはありません。
私は別に“個性”を悪用しようとか、そういうことを考えているんじゃないんですよ? ただただ、語学史の研究にこの人生を捧げたいだけなんです。
どの仕事が一番いいのかは自分で決めます。富はともかく、名声なんぞいりません。あなたの勝手な理論を、私に押し付けて、周囲に迷惑をかけないでください」
普通の人間であれば屈服してしまうであろう威圧と怒号を放つグリフォンに、全く屈した姿勢を見せないどころか拒絶の姿勢を崩さぬリリィに、グリフォンの堪忍袋の緒が切れる。
「そんな下らないもの研究して何になるというんだっ!!!
君一人の命で数多の人間が救えるんだぞ!!? 貴様はヒーローにならなくてはいけない人間なんだ!!! かのオールマイトのように、ヒーローとなって世のため人のために全てを捧げなくてはいけないんだ!!!」
激情のままに、グリフォンは叫ぶ。
何故、眼の前の少女はヒーローになろうとしない?
何故、眼の前の少女は人命よりもくだらない研究なんぞに命を賭けようとする?
何故、眼の前の少女はその身に宿った力の「価値」を、無駄にしようとする?
何故、眼の前の少女は、自分という素晴らしいヒーローのスカウトを真っ向から蹴ろうとする?
その全てが、グリフォンには理解ができないものだった。
グリフォンにとって、強い力を、“個性”を持つ人間は必ずヒーローになるべき人間であり、周囲もそう思っているのだと疑いすらしていなかった。
だから、彼は兄であったドラグが、遅咲きながら強力な“個性”が発現した一人娘をヒーローにしない理由がさっぱり分からなかった。理由を説明されても、理解することができなかった。
自分は正しいことをしているんだ。父親に、周囲にかどわかされ、研究者などという力を持つ者として間違った方向へと進もうとしている少女に、ヒーローという正しい方向を指し示し、導いているだけなんだ。
彼女の命一つあれば、また多くの人々が幸せになれる。例えヒーロー活動で命を散らそうが、多くの人々を救えるのだからリリィもそれで幸せのはずだ。
だから、これは正しいことなのだと、疑いすらしていなかった。
「いやー、ここまで清々しいクズは久々に見たわ」
「っ……!?」
瞬間、所長室に光が満ちる。グリフォンは思わず目を瞑った。
「ここまで来ると、絶滅危惧種か何かなんじゃねえの? ま、あんたが死んでも別段困りゃしないけど」
おちゃらけたような、馬鹿にしたような、幼さの残る、しかし、確かな怒気を含ませた声。
グリフォンが目を開けると、いつの間にかリリィの隣には、薄く笑みを浮かべた……しかし、目は一切笑っていない、アンジェラの姿があった。グリフォンは当然の如く驚愕する。
「なっ、アンジェラ・フーディルハイン……!? どうしてここに……!?」
「そりゃ、友達を助けに来たんだよ。
いやしかし、アレだな……グリフォン、あんたやっぱ、度し難いほどのクズだな。こんなのがヒーローやってるのかと思うと……一周回って、思わず笑えてくるね」
「クズ……だと!?」
「そ、自分がやってることがちゃんと悪事だって分かってるエッグマンの方がいくらか……いや、比べることすら烏滸がましいか」
そう語るアンジェラの表情からは、明らかなグリフォンへの嘲笑が見て取れた。
グリフォンは自分がクズだと言われたことに心底腹を立て、大声で叫ぶ。
「わ、私がクズだと!? それを言うのなら、社会のためにその力を役立てようともしないリリィの方がよっぽどクズではないか!!」
「まずさぁ、社会のために必ず持って生まれた力を役立てなきゃいけない、って前提がそもそもおかしいんだよ。リリィの生き方はリリィのもんだ、力を使わない生き方を選択をしたってそれはオレたちの勝手だ。外野が好き勝手にピーチクパーチク騒ぎ立てるようなことじゃない」
アンジェラはまたも逆上して何かを言おうとするグリフォンを、手加減なしの殺意が込められた瞳で睨み付ける。グリフォンは心臓が鷲掴みにされたような錯覚を覚え、呼吸の方法も忘れる。
そんなグリフォンを放っておいて、アンジェラは口を開いた。
「それに、ヒーローみたいな危険の多い仕事をするんだったら、少なからずヒーローに対する「憧れ」とか「動機」が必要だろ? なあ、リリィ」
「ええ、かつてお父様もそう仰っていました。強い“個性”がゆえに周囲の期待に押し潰されて無理矢理にヒーローにされてしまった人間は、ヒーロー稼業の命の軽さがゆえに精神病になってしまったり、自殺してしまったりすることがかなり多いと。
お父様の元
リリィはかつて父親が話してくれたことを思い出しながら言う。父親は、黄泉の国でその元
謝ることは、出来たのであろうか。
「ヒーローになることを強制するなど、大昔の戦争への徴兵と何ら変わりない……いえ、戦争に勝つという明確な目的があり、一応生き残って戦争が終われば退役できる徴兵と違って、平和を維持するという曖昧すぎる目的のために酷使させられ、その平和を維持しなければならない期間が全く決められていない以上、徴兵よりもよっぽど質が悪い」
「徴兵……? 私は、社会のために……」
まだ、何故こんなにも責め立てられているのかが分かっていないグリフォンに、アンジェラは呆れ顔で溜息をつきながら、絶対零度の瞳で決定打を突き刺した。
「その社会のためとか言って、あんたはただただ真摯にヒーローやってただけのドラグを殺したのか、クズが」
「……よく、短時間でここまで調べ上げたな」
「アンジェラの顔がマジだったからな」
