朝比奈まふゆの人間欠損   作:全智一皆

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第三章「百夜行」

■  ■

 その日、私、東雲絵名は友達の暁山瑞希と一緒に、学校の屋上で殺人鬼と出会った。

「よぉ、嬢ちゃん達。夕方の学校の屋上に来るなんて、ちょっと早い肝試しか? 感心しないぜ。怖いオバケならぬ、悪い殺人鬼が出るかもしれねぇだろ?」

 かはは、普通なら居ないけどな、と白髪の少年は笑う。手のひらで、くるりくるりとナイフを回しながら、諧謔的に嗤う。

 その下には、血溜まり。血溜まりに浮かぶのは、血が染み渡った制服。

 私達が通う、神山高校の生徒の、制服。

「オバケの代わりに出てきたのが殺人鬼ってのは、傑作だな。」

「、あ、」

「っ、絵名、逃げよう!」

 私は、声が出せなかった。体も、全身を鎖で強く縛られたかのように全く動かなかった。

 瑞希は私の手を握って、扉の方に走ろうとした。でも、その直後に。

 ひゅん――がんっ、と。ナイフが空を切って、私達を通り過ぎて、扉に突き刺さった。

「おいおい、せっかくリアルで殺人鬼と出会えたってのに悲鳴も無しか? 俺がオバケより怖くないみたいじゃねーか。」

 それもそれで、傑作だけどな。

 またも、少年は嗤った。愉快そうに笑った。

 けれど、私達にはそれが恐ろしくて堪らなかった。

 人を殺しているのに平然としている人間が、眼の前に居る。殺されるかもしれない、そんな恐怖が私達を襲っていた。

 瑞希も、動こうとはしなかった。私は、動けなかった。

 少年は、奇抜な容姿をしている。

 斑に染めた白髪、顔の右面に刺青。右側には三連ピアス、左側には携帯ストラップ、手にはフィンガーグローブ。

 タイガーストライプのハーフパンツ、赤いパーカーの上に黒いタクティカルジャケット、安全靴というファッションをしている。

 変な格好だと、本来なら思っていた。口に出していた。でも、それは出来ない。

 そんな事を言えば、きっと殺されてしまうから。

「黒髪の嬢ちゃん。あんた、絵は好きか?」

 唐突の質問に、私の体をびく、と跳ねる。

 答えないと、答えないと…!

 喉から言葉を出そうと、私は力を振り絞った。

「す、好き、です。」

 片言のようになってしまったけれど、でも言葉にする事が出来た。喉から出す事が出来た。

 私は密かに、安堵した。

 私の解答を聞いて、殺人鬼は「そっかそっか。そりゃ良かった。質問が成り立ちそうだ。」と嗤った。

「絵描きってのは難しいよな。あぁ、輪郭がどうのこうのって事を言いたいんじゃないぜ? そいつの腕次第で景色やら絵が変わるから難しいって話しだ。」

「…」

 知ったように。経験したかのように。殺人鬼は、絵を語る。

「人それぞれで見える景色ってのは違うらしい。例えば、ゴッホの『星月夜』とかな。俺からすりゃ、『ただの景色』だ。変わり映えの無い、ただの景色。夏とか冬とかの夜に見るだけの景色だ。」

 それだけなら、ただ芸術をよく理解していないだけの凡人の簡素な感想でしかなかった。それだけの枠に収まった。

 けれど、眼の前の殺人鬼が言った感想は、腹の底から出た本音。

 芸術というものが分からないのではなく、分かる“ことが”出来ていない。そして、心底分かろうともしない。そんな感じだ。

「色々と言ったがな、はっきり言っちまえば俺は芸術なんか分かんねぇ。どいつもこいつも、変な絵を芸術とほざいてるだけにしか聞こえねぇ。俺自身、絵を書いて見たが酷い出来だった。まぁ、それも当然だ。なんたって“才能”が無いからな。」

 才能が無い。

 その一言に、私の体はぴくり、と小さく動いた。

 私が痛感している事。分かり切ってしまっている、痛くて酷い現実。

 そんな私を見て、殺人鬼は、シニカルに笑いながら続けた。

「どれだけ練習を積み重ねようが学を取り込もうが、その“才能”って壁は越えられない。変えようもないぜ。それは既に定まってるもの、接着剤を付けてはめたパズルのピースみたいなもんだからな。」

「…」

「絵師ってのは、才能で苦しんでるやつが殆どらしい。まぁ、俺が極論しちまえばよ。才能やらで死にたくなるくらい絵に苦しんでるなら、そもそも、ただのお絵描きを辞めちまえって話し。昔の忍者が言ってた言葉なんだがな…確か」

 “何のために戦うのかを悩むくらいなら、そもそも戦わなければいい”。

 消えたいと思う程に絵に悩むのなら、そもそも絵師を辞めれば良い。

 眼の前の殺人鬼は、そう言いったのだ。

「もしくは、俺が殺してやる。悩んでるなら、俺がさくっとな。もしくは西条みたくゆらぁり、とな。」

 ゆらぁりなんて俺には似合わねぇけどな。

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