朝比奈まふゆの人間欠損   作:全智一皆

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      【登場人物紹介】
朝比奈俊希(あさひな・としき)――――――高校生。
朝比奈まふゆ(あさひな・まふゆ)――――――高校生。
朝比奈恭輔(あさひな・きょうすけ)――――――父親。

零崎人識(ぜろざき・ひとしき)――――――殺人鬼。
零崎雪織(ぜろざき・ゆきおり)――――――殺人鬼。


第五章「目覚めの森」

 

 

■  ■

 零崎。そんな名前を、私の兄である朝比奈俊希はよく口にする。

 最初は珍しい名字か何かなのかな、と流していたのだが、しかし実際はそんな簡単なものではなく、兄が言うには裏の裏の裏の裏の世界―――隣の人間を殺してどんな人間なのかを知るという、暴力こそが全ての世界においては伝説的な名前らしい。もしくは、異端的な忌名らしい。

 零崎―――それは集団の名前であり、そしてその集団に属する者達の名字。男は名前の最後に識が付き、女は名前の最後に織が付くらしい。

 兄さんの場合は、零崎人識という名を持っていた。そして、私は面識すら無いけれど、立場的に兄さんの妹に値していた無桐伊織さんは零崎舞織という名を持っていたらしい。二人共、かなり強かったとも聞いた。

 何でも、その《暴力の世界》には《殺し名》と呼ばれる殺し屋ギルドの様なものがあるらしく、序列が七位まで分けられていて、零崎はその第三位に属しているのだとか。

 序列一位《殺し屋》、“頼まれれば殺す”匂宮。殺戮奇術師団・匂宮雑技団。

 序列二位《暗殺者》、“主君の為に殺す”闇口。奴隷暗殺者集団・闇口衆。

 三を飛ばして序列四位《始末番》、“正義の為に殺す”薄野。正義執行軍隊・薄野武隊。

 序列五位《虐殺師》、“皆の為に殺す”墓森。拷問虐殺団体・墓森司令塔。

 序列六位《掃除人》、“綺麗にする為に殺す”天吹。殺人掃除屋・天吹正規庁。

 序列七位《死神》、“生きているべきではない者を殺す”石凪。粛清反逆者・石凪調査室。

 最後に―――序列三位《殺人鬼》、“理由なく殺す”零崎。殺人鬼家族・零崎一賊。

 零崎は《殺し名》の中で最も忌み嫌われていた存在で、石凪は《殺し名》の中でも特異的な存在だったらしい。

 そんな零崎の中で…兄さんは、とても特殊だったらしい。ただでさえ特殊な集団の中でも、兄さんは特殊の中の特殊で、異質の中の異質だったらしい。

 零崎とは流血で繋がる家族で、実際に血が繋がってるという訳ではない。しかし、兄さんだけは、零崎人識だけは違ったらしい。

 零崎の父親にして《究極》と呼ばれた殺人鬼「零崎零識」と、零崎の母親にして《絶対》と呼ばれた殺人鬼「零崎機織」の間に産まれた零崎。零崎と零崎による、つまり家族と家族による近親相姦によって産まれた零崎――――――それが、零崎人識なのだと言う。

 殺人鬼と殺人鬼の間に生まれた生粋の殺人鬼。零崎唯一の血統書付きにして、零崎の鬼子。古今東西のナイフを趣味で集め、そして心を探す為に数十人にも渡る人間を殺して、その世界の京都で大事件を引き起こした張本人。

 ぽっかりと空いた穴を埋める為、胸の穴を心で満たす為、零崎人識は多くの人間を殺したのだ。朝比奈俊希は、再びこの世界でも零崎人識の様に殺人を犯していた。

 彼ら零崎一賊風に言うならば―――久しく《呼吸》をしていた。海中に潜り続け、息が続かなくなったから海面から顔を出して新鮮な空気を吸おうとする人間の様に、大きな呼吸をしていて。

「あれ……?」

 そこでふと、私はある一つの疑問を抱いた。長ったらしく考えて、重たく考え込んで、全く気が付いていなかったけれど、そこで漸く疑問を抱かなければならない事に気付けた。

 今、私の目の前には誰も居ない。それが、可怪しい事である事に気付かなかった私に、私自身は疑問を抱いた。

 考え込む前まで、私の目の前には父親が居た筈だ。私の兄に嫁を殺されてしまった父親が、未だ哀しみから抜け出す事が出来ていなかった父さんが、目の前には確かに居た筈だ。

 何処に行ったんだろうと、私は首を動かして周囲を見渡し―――ぴちゃ…という水の音が、自分の足元から聞いた。

 その直後、私は体を停止させた。まるで凍り付いたかの様に、まるで氷の様に、完全に固まった。

 一瞬、水を零しちゃったかな、なんて甘い考えと通ったけれど、しかし確かな現実がそんな考えを許してはくれなかった。私の脳が、それを認めてくれなかった。

 何故、父親が目の前から居なくなっているのか。何故、其処に居た筈の父さんが其処に居ないのか。

 それは、それは、それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは―――――――――――――――――――――――――――

「手に持つそれが答え、だろ。」

「にいさん…」

 呆然とする私に、リビングの扉から出てきた兄さんが現実を突き付ける。

 手に持つもの―――私の右手に握り締められた、湾曲した一本のナイフ。兄さんが古今東西から集めたナイフの一つ。

「カランビットか。随分と扱いが難しいのを選んだじゃねぇか、まふゆちゃん。俺でも実戦で使うにゃ一日と長い月日を掛けた代物だぜ?」

 けらけらと、兄さんは笑う。いつもの様に軽く、諧謔的に、そしてシニカルに。零崎人識は、高らかに嗤う。

 

「おかえり、シスター。かれこれ何十年と待ったぜ。」

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