ハリー・ポッターと綺麗なマルフォイ   作:ゆかりです。

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賢者の石⑦

僕が目を覚まし、ベッドサイドに置いていた眼鏡をかけると、ベッドの足元に出来ていた小さな山が沢山のクリスマス・プレゼントであることがわかった。僕は急いでベッドから起き出し、ガウンを着た。途中でロンも目を覚まし、寝ぼけ眼で僕に挨拶した。

 

「メリークリスマス」

 

「メリークリスマス」

 

僕も挨拶を返した。その声は弾んでいた。

 

「ねえ、これ見てくれる?プレゼントがある!」

 

僕は興奮してそうロンに伝えたが、この喜びは彼には伝わらないようだった。

 

「他に何があるって言うのさ。大根なんて置いてあったってしょうがないだろ?」

 

そう言いながら、ロンは僕のものよりさらに高く積まれた自分のプレゼントの山を開封し始めた。

僕も一番上の包みを取り上げた。分厚い茶色の包み紙に“ハリーへ。ハグリッドより”と走り書きがあった。紙を開くと、中には荒削りな木の横笛が入っていた。ハグリッドが自分で削ったのがすぐにわかった。僕が喜んで、その笛を吹くと、ふくろうの鳴き声のような音がした。

次に僕が手に取ったのはとても小さな包みで、メモが入っていた。

 

“お前の言付けは受け取った。クリスマス・プレゼントを同封する

──バーノンとペチュニアより”

 

メモ用紙に五十ペンス硬貨がセロテープで貼り付けられていた。

 

「どうもご親切に」

 

僕は呟いた。ロンは硬貨に夢中になった。

 

「へんなの!──おかしな形、これって本当にお金?」

 

「あげるよ」

 

ロンがあまりに喜ぶので、僕はそう言って笑った。彼は喜んで硬貨をしまいこんだ。

 

「これはハグリッドの分、おじさんとおばさんの分⋯⋯。それじゃ、これは誰からだろう?」

 

「僕、誰からだかわかるよ」

 

ロンは少し顔を赤らめて、大きくもこもこした手触りの包みを指差した。

 

「それ、ママからだよ。君がプレゼントを貰う当てがないって手紙に書いといたんだ。でも、あーあ、まさか『ウィーズリー家特製セーター』を君に贈るなんて」

 

ロンがそう呻くように言った。

僕が急いで包み紙を破ると、中から厚手の手編みセーターと大きな箱が出てきた。セーターはエメラルドグリーンで、箱に入っていたのはお手製のファッジだった。

 

「ママは毎年僕たちのセーターを編むんだ」

 

ロンは自分の包みを開けながら言った。

 

「僕のはいつだって栗色なんだ」

 

「君のママって本当に優しいね」

 

僕はファッジを齧りながらそう言った。とても美味しかった。

次のプレゼントはハーマイオニーからのものだった。大きな箱には蛙チョコレートが沢山入っていた。

その次に僕が手に取った箱はやけに上等な包装で、おまけにロンへのプレゼントの山にも全く同じものがあった。

 

「こんな高価(たか)そうなの、送ってくるような人いたかなあ」

 

ロンはそう言って箱を開けた。僕も続いた。

 

「うわすっげえ!」

 

上等な天鵞絨貼りの箱の中に入っていたのは羽根ペンだった。軸の部分には繊細な彫刻がしてあって、羽根は見事な純白だった。

 

“メリークリスマス

このペンが君のより良い勉学の友になることを祈る。

──ドラコ・マルフォイ”

 

添えられたカードにはそう書いてあった。

 

「うげー。クリスマスにまで勉強しろって言うかい、普通?」

 

そう舌を出したロンの羽根は深い赤色だった。

 

僕のところにはもう一つ包みが残っていた。手に持ってみるととても軽い。開けてみた。

銀鼠色の液体のようなものがするすると床に滑り落ち、きらきらと光を反射して折り重なった。ロンははっと息を呑んだ。

 

「僕、これが何なのか聞いたことある」

 

ロンは思わずと言った風にハーマイオニーから贈られた百味ビーンズの箱を落とし、声を潜めた。

 

「もし僕が考えているものだったら──とても珍しくて、とても貴重なものだよ」

 

「なんだい?」

 

僕は輝く銀色の布を床から拾い上げながら言った。水を織物にしたような不思議な手触りだった。

 

「これは、透明マントだ」

 

ロンは尊いものを畏れ敬うような表情で言った。

 

「きっとそうだ──ちょっと着てみて」

 

僕はマントを肩にかけた。ロンが叫び声を上げた。

 

