押し合いへし合いしながら列車の外に出ると、暗く小さなプラットフォームが僕たちを出迎えた。夜の冷たい空気に僕は身震いした。やがて僕たちの頭上にランプがゆらゆらと近づいてきて、懐かしい声が聞こえてきた。
「いっち年生!!いっち年生はこっち!お、ハリー、元気か?」
ハグリッドの大きな髭面が、ずらりと並んだ生徒の頭の向こうから笑いかけた。
「さあ、ついて来いよ。──あといっち年生はいないか?足元に気をつけろ、いいか、いっち年生!ついて来い!」
滑ったりつまづいたりしながら、険しく狭い小道を僕たちはハグリッドに続いて降りて行った。右も左も真っ暗だったので、多分木が鬱蒼と茂っているのではないかと思う。みんなが黙々と歩く中で、ネビルが一、二回鼻を啜ったのが大きく響いた。
「みんな、ホグワーツがもうすぐ見えるぞ」
ハグリッドが僕たちの方を振り向いて言った。
「この角を曲がったらだ」
「うわぁー!!」
一斉に歓声が湧き上がった。
狭い道が急に開け、大きな黒い湖の畔に出た僕たちは、向こう岸にある壮大な城に心を躍らせた。大小さまざまの塔が立ち並び、窓は星の光を映してきらきらと輝いている。
「そんじゃ、四人ずつボートに乗るとええ。順番にな、そうそう」
ハグリッドが岸に繋がれた小舟を示し、みんなはそれに従って小舟に乗り込み始めた。
僕はロン、ハーマイオニーとネビルが同じボートになった。
ハグリッドの合図でボートの群れは一斉に動き出し、鏡のような湖面に細波を立てながら進んだ。みんな無言で、聳え立つ城を見上げていた。城の影が大きくなるにつれ、僕の期待と、少しの不安はより一層大きくなった。この城が、僕がこれからを過ごす場所なんだと思った。
崖下の蔦のカーテンを潜り抜け、洞窟の中を通り、地下の船着場へと辿り着く頃には、僕の心臓はもういつ爆発してもおかしくないくらいだった。僕たち全員が岩と小石の上へと降り立った時、ハグリッドの声が響いた。
「ほれお前さん、こいつはお前のヒキガエルかい?」
「トレバー!」
ネビルは大喜びで受け取っていた。
僕たちはハグリッドのランプに従ってごつごつした岩の道を登り、滑らかな草むらに覆われた城影の中へと辿り着いた。石段を登り、巨大な樫の扉の前へみんなが集まった。
「そんじゃみんな、いるか?お前さんはちゃんとヒキガエルを持っとるな?」
ハグリッドはそう言って大きな握り拳を三度樫の扉に叩きつけた。
その重々しい外見を裏切るように、扉がぱっと開いて、エメラルド色のローブを纏った背の高い魔女が現れた。今まで自分へ危害を加える様々な人と出会ってきた僕の直感が、この人に逆らってはいけないと告げていた。
「マクゴナガル教授、いっち年生のみなさんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
マクゴナガル先生は大きく扉を開いた。壮大な空間はダーズリー家が丸々入りそうなくらいに広く、大理石の階段が正面から上へと続いていた。僕たちはマクゴナガル先生に続いて石畳のホールを横切って行った。右手の方から何百人ものざわめきが聞こえて、もう全校生徒が集まっているに違いないと僕は思った。
ホールの脇にある小部屋へと案内された僕は、落ち着かずにきょろきょろしていたが、周りの生徒達も同じような反応だった。
マクゴナガル教授が前に立ち、挨拶と、簡単な説明をしてくれた。なんでも四つの寮はそれぞれ所属生徒の行いにより得点を与えられたり減点されたりして、最終的に一番得点が高ければ寮杯というものを授与されるらしい。グリフィンドールとスリザリンの仲が悪いと言っていたのは、こういうことかなとハリーは思った。
学校側の準備がもう少しかかるので、それまで待っていなさいと言われて、僕はそわそわと髪を撫で付けていた。この鳥の巣をどうにかもう少し見栄えのするようにできないかと悪戦苦闘しつつも、隣にいるロンに尋ねてみた。
「いったいどうやって寮を決めてるの?」
「僕も知らない。入学するまでは教えちゃダメなんだって、みんな言うんだ──すっごく痛いってフレッドは言ってたけど、多分冗談だと思う」
僕の心臓はいよいよ口から出そうだった。僕は今から、僕のことを英雄だと思っている人たちの前で組分けされるんだ。こんな魔法の知識もない僕のことを、みんなが知ったらどう思うだろう。それにもし、スリザリンに寮分けされてしまったら──。マルフォイは結構良い奴だけど、でも僕を殺した『名前を呼んではいけないあの人』はスリザリンだって言っていた。そんな奴と同じ寮になるのはとても嫌だと思った。
