零崎人識(ぜろざき・ひとしき)――――――殺人鬼。
朝比奈まふゆ(あさひな・まふゆ)――――――殺人鬼。
宵崎奏(よいざき・かなで)――――――友人。
■ ■
かつて、二人の“子供”が居た。
互いに似ていて、しかし何処か決定的に異なって、相似している様で相対していて、並んでいる様で対峙している様な、そんな二人の子供が居た。
鏡。合わせ鏡。あるいは、反り鏡。
自分を映す鏡であり、それでいて『もしかすればこうなっていた自分』を映す鏡でもあり。総じて、自分自身の表と裏を映し合う関係にあった。
彼は互いを友達と言う事もあれば、ただ仲良しと言う事もあるけれど、しかし彼らはたったの一度も自分達の関係に『友人』や『親友』などの言葉を当てはめた事など一度も無い。
無関係―――関係無いと書いて、無い関係と書いて、無関係。そんな言葉が、いや、そんな言葉だからこそ、その二人の関係性というものを表すに相応しかった。
その場の関係。上っ面だけの関係。出会えば関わりこそするけれど、出会う事がなければそれでおしまい。自ら決して関わろうとはしない。
連絡を取る事もなく。居る場所に赴く事など皆無も同然で。しかし、だからこそ、二人は鏡なのだ。対極の位置に立って道を歩み続ける関係になっているのだ。
欠陥製品。無為式。なるようにならない最悪。
人間失格。自由自在にして自由奔放。零崎の鬼子。
似た様で似ていない、同じ様で異なっている、無関係という関係性を持った二人の子供達。
片方は世界を救った英雄であり、片方は一人すら救えない愚者であり。
片方は家族を失った孤独であり、片方は孤独でありながら家族を得た。
片方は失った家族を手に入れたり、片方は手に入れた家族を見捨て孤独になり。
する事が、出来る事が、出来ない事が、望む事が、望まぬ事が、得るものが、失うものが、それら全てが反対なのに何故なのかどこか似通っている。
特殊であり異常な人間。正常なようで常軌を逸している存在。
そんな彼らは―――もう既に、この世には居なかった。
その片方は既に、その命を終えてしまっているのだから。
零崎一賊の鬼子、血統書付きの殺人鬼である男、零崎人識は自分の鏡の様な人並みの幸せをその手に掴むでもなく、また残った家族と一緒に時間を過ごすでもなく、ただただ自由に生きて、ひっそりと孤独に死んだのだ。
自由に逃げて、自由に死んだのだ。最後の最期まで、彼は誰に囚われるでもなく、自由だったのだ。
「んでんで? 今日はファミレスになんざ連れてきてどーしたんだよ、まふゆちゃん。まさか此処でたいりょー殺戮でも始めようって魂胆か?」
「そんな物騒な事しないよ。兄さんじゃないんだし」
「おいおい、俺が大量殺人鬼みたいな言い方は止してくれよ、まふゆちゃん。純粋無垢な人識くんが悲しんじまうぜ?」
「兄さんに『悲しむ』とかいう感情、あったんだ。意外だね」
「かはは、一昨日まで不自由だった無表情ガールが何か言ってら」
「えい」
「痛って!? おい本気で蹴りやがったな! 俺の脛を本気で蹴ったな、お前!」
「私は悪くない。だって私は悪くないんだから」
「どこぞの裸エプロン先輩の口癖使うんじゃねーよ! 確かにマイナス思考でマイナスにどっぷり浸かっちゃいたけどよ!」
現在時刻、一時三◯分。某ファミレス店の店内にて。
朝比奈俊希改め零崎人識は、零崎雪織改め朝比奈まふゆに珍しくファミレスに誘われて、二人仲良く兄妹らしいやり取りに花を咲かせていた。
対面する様に座り、青筋を立てる人識から顔を逸らす様にまふゆ。二人の身体的特徴から見れてみれば、中々様になる光景である。
「…で、何で俺を連れてきたんだ?」
「お昼を食べたかったから、とは考えられない?」
「まふゆちゃんなぁ、ちっと零崎くんを舐め過ぎだぜ。認めたかねぇが、俺は前世と今世含めて兄貴だぜ? 妹が普段から俺に対する接し方から、色々と分かるもんだ」