「やっぱそうだよ!下を見てよ!」

 

視線を下にやると、足がなくなっていた。僕は鏡の前へ走った。鏡に映った僕の首だけがこちらを見た。僕がマントを頭まで引き上げると、鏡の中には誰もいなくなった。

 

「マントから手紙が落ちたよ!」

 

ロンが再び叫んだ。

僕はマントを脱ぎ、手紙を拾い上げた。僕には見覚えのない、少し傾いて細長い癖のある文字でこう書いてあった。

 

“君のお父さんが亡くなる前にこれを私に預けた。

君に返す時が来たようだ。

上手に使いなさい。

メリークリスマス”

 

名前は書いていない。僕は手紙を見つめ、ロンの方はマントに見惚れていた。

 

「こんなマントを手に入れるためだったら、僕、なんだってあげちゃう。ほんとに、なんでも、だよ。⋯⋯どうしたんだい?」

 

「ううん、なんでもない」

 

奇妙な感じだった。誰がこのマントを贈ってくれたんだろう。本当に父さんのものだったんだろうか?

僕がそれ以上何か考えたりする間もなく、双子のフレッドとジョージが入って来た。僕は急いでマントを隠した。まだ僕たちだけの秘密にしていたかった。

 

「メリークリスマス!」

 

「おい、見ろよ──ハリーもウィーズリー・セーターを持ってるぜ!」

 

フレッドとジョージもお揃いの青いセーターを着ていた。

黄色の大きな文字で、フレッドにはF、ジョージにはGが書いてあった。

 

「でもハリーのやつの方が上等だな」

 

フレッドが僕のセーターを手に取って言った。

 

「ママは身内じゃないとますます力が入るんだよ」

 

「ロン、どうして着ないんだい?着ろよ。とっても暖かいじゃないか」

 

と、ジョージが急かした。

 

「僕、栗色は嫌いなんだ」

 

気乗りしない様子でセーターを頭から被りながらロンが呻くように言った。

 

「イニシャルがついてないな」

 

ジョージが気付いた。

 

「ママはお前なら自分の名前を忘れないと思ったんだろう──でも僕たちだってバカじゃないさ。自分の名前くらい覚えてるよ。グレッドとフォージさ」

 

「この騒ぎは何だい?」

 

パーシーが嗜めるような顔をドアから覗かせた。腕にはもこもこのセーターを抱えている。

 

監督生(プリーフェクト)のP!パーシー、着ろよ。僕たちも着てるし、ハリーのもあるんだ」

 

「僕⋯⋯嫌だ⋯⋯着たくない」

 

パーシーの眼鏡がずれるのには構わず、双子が無理矢理頭からセーターを被せたので、パーシーはセーターの中でもごもご言った。

 

「いいかい、君はいつも監督生たちと一緒のテーブルに着くんだろうけど、今日は駄目だ。だってクリスマスは家族が一緒になって祝うものだろ?」

 

ジョージが言って、二人はパーシーの腕をセーターで押さえつけるようにして一緒に連れて行った。

 

その日のご馳走は僕に取って初めてのものだった。飲んで、食べて、僕は大いに楽しんだ。食事を終えてテーブルを離れる頃には、魔法のクラッカーから出てきたおまけを腕いっぱいに抱えていた。

昼過ぎからはウィーズリー兄弟との激しい雪合戦を楽しんだ。その結果僕たちはみんな頭からずぶ濡れになって、グリフィンドールの暖炉前に集まり、僕が貰った新しいチェスセットを使った勝負で僕はものの見事にロンに負けた。

 

夕食を食べ、僕は眠くなって、ベットに潜り込んだ。僕に取っては、文句なく一番幸せなクリスマスだった筈だが、何ががずっと心の中に引っ掛かっていた。ベットに潜り込んでから、僕はやっとそれの正体に気付いた──透明マントとその送り主のことだ。

僕はベッドの下から透明マントを引っ張り出しながら考えた。

お父さんのもの⋯⋯これはお父さんのものだったんだ。手に持つと、布はするすると絹よりも滑らかに、空気よりも軽やかに流れた。“上手に使いなさい”そう書いてあったっけ。

今、試してみなければ。僕はベッドから抜け出し、マントを体に巻きつけた。足元を確認したが、目に映るのは月の光とそれが生み出す影だけだった。僕は『見えない』。とても不思議な気分だった。

 

──上手に使いなさい──

 

僕の眠気は急激に吹き飛んだ。このマントがあれば、ホグワーツ中を自由に歩ける。しんとした闇の中に立つと、興奮が身体中を駆け巡った。これさえあればフィルチだって気にしなくて良い!