不安を少しでも和らげようと僕は辺りを見渡したが、他の生徒たちもみんな怖がっているようだった。みんなあまり話もしていなかったが、ハーマイオニーだけは小声でなにやら呪文を復唱していて、僕はそれを耳に入れまいと必死になった。
そうやって今まで生きてきて一番というほど緊張しながら待っていると、やがてマクゴナガル教授が戻ってきて、僕達は大広間へと案内された。
そこには、僕が夢にも見たことのない、不思議で素晴らしい景色が広がっていた。何千という宙に浮かぶ蝋燭が四つの長テーブルを照らし、そのテーブルの上にはきらきらと輝く黄金の皿とゴブレットが置いてあって、そして沢山の上級生達が座っていた。奥の方にはもう一つ長テーブルがあって、教授達が座っていた。
マクゴナガル教授はそのテーブルのそばまで僕たちを案内し、上級生たちの方を向く学校で並ばせた。彼らの視線から逃れるように上を向いた僕の目に夜空が飛び込んできた。
「本当の空に見えるように魔法がかかっているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」
天井があると知ってもまるでそうは見えない夜空の美しさと、魔法の素晴らしさにびっくりして見惚れていると、マクゴナガル教授が古ぼけた三角帽子をスツールの上においたのが見えた。あまりにもぼろぼろの帽子で、何に使うんだろうと僕が首を傾げた時、帽子がぴくぴく動いた。縁の破れ目が口のようになって、帽子がなんと歌い出したのだった。
“私はきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私を凌ぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒だ
シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組分け帽子
私は彼らの上をいく
君の頭に隠れたものを
組分け帽子はお見通し
被れば君に教えよう
君が行くべき寮の名を
グリフィンドールに行くならば
勇気ある者が住まう寮
勇猛果敢な騎士道で
他とは違うグリフィンドール
ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない
古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
機知と学びの友人を
ここで必ず得るだろう
スリザリンではもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
かぶってごらん!恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
君を私の手に委ね(私は手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!”
歌が終わると、広間の全員が拍手喝采した。四つのテーブルへとそれぞれお辞儀して、帽子は再び静かになった。
「僕らはただ帽子を被るだけでいいんだ!フレッドのやつ、やっつけてやる、トロールと戦わせるなんて言って!」
ロンが僕の耳元で興奮気味に囁いた。僕は弱々しく微笑んだ。それは、化物と戦うくらいなら帽子を被るほうがずっといい。だけど、みんなが見ていないところで被るんだったらもっとよかったのに!大体帽子は要求が多いや。少なくとも僕は、勇敢でも機知に富むわけでもない、ごくごく普通の生徒なのに──と思った。
マクゴナガル教授が、丸めた長い羊皮紙を手に進み出た。
「ABC順に呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください。
それでは、アボット・ハンナ!」
いよいよ組分けが始まってしまった。どんどん進む組分け、スムーズに寮が決まっていく同級生たちに、僕は焦りを隠せなかった。もし、僕だけ寮が決まらなかったらどうなるんだろう?あれがあのハリー・ポッターだという期待の目の中で、帽子に“お前はホグワーツに入学する資格などない”と告発されて、来た時と同じように荷物を持たされて汽車で帰らされる──ただし一人で、心を重たい絶望で満たして!──。そんな未来がありありと見える気がして、僕は生きた心地がしなかった。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
ついに知っている子の組分けだ。僕は何とか心を落ち着けて見守ろうとした。
ハーマイオニーは三角帽子に駆け寄り、被りながらスツールに腰を下ろした。ほんの少しだけ間があり、
“グリフィンドール!”
