私が、私じゃなくなってゆく。
それでも、その光だけは、この目に見えた。
……障子と常闇は、自分達があの肉の大樹と戦っても、なすすべなく殺されるだけであると確信していた。それこそ、最初から。
だから、二人は爆豪と轟の警護を買って出たのだ。
それは、ヒーローとしては決して褒められたことではないかもしれないが、生物としては当然の生存本能に則った判断だ。生きることを望むことの、一体何が悪いというのか。
しかし、二人は一度飛び出しかけた。アンジェラが
それが出来なかったのは、
アンジェラは、分かっていたのだ。
勝算はあっても、無傷では済まないこと。
そして、もし自分が攻撃を受けて吹き飛ばされるようなことがあれば、二人は飛び出してしまうことを。
それがヒーローだ、ヒーロー志望生なら当然のことだ。ヒーロー精神に則った、彼らにとっては理想とも言うべき行動だ。
しかし、友人が自分を心配して飛び出した挙げ句になすすべなく殺されでもしたら……
アンジェラの心は、壊れる。
アンジェラはそれを理解していた、二人ではあの肉の大樹に勝てないと、今までの経験則から分かっていた。
……結局は、エゴでしかない。
アンジェラの、友人を失いたくないというエゴでしか。
そんなものは百も承知、アンジェラは自身がエゴでしか動かないことなど、自分で一番よく分かっている。
分かっているからこそ、アンジェラは開き直って行動することが出来るのだ。
その結果、自身の身体がボロボロになったとしても、その心が狂ったように絶叫したとしても、アンジェラは反省こそすれ、後悔などしないだろう。
ソルフェジオが、ケテルが、守られた四人がどんなに悲しむかもちゃんと分かっていながら、それでも後悔だけはしたくないというエゴまみれの人間こそが、アンジェラ・フーディルハインという少女なのだから。
(……その決意が、信念が、エゴが、眠っていた私を目覚めさせた。
その魂の叫びが、私の魂の残響と共鳴した。
だから、私はあなたの力になれる。
大丈夫……
あなたには、頼れる相棒も、あなたを姉と慕うかわいい子も付いている。
そこに、
魂の残響が響き渡り、まるで翼と光輪の無い天使のような姿へと変わったアンジェラは、槍のような姿になったソルフェジオを構えてフォニイを見据えていた。
それを間近で見ていた常闇と障子はその美しさに息を呑むが、同時にあの姿は一体何なのかとか、そもそもあの笛は何なのかとか、様々な疑問が浮かんでいた。彼女の“個性”にあんな能力があるなど聞いたことなかったし、アンジェラ自身も今気付いたかのような物言いをしていた。
……しかし、それ以上に、
「……障子、感じたか?」
「ああ……あれは、感情か、思考か……何にせよ、フーディルハイン以外の
二人は、感じ取っていた。
二人の知らぬ誰かの、思考が、感情が、あの笛の音色に乗って響き渡ったことを。
その誰かがどんな人物なのかなど、常闇と障子には知る由もない。
しかし、これだけは断言出来た。
名も姿も知らぬ
「っ……
フォニイは臨界状態の魔力を解き放とうと、虚ろな瞳でそう唱える。フォニイが幹から生えた両の腕を突き出した先に、臨界状態の桃色の魔力の塊が現れ大きくなり、結界内に爆風となって広がろうとしていた。漏れ出た魔力の塊の一部が、射撃となってアンジェラに襲いかかる。
だがアンジェラは、一切の焦りを見せない。
「……なあ、ソルフェジオ。不思議なんだ。さっきまでどうしようかと、この身体を壊してでもって、焦ってたはずなのに……
今は、そんなの微塵も感じない」
『そういう迷いが無い方が、我が主らしいかと』
《お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!》
「はは、確かにな!」
そんな軽口を叩き合いながら、アンジェラはソルフェジオの切先をフォニイに向けて魔力を収束させ、襲ってきた魔力弾をソルフェジオを持っていない方の手で弾いた。アンジェラが今身に纏う装束は、防護服の役割を担っていると、アンジェラは本能的に理解出来ていた。だから、普段であれば躱そうとするほどの威力を持つだろう魔力弾を、「弾く」なんて芸当が出来たのだ。
