いつの間にか、自分の中を彼女が占める割合が随分と大きくなっていて、自嘲気味に笑った。
1から10まで、数え続けた。
終ぞ、9が埋まることはなかった。
宿泊施設からほど近い病院。先日の襲撃事件で重体に陥った者達は、ここに入院していた。主にガスで意識不明になったB組の面々が。A組でも、敵のガスにやられた耳郎と葉隠、頭部を負傷した八百万、そして、アンジェラに治癒は施されたものの意識不明だった爆豪と轟の5人が入院している。他の生徒たちも、大なり小なり怪我をした者は、この病院で検査を受けた。
「…………」
その病院の、ある病室のベッドの上。そこには、先程ようやく意識は取り戻したものの、普段の姿からは考えられないような呆然とした表情で、窓の外を見つめている爆豪の姿があった。
「………………」
声は、ない。
爆豪は、窓の外を見ているようで、見ていない。窓から見える景色など、今の彼の脳に刻まれるはずもない。
自分を助けるために、アンジェラが戦い、結果敵に連れ去られていった。意識を取り戻して、最初に耳に入った情報はそれだった。
「………………………………」
意識を失っていた間、かつての記憶を夢に見た。
あまりのショックで、一部を無意識に改竄してしまっていた、かつての記憶のあるべき姿。それが、思い出せ、と言わんばかりに爆豪の脳裏にフラッシュバックし、焼き付いて離れない。
昨日の夜に意識が戻り、同じ病室に入院している轟も、ベッドに座り込みながら後悔の念を顔に滲ませながら俯いている。
二人の間に、言葉はない。
……そんな病室に、ノック音が響き渡った。
「あっ、爆豪に轟! 目ぇ覚めてんじゃん! テレビ見たか? 学校今マスコミやべーぞ!」
「春の比じゃねぇ」
「メロンあるぞ、皆で買ったんだ、デカメロン!」
入ってきたのは、A組のクラスメイト達だった。扉を開いた上鳴を先頭に、ぞろぞろと病室に入ってくる。彼らの表情には、少しばかりの安堵が見えた。俯いていた轟は顔を上げるも、爆豪は窓の外を眺めたままだった。
「わざわざ悪いな……A組全員で来てくれたのか?」
轟の言葉に、クラスメイト達は俯く。意を決して、口を開いたのは飯田だった。
「いや……耳郎君葉隠君は、敵のガスによって今だに意識が戻っていない。そして、八百万君も頭を酷くやられ、ここに入院している。昨日丁度意識が戻ったそうだ。
だから、来ているのは……」
「……14人、だよ」
「…………そうか、フーディルハインが、居ねぇのか」
轟は、自分の力不足がゆえに、その手を煩わせ、あまつさえ眼の前で連れ去られてしまったアンジェラのことを頭に浮かべ、薄く、涙を零す。
「……フーディルハインは、救けてくれたんだ。俺達の怪我も、フーディルハインが治してくれた。その上、俺達では絶対に太刀打ち出来ないような敵とも……あいつは、一人で戦った。
そうせざる、を得ない状況だったってことは分かってる……俺達が一緒になって戦ったところで、足手まといにしかならないってことは、分かってる……
だけど…………あいつ、は…………」
静かに、悔しそうに涙を流す轟。眼の前でアンジェラが連れ攫われ、壁を叩くことしか出来なかった自分が酷く無力に思えた。その上、轟にとってアンジェラは、自分の視野を広げ、踏み出せなかった一歩を踏み出す勇気をくれた人だ。恩義すら感じている。そんな人物が連れ攫われ、挙げ句何も出来なかったという事実は、深い深い傷となって轟の心に突き刺さる。
……と、今まで無言を貫いていた爆豪が口を開く。
「……あいつが、フーディルハインが攫われたって聞いて、ガキの頃のことを思い出した。
あの時も、俺は何も出来なかった。二度と同じ轍を踏むことだけはしないと、誓っていたはずなのに……結果は、このザマだ。半分野郎と違って、俺は動こうとすることすら出来なかった。目を覚ますことすら、出来なかった」
爆豪はぽつり、ぽつりと自責の念を語る。轟と違い、あの戦いの時に目を覚ますことすら出来なかったのだから、尚更その感情は強い。
「そうか……
なら、今度は救けよう」
切島が何でもないように言い放ったその一言に、病室内は静まり返った。
「実は俺さ……昨日も来ててよぉ……」
昨日。切島は家でじっとしては居られずに、一人この病院を訪れていた。そのまま一人でクラスメイト達の病室を見舞っていくが、ほぼ全員が意識がない状態だった。
最後に八百万の病室を訪れようとした切島。すると、オールマイトと警察が、意識を取り戻した八百万と話している場面に遭遇した。