と帽子は告げた。
ハーマイオニーは花が咲いたような満面の笑顔になって、グリフィンドールの長テーブルへ駆け寄って腰を下ろした。彼女の側の席にはロンのお兄さんの双子が座っていて、早速ハーマイオニーに何か話しかけているようだった。
彼女の後も何人かが組分けされ、
「マルフォイ・ドラコ!」
と呼ばれた。マルフォイは優雅にスツールに歩み寄り、帽子を取り上げた。ゆったりと腰を下ろし、帽子が頭に触れるか触れないかのタイミングで、
“スリザリン!”
と宣言された。あまりにも早い組分けに、マルフォイはやや照れ臭げに微笑んでスリザリンのテーブルへと向かって行った。スリザリンの上級生が彼をハグし、自分の隣の空き席へと座らせた。彼は先祖代々スリザリンだと言っていたから、きっと在校生にも知り合いが多いんだろう、だからあんな風に歓待されているのかな、と僕は思った。
「ポッター・ハリー!」
僕はいよいよだと思ったが、ふと周りの生徒達がしんと押し黙ってこちらに注目していることに気がついて、途轍もないプレッシャーに押し潰されるような気がした。せめてこの空間にいられる時間をほんの少しでも伸ばしたいとばかりにゆっくりとスツールまで歩いて、しっかり座り込み、帽子を頭に恐る恐る載せた。
“難しい⋯⋯うーむ、難しい⋯⋯。ふむ、勇気に満ちている。頭も悪くない。才能もある。おう、なんと、なるほど、⋯⋯自分の力を試したいと言う素晴らしい欲望もある。いや、おもしろい⋯⋯、さて、どこに入れたものかな?”
「グリフィンドールがいいです」
僕は他の人には聞こえないよう囁いた。
“ふむ⋯⋯。グリフィンドールかね?それは勿論悪くない決断だ。しかし、スリザリンへと進むなら君は間違いなく偉大になる道が開ける。嫌かね?”
「でも、グリフィンドールがいいです。スリザリンは、⋯⋯両親を殺した人の寮だ」
父も母もグリフィンドールだったと言う。何一つ覚えていない両親だが、だからこそほんの少しでも繋がっていたかった。
“よろしい、それならば⋯⋯むしろ、グリフィンドール!”
帽子が高らかに告げた。僕が解けた緊張感と喜びのままに笑顔でグリフィンドールの長テーブルを見ると、上級生達が一斉に立ち上がって喜び、大いに盛り上がっていた。双子のウィーズリー兄弟は
「獲った!ポッターを獲った!」
と歓声を上げていた。僕がテーブルに向かい、監督生のパーシーと握手した。こっちだと案内された席に座ると、襞襟服のゴーストと向かい合う形になった。
寮生のテーブルに着いたので、僕はようやく上座にある教授陣のテーブルをちゃんと見ることができた。テーブルの端にはハグリッドが座っていて、僕と目が合うと親指を上げて合図をしてくれた。僕も笑顔を返した。テーブルの真ん中にはアルバス・ダンブルドアが座っていた。蛙チョコレートのカードのままの姿で、初めて見た僕にもすぐわかった。『漏れ鍋』で出会ったクィレル教授は、一人紫のターバンを着けていて、一際浮いて目立っていた。
いよいよ組分けは最後の二人になった。まだ終わっていないロンはいよいよ蒼ざめている。ロンもグリフィンドールであればいいと僕は祈った。
ロンが名前を呼ばれて、帽子を被るとすぐに
“グリフィンドール!”