今のアンジェラに、迷いなどなかった。
この力、メリッサがくれた力の扱い方も、手に取るように分かる。
ケテルのカラーパワーは魔力を増幅する……つまり、「同じ魔力量でもカラーパワーを使うとその数倍分と同等になる、エネルギー効率が良くなる」というものだが、
アンジェラの魔力そのものの強さ、魔力の質とも言うべきものが強化されているのを、アンジェラはその肌で感じていた。
魔力の質の強化というのは、純然たる魔力そのものの強さの強化にほかならない。ケテルのカラーパワーによる強化に似ているような気がするが、実は全く違う。両者共強化されればエネルギー効率が良くなる点は同じだが、魔力そのものの強さというのは時に魔力の量に勝る。その逆もまた然り。
そしてアンジェラの場合、元々莫大な量の魔力をその身体に溜め込んでいる。言わば、カラーパワーはエンジンそのものを強化し、
アンジェラはソルフェジオへ魔力を込め、襲い来る魔力弾の群れを蹴りやソルフェジオを持っていない方の手で弾きながら、爆発寸前の魔力の塊へジャンプで接近する。純粋な魔力の塊は、鼓動を放つように爆発する機会を伺っている。
……生半可な力では、この魔力の塊に傷を入れることなど出来ないだろう。それは先の一連の流れでもう分かっていることだ。
そして、この魔力の塊を物理的に破壊してしまえば、その場で爆発することも目に見えている。臨界状態の魔力の塊は、言わば巨大な爆弾のようなものだ。
ならば、どうするべきか。
アンジェラは、眼前に巨大な魔法陣とそれを取り囲む六つの魔法陣を現出させ、魔力を込めて、ソルフェジオを振るった。
「
巨大な魔法陣から極太の砲撃が、それに沿うように六つの魔法陣から砲撃がそれぞれ放たれ、臨界状態の魔力の塊に激突した。メリッサの力で強化された
「……!?」
フォニイは先の狂気的な笑みをかなぐり捨てて、明らかな焦りの表情を見せながら眼前に障壁を展開した。
しかしその障壁は、パリィン、という音を立てて割れた。強化された
「っ……!!」
フォニイは、モロに砲撃の直撃を受ける。空色の砲撃が、フォニイの頭部を包み込み、塵煙が発生した。
「っ、はぁ……」
砲撃を撃ち尽くしたアンジェラは、地面に降り立ち肉の大樹と少し距離を取る。まるで、まだ警戒しているかのように。
少しして、煙が晴れる。肉の大樹の幹を視認することが可能になっていく。
「……まあ、この程度じゃ気絶しねえか……」
「……」
肉の大樹の幹には、少しボロボロになりながらも鋭い視線をアンジェラに向ける、トパーズの瞳のフォニイの顔があった。
アンジェラもフォニイが気絶しないことは予想の内。特に慌てた様子もなく再びフォニイにソルフェジオの切先を向けて構える。
すると、突然、フォニイが口を開いた。
「…………ああ、強くなったんだね……」
「……?」
それは、先程までの狂気が籠もった声などではなく、どこか、慈しむような声だった。普段のアンジェラであれば、戦っている相手のそんな声など、無視しただろう。
「よかった、本当に…………
しかし、今この時だけは、無視することが出来なかった。
フォニイの言葉を、虚事だと断言することが出来なかった。
失われた筈の記憶のどこかに、彼女の声が、あった。そんなような気がして。
「っ……いや、今は……!」
アンジェラはそれどころではないと、頭を横に振って「それ」を遠ざける。決して無視してはいけないと、本能が叫ぶそれを、今は、この場を切り抜けるのが最優先だとばかりに。
「うん……そうだよね、あなたは私のことなんて、知らないもの。
それに……」
フォニイは肉の大樹の幹に生えた右腕を幹につけて、力を込める。ミシミシ、ミシミシと、肉の大樹から血肉を抉るような不快な音が響き、血液が溢れ出る。
「決着はまだ、ついてないから」
ズリュっ!