あん時はちょっと怖かった……とシャドウに零すベクター。シャドウは少し呆れながらも、アンジェラの怒りがどれほどのものであったかを理解しているから何も言わなかった。
「いやー、リリィって結構なチート“個性”の持ち主だろ? それに、ドラグの娘だ。遅咲きなこともあって、普通は既にあちこちからスカウトが来てる方が自然なんだよな。なのに、“個性”が発現してから数年が経った今になって迫られるようになった……ま、不思議だよな」
ベクターはそう言いながら、仮想ディスプレイに目を向ける。
そこには、グリフォンの事務所の所長室の現在の様子が映し出されていた。
「私が……兄を殺した? ははは、何の冗談……」
「はっ、しらばっくれんなよ。証拠もある」
そう低く言い放ち、アンジェラがウエストバッグから取り出したのは、一丁の拳銃。
「この拳銃が……何か?」
「カオティクスがドラグの殺害現場に隠されていたのを発見して、GUNが入手経路を探った。
そしたらまあびっくり。これは、別の事件であんたが捕縛した敵が持っていて、紛失したと報告されていた銃と同じ物であることが分かったんだよ。しかも、あんたの指紋が検出された……引き金からな」
拳銃を手で弄びながら、アンジェラは言った。グリフォンは心臓の鼓動が早まるのを感じた。冷や汗がダクダクと流れ出て、止まらない。
そんなグリフォンの様子を横目に、リリィがアンジェラの言葉を継ぐ。
「この時点であなたが報告書偽造などの罪に問われることは確実ですが……まだ、お話には続きがあります。
この拳銃、実は一発だけ弾丸が入っていたんですよ」
「なっ……そ、それが何だというんだい……!?」
明らかに動揺した様子のグリフォン。これでは何かを知っていると言っているようなもの。その裏も取れている以上意味のないことだが、あまりに滑稽な姿にアンジェラは思わず口角を上げる。
「その弾丸を解析した結果……こちらも同じくあんたが参加した作戦によって潰された敵組織によって作られた、「一時的に“個性”を使用できなくする弾丸」であると分かった。
なぁ……本当に、これって偶然か?」
凍りつくような視線がグリフォンを射抜く。グリフォンは冷や汗をダラダラと流しながらも、反論をしようと口を開いた。
「ぐ……偶然に決まっているだろう! 何だ、私が兄を殺したという決定的な証拠でもあるのか!?」
「あんた、警察に賄賂渡してドラグの司法解剖の結果を捏造したろ?
確かにドラグの死因が失血性ショックなのは間違いないが……ドラグの死体から、件の銃弾と同じ成分と、あんたの“個性”因子が検出されてたんだよ。
その事実を揉み消すために、色々裏で工作してくれちゃったみたいだが……カオティクスとGUNが、その事実を明らかにしてくれたよ」
ただただ淡々と、しかし怒りに塗れた瞳をドラグに向けて、拳銃をクルクルと弄びながらアンジェラは語る。
グリフォンは、眼の前が真っ暗になったかのような錯覚に囚われた。理想とはまるで異なる訪れた現実に、怒りと絶望の感情が沸々と湧き上がる。
それでもグリフォンは、醜く反論を続けた。
「っ、しかし動機がないだろう! 私が兄を殺す動機など……!」
ガチャリ。
「動機ならあります。
邪魔だったのでしょう? リリィの父親であるドラグが」
そう、冷たい声を発しながら所長室に入ってきたのは、ヒーローコスチュームを身に纏ったミセス・ローズだった。グリフォンは突然の、しかも思いもよらない来客に思わず声を上げかける。
「っ……邪魔……私が、兄を、邪魔だ、と?」
「ええ、あなたにとっては邪魔者以外の何でもなかったのでしょう」
ミセスはリリィを庇うように彼女の前に仁王立ちし、グリフォンを鋭く睨み付ける。
ミセスの表情からは、憤怒が読み取れた。
「は、はは……何を根拠、に……」
「遅咲きながら強力な“個性”が発現して、しかしヒーローではない将来の夢を、憧れを抱いていたリリィを守るため、ドラグはヒーロー公安委員会や他のヒーローがリリィに手を出せないように、裏で根回しを行っていたんですよ。
リリィに手を出せば、自分は即座にヒーロー免許を返納すると。
現ナンバースリーを手放したくない公安委員会はこの提案を受け入れた。
敵に誘拐などされないように、彼女には秘密裏にGUNの護衛もつけられた。ドラグからの依頼でね。
……表立ってリリィを確保することもできず、しかしGUNの護衛があっては裏での干渉も不可能。それをすれば、あなたはヒーローを辞めざるを得なくなる。
リリィに目を付けていたあなたにとって、これ以上とないほどに邪魔な存在だったんですよ、ドラグは。
だから、殺したんでしょう?」
「…………………………」
グリフォンは最早、何を言うことも出来なかった。言葉を失い、絶望に堕ちた。しかし、これは果てしなく自業自得なのだ。もう誰も、グリフォンの味方などしない。
そしてそんな絶望しきったグリフォンに、アンジェラは容赦なく追撃を加える。
大事な大事な友人を、後輩を、仲間を、脅し貶め絶望の道を歩ませようとした外道に、かける情けなどないとばかりに。
「ドラグの葬式でリリィにヒーローになれとか言わなかったのは、怪しまれると思ったからだろ? だけど、工作に思った以上の時間がかかり、焦ったあんたは、公安委員会の一部に賄賂を渡して、脅迫という手段に踏み切った。
ま、その公安委員会の役員も、今頃GUNに摘発されている頃だろうがな」
アンジェラはクスクスと嘲笑う。絶望に堕ちたグリフォンを、愉快だとでも言うかのように。
「脅しがあれば、私が素直にヒーローになるとでも思いましたか? 脅迫に屈服するとでも、思いましたか?