と言う声が大広間に響いた。
「ロン、よくやったぞ!偉い!」
僕の隣でパーシーがそう声を上げた。お兄さんにとっても、やっぱり寮が同じと言うのは誇らしいんだなあと僕は思った。
そうしているといよいよ組分けは終わって、マクゴナガル教授はくるくると羊皮紙を巻き直し、帽子を片付けた。僕は見るともなしに金の皿を眺めていると、急に自分のお腹がこれ以上ないほどぐぅぐぅ鳴っていることに気がついた。かぼちゃパイを汽車の中で食べたのが、急に大昔のことになったような気がした。視界の端でダンブルドア学長が立ち上がるのが見えた。
「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言三言言わせていただきたい──では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
ダンブルドア教授は席につき、出席者全員が拍手し歓声をあげた。僕は笑っていいのかわからなかったが、長い長い話があったとして、それを受け入れられるお腹の状態でないことだけは確かだった。
「あの人、ちょっぴりおかしくない?」
パーシーに聞いてみたが、彼はとてもうきうきしていた。
「おかしいだって?あの人は天才さ!世界一の魔法使いだ!いやでも少しおかしいかな、うん。君、ポテト食べるかい?」
僕は呆気に取られた。空だった目の前の大皿には山ほどのご馳走が溢れんばかりに盛られている。いろんなご馳走に混じってハッカ入りキャンディが並んでいるのが少しおかしかった。
始めの方こそ驚いていたが、ラムチョップを一口食べるなり、あんまりにも美味しいのでどうでも良くなってしまった。ダーズリー家でろくな物を食べさせてもらえなかった穴を埋めるように僕は山ほど食べた。
「美味しそうですね」
僕がステーキを切っていると、目の前のゴーストが悲しげに言った。
「食べられないの?」
「かれこれ四百年、食べておりません。勿論食べる必要はないのですが、でも懐かしくて。おやいけません、自己紹介がまだでしたね。私はニコラス・ド・ミムジー-ポーピントン卿と申します。以後お見知り置きを。グリフィンドール塔に住むゴーストなのですよ」
「僕、君のこと知ってる!」
ロンが突然声を上げた。
「兄さん達から聞いてるよ!『ほとんど首無しニック』だ!」
「むしろ、」
とゴーストはここを強調した。
「私を呼んで頂くのであれば、ニコラス・ド・ミムジー⋯⋯」
ゴーストが改まった調子で繰り返しかけたが、シェーマス・フィネガンがそこに横槍を入れた。
「『ほとんど』首無し?どうして『ほとんど』首無しになれるの?」
僕もその疑問に前面的に賛成だった。
「ほら、この通り」
思うように進まない会話に苛立たしげにしながらも、ニコラス卿は自分の左耳を掴んで引っ張った。頭は肩へと落ちて、首の皮一枚が蝶番のようになっていた。僕らが驚くと、『ほとんど首なしニック』は嬉しそうな顔をした。
「さて、グリフィンドール新入生諸君。今年こそ寮対抗優勝カップを獲得できるよう、頑張って下さるでしょうな?グリフィンドールがこんなにも長い間負け続けたことはありません。スリザリンが六年連続で寮杯を獲っているのですぞ!『血みどろ男爵』はもう鼻持ちならない有様です──スリザリンのゴーストですがね」
そんな話をしながら全員がお腹を満たしたところで食べ物は消え去り、何事もなかったかのように皿はぴかぴかになった。と、まもなくデザートが現れた。ありとあらゆる味のアイスクリーム、アップルパイ、糖蜜パイ、エクレア、ジャムドーナツ、苺、ゼリー、ライスプディング!
