「……それで? 許可はもぎ取れたってことか?」
「ああ、脅……いや、快く許可してくれたよ」
「お前今「脅した」って言おうとしたろ」
「さーて、何のことだか」
「……調子のいいやつ……」
天に浮かぶ絶空の孤島に、二人の少年の話し声が響き渡る。うち一人の青の少年の声色は、いつものように飄々としたように見せかけて、明らかに隠しきれない怒気を含ませていた。
「……で? 俺にも協力しろって?」
「Of course」
さも当たり前かのように言う青の少年に、赤の少年は溜息をつく。しかしそれは、呆れたからではない。
「居場所は分かってるのか? ソルフェジオも、リミッターのGPSも機能してなかったんだろ?」
「警察とGUNが特定済み。あとは乗り込むだけ、ってこった」
「それはそれは……相手側がなんか可哀想に思えてくるな」
赤い少年は、青い少年が先程から片手でジャグリングしている赤い宝石と紫の宝石に目をやって、ほんの少しだけ相手側に同情する素振りを見せる。
しかし、内心では彼は相手側に同情なんか欠片もしていない。
赤い少年は、ニヤリ、と笑って立ち上がる。
「よし……乗った」
「そう言ってくれると思ったぜ」
瞬間、二人の姿は、光とともに忽然と消えた。
「……そうですか、ガジェットさんが切島さんを説得してくれたんですね」
「ええ、少しお説教臭くなってしまいましたが……八百万さんは念の為、今日は病室でゆっくりと休んでいてくださいね」
「はい、お手数おかけしました、ガジェットさん」
八百万はそう言って、ベッドに腰掛けたまま頭を下げた。ガジェットは曖昧に、「謝らなくていいんですよ」と笑う。
「切島さんの悔しさも、僕は分からないでもないんです。親しい人が奪われて、何も出来なかった、しなかった。
それを為すには、あのときの僕はあまりにも……無力だったんです。
……実を言うとですね、僕がGUNに入隊したのも、復讐のためなんです」
「……何……を……?」
突然、復讐などという物騒なことを口走り始めたガジェットに、八百万は思わず目を丸くした。ヒーローではなくGUNのエージェントであるガジェットだが、その根っこの部分はヒーローと変わらない、平和を望むものだと、八百万は勝手に思い込んでいた。
其れは、八百万のような「健常者」であれば、「ヒーロー」に無邪気に憧れる子供であれば、当然の如く持つ思い込みだ。それをとやかく言う資格など、誰にもない。普通に生きて、普通にヒーローを目指す彼女にとっては、本来であれば、今はまだ、知ることすらないはずなのだから。
「……まあ、無邪気にヒーローに憧れ
「……」
「その感情は間違っている」と、八百万は言いたかった。一般論として、ヒーローとして、例えどんな理由があろうとも、自分から「復讐」なんて、
しかし、言えなかった。
「奴らは僕から総てを奪った。それを憎く思い、復讐したいと思うことそのものは、
問題なのは、その手段ですよ。
復讐が世間一般で悪い事とされるのは、大概の場合でその手段が悪いからです。創作物の復讐者タイプの悪役なんかがいい例ですね。彼らは憎悪が故に眼の前が曇り、周りのことが見えなくなっているだけなんですよ。
裏を返せば、ちゃあんと周囲に目を向けられるのであれば、関係ない人に要らない迷惑をかけないのであれば、復讐をすることは悪い事などではないんです」
それを語るガジェットの声色が、あまりにも、平然と、自然としたものだったから。
「…………ガジェットさんは、復讐が
八百万の声は震えていた。自分のそれとは根本から異なる価値観に、怯えるような声だった。怯えつつも、どこか受け入れなくては、という強迫観念に駆られているような、そんな声だった。
ガジェットはあくまでも、平静なままで言う。
「別に、そうとは言っていません。
