ハリー・ポッターと綺麗なマルフォイ   作:ゆかりです。

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賢者の石⑤

うきうきとした気分で始まった『妖精の魔法』の授業では、そろそろ物を飛ばす練習をしましょうとフリットウィック先生が言ったので、僕は更に嬉しくなった。先生がネビルのヒキガエルをぶんぶん飛び回らせるのを見てからというもの、みんなやってみたくてたまらないと思っていたのだ。先生は生徒に二人ずつ組ませて練習させた。僕は黄色い髪のシェーマス・フィネガンと組んだ。ネビルが僕と組みたいらしく、じっとこっちを見ていたので、これでほっとしてしまった。ごめんねネビル、でも君の失敗をフォローできるほど、僕にも余裕はないんだ。ロンの方は、なんと、ハーマイオニーと組むことになった。二人ともこれにはおかんむりだった。僕が箒を受け取って以来、ハーマイオニーは本当に一度として僕たちと口をきいていなかった。

 

「さあ、今まで練習してきたしなやかな手首の動かし方を思い出して」

 

いつものように積み上げた本の上に立って、フリットウィック教授は甲高い声で言った。

 

「ビューン、ヒョイ、ですよ。いいですか、ビューン、ヒョイ。呪文を正確に、これもまた大切ですよ。覚えていますね、あの魔法使いバルッフィオは、『f』でなく『s』の発音をしたために、気がついたら自分が床に寝て、バッファローがその上に乗っかっていましたね」

 

これはとても難しかった。僕もシェーマスもビューン、ヒョイとやったのに、空中高く浮くはずの羽は机の上に貼り付いたままだ。シェーマスが癇癪を起こして、杖で羽を小突いて火をつけてしまったので、僕は慌てて帽子で火を消す羽目になった。隣のロンも、似たり寄ったりの惨めな様子だった。

 

「『ウィンガディアム・レヴィオーサ』!」

 

長い腕を風車のように振り回し、ロンが叫んでいた。ハーマイオニーが尖った声で指摘した。

 

「言い方が間違っているわ。『ウィン・ガー・ディアム・レヴィ・オー・サ』。『ガー』と長く綺麗に言わなくちゃ」

 

「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ」

 

ハーマイオニーへの苛立ちと、水を差された不快感に、ロンは怒鳴った。

ハーマイオニーはローブの袖を捲り上げ、杖をビューンと振って呪文を唱えた。

 

「『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』!」

 

すると、羽は机を離れ、頭上一・二メートルくらいのところにふわりと浮かび上がった。

 

「おお、よくできました!」

 

フリットウィック教授が拍手して叫んだ。

 

「皆さん、見てください、グレンジャーさんがやりました!」

 

クラスが終わった後、ロンの機嫌は最悪だった。

 

「だから、誰だってあいつには我慢できないって言うんだ。まったく悪夢みたいな奴さ」

 

廊下の人混みを押し退けながら、ロンは僕に言った。

誰かが僕らにぶつかり、急いで追い越して行った──ハーマイオニーだ。僕が顔をちらりと見ると、驚いたことに、彼女は泣いていた。

 

「今の、聞こえてたみたい」

 

とハリーはロンに言った。

ロンも少し気にするようにはしたが、

 

「それがどうした?」

 

と言った。

 

「あいつに友達が一人もいないってことなんて、みんなとっくに知ってるさ」

 

 

ハーマイオニーは次のクラスに出て来なかったし、その日の午後は一度も見かけなかった。ハロウィンのご馳走を食べに大広間に向かう途中、僕たちは、パーバティ・パチルがラベンダー・ブラウンに話しているのを聞いた。曰く、ハーマイオニーはトイレで泣いていて、一人にしてほしいと言っていたそうだ。ロンはまた少しばつの悪そうな顔をしたが、大広間でハロウィンの飾り付けを見た瞬間、ハーマイオニーのことなど二人の頭から吹き飛んでしまった。

 