一通りデザートを堪能した僕は、満腹感から眠くなった。眠気を振り払うべく上座を見上げると、クィレル教授が隣の人と話していた。ねっとりした黒髪、鉤鼻、土気色の顔をしたその教授の視線が僕と合った時、額の傷に痛みが走った。
「いたっ」
「どうしたんだい?」
パーシーが僕に尋ねてきた。僕は何でもないと返した──実際、痛みは一瞬で収まった。しかしあの目つきから受けた感触は簡単には振り払えなかった。あの目は僕が大嫌いだと雄弁に語っていた。
「あそこでクィレル教授と話しているのはどなたですか?」
「おや、クィレル教授はもう知っているんだね。隣にいらっしゃるのはスネイプ教授だ。魔法薬学の教授なんだが、実は闇の魔術に対する防衛術、つまりクィレル教授の席を狙っているってみんなが知ってる。闇の魔術にとても詳しいんだ、スネイプは」
僕はしばらくスネイプを眺めていたが、視線が交わることはもうなかった。
とうとうデザートも皿の上から姿を消し、ダンブルドア教授がまた立ち上がった。
「えへん。全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言三言新学期を迎えるにあたってのお知らせがある。一年生に注意しておくが、構内にある森へは入ってはいけません。これは上級生にも、何名かの生徒には特にお知らせしておきます」
ダンブルドア教授は瞳をいたずらげにきらめかせて、ウィーズリーの双子を見た。
「管理人のフィルチさんより、廊下での魔法の使用を改めて厳禁します。また、今学期のクィディッチ予選は二週目にあります。寮のチームに参加したい方はマダム・フーチに連絡してください。そして最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下へ入ってはいけません」
「真面目に言ってるんじゃないよね?」
僕は小声でパーシーに尋ねた。
「いや、真面目だよ。
でも変だな、立ち入り禁止の場所がある時は必ず理由を説明してくれるのに⋯⋯。森には危険な動物がたくさんいるし、それは誰でも知ってる。せめて僕たち監督生には理由を教えてくださったたって良いのに」
「では、寝る前に校歌を歌いましょうぞ!」
ダンブルドアは声を張り上げた。僕には、他の教授達の笑顔が急に強張ったように見えた。
ダンブルドアが魔法の杖をひょいと動かすと、金色のリボンが長々と流れ出て、テーブルの上高くに文字を描いた。
「各々自分の好きなメロディで!それでは、さん、はい!」
大広間が大きく唸った。
校歌を歌い終えるのはみんなてんでバラバラだった。ウィーズリーの双子はとびきり遅い葬送行進曲のメロディで歌い、最後の何小節かは二人だけになっていた。ダンブルドアはそれに合わせて杖で指揮し、終わった後は誰よりも大きく拍手した。
「ああ、音楽とは何ものにも勝る魔法じゃ。
──それでは諸君、就寝時間じゃ。駆け足!」
僕たちグリフィンドールの一年生はパーシーに続き、大広間を出て大理石の階段を登った。長い長い道のりに、僕が後どのくらいかかるんだろうと思った時、突然みんなが止まった。
前方にひと束杖が浮いていた。パーシーが一歩進むと、杖がこちらに飛びかかってきた。
「ピーブズだ。ポルスターガイストのピーブズだよ」
パーシーが僕たち一年生に囁いた。
「ピーブズ、姿を見せろ。血みどろ男爵を呼んで来てもいいのか?」
ぽんと音がして、意地悪そうな目つきの小男が現れた。あぐらをかいて杖の束を掴んだまま空中に浮かんでいる。
「おおおぉぉぉぉ!かーわいい一年生ちゃん!なんて愉快なんだ!」
「ピーブズ、行ってしまえ!早く行かないと男爵に言いつけるぞ、僕は本気だ!」
ピーブズは舌を出し、杖の束をネビルの頭の上に落として消えてしまった。
「ピーブズには気をつけた方がいい。あれをコントロールできるのは血みどろ男爵だけなんだ、僕ら監督生の言うことだって聞きやしない。さあ、着いたよ」
廊下の突き当たりには、ピンクの絹のドレスを着たとても太った婦人の肖像画がかかっていた。
「合言葉は?」
「カプート・ドラコニス」
すると肖像画がぱっと前に開き、後ろの壁に丸い穴があるのが見えた。みんながその中に這い上ると、それはグリフィンドールの談話室に繋がっていた。心地よい円形の部屋で、ふかふかの肘掛け椅子がたくさん置いてあった。
男子寮と女子寮、それぞれへ続く二つの扉があった。螺旋階段を登ったてっぺんの部屋に、やっと自分のベッドを見つけた。四本柱の天蓋付きベッドが五つあるその一つに、僕の荷物が置いてあった。
「凄いご馳走だったね」
天蓋越しに、隣のベッドにいるロンが話しかけてきた。
「スキャバーズ、やめろ!こいつ僕のシーツを噛んでる!」