大量の血肉と共に、肉の大樹からフォニイが剥がれ落ちる。肉の大樹は光と血肉を放ち、どこかグロテスクな剣に姿を変えると地面に突き刺さった。
フォニイは地面に軽やかに着地して、その血がほとばしる剣を地面から引き抜いて右手に携えると、今度は理性的で好戦的な笑みを浮かべる。そして、足元に魔法陣を出現させた。
「ああ、こういうとき、「わるもの」はこう言うんだっけ……
ここから出たければ、私を倒してみな」
「…………どういう心境の変化なのかは分からんが……
そうだな、決着をつけようか」
アンジェラはその声色に疑問を含ませながらも、好戦的な笑みを浮かべて足元に魔法陣を展開した。
「「さあ、Face-offだ」」
奇しくもハモったその言葉を合図に、アンジェラとフォニイは、同時に駆け出した。
「ん……ここ、は……」
「轟、目が覚めたか!?」
「……障子と、常闇……?」
轟は意識を取り戻してまず目に入ってきたのが、共に行動などしていなかったはずのクラスメイトであったことに疑問を抱く。まだ朦朧とする意識の中、一体何があったのかを思い出そうとして、そして、目を見開いた。
「そうだ、爆豪は!?」
「爆豪は、打ち所が悪かったのかまだ目を覚まさない。しかし、フーディルハインのおかげで命に別条はない」
焦りとともに口を開いた轟の疑問に答えたのは障子だ。障子はその背に、爆豪を背負っている。その姿を目にした轟は、安堵の息を吐いた。
「そうか……とりあえず、よかった…………
ところで、そのフーディルハインは……?」
「…………」
常闇は、ある方向を指差す。轟が懐疑を含ませた表情でそちらを見ると、
キィンっ……!
「っ、なんて、パワー……!」
「こっちは、あんまモタモタしてられないんで、ねっ!」
アンジェラはそう言いながら、フォニイの片手剣と鍔迫り合いを繰り広げているソルフェジオの切先に更に魔力と力を込めて弾く。右腕が浮き上がったフォニイは、即座にバックステップで距離を取る。そして、肉の塊である左腕を上げて、そこに魔法陣を展開した。
「
魔法陣から碧の魔力弾が一つ、上空に放たれたかと思うと、それは一際輝きを放ち、いくつもの魔力弾となってアンジェラに襲いかかる。
「
アンジェラは左手を前に突き出し、魔法陣を展開するとそこから魔力弾の群れを発射した。強化された
「……!」
フォニイはグロテスクな片手剣を振るい
「っ!」
寸でのところで魔力弾の群れを回避したフォニイは、しかしどこか満足気な笑みを浮かべている。そのまま落とした剣を拾って振るい、アンジェラに迫った。身体強化魔法でも使っているのか、それとも元々のものか。そのスピードは、アンジェラが身構えるほどのものだった。
「……こんな状況じゃなければなぁ」
アンジェラはどこか残念そうに一言そう零すと、迫ってくるフォニイの剣をソルフェジオの柄の部分で受け止める。そのまま繰り出される、音速もかくやという速度の連続した斬撃に、アンジェラは慌てることもなくソルフェジオを振るい、対抗した。
ガキィン、という、金属同士がぶつかる大きな音が何度も響く。受け止め、受け流し、鍔迫り合いが起こり……それが、轟達には知覚することも困難なほどのスピードで繰り返される。アンジェラの音速を超えた動きにも、フォニイは対応してくる。グロテスクな片手剣とソルフェジオがぶつかり合う度に、周囲には衝撃波が伝わり、重々しい音が周囲に響き渡る。
「………………」
その光景を見ていた轟は、もはや言葉を失っていた。眼の前で繰り広げられている戦闘のレベルがあまりにも高すぎて、軽く目眩すら感じる。これはとても、自分が助力を申し出られる戦いではない、今の自分では、例え混ざっても足手まといにしかならないと、轟は確信した。
「……フーディルハインは、俺達を守ろうと……?」
「俺達では……悔しいが、あの敵になすすべなく殺されるだけだ。今ここで、あの敵に対抗出来るのは、フーディルハインしか居ない」
常闇のどこか確信したような声に、轟も薄ら笑いで同意した。
自分達では、あの戦いで一体何が起こっているのかすら、分からないのだから。
永遠とも感じられる、刹那の時間。時間に換算すれば、数分も経っていないだろう。
ガキィッ!!
一際大きな金属音が響き渡ると、アンジェラとフォニイはお互いに距離を置いた。そして、それぞれの武器を構える。アンジェラは身体に、ソルフェジオに魔力を纏わせ、空色のオーラのようなものに包まれる。またフォニイも、その身体と片手剣に魔力を纏わせているのか、桃色のオーラを纏っていた。
お互いに、言葉はなくとも考えていることは同じ。
次の一撃で、決める。
もはや、言葉など必要なかった。
アンジェラとフォニイは同時に駆け出し、跳び上がり、お互いの武器を振り上げ、ぶつけ合った。
ドゴォッッ!!