正しい事と言い切る事は出来ませんし、間違った事と言い切る事も出来ない。其れが正しいかなんて人によって違う。あなたが復讐を「悪」とするように、僕は、条件付きとはいえ復讐を「是」としている。
ただ、それだけですよ」
まるで、八百万の怯えと、その根幹にある常識で凝り固まった「価値観」を見抜いていたかのような眼差しで、ガジェットはあくまでも、淡々と言葉を繋げていく。
「……………………そう……ですか…………」
「別に、あなたの価値観を変えろだなんて言いません。受け入れろとも言いません。そういうのは人に強制するものではありませんし、どういう価値観を選択するかはあなたの自由です。
しかし、世の中には一般には反対されるような意見を持つ人が、犯罪者でなくても大勢居るということは、覚えておいてください。
例えば……これは、僕ではなく知り合いの話ですが、「ヒーロー制度」を完全撤廃すべきだと大真面目に言い続けている人も居ます」
「っ!?」
八百万にとって、それは有り得ないことだった。このヒーロー社会の基盤であるヒーローの制度を撤廃すべきなどという意見は、ヒーローに憧れ続けた彼女にとって、到底受け入れられるものではなかった。
受け入れられはしないが……そういう価値観があるのだということは、理解せざるを得なかった。
「……それは……
「あなたからすればそうなのでしょうね。僕は別に何とも思いませんが。
人間は、そう簡単に善悪に振り分けることなんて出来ないんですよ」
ガジェットの言葉に、八百万は何かに気づいたかのように目を見開き、どこか悲しそうに、しかし、何かを納得したかのように口を開いた。
「……そうですね、人間には一人ひとりにそれぞれの価値観がある。私の考えなど、氷山の一角でしかない。それは、極々当たり前のこと、ですね」
其れは、当たり前の、しかし、忘れられがちなこと。八百万はそれを再認識し、どこか納得したかのような瞳になる。
「……自分の価値観を考え直す、有意義な時間でした。ありがとうございます」
「いえ……元はと言えば、僕が口を滑らせてしまったせいですから。病み上がりなのにこんな話に付き合わせてしまって、すみません。本当……そこまで深くは考えなくていいですからね、ちょっとだけ歳上の人の与太話、くらいに思ってもらえれば」
苦笑いしながら頭を下げたガジェットに、八百万はある確信を抱いた。
彼は、復讐をしようとはしていても、ルールを破ることは、関係ない人に迷惑をかけるようなことはしない、と。
ふわふわと、揺蕩う意識の中。自分ではない誰かの感情が流れ込み続ける感覚が、ようやく収まった。
「…………」
目を開く……いや、彼女はまだ、目を覚ましてはいない。
まるで宇宙空間のような、闇と星の輝きが広がる空間。彼女の、アンジェラの深層心理の世界。彼女はまだ、夢の中に居る。
「……」
その空間を漂う、光がいくつかあった。そのうちの一つ、金色に輝く光におもむろに手を伸ばしてみると、その光は大きくなり、その中に映像が映し出され、声が聞こえてくる。
『■■、お前何も出来ねえんだな』
『■■って、■■って読めるんだぜ。そんで、■■っていうのは「何にも出来ねえ」やつのことなんだぜ!』
『オールマイトって凄えよな! どんなにピンチだって思うような状況でも、最後には必ず勝つんだよなぁ!』
其れは、自分のものではない。
しかし、確かにアンジェラに託された記憶だった。
其れは、小さな憧れだった。小さな子供にはありがちな、小さな小さな、確かな形を持つ憧れ。
そうだ、自分はずっと、それを封じられていただけで、「知っていた」。バラバラになって、ずっと、バラバラにされて眠らされていただけで、本当は知っていたのだ。
「…………これって、嘘付いたことになるのかなぁ」