千匹はいる蝙蝠が羽や天井で羽をひらめかせ、もう千匹ほどが低く垂れ込めた黒雲のようにテーブルのすぐ上の辺りまで急降下し、くり抜いたかぼちゃの中にある蝋燭の火をちらつかせた。新学期の始まりの時と同じように、突如金色の皿に載ったご馳走が現れた。

 

いつもは寮ごとに長テーブルに座っての食事になるのだが、今日ばかりは異なっていた。みんなそれぞれのテーブルを縫うように歩き、皿に盛られたご馳走から思い思いのものを手元の皿に取っていた。僕たちも参戦すると、見慣れた金髪が歩み寄って来た。

 

「やあ、こんにちは。君たちは今日もお二人かい?」

 

「やあ、それはどういう意味だいマルフォイ?大体お前だってお一人様じゃないか?」

 

マルフォイの言葉にロンが返した。僕がロンの顔を見ると、彼が教えてくれた。

 

「ホグワーツのハロウィン・パーティは、気になる相手を誘う絶好のチャンスなんだ」

 

へえと僕は感嘆した。

 

「僕はこれでもマルフォイの一人息子だからね、そう簡単には声をかけられないらしい」

 

マルフォイが首をすくめた。言われてみれば、緑色のローブを着た女子生徒たち──一部の上級生も含んでいた──たちは、ちらちらとマルフォイの方を窺っているようだった。

 

「そんなことを言う君たちだって、お相手には困らなさそうじゃないかい?」

 

「それは嫌味かい?もう、そんなことどうだっていいだろ」

 

ロンが少し気色ばんだ声で言った。

 

「それにしたって、随分豪華なパーティだね。ね、ロン?」

 

僕は話題を逸らすようにそう言った。

 

「そりゃそうさ!僕たちにとってのハロウィンは、クリスマスの次くらいの大きい行事なんだ。それに、『例のあの人』がいなくなった記念日でもあるしね」

 

ロンが言った。そういえば、僕の一歳の誕生日に、『例のあの人』は僕を襲ったんだと言っていた。そして──。

 

「ああ、すまない。君にとってはその、ご両親の──」

 

「気にしないでよ、何度も言ったけど、僕本当に何も覚えてないんだ。両親だって、顔も知らないし」

 

それは本当だった。素晴らしいパーティが楽しくて、僕は今の今までそのことを思い出しすらしなかった。

僕が皿に取り分けた皮付きポテトを頬張ろうとしたその時、クィレル教授が全速力で大広間に駆け込んで来た。ターバンは歪み、顔は恐怖で引き攣っている。みんなが見つめる中、クィレル教授はダンブルドア教授の席まで辿り着き、テーブルにもたれかかり、荒い息の隙間から言葉を絞り出した。

 

「トロールが⋯⋯地下室に⋯⋯お知らせしなくては、と⋯⋯」

 

クィレル教授はばたりとその場に倒れ、気を失ってしまった。

大広間は大混乱に襲われた。ダンブルドア教授が杖の先で紫色の小さな花火を何度か爆発させ、やっと静かになった。

 

「監督生よ」

 

教授は重々しく言った。

 

「すぐさま自分の寮に、生徒を引率し戻るように」

 

パーシーは水を得た魚のようになった。

 

「僕について来て!一年生はみんな一緒に、一ヶ所に固まって!僕の言う通りにしていれば、トロールなど恐るるに足らず!さあ、僕の後ろについて離れないで!道を開けてくれ、一年生を通してくれ!僕は監督生です!」

 

「一体どうしてトロールは入って来たんだろう?」

 

階段を上りながら僕はロンに尋ねてみた。

 

「僕に聞かれたって知らないよ。トロールって、とってもバカな奴らしいよ。もしかしたらハロウィンの冗談のつもりで、ピーブズが入れたのかな」

 

と彼は答えた。

みんながあちこちの方向へ急いでいた。いろんなグループとすれ違い、右往左往するハッフルパフの一団を掻き分けて進もうとしていたちょうどその時、僕は突然ある事を思い出してロンの腕を掴んだ。

 