それは、破壊音だった。
先程までとは比べ物にならないほどの衝撃波が吹き荒れ、結界内全体へと広がっていく。
……と、フォニイはある違和感を覚える。
アンジェラの背に背負われた、金色のリング。彼女の背丈と同じくらいの大きさはあろうかというそのリングに、魔力が収束されているのを、感じた。
そして、そのリングに重なるような形で、円形に六つの三角形がくっついたような魔法陣が展開されると、フォニイは目を見開く。
「まさかっ……!」
フォニイがそう声を漏らした、直後だった。
「
二人の間に光球が現れたかと思うと、その場で閃光を伴う大きな爆発が起きた。その光は結界全体を満たし、轟達は思わず目を瞑る。
「……ああ、本当に、強くなったんだね……私なんかじゃ、勝てないほどに……」
閃光がグロテスクな片手剣を焼き焦がし消し去る中、フォニイが口を開く。その場だけが、スローモーションで動いているかのような錯覚がアンジェラを襲う。
「「王」の魔法を使ったのには驚いたけど……それは、まだ未覚醒の力。でも、あなたならきっと…………
これで、安心して任せられる」
フォニイの右手がアンジェラの頬に添えられる。抵抗しようと思えば出来たはずなのに、アンジェラは、抵抗することそのものを、
「母に、あなたに、預かったものを守り、いつの日にか、あなたに渡すことこそが私の役目……そのために、今の今まで生き抜いてきた」
「なに、を…………」
アンジェラが困惑の中、そう零した瞬間。
「どうか……どうか、受け取って欲しい」
フォニイは、アンジェラの額に口付けた。
「…………ッッッ!!!!!」
瞬間、アンジェラの頭の中で、何かが暴れる。今まで断片でしかなかった欠片、アンジェラが、その存在を知ることすらなかった欠片が、一つの形に成るような。
アンジェラの脳裏に、いくつもの光景が映し出される。
其れは、大いなる光への憧れだった。
其れは、身近な小さき光への憧れだった。
其れは、世界に満ちた光への憧れだった。
其れは、眩い炎に見捨てられたことへの落胆だった。
其れは、白い翼への恐怖だった。
其れは、光に紛れた闇への絶望だった。
其れは、小さき身体に受け続けた苦痛だった。
其れは、形すら失った感情だった。
其れは、世界に蔓延る光のフリをした病への、憎悪だった。
其れは、神の遣いの名を騙る者共への、殺意だった。
其れは、この世界へ終焉をという、願いだった。
九つ。
九つの小さな種火が、それがどこから、どうやって、どうして生み出されたのか。
そして………………
「あ……っ……」
言葉にしようがない感覚と自我を呑み込む「何か」の濁流に、アンジェラはいつの間にか、涙を零していた。
「私の時間が尽きるその瞬間に……あなたに逢うことが出来て、役目を果たすことが出来て、よかった』
「これ……は……お前、は…………っ!!」
その言葉を絞り出すことが精一杯だった。
アンジェラの視界に映るフォニイは、身体の端から黒い霞となって、まるで最初からそこに居なかったかのように消えてゆく。
『……私達の命は……本当に、短すぎる…………本当は、もう少し生きたかった…………
だけど、あなたは……あなたになら、奇跡は微笑んでくれる。絶対に、私と同じ末路を、辿ったりはしない。運命だって……振り切れる。
ああ……私という存在の最後に、あなたが居てくれて、よかった』
フォニイの身体は、光の中で黒い霞になってゆく。アンジェラには、どうすることも出来ない。それは、彼女達の辿る、運命で決定付けられた、末路。
「ああああああああっ!!」
アンジェラは、湧き上がる激情のままに、泣き叫ぶことしか出来なかった。
『砕けて、散らばっていた欠片は、私が繫ぎ合わせて、元の形に戻した。これが、私が出来る最初で最後の、「姉」らしいこと。
いつの日か、「世界」をあなたの手で選び取らなくてはいけない時が来る。
恐れ、惑い、憂い、嘆き……それでも、進め。
あなた達の旅路に、溢れんばかりの祝福が在らんことを。
さようなら、「
その言葉を最後に、フォニイの身体は黒い霞となって消え失せた。