ロンを起こそうか、僕は少し考えた。いや、と僕はそれを打ち消した。これはお父さんのマントだ──僕は今それを感じた──初めて使うんだ⋯⋯始めは僕一人だけがいい。

僕はグリフィンドール塔を抜け出した。『太った婦人』が素っ頓狂な悲鳴を上げていた。どこへ行こう?僕は立ち止まった。そうだ、図書室の閲覧禁止の棚がいい。今なら好きなだけ調べられる。

 

図書室は真っ暗で気味が悪かった。ランプを翳して書棚の間を歩くと、ランプだけが宙に浮いているように見えるのがなんとも不気味だった。

僕は閲覧禁止の棚に歩み寄り、ランプを高く掲げて署名を流し読んだ。文字が剥がれたり色褪せたり、外国語で書かれていたりして、僕には読めないものがほとんどだった。

とにかくどこかから手をつけなければ。僕はランプを床に置き、見た目の面白そうな本を探し始めた。黒と銀の本を見つけ、手に取って開いた。すると突然、血も凍るような鋭い悲鳴が沈黙を切り裂いた──本が叫び声を上げた!僕は慌てて本を直したが、悲鳴は途切れず続いていた。後ろによろけた拍子にランプをひっくり返してしまい、辺りは完全な暗闇に包まれた。その時、廊下からこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた──まずい。僕はその場を離れた。出口付近でフィルチと擦れ違った。血走った目が僕の体の向こうを見ていた。彼が伸ばした腕をすり抜け、廊下を疾走した。

 

ふと目の前に背の高い鎧が現れ、僕は急停止した。逃げるのに必死で周りなんて見ていなかった。ここはどこだ?

 

「先生、誰かが夜中に歩き回っていたら、直接先生にお知らせするんでしたよねえ?誰かが図書室の、それも閲覧禁止の棚にいました」

 

僕は血の気が引くのを感じた。フィルチはここへの近道を知っていたらしい。

 

「閲覧禁止の棚?それならまだ遠くへ逃げる時間はあるまい。捕まえられる」

 

おまけに相手はスネイプだった。最悪だ!僕はできるだけ静かに後退りした。幸いなことに、左手のドアが少し開いていた。僕は息を殺し、ドアを出来るだけ動かさないように部屋の中へと滑り込んだ。

スネイプ達は僕に気づくことなく廊下を通り過ぎた。壁に寄りかかり、遠のいていく足音を聞きながら、僕はほっと息を吐いた。危ないところだった。

ほっとして余裕ができると、やっと自分が今隠れている部屋の様子が見えてきた。

昔使われていた教室のような部屋だった。机と椅子が積み上げられ、ゴミ箱が逆さに置かれている、そんな様子とは不釣り合いなものが目に飛び込んできた。

それは天井まで届くような見事な鏡だった。優雅な装飾が施された金の枠には、二本の鉤爪のような脚がついている。枠の上の方には何か文字が彫ってあった。

 

“すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ”

 

僕は『透明になった自分自身』をもう一度体感したくなり、鏡の前に立った。思わず悲鳴を上げそうになり、僕は慌てて口を塞いだ。急いで振り返り、辺りを見渡した。本が叫んだ時よりもずっと激しく動悸がした──鏡に映っていたのは自分だけではなかったからだ。僕のすぐ後ろには、たくさんの人が並んでいた。

部屋には誰もいなかった。僕は荒く呼吸しながら、もう一度鏡を見た。青白く怯えた顔が映っている──僕だ、その後ろに少なくとも十人くらいは人がいた。もう一度部屋を振り返った。誰もいない、それともみんな透明なのだろうか?この部屋には透明な人がたくさんいて、この鏡は透明になっていても映し出す魔法の鏡なのか?

 

もう一度鏡を覗き込んでみた。僕のすぐ後ろに立っている女性が、僕に微笑みかけて手を振っている。後ろに手を伸ばしても、空を掴むばかりだった。もし本当に女の人がそこにいるのなら、こんなに近くにいるのだから触れられるはずなのに、何の手応えもなかった──女の人も他の人たちも、鏡の前にしかいなかった。

とても綺麗な女性だった。深みのある赤毛、目は⋯⋯僕の目とそっくりだ。僕はさらに鏡に近づいた。明るい緑の目をしていて──形も僕にそっくりだ。僕は彼女が泣いていることに気がついた。微笑みながら泣いている。痩せて背の高い男性が側に立ち、腕を回して女性の肩を抱いていた。彼は眼鏡をかけていて、髪がくしゃくしゃになって、後ろの毛が立っていた。僕と同じだ。