ロンがそうやって騒ぐ声を聞きながら、僕は一瞬で眠り込んでしまっていた。
「見て見て、赤毛ののっぽの隣」
「眼鏡かけてるやつ?」
「顔見た?」
「あの傷跡、見た?」
翌日、僕が寮を出た途端、囁き声が付き纏ってきた。つま先立ちになって僕を見ようとしたり、すれ違った後でわざわざ戻ってきて僕を見ようとしたりする彼らがはっきり言って大迷惑だった。僕はただでさえ広い上にしょっちゅう通路が動いたり、扉の行き先が変わったり、階段の真ん中が突然消えたりするホグワーツの城そのものに手を焼いていたので。おまけに管理人のフィルチは意地が悪くて、立ち入り禁止の場所に迷い込んだ僕とロンを散々に脅すのだ。
そんなこと言うくらいならこの訳の分からない階段をどうにかしてくれよ、と僕とロンは散々に愚痴りあった。
やっとのことでクラスがわかっても、今度は授業そのものが大変だった。杖を振って呪文を唱えることだけが魔法ではないと、僕は早々に思い知らされた。水曜日の真夜中に望遠鏡で星空を観察して星の名前や惑星の動きを勉強しなくてはいけなかったり、週に三回城の裏にある温室で薬草学を学んだりした。
他にも魔法史や闇の魔術に対する防衛術は、ただじっと座って教授の話を聞くだけと言うとてもとてもつまらない授業だった。
マクゴナガル教授はやはり他の教授達とは違っていて、僕たちは早々からお説教された。とはいえ、初めての授業からマッチを針に変えるという魔法っぽいことをさせてもらえたのは嬉しかった。
授業が終わるまでにマッチ棒をわずかでも針に変えられたのは、グリフィンドールではハーマイオニー・グレンジャーただ一人だった。教授は彼女のマッチがどんなに銀色で、どんなに先が尖っているかをクラス全員に見せた後、ハーマイオニーに滅多には見せない微笑みを見せた。それから、
「今のところ今年の一年生でマッチをここまで完璧に針へと変えたのは、グレンジャーともう一人、スリザリンのマルフォイだけです」
と言った。
僕にはハーマイオニーの瞳に、強い闘志が燃えたぎったように見えた。
僕とロンにとって、金曜日は記念すべき日になった。食堂に降りて行くのに一度も迷わなかったのだ。
「今日は何の授業だっけ?」
「スリザリンの連中と一緒に魔法薬学さ。スネイプはスリザリンの寮監なんだ。いっつもスリザリンを贔屓するってみんな言ってる。ほんとかどうかは今日わかるね」
「マクゴナガルが僕らを贔屓してくれればいいのに」
と僕は言った。昨日たっぷりともらった宿題に辟易していたのだ。
その時、ヘドウィグ──僕のふくろう──が手紙を持ってやってきた。差出人はハグリッドで、金曜午後にお茶をしようと書いてあった。僕は喜んで行きたいと言う旨をヘドウィグに託して、いよいよ魔法薬学の教室へと向かった。
魔法薬学の教室は地下牢だった。城の中にある教室より肌寒く、壁に並んだガラス瓶の中にアルコール漬けになった動物の標本が浮かんでいることを差し引いたとしても、充分に気味が悪かった。
スネイプはまず出席を取った。そして、僕の前まで来て少し止まった。
「ああ、さよう」
ねっとりとした、気味の悪い声だ。
「ハリー・ポッター。我らが新しい──スターだね」
スリザリンの連中はくすくす笑った。クラッブとゴイルに挟まれて座っているマルフォイだけは、少し申し訳なさそうにして肩をすくめた。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
スネイプは虚な声で演説を始めた。
「このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げたことはしない。そこで、これでも魔法かと思う諸君は多いかもしれん。ふつふつと湧く大釜、たち昇る湯気、人の血管を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力。諸君らがこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。吾輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえも蓋をする方法である──ただし、吾輩がこれまで教えてきたウスノロたちよりも、諸君らがまだましであればの話だが」
クラス中が静まり返っていた。ただ二人、マルフォイはどこか面白そうにしていたし、ハーマイオニーは自分がウスノロでないことを証明したくてうずうずしていた。
スネイプは突然、
「ポッター!」
と僕を呼んだ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
何の球根の粉末を、何を煎じたものに加えるって?