『B組の泡瀬さんに協力頂き、敵の一人に発信機を取り付けました。これがその信号を受信するデバイスです。捜査にお使いください』
八百万はそう言うと、オールマイトに手に持っていたデバイスを手渡す。
『……期末試験の前、相澤君は君を「咄嗟の判断力に欠ける」と評していた。
素晴らしい成長ぶりだ! ありがとう、八百万少女!』
『……アンジェラさんの危機に、こんな形でしか協力出来ず、悔しいです』
『その気持ちこそが、君がヒーロー足り得る証だよ』
悔しそうに俯く八百万に、オールマイトはそう声をかける。そして、拳を握り力強く宣言した。
『あとは、私達に任せなさい!!』
この会話を聞いた切島は、思った。
八百万に、そのデバイスを作ってもらえれば………………
「……」
飯田は歯を食いしばって、保須での出来事を思い出していた。
憎悪の感情に振り回されて、独断先行した挙げ句にガジェットやアンジェラ達に救われて、職場体験先のヒーローであるマニュアルに迷惑をかけた。一度、大きな過ちを犯し、もう間違えないとその心に誓った。
そんな飯田だからこそ、切島の言い分は全く賛成出来るものではなかった。
「っ、オールマイトの仰る通りだ!! プロに任せるべき案件だ、俺達が出ていい舞台ではないんだ、馬鹿者!!!」
「んなこと分かってるよ!! でもさぁ、あの状況で俺は何にも出来なかった、しなかった!!!
ここで動けなきゃ俺は、ヒーローでも漢でもなくなっちまうんだよ!!!」
襲撃時、補習対象者だった切島は、敵と交戦するのはおろか、最初から最後まで宿泊施設に待機していただけだった。友人達が必死になって戦っているという時に、彼は何も出来なかったのだ。
その事実は、切島に己の無力さを突き付けてくる。
だから叫んだ。感情のままに。
「切島、ここ病院だぞ落ち着けよ! こだわりもいいけど今回は……」
「……飯田ちゃんが、正しいわ」
当然の如く、切島に反対の意を示すクラスメイト達。それは、切島だって分かっていることで。
「飯田が、皆が正しいよ!! でも、なあ、爆豪、轟!!
まだ手は届くんだよ、救けに行けるんだよ!!!」
切島はそう言い、二人に向かって手を差し伸べる。
「えっと……要するに、ヤオモモから発信機のやつ貰って、それ辿って自分らでフーディルハインの救出に行く、ってこと……!?」
切島の突拍子も無い提案を、困惑の声を隠さずに整理したのは芦戸だ。切島は静かに頷いた。
「ふっ…………巫山戯るのも大概にしたまえ!!」
「待て、落ち着け。
切島の何も出来なかった悔しさも、分かる。俺だって、フーディルハインに救われておきながら、何も出来ずに眼の前で攫われた。悔しくて悔しくて……たまらないさ。
だが、これは感情で動いていい話じゃない。そうだろう?」
「お……オールマイトに任せようよ……林間合宿で相澤先生が出した戦闘許可は解除されてるし」
「青山の言う通りだ……フーディルハインに何度も救われてばかりで、結局何一つとして返せなかった俺達には、あまり強く言えんが……」
激情に駆られて大声を上げた飯田を障子が諌め、同時に感情だけで動こうとする切島に、青山と常闇も一緒になって注意を促す。障子と常闇は、あの時アンジェラに二度も救われておきながら、攫われていくのを見ていることしか出来なかったことに無力感をひしひしと感じていたが、それをなんとか抑えて表情には出さないように努力した。
「皆、アンジェラちゃんが攫われてショックなのよ。でも、冷静になりましょう。
どれほど正当な感情であろうと、また戦闘を行うというのなら…………ルールを破るというのなら、その行為は、敵のそれと同じなのよ」
蛙吹の言葉は、まさに的を射ていた。心を鬼にして、キツい言い方をした蛙吹のその勇気は計り知れない。
ヒーローを目指す者が、尊ぶべき社会のルールを破るということは、それこそ本末転倒なのだから。
「っ……でも…………!!」
ガラッ
「……一応、様子を見に来てみれば……やっぱりですか」
「が、ガジェットさん……!?」
病室の扉を開いて入ってきたのは、ガジェットだった。これには、A組の面々は驚愕の表情を浮かべるしかない。
「切島さん、あなたのその感情は確かに尊ぶべきものです。友達のことを想えるその優しい感情は、大切にするべきです。
しかし、それとこれとは話が別です」
ガジェットの鋭い眼光が切島を射抜く。切島は今まで感じた事もないような冷たい視線にうっ、と萎縮しかけるが、尚も口を開こうとする。