「ちょっと待って──ハーマイオニーだ」

 

「あいつがどうかしたかい?」

 

「トロールのこと知らないよ」

 

ロンは唇を噛んだ。

 

「くそっ。行こうぜ。けどパーシーには気付かれないようにしなくちゃ」

 

僕たちはひょいと屈んで、反対方向へ行くハッフルパフ寮生に紛れ込み、誰もいなくなった方の廊下を通り、女子用トイレに急いだ。角を曲がった途端、後ろから急ぎ足でこちらへ向かってくる足音が聞こえた。

 

「パーシーだ!」

 

ロンが囁き、頭が鷲、体が獅子の巨大な怪物、グリフィンの大きな石像の後ろに僕を引っ張り込んだ。

石像の影から僕たちは目を凝らした。現れたのはパーシーではなく、スネイプだった。廊下を渡り、僕たちの視界から消えていった。

 

「何してるんだろう?どうして他の先生と地下室へいかないんだろう」

 

僕は呟いた。

 

「知るもんか」

 

とロンは返した。

 

僕たち二人が廊下へ戻ると、マルフォイも姿を現した。少し息を切らせている。

 

「二人組が誰もいない廊下へ行くのが見えたという話が聞こえたから。やっぱり君たちだと思った」

 

彼はそう言った。

マルフォイに事情を説明し、スネイプが消えていった方角へ、僕たちは足音を殺して進んだ。

 

「教授は四階の方へ向かっていらっしゃるね」

 

「やっぱりスネイプは変だよ。四階って──」

 

「しっ、何か匂わないか?」

 

ロンは僕らを制してそう言った。

僕がくんくんと鼻を使うと、汚れた靴下と、掃除をしたことのない公衆トイレを混ぜたような悪臭が鼻をついた。

次に音が聞こえた。低い唸り声、巨大な足を引き摺るように歩く音。ロンが廊下の向こう側を指差した。左手の方から、何か大きな物がこちらに近づいてくる。三人が物陰に隠れて身を縮めていると、月明かりに照らされて、その大きな物の姿がはっきりと見えた。

 

恐ろしい光景だった。背は六メートルほどもあり、墓石のように鈍い灰色をした肌が、岩石のようにごつごつした、ずんぐりした体躯を覆っていた。禿げた頭は体と不釣り合いに小さく、岩山の上にココナッツがちょこんと載っているような印象を受けた。短い足は木の幹のように太く、コブだらけの平たい巨大な足がついている。腕が異常に長く、手にした棍棒は床を引き摺っていた。あの異常な悪臭はこいつから漂っていた。

トロールはとある扉が開いた部屋の前で立ち止まり、中をじっと見つめた。長い耳をぴくりと動かし、脳みその詰まっていなさそうな顔でしばらく考えていたが、やがて前屈みにのろのろと中へ入っていった。

 

「鍵穴に鍵が挿さったままだ。あいつを閉じ込められる」

 

僕は囁いた。

 

「名案だ」

 

ロンは震える声で言った。

トロールが出て来ませんようにと祈りながら、僕たちは開いたままのドアへじりじりと進んだ。喉はからからに渇いていた。最後の一歩は大きくジャンプするようにして、僕は鍵を掴み、扉をぴしゃりと閉めて鍵を引き抜いた。

 

「やった!」

 

勝利したと意気揚々で、僕たちは元来た廊下を走った。しかし、曲がり角まで来た時、心臓が止まりそうな声を聞いた。甲高く、恐怖に怯え切ったような悲鳴──今、鍵をかけたばかりの部屋の中からだ。

 

「しまった!」

 

ロンの顔は『血みどろ男爵』のように真っ青だった。

 

「今の声──」

 

マルフォイは元々青白い顔から、さらに血色を消し去っていた。

 

「女子用トイレだ!」

 

僕は息を呑んだ。

 

「ハーマイオニーだ!」

 