僕はロンに助けを求めたが、ロンも僕と同じく降参だと言う顔をしていた。ハーマイオニーは空中に高々と手を挙げ、マルフォイもまた挙手していた。
「わかりません」
僕は告げた。スネイプはせせら笑った。
「有名なだけではどうにもならんらしい。──もう一つチャンスをやろうポッター。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーは椅子に座ったまま挙げられる限界まで腕を伸ばしていた。スリザリンの連中の笑いが大きくなるのを、僕はなるべく聞かないようにした。
「わかりません」
「クラスに来る前に教科書を開いてみようとは思わなかった訳だな、ポッター?」
僕はその黒い瞳を見つめ返すことに神経を注いだ。一応一通り教科書に目を通しはしたのだ。スネイプは僕が『魔法の薬草ときのこ千種』を隅から隅まで覚えていると思っているのだろうか?
「ポッター、モンクスフードとウルフスペーンとの違いは何だね?」
とうとうハーマイオニーは立ち上がり、天井へ触れんばかりに手を伸ばした。
「わかりません、ハーマイオニーがわかっているようですから、彼女に聞いてはいかがでしょうか」
僕は出来るだけ落ち着いた調子で答えた。スリザリンの笑い声は一層大きくなった。
スネイプは
「座りなさい」
とハーマイオニーにぴしゃりと言った。
「それではマルフォイ、この無知かつ反抗心に満ちた英雄殿に、この質問の答えを教えてやるように」
ハーマイオニーがそんな!と悔しげに溢すのが聞こえた。マルフォイは落ち着いた調子で答えた。
「はい、スネイプ教授。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬──『生ける屍の水薬』になります。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、大抵の薬に対する解毒剤になります。モンクスフード、ウルフスベーン、それとアコナイトは全て同じ植物で、つまりはトリカブトのことです」
マルフォイはそう言って、優雅に着席した。ハーマイオニーの方を向いて得意げに笑い、彼女の方は次こそ勝つわと言いたげな表情を返した。
「素晴らしい答えだマルフォイ。スリザリンに三点」
スネイプは言った。ロンは小声でうへぇと溢した。
「諸君ら、どうした?何故今の答えをノートに取らんのだ?それとも何か、君達は教わる間でもなく魔法薬学に精通しておいでか?」
その声に、慌てて羽根ペンを動かす音が小さく響いた。それに被せるようにスネイプが告げた。
「ポッター、君の無礼な態度により、グリフィンドール一点減点」
そりゃないぜ!とロンが呟いた。
その後もグリフィンドールにとっての状況はちっとも好転しなかった。どうもお気に入りであるらしいマルフォイを除いて、僕たち──ハーマイオニーを含む──は散々に注意を受けた。マルフォイの角なめくじの茹で方が素晴らしいので皆参考にするようにとスネイプが告げた途端、地下牢一杯に緑の煙が充満し、シューシューという大きな音が広がった。どうやらネビルが、何故かシェーマスの大鍋を溶かして捻れた小さな塊にしてしまったようだった。溢れた薬品に触れた生徒の靴が焼け焦げ、穴が空いていた。みんな椅子の上に避難したが、ネビルだけはその液体を正面から被ってしまい、全身がひどい火傷のようになって呻き声を上げていた。
「愚か者!大方大鍋を火から下さぬうちに山嵐の針を入れたな?」