そうぼやきながら、違う光に手を伸ばす。先程とは違い、翡翠色の光だ。それが大きくなり、映像が映し出される。
『ごめんね、■■……ごめんね……ごめんね……!』
其れは、憧れを否定されて涙を流した記憶だった。力がなければ、憧れには届かないと。
力がないゆえに憐れまれた。
力がないゆえに虐けられた。
力がないゆえに下に見られた。
力がないゆえに、憧れには届かない。
それが、最初で最後の挫折だった。
「……」
白い光に手を伸ばす。
オールマイトのカードを引き当てて、笑い合う二人の姿を見た。
桃色の光に手を伸ばす。
何気ないことで笑い合う、三人家族の姿を見た。
黄色の光に手を伸ばす。
何でもやれば出来てしまう、ガキ大将の乱暴者とその背中を格好良いものだと追いかける一人の姿を見た。
黄緑の光に手を伸ばす。
画面の向こうで敵を打ち倒すヒーローと、それに憧れの視線を向ける子供の姿を見た。
灰色の光に手を伸ばす。
不器用ながらに、虐められている少女を守る少年の姿を見た。
橙色の光に手を伸ばす。
天使に拐われていく少女に手を伸ばそうとする少年と、少女を認識していながら、ただただ息を荒らげて動こうとすらしなかった、ヒーローのはずの男の姿を見た。
……八つの光が忽然と消え、現れたのは、一際大きな緑色の光。
アンジェラは、その光に手を伸ばそうとする。
すると、その光は、6歳から7歳ほどの、小さな子供の姿になった。
緑色のモジャモジャヘアーで、そばかすのある女の子。
その女の子は、アンジェラと視線を合わせたかと思うと、光に包まれて消えてしまった。
その場に残されたのは、少しだけ紫が混ざった、水色の光。
しばらく眺めていると、突然その光から色が抜け落ちていき、うっすらと水色のオーラを纏い、少しだけ紫色が混ざった透明な光に成った。
「…………あれが…………」
アンジェラは理解していた。
あれが、あの光こそが、「自分」であると。
アンジェラが、その光に手を伸ばそうとする。
しかし、それよりも前にその光に近づくものがあった。
透明な光よりも大きな、虹色の光……いや、あれは、炎だ。虹色に輝く、炎。
その炎は、透明な光の中に入り込み……
透明な光に、大きなひびが入った。
みるみるうちに大きくなっていくひびは、透明な光の全体を包み込み、そこから虹色の炎が溢れ出す。
そして、眩い輝きが溢れ出し、アンジェラは思わず目を塞いだ。
『我が主』
不意に、声がかかった。アンジェラにとっては、聞き馴染みのありすぎる声。目を開いてゆっくりと振り向くと、そこに浮かんでいたのは、ひび割れた杖の姿のソルフェジオ。
「……お前、は……」
『……架け橋となる魔力が目覚めたのが、
……最初は、
しかし、今では、あなた以外の
今、
その結果、
その声は、機械音声のはずなのに、いつになく確信を感じさせるような声だった。アンジェラを真に主とする、従者に相応しい声だった。
「……そうか。なら、いいや」
アンジェラは薄く笑い、ソルフェジオをその手に掴む。ひび割れて半壊状態だったソルフェジオは、一瞬で修復されていった。
「お前はこれからも変わらず、オレの相棒だ。
それが覆らないのなら、いい」
『……ありがとうございます、
その命に、魂に隠された、残酷な真実。
その事実に気付いて尚、
あなたはあなたのままで居られるというのなら。
運命を知って尚、
その運命に抗おうというのなら。
……最後の奇跡は、あなたのためにあるでしょう。
「……あのアンジェラが、ワシ以外にそう易々と捕まるはずはない……何かあったと、考えるのが自然じゃ。
……これは心配だからじゃないぞ、宿敵に喝を入れに行くんじゃ、ワシ以外にとっ捕まるとは何事じゃ、とな!
ホーッホッホッホ!!」
ティアキン楽しい。