三人は同時に叫んだ。

こんなことだけは絶対にしたくなかったが、しかし他に手段があるだろうか?僕たちは回れ右をして、さっきの扉へと全力疾走した。気が動転して鍵が上手く回せない──開いた──僕が扉を開いた。三人は女子トイレへと突入した。ハーマイオニー・グレンジャーは奥の壁に貼り付くようにして縮み上がっていた。いまにも気を失わんばかりだった。トロールは洗面台を次々に吹き飛ばしながら、ハーマイオニーへのしのしと近づいていた。

 

「こっちに引きつけろ!」

 

僕は無我夢中でそう言って、蛇口を拾って力一杯壁に投げつけた。

トロールはハーマイオニーの一歩手前で立ち止まった。ずんずんとこちらに向きを変え、鈍そうな小さな目を瞬いて何の音だろうとこっちを見た。

 

「『イモビラス』!」

 

マルフォイが放った呪文は見事トロールの頭に命中したが、トロールは当たったことにすら気づいていないようだった。ドラコは悔しそうに歯噛みした。

 

「やーい、ウスノロ!」

 

ロンが反対側からそう叫び、金属パイプをトロールに投げつけた。トロールはパイプが当たっても何も感じない様子だったが、それでも叫び声は聞こえたらしく、また立ち止まった。醜い鼻面を今度はロンの方に向けたので、僕はその後ろに回り込むことができた。

 

「早く、走れ、走るんだ!」

 

僕はハーマイオニーに向かって叫びながらドアの方に彼女を引っ張ろうとしたが、ハーマイオニーは動けなかった。恐怖で口を開いたまま、床に根を生やしたようになってしまっていた。

僕の叫び声と、その木霊が、トロールを逆上させてしまったようだった。再び唸り声を上げ、一番近くにいて、もはや逃げ場のないロンの方へ進んで行った。

その時僕は、後から思えば、勇敢とも間抜けとも言える行動に出た。走って行って後ろからトロールに飛びつき、腕を奴の首根っこに巻きつけた。トロールにとっては僕が首にぶら下がることなどは何でもなさそうだったが、さすがに長い棒切れが鼻に突き刺されば気にはなるだろう。僕が飛びついた時、杖を持ったままだった──杖はトロールの鼻の穴を突き上げた。

トロールは痛みに唸り声を上げ、棍棒をめちゃくちゃに振り回したが、僕は渾身の力でしがみついた。

 

「『パック』!」

 

マルフォイが僕の杖に向かってそう呪文を唱えた。杖はより深く、トロールの鼻に抉り込んだ。トロールはより一層もがき、今にも棍棒で強烈な一撃を喰らわせようとしていた。

ハーマイオニーは恐ろしさのあまり床に座り込んでいる。ロンは彼の杖を取り出した──自分でも何をしようとしているかわからないまま、最初に頭に思い浮かんだ呪文を唱えた。

 

「『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』!」

 

突然棍棒がトロールの手から飛び出し、空中を高く高く上がって、ゆっくり一回転してからボグッと嫌な音を立てて持ち主の頭の上に落ちた。トロールはふらふらしたかと思うと、どさりとその場に倒れて伸びてしまった。倒れた衝撃に部屋中が揺れた。

僕は立ち上がった。体はぶるぶる震え、息も絶え絶えだ。ロンはまだ杖を振り上げたまま突っ立って、自分がやったことの結果をぼうっと見ていた。

ハーマイオニーがやっと口を開いた。

 

「これ⋯⋯死んだの?」

 

「いや、気絶しただけだと思う。トロールはこれくらいでは死なないよ」

 

マルフォイが答えた。

僕は屈み込んで、トロールの鼻から自分の杖を引っ張り出した。灰色をした糊の塊のようなものがべっとりついた上、赤黒い血に塗れていた。

 

「うえー、トロールの鼻くそだ」

 

僕はそれをトロールの体に擦りつけた。

 

急にバタンと言う音がして、バタバタと足音が聞こえ、四人は顔を上げた。必死だった僕らには気が回らなかったが、物が壊れる音やトロールの唸り声を誰かが聞きつけたに違いなかった。間もなくマクゴナガル教授が飛び込んで来た。そのすぐ後にスネイプ、最後はクィレルだった。