「…気持ち悪いね」
「あぁ言うと思ったよチクショウが! 自分でも気持ち悪いって思うわ! って、そうじゃねぇ。要件だ要件、理由が知りたい」
「…別に難しい理由はないよ。ただ、友達を紹介したいって思っただけ」
「なんだそれ…俺は娘想いな親かっての。まふゆちゃんの友人なんだ、別に俺に紹介する必要はないだろ」
「それはそう。けど、兄さんには教えたいと思った」
「あぁ?」
「その友達は…私を救うって、言ってくれた人だから。だから兄さんに紹介したかったの」
「…あっそ。それはそれは、良い友達を持った事で」
「兄さんとは違ってね」
「あたかも俺に友達が居ないみたいに言うな! 居るからな!? 俺にも友達は居るからな! 伊達にまふゆちゃんより長く生きてねぇから!」
「兄さん……嘘は良くないよ?」
「マジでむかつくこの妹!」
ナチュラルに毒を吐くまふゆ。苛立ちを隠さずに顕にしながら、人識はメロンソーダが入ったグラスを一気に仰いだ。
飲まなきゃやってらんねぇよ、と言う人識。ジュースを飲んでその言葉はあまり似合わないのではないだろうか。
一応は(体格的に子供なのだが)大人なのだ。一応は。だから酒は飲めるのだが、友人を紹介したいという妹の頼みの為に飲まずにいるのだ。
と、云々話している内に―――
「来たよ、まふゆ」
その友人の登場だ。
「この人が、宵崎奏。私の友達だよ。奏、この人が私の兄さん」
「朝比奈俊希だ。まふゆちゃんがお世話になってます」
「は、初めまして。宵崎奏です」
「かはは、そう堅くなんなよ。気楽にいこうぜ」
「兄さんの柄じゃ無理だよ。ちんちくりんだし」
「柄はともかく、ちんちくりんは余計だろうが! だーくそっ、生まれ変わっても身長は変わんねぇのかよ!」
零崎人識、前世も今世も身体的特徴は大して変わらずのままである。
髪も結局はまだら模様の白髪になっている上、身長すら変化無しときた。
これを運命と言うのだろうか。殺人鬼が背負う運命にしては、実に可愛らしいもんだ。
「じゃあ、私は飲み物を取ってくるから。二人で話しててね」
「え」
「おいおい、ちょっと待とうぜまふゆちゃんよ。って、行くの速ぇなおい!?」
待てと言おうとしたが、時既に遅し。朝比奈まふゆは既にドリンクバーへと向かっていた。
妹の友人。友人の兄。上手く会話が繋がるか分からない構図だ。現実でもかなり気不味い状態なのは明確である。
どうしよう、何か話題は…と思考する奏だったが、その気不味い沈黙は人識が破った。
「ありがとうな」
「え?」
「まふゆちゃんの事だよ。聞いたぜ、彼奴の事、救うって言ってくれたんだろ?」
「…はい」
「兄としちゃ、俺は失格でな。正直に言っちまえば、結果的にまふゆちゃんを自由にしたってだけで、意志的にお袋を消したってだけで、そこにまふゆちゃんを想う意思はなかったんだ」
「…?…………え?」
人識の話しに、奏の脳内は疑問符で埋め尽くされた。いや、その話しを聞き取ろうとしたのにそれが塞がれたと言うべきか。
兄としちゃ、俺は失格でな。正直に言っちまえば、結果的にまふゆちゃんを自由にしたってだけで、そこにまふゆちゃんを想う意思はなかったんだ―――ここまでは、まだ理解出来た。
だが、そこに至る一文だけは理解出来なかった。理解する事を拒んだ。
だが、“零崎人識”は続けた。
「あん時は衝撃だったぜ。肉体的にも精神的にもな。まぁ、フラッシュバックすりゃそうもなるだろうけどな。流石の俺も一気に記憶が溢れるのはキツかったぜ。時宮の想操術よりもキツかったかもな」
「ちょ、ちょっと待ってください…!」
「ん? どうした、ここからが本題なんだが」
「まふゆのお母さんを……どうしたんですか」
「どうしたって…さっき言ったろ? 消したよ」
「消したって…」