ネビルは鼻まで広がったおできの痛みに泣きながら頷いた。
「医務室へ連れて行きなさい」
スネイプはシェーマスにそういいつけてから、ネビルの隣で作業をしていた僕に矛先を向けた。
「ポッター。ロングボトムに針を入れてはいけないと何故忠告しなかった?彼が間違えば、自分の方が良く見えると考えたのだろう?グリフィンドールはもう一点減点」
あまりに理不尽な物言いに、僕は言い返そうとしたが、大鍋の影からロンに袖を引かれた。
「やめたほうがいい。スネイプはとんでもない根性曲がりだって、みんな言ってる」
一時間後、地下牢からの階段を登りながら、僕は混乱していたし気が滅入ってもいた。最初の一週間でグリフィンドールの点数を二点も減らしてしまった──一体どうしてスネイプはあんなに僕を嫌うんだろう?
「元気出しなよハリー。大丈夫、フレッドとジョージもしょっちゅうスネイプには減点されてるんだ」
ロンがそう慰めてくれた時、マルフォイが僕たちの隣に歩み寄ってきた。背後には例の二人組、クラッブとゴイルを連れている。
「済まないねハリー。スネイプ教授がああも君に当たりが強いとは思わなかった」
「全く、お前達にとっては良い教師だよなスネイプは!ハーマイオニーを無視して貰った三点はどうだい、マルフォイ?」
ロンの激しい嫌味が、こんなに嬉しいことはないと僕は思った。マルフォイは謝ってくれはしたが、スリザリンという寮のことは早くも嫌いになりそうだった。
「そうだね。僕たちに便宜を図ってくれる教授を寮監に持ったことは感謝すべきことだと思うと同時に、非常に心苦しくも思うと改めて伝えた上で、僕は君たちに言わなくてはいけないことがあるんだ」
「言わなくてもわかるさマルフォイ。つまり、君はこの好機を存分に利用するつもりなんだろう?寮対抗杯に勝つためにね!」
「大変申し訳ないが、一言一句ウィーズリーの言う通りなんだ。ハリー、ついでにウィーズリー、その上で──つまり、お互いに己の寮への貢献に精一杯尽力すると承知の上で、僕と君たちの間に友情を築くことはできないかい?」
マルフォイはそう言った。ロンが今にも反論しようと口を開きかけたが、それを遮るように僕は言った。
「君の提案に乗るというのはお断りするよ、マルフォイ。だって、僕たちはもう友達じゃないか?もちろんスネイプの贔屓は気に入らないけど、だからと言って友人を嫌うほど僕らは子供じゃない。そうだろう?」
本当のことを言うと、さっきまで僕はマルフォイのことを苦手にも思いそうになっていた。しかし、彼の上からな提案に、これを断った方が何だか僕が負けたみたいになるんじゃないか?と思ってしまった。そんなのはお断りだと僕の負けず嫌いな心は告げたのだった。
半ば以上意地になっての肯定ではあったが、マルフォイはとても嬉しそうに微笑んだ。ロンはえぇーと不満の声を上げたが、すぐに切り替えて、
「ま、仕方ないか。お前達なんかが贔屓して貰う点の分、僕たちは実力で貰ってやるからね。その上で優勝してやるから覚悟しとくといいよ。んじゃ、僕たち今からハグリッドの小屋へ行くんだけど、お前達も来るかい?マルフォイ」
と言ったのだった。
ちなみにスネイプの問いは確かN.E.W.Tレベルです。なんて大人気ない男だ。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
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