クィレルはトロールを一目見た途端、ひぃひぃと弱々しい声を上げ、胸を押さえてトイレに座り込んでしまった。

スネイプはマルフォイをじっと見つめた後、トロールを覗き込んだ。マクゴナガル先生は僕とロンを見据えた。僕はこんなに怒った先生の顔を初めて見た。唇が蒼白になっていた。グリフィンドールに五十点もらえるかな、という僕の望みは、あっという間に消え去った。

 

「一体全体、あなた方はどういうつもりですか」

 

マクゴナガル教授の声は冷静だったが、怒りに満ちていた。僕はロンを見た。まだ杖を振り上げたままの格好で立っていた。

 

「マルフォイ、君は何をしているのかね?賢明な君が、まさかトロール退治に来たと言うわけではありませんな?」

 

スネイプが相変わらずねっとりとした声で言った。こいつがマルフォイにこんな風に話しかけるのを、初めて聞いたと僕は思った。

 

「殺されなかったのは本当に運が良かった。寮にいるべきあなたがたが、どうしてここに来たのです?」

 

僕は俯いた。ロンは杖を下ろせばいいのに、なんて考えが頭をよぎった。

その時、暗がりから小さな声がした。

 

「マクゴナガル教授、聞いてください──みんなは私を探しに来たんです」

 

「ミス・グレンジャー!」

 

ハーマイオニーはやっと立ち上がった。

 

「私がトロールを探しに来たんです。私⋯⋯私、一人でやっつけられると思いました。──あの、本で読んでトロールについてはいろんなことを知っていたので」

 

ロンが杖を取り落とした。ハーマイオニー・グレンジャーが、先生に真っ赤な嘘をついている?

 

「もしみんなが私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。ハリーとマルフォイが杖をトロールの鼻に刺し込んでくれて、ロンがトロールの棍棒で気絶させてくれたんです。みんな、誰かを呼びに行く時間がなかったんです。三人が来てくれた時は、私、もう殺される寸前で──」

 

僕たちはみんな、その通りです、という顔を装った。

 

「まあ、そういうことでしたら⋯⋯」

 

マクゴナガル教授は四人の顔をじっと見つめた。

 

「ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことをしたのです?たった一人で野生のトロールを捕まえようだなんて、どうしてそんなことを考えたのですか?」

 

ハーマイオニーは項垂れた。僕は言葉も出なかった。規則を破るなんて、彼女は絶対にそんなことはしない人間だ。その彼女が、規則を破ったふりをしているのだ、それも僕たちを庇うために。まるでスネイプがみんなにお菓子を配り始めるようなものだ。

 

「ミス・グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました──怪我がないならグリフィンドール塔に帰った方が良いでしょう。生徒たちが、さっき中断したパーティの続きを寮で行なっています」

 

ハーマイオニーは帰って行った。

マクゴナガル教授は今度は僕たちの方へ向き直った。

 

「先程も言いましたが、あなたたちは運が良かった。でも大人の野生トロールと対決できる一年生はそうざらには居ません。一人五点ずつ上げましょう。ダンブルドア学長にもご報告しておきます。それでは、あなたがたも帰ってよろしい」

 

「ドラコ・マルフォイ。今回のことは──無謀ではあったが──素晴らしい行為ではあった。お父上は吾輩から良く伝えておこう」

 

急いで部屋を出て、二つ上の階に上がるまで三人は何も話さなかった。何はともあれ、トロールのあの悪臭から逃れられたのは嬉しかった。

 

「グリフィンドール、二人で十点は少ないよな」

 

とロンはぶつくさ言った。

 

「二人で五点だろ、ハーマイオニーの分を引くと」

 

「教授の指示を無視した罰則を無しにしてくださったのはありがたいじゃないか」

 

「ああやって彼女が僕たちを助けてくれたのは確かにありがたかったよ。だけど、僕たちが、あいつを助けたのも確かなんだぜ」

 