「なんだなんだぁ? 詩的な言葉じゃなくて顔面ストレート的な普通の表現の方が分かりやすいってか? じゃあ優しい零崎くんが分かりやすく言ってやろう―――お袋は、俺が殺したんだ。バターナイフと包丁を使って、普通に殺して愉快に解して綺麗に並べて丁寧に揃えて無様に晒してやったんだよ」
久々の殺し文句は傑作だぜ、と人識は笑った。シニカルに笑った。
奏の体を駆け巡ったのは―――不思議な事に、二つの感情だった。
一つは言うまでもなく、恐怖。人を殺したのに、自分の母親をその手で殺したのに、まるでそれこそがして当たり前の事であるかの様に笑って言ってのけた人識への恐怖。
もう一つは―――安堵だった。もうこれで、まふゆを縛り付ける余計なものが無くなったという安堵の感情が、恐怖の一歩先を行ったのだ。
オカシクなってしまったのか? 奏は、自分をそう思わずにはいられなかった。
それを、その安堵した感情を紛らわせる様に、奏は必死になって言葉を吐き出した。
「なんで、殺したんですか…」
「かはは、揃いも揃ってその質問だ。その質問をされたのは、あんたで何回目かねぇ。数えるのもままならねぇくらいには聞かれたぜ」
「いいから、答えて…!」
「急かすなよ。『常に余裕を持て』、良い言葉だろ? 誰かの名言らしいぜ、名前も偉業も知らねぇけどな」
「私は、真剣に聞いてるんです!」
「俺だってマジさ、じゃなきゃここまで生かしてないぜ? なーんか色んなやつに勘違いされるんだが、零崎くんは別に甘ちゃんじゃないんだ」
ただ、人並みの感性が残っているというだけで。
ただ、《人類最強》と約束をしたというだけで。
ただ、自分の対極を何度も救ったというだけで。
ただ、家賊になった妹を世話したというだけで。
零崎人識という人間の在り方は、零崎人識という殺人鬼の振る舞いは、決して変わってなどいない。
《人類最強》の居ないこの世界において。
《殺し名》も《呪い名》もないこの世界において。
《人間失格》の反対たる《欠陥製品》が居ないこの世界において。
零崎人識は、自由自在なのだ。
零崎人識は、自由奔放なのだ。
かつての零崎人識と、人類最強と約束をする以前の零崎人識と、変わらずに生きているのだ。
そんな彼が、宵崎奏というか弱い少女を生かしている理由はただ一つ―――この世界で唯一、血の繋がった妹の大切な友人であるから。
「じゃ、お望みの答えを教えるが―――理由といった理由はない」
「……は?」
「世間様は、俺たち《殺人鬼》ってやつをどうにも快楽殺人者か何かと勘違いしてやがる。まぁそりゃ、暴力の世界なんて知らない世間様からしてみりゃ、その見方が妥当なんだろうがな?
「お嬢ちゃん。俺たち殺人鬼に『なんで人を殺すの?』って質問を向けるのはな、人間に対して『どうして人は呼吸をするの?』って質問するのと大して変わらねぇんだよ。“して当たり前”―――一賊にしてみれば、殺人なんざ呼吸も等しいってやつさ。
「どうしても理由をつけたいなら、森羅万象全部が殺人理由って事で納得してくれよ。そこに居るから殺す。見かけたから殺す。すれ違ったから殺す。目が合ったから殺す。肩がぶつかったから殺す。気分がいいから殺す。とくになにもないから殺す。とにかく沢山だ。理由を付けるとするならな。まぁ、俺は他の零崎に比べればそういった衝動は小さい方なんだがな。
「記憶とか色々なもんが戻っても、そればっかりは変わらねぇらしい。機種を変えたゲーム機に前のカセットを入れるみたいなもんさ。つまり、何もかもが思い通りにはならねぇって事。
「まぁ、それを抜きにしたって、俺はアイツを殺してたと思うぜ? アイツは生きてても害悪にしかならねぇだろうからな。あぁ、そういや親父も殺したっけか。嫁が嫁なら夫も夫ってやつだ。かはは、あのくそったれの二人からよくまふゆちゃんみたいな甘ちゃんが生まれたもんだぜ」
本当に、傑作だよなぁ。
シニカルな笑みを浮かべる零崎人識を前に―――宵崎奏は、逃げ出した。