死ね、私利私欲のためにお父様を殺した、ヒーローの皮を被ったクズが。
脅迫程度で、私の憧れが止められると思うなよ」
リリィはそう言うと、まるでゴミを見るかのような視線でグリフォンを射抜いた。
グリフォンはこの現実を受け入れられないのか、また吠える。
「っ、ミセス・ローズ! 貴様は何故こいつらの味方をする!!? リリィの力があれば、多くの人々を救えるというのに!!!」
グリフォンは、理解が出来なかった。
ヒーローでありながら、リリィをヒーローにしようとしない兄も、ミセス・ローズも。
ヒーローなら、平和のためにあらゆるものを犠牲にするべきだ。平和のために、手段など選んではいけない。
多くの人々を救える力を持つ者をヒーローにしないという選択肢は、ヒーローには存在しない。
グリフォンは、本気でそう思っていた。
歯ぎしりして声を上げようとしたアンジェラを静止し、ミセスは口を開く。
「……私には、息子が居ます。他の何にも代えがたい、大事な大事な息子が。
しかし、ヒーローであるがゆえに、息子には寂しい思いを沢山させてきました。母親としては、私は失格でしょうね」
「フン、そんなの、ヒーローの子供なら当たり前だろう!」
「テメェ黙れよ。ミセスが話してる途中だろうが」
余計な口を挟んだグリフォンを、アンジェラが殺意を込めた瞳で睨み付ける。先程本気の殺気を受けたことをグリフォンの身体は覚えているのか、グリフォンは面白いほどに縮こまった。
「……しかし、そんな息子に、リリィとアンジェラは家庭教師として英語を教えるのみならず、同じ目線に立って仲良くしてくれた。息子の寂しさを、埋めてくれた。
我が子の恩師たる、前途ある若者の、「憧れ」一つ守れずに………………
………………誰が、ヒーローなんて名乗れますかッ!!!」
ミセスは叫ぶ。
ヒーローではなく、一人の息子の母親として、息子の恩師の「憧れ」を、守るために。
「…………認めるか、ヒーローに向けられない憧れなど、下らないものを、認めてはいけない………………!!」
グリフォンは吼えながら、“個性”を発動させる。
グリフォンの身体はみるみるうちに、体長4メートルはあろうかという、上半身が猛禽類、下半身が獅子の伝説上の怪物、グリフォンと姿を変えた。
グリフォンの“個性”は「グリフォン」。グリフォンに変身することができる“個性”だ。
「ヒーローにならぬなら………………今、ここで、殺す!!」
グリフォンの大きな翼がはためき、風が巻き起こる。
「……外道が……ミセス、リリィを頼みます」
「……分かったわ」
こうなることは予想していた。グリフォンが、武力行使に出ることは。だから、アンジェラは広範囲防御が可能なミセスにリリィを託した。GUNからも事前に、グリフォンに対する戦闘許可をもぎ取った。
アンジェラは一歩も引きはしない。
リリィに奴の相手をさせてはいけない。それが付け入る隙になってしまうから。
そして、アンジェラにとって、グリフォンなぞ、恐るるに足りない小物でしかないのだから。
ペンダント形態のソルフェジオを指でなぞり、声を上げた。
「Hey,bad boy……Let's dancing!!」
よし、多分次回で過去回想編終わる!予定は未定!素晴らしい言葉だね!!
………はい、落ち着きます。結構長々とやってきた「憧れに捧ぐ白百合」、次回か次々回で終わります。ただし、予定は未定。
取り敢えず次回は戦闘ですが…多分、体育祭よりも盛り上がりにはかけるかなぁ、と。