ロンが言った。マルフォイに、お前はスリザリンなんだから良いじゃんか、というのも忘れなかった。

 

「僕たちが鍵をかけて奴をハーマイオニーと一緒に閉じ込めたりしなかったら、助けはいらなかったかもしれないよ」

 

僕はロンに正確な事実を思い出させた。

途中、ちょうど以前真夜中にマルフォイと待ち合わせた辺りで、ハーマイオニーが立っていた。僕たちの間に気まずい一瞬が流れた。それから、四人とも顔を合わせもせずに、互いに「ありがとう」と言った。

その後マルフォイと別れ、三人は『太った婦人』の肖像画の前に辿り着いた。『豚の鼻』の合言葉で、僕たちは談話室に入った。

談話室はいつにも増して人に溢れ、がやがやしていた。みんな談話室に運ばれてきた食べ物を楽しんでいた。僕たちもそこに加わった。

それ以来、ハーマイオニー・グレンジャーは三人の友人になった。共通の体験をすることで互いを好きになる、そんな特別な経験があるものだ。六メートルもあるトロールをノックアウトした、という経験もまさしくそれだった。

 

 

十一月に入ると、とても寒くなった。学校を囲む山々は白く染まり、湖は冷たい鋼のように張りつめていた。校庭には毎朝霜が降り、窓からはクィディッチ競技場のグラウンドで箒の霜取りをするハグリッドの姿が見えた。裾の長いモールスキン・コートに身を包み、兎革の手袋に、ビーバー皮のどでかいブーツという出立ちだった。

クィディッチ・シーズンの到来だった。何週間もの練習が終わり、次の土曜日は、いよいよ僕のデビュー戦だった。グリフィンドール対スリザリンだ。僕たちが勝てば、グリフィンドールは寮対抗戦の二位に浮上する。

寮チームの秘密兵器として、僕のことは一応『極秘』というのがウッドの作戦だったので、僕が練習しているところを見たものはいなかったはずだった。が、僕がシーカーだと言うことはなぜかとっくに漏れていた。きっと素晴らしいプレイをするだろうね、と期待されたり、みんながマットレスを持って君の下を右往左往するだろうよ、と貶されたりした──僕にとっては、どちらもありがたくなかった。

 

ハーマイオニーと友達になれたのは、僕にとってありがたいことだった。彼女がいなかったら、クィディッチの練習が追い込みに入ってからのウッドのしごきの中で宿題を終わらせることなど到底できなかっただろう。ちなみにこの勉強会はロンも恩恵に預かっていたが、マルフォイは不参加だった。グリフィンドールの談話室で開催する方が図書室よりも落ち着くと言うのが理由の一つだったが、マルフォイはクラッブとゴイルにも勉強を教えなければいけないというのも大きな理由だった。

 

「申し訳ないが、僕も生徒を四人抱えるのは流石に厳しくてね」

 

とマルフォイは言った。

それに、ハーマイオニーは『クィディッチ今昔』という本も貸してくれた。これがまた面白い本だった。

僕はこの本でいろんなことを学んだ。クィディッチには七百もの反則があり、その全部が一四七三年の世界選手権で起きたこと、シーカーは普通一番早くて小さい選手がなり、大きな事故は特にシーカーに起きやすいこと、試合中の死亡事故はまずないが、何人かの審判が試合中に消えてしまい、数ヶ月後にサハラ砂漠で見つかったこと、などが知られているらしかった。

 

ハーマイオニーは、野生トロールの例の一件以来、規則を破ることに少しは寛大になり、お陰で随分と優しくなっていた。僕のデビュー戦前日、三人は休み時間に凍りつくような中庭に出ていた。ハーマイオニーは魔法で鮮やかなブルーの炎を出してくれた。ジャムの空き瓶に入れて持ち運び出来る火で、僕たちがそれを背中に当てて暖をとっていると、スネイプがやって来た。彼が片足を引き摺っていることに、僕たちはすぐ気付いた。火は禁止されているに違いないと、僕たちはスネイプから見えないようにぴったりとくっついた。だが不覚にも、後ろめたいことがありますと言いたげな僕らの表情が、スネイプの目に止まった。スネイプが脚を引き摺りながら近づいて来た。