「でもっ……!」
「でももだってもありません。巻き込まれた、とかなら兎も角、実力が足りていない人に勝手に現場に来られても、正直言って、邪魔でしかありません」
「なっ、邪魔って……!」
「じゃああなたは、アンジェラさんが連れ去られたという現場に居て、何かを出来たと言い切れますか?」
ガジェットの容赦ない一言に、切島は黙り込む。あの場には、轟も居た。A組でも、アンジェラに次ぐ実力者の一人と言われている轟が。
その轟が、「あの場で自分は足手まといにしかならない」と言い切ったような状況だ。轟よりも実力が劣る切島が居ても、結果は変わらなかったことは想像に難くない。
「……その反応が答えです。それに、あなた達が動こうとすれば、今ただでさえ大変な状況に居る雄英に、さらなる迷惑がかかります。
感情もいいですが、状況を見なさい。まだまだ未熟なあなた達が行ったところで、逆に犠牲者を増やすだけです。
切島さん、あなたがアンジェラさんの友達だと言うのなら、本当にアンジェラさんのことを心配に想っているのだと言うのなら、決して現場に行こうなどとはせず、家で大人しくしておきなさい。もう少し、大人を信用しなさい」
ガジェットの冷たい言葉は、切島の熱されていた心を冷ます。そして、自分がやろうとしていたことがどれだけ愚かなことだったのかをようやく自覚し、頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「はい、未遂なのでこれ以上は言いませんが、お見舞いが終わったらちゃんと家に帰るんですよ。もちろん、他の皆も。
轟さんと爆豪さんも、今はちゃんとここで休養していなさい」
A組の面々は、ガジェットのその言葉に静かに頷いた。
最初はまだ、人としての意識は残したままだった。
身体を穿かれるような痛みと共に、中から「何か」を取り出された。女性の体のその部分に穴が空いていると、少女はその時初めて知った。
度重なる、激しい苦痛を伴う投薬と執刀。
少女を攫った天使に与する者の中に、多数のヒーローが居た。
最初は信じられなかったが、自身の知識の中にあるヒーローも数多く居たという事実があったから、信じる以外の選択肢はなかった。
救けを求めてみても、ヒーロー達は天使と同じように嘲笑うだけだった。
段々と、人としての形が崩れてゆく。
動くことすらままならなくなってゆく。
憧れの存在が、傷付き苦しむ少女を放置して天使に味方をしている。
その事実に、幼い少女の幼い心が耐えられるはずもなかった。
少女はその心をガリガリと削り続け、段々と、思考を行うことすら困難になっていった。
それでも、深い深い絶望と、沸々と燃えたぎる怒りとそこから来る殺意と憎悪だけは、忘れなかった。
自分が一体、何を考えているのかすら、曖昧になってきた頃。
この時には、少女は既に人としての身体を失っていた。
辛うじてその頭だけを残して、他の部位は肥大化し、血と緑色の液体をその全身から噴き出しながら、ボコボコと泡立ちと収縮を繰り返す肉の塊に成っていた。
肉の塊の中に人間を突っ込まれた。
その人間は、もれなく死んだ。
死んで、汲み上げ抽出するための燃料にされた。
残されたのは、魂の残滓だけ。
少女は理解していた。
もう、人の姿に戻ることは出来ないのだと。
そして、意図していたことではないとはいえ、
この手で人を、殺したのだと。
……その後、何が起こっていたのかは、少女には分からない。
もう、理解するだけの自我も失われていた。
辛うじて知覚出来たのは、天使に抜き取られた「卵」を胎内に戻されて、その「卵」が、汲み上げられた「緑色の液体」と混ざり合い、少女の「子供」が産まれたのだということと、
その「子供」に、少女が内で燻らせ、燃え滾らせていた怒り、嘆き、悲しみ、憎悪、殺意…………
そして、少しの幸福の感情が、受け継がれてしまったこと。
『ごめんね』
少女が自責と後悔の念と共に、産まれた「子供」にそう伝えた直後。
少女の人としての自我は、死に絶えた。
ども、えきねこです。よろしくおねがいします。
というわけで、ガジェットのお説教効果で、原作と違い切島達が現場に飛び入りの未来はなくなりました。ここまで強く言われてたら踏みとどまったんやないかなぁ、切島君も雄英来てるんだし頭はいいはずだし、と思いながら書いてました。まる。
お気に入り200人突破、皆様御礼申し上げます。これからも「音速の妹のヒーローアカデミア」、どうかよろしくお願いします。