ねぇねぇ、知ってる?
なになに?
最近街にさ、出るらしいよ?
何が何が?
そ・れ・は・ね……
うんうん。
ドロッドロな、お・化・け!
何それ、ウケる〜!
「……お前、何してんだ」
アンジェラは冷たい視線を路地裏の何も無い場所へ向ける。すると、そこに黒い重油のようなものが集まり、人の形を形作った。
それはシャドウに瓜二つな姿をしていた。しかし、色味はシャドウよりも薄く、赤い部分が緑色になっている。また、それには口がない。どこか目も虚ろであった。そいつの周囲には、赤い炎のようなものが漂っている。
こいつはメフィレス。シルバーの家にいつの間にか住み着いていた不審者である。基本はシルバーの住む200年後の未来世界に居るのだが、思いつきでこの時代にやって来てはイタズラをして帰っていく。一言で言うなら傍迷惑なやつである。
周囲に漂う炎のようなものはメフィレスの相方であるイブリース。イブリースは炎の姿をしたエネルギー生命体であり、時空間に干渉する力を持つ。メフィレスが過去の世界に来られるのはイブリースの力によるものである。
「何って……噂話をする学生ごっこさ」
「……色々ツッコミたいことはあるが、話が拗れそうだからいいわ……」
アンジェラは既に疲労感を感じていた。メフィレスの考えはよくわからない。考えただけで頭が痛くなってくるような気分だ。何で噂話をする学生のマネで、自分の噂話を流しているのかも分からない。
いや、恐らく意味などないのであろう。
面白いから。
メフィレスの行動原理は、この一言に尽きる。
本当に、めんどくさいったらありゃしない。
「お前、マジで何しに来たんだよ」
とりあえずアンジェラは、一番重要なことだけを聞き出すことにした。他に気になることは山程あるが、全部聞いていたらキリがない。メフィレスは少し考える素振りを見せ、声を出した。
「それが僕にも分からないんだよねぇ」
「What?」
「シルバーとイブリースと居間でテレビを見ていたら、いつの間にかこの時代に飛ばされて……」
「……お前、自力で帰れるじゃん。自力じゃないけど」
「そうしたいのは山々なんだけど……」
アンジェラの指摘に、メフィレスは苦い表情をする。そして、何度か指を鳴らしたが、何も起こらなかった。
「……やっぱり、帰れなくなってる」
「……は?」
メフィレスの発言に、アンジェラは間抜けな声を出してしまった。
「何かが時間移動を妨害しているみたいだね。恐らくだけど、カオスコントロールでのタイムトラベルも妨害されるから、僕はこの時代に留まるしかなくなった」
「……はぁ〜?」
マジか。アンジェラは思わず空を仰いだ。
このはた迷惑な重油がこの時代に留まるという事実に頭が痛くなってくる。イブリースも一緒とはいえ、イブリースは基本メフィレスの言うことに反対しない。故に、ストッパーにはなりえない。アンジェラは暫く頭痛薬とお友達になりそうな気分になった。
このときのアンジェラの心境はこうだ。
マジでふざけんな。
「ま、そういうことだから、よろしく頼むよ」
「……何を」
「決まっているさ」
未来世界に戻る方法だよな。頼むからそう言ってくれ。
アンジェラは目線でそう訴えるも、メフィレスはどこ吹く風の知らんぷり。
当然、アンジェラの希望通りに事が運ぶ筈がなく。
「遊び相手」
「ふざけんな」
アンジェラは衝動的にメフィレスに音速の踵落としを決める。メフィレスは流動体なのでダメージはないのだが、やらずにはいられなかった。
「おっと、危ないじゃないか」
予想通り、メフィレスは流動的な肉体でアンジェラの踵落としを無効化する。
「……ッチ!」
アンジェラはわざとらしく大きな舌打ちをした。倒せない訳ではないが、魔法を使わないといけない上に周囲の被害も甚大になる。ここで手を下す訳にはいかなかった。
メフィレスはそんなアンジェラの様子を見てニヤニヤしている。その目は、完全に楽しんでいた。
ああ、こいつはこんなやつだったな。
アンジェラは最早諦めの境地に達した。こういう手合は無駄に相手をするよりも向かってきたら叩き潰す方がいい。アンジェラははぁ、と深いためいきを一つ零す。
「もういいけどさ……イタズラは程々にしとけよ?」
「善処するよ」
こいつ絶対善処する気ないな。
アンジェラは面倒になって、もう何も考えないことにした。
……その後。
シルバーがアポトスでカオティクス探偵事務所の面々と共にスペシャルチョコチップサンデーを食べていた、とベクター本人から連絡が入り、アンジェラはもう菩薩のような表情しか出来なかったそうな。
そしてその時、メフィレスがシルバーの家で勝手に台所を占領して化学兵器を作っているとも知らされ、取り敢えずメフィレスはアンジェラに実体の姿を保てなくなるほどボッコボコにされましたとさ。
……シルバーとメフィレス、イブリースが何故この時代に来て、帰れなくなってしまったのかは、いくら話し合っても、魔法やカオスコントロールで帰れるかどうかを試しても、分からなかった。
今は、まだ。