 

「ポッター、そこに持っているのは何かね?」

 

僕は『クィディッチ今昔』を差し出した。

 

「図書館の本は校外に持ち出してはならん。よこしなさい、グリフィンドールは五点減点」

 

スネイプが立ち去ると、僕は

 

「規則をでっち上げたんだ」

 

とぶつぶつ溢した。

 

「だけど、あの脚はどうしたんだろう?」

 

「知るもんか、でもものすごく痛いといいよな」

 

とロンも悔しがった。

 

 

その夜、グリフィンドールの談話室は騒々しかった。僕たち三人は窓際に座って、ハーマイオニーが僕とロンの呪文の宿題をチェックしていた。答えを丸写しはさせてくれなかったが(それじゃ覚えないでしょ?)、宿題に目を通してくれるように頼めば、結局は正しい答えを教えてもらうことができた。

僕は落ち着かなかった。『クィディッチ今昔』を返してもらい、試合のことで昂る神経を鎮めたかった。なんでスネイプをそんなに怖がらなくちゃいけないんだ?僕は立ち上がり、本を返してもらってくる、と二人に宣言した。

 

「一人で大丈夫?」

 

二人は口を揃えて言った。僕には勝算があった。他の先生がそばにいたら、スネイプだって断れないさ。

僕は職員室の扉をノックした。答えがない。もう一度ノックした。やはり反応がない。

スネイプが中に本を置きっぱなしにしているかもしれないと、扉を開いて様子を伺うと、とんでもない光景が僕の目に飛び込んできた。

部屋の中にはスネイプとフィルチしかいなかった。スネイプはローブを膝までたくし上げている。片方の脚がズタズタになって血だらけだ。フィルチがスネイプに包帯を渡していた。

 

「忌々しい奴だ。三つの頭に同時に注意することなど出来るか?」

 

スネイプがそう言うのが聞こえ、僕は扉を閉じようとしたが、

 

「ポッター!」

 

スネイプは怒りに顔を歪め、急いでローブを降ろして脚を隠した。

 

「本を返してもらえたらと思って」

 

僕はごくりと唾を飲んだ。

 

「出て行け、失せろ!」

 

スネイプがグリフィンドールを減点しないうちに、僕は寮まで全速力で駆け戻った。

 

「返してもらった?どうかしたのかい?」

 

戻ってきた僕にロンが声をかけた。僕は今見て来たことをひそひそと二人に話した。

 

「わかるだろう?」

 

僕は息もつかずに話した。

 

「ハロウィンの日、三頭犬の裏を掻こうとしていたんだ。僕たちが見たのはそこへ行く途中だったんだよ──。あの犬が守っているものを狙っているんだ。トロールは絶対あいつが入れたんだ。みんなの注目を逸らすために⋯⋯箒を賭けてもいい」

 

「違う。そんなはずないわ」

 

ハーマイオニーは目を見開いて言った。

 

「確かに意地悪な人だけど、ダンブルドアが守っているものを盗もうとする人ではないわ」

 

「おめでたいよ、君は。教師はみんな聖人だと思ってるんだろう」

 

ロンは手厳しく言った。

 

「僕はハリーと同じ考えだな。スネイプならやりかねないよ。だけど何を狙っているんだろう?あの犬、何を守っているんだろう?」

 

僕はベッドに入ってもロンと同じ疑問が頭の中をぐるぐる回っていた。ネビルは大いびきをかいていたが、僕は寝付けなかった。何も考えないようにしよう──後数時間でクィディッチの試合が始まるんだから──しかし、僕に脚を見られた時のスネイプの表情は脳裏に焼き付いて、そう簡単には消えてくれなかった。

 




クィディッチ関連は露骨に寮の点数に関わるものなので、マルフォイはノータッチを貫く方針です。彼は真剣にスリザリン・チームを応援しています。


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