 

「ママ?」

 

僕は囁いた。

 

「パパ?」

 

二人は微笑みながら僕を見つめるばかりだった。僕は鏡の中にいる他の人々をじっと眺めた。自分と同じような緑の目の人、そっくりな鼻の形をした人。小柄な老人の膝は僕と同じように飛び出していた──生まれて初めて、僕は本当の家族を見ていた。

彼らは僕に笑いかけ、手を振った。僕はひたすらに彼らを見つめた。鏡の中に入り込み、みんなに触れたかった。喜びと悲しみが入り混じった強い痛みが僕を貫いた。

 

「もう戻らなくちゃ」

 

僕は囁いた。

 

「また来るからね」

 

 

「起こしてくれればよかったのに」

 

翌朝ロンが不機嫌そうにそう言った。

 

「今晩一緒に来るといいよ、僕また行くから。君にも鏡を見せたいんだ」

 

「僕も君のパパとママに会いたいよ」

 

ロンは意気込んで言った。

 

「僕は君の家族に会いたいな。ウィーズリー家の人たちに会いたいよ。他の兄さん達とか、会わせてくれるよね」

 

「いつだって会えるよ。今度の夏休みに家に来ればいい。もしかしたら、その鏡は亡くなった人だけを見せるのかもしれないな。でも、閲覧禁止の棚を調べられなかったのは残念だな。」

 

ロンは言葉を切り、僕を見て、

 

「ベーコンか何か食べたら?何も食べてないじゃないか。どうしたの?」

 

と言った。

僕は何も食べたくなかった。両親に会えた、今晩もまた会える。僕は『賢者の石』のことはほとんど忘れてしまっていた。そんなことはもう、どうでもいいような気さえした。スネイプが不老不死になったところで、それがなんだって言うんだ?

 

「大丈夫かい?なんか様子がおかしいよ」

 

ロンが心配げに言った。

 

 

あの鏡の部屋に二度と辿り着けないのではと、僕はそれが一番怖かった。ロンと二人でマントを着たので、昨夜よりのろのろと歩くことになった。図書室からの道筋を辿り直し、二人は一時間近く暗い廊下を彷徨った。

 

「凍えちゃう。もう諦めて帰ろうよ」

 

ロンは言った。

 

「嫌だ!どっかこのあたりなんだから」

 

僕は突っぱねた。

冷えて脚の感覚がなくなった頃、僕はあの鎧を見つけた。

 

「ここだ!ここだった⋯⋯そう⋯⋯」

 

僕は扉を開いた。マントをかなぐり捨てて鏡に走った。みんなが変わらずそこにいた。お父さんとお母さんが僕を見てにっこりと笑っていた。

 

「ねっ?」

 

「何も見えないよ」

 

「ほら!みんなを見てよ⋯⋯たくさんいるよ」

 

「僕、君しか見えないよ」

 

「ちゃんと見てごらんよ。さあ、僕のところに立ってみて」

 

僕が名残惜しく脇に退いて、ロンを鏡の正面に立たせた。家族の姿はふっと消え失せ、代わりにパジャマ姿のロンが映った。今度はロンの方が鏡に夢中になった。

 

「僕を見て!」

 

ロンが言った。

 

「僕の家族みんなが君を囲んでいるの、見えるかい?」

 

僕はそう尋ねた。

 

「ううん⋯⋯僕一人だ⋯⋯でも僕じゃないみたい⋯⋯もっと年上に見える⋯⋯僕、首席だ!」

 

「なんだって?」

 

僕はとても驚いた。お父さんとお母さんはどこに行ってしまったんだ?

 

「僕⋯⋯ビルが付けていたようなバッジを付けてる⋯⋯そして最優秀寮杯とクィディッチ優勝カップを持ってる⋯⋯僕、クィディッチのキャプテンもやってるんだ」

 

ロンは『惚れ惚れするような自分』の姿からようやく目を離し、興奮した様子で僕を見た。

 

「この鏡は未来を見せてくれるのかな?」

 

「そんなはずないよ。僕の家族はみんな死んじゃったんだよ⋯⋯もう一度僕に見せて⋯⋯」

 

「君は昨日独り占めだったじゃないか。もう少し僕にも見せてよ」

 

ロンはつっけんどんに言った。

 

「君はクィディッチの優勝カップを持ってるだけじゃないか。何が面白いんだよ。僕は両親に会いたいんだ!」

 

「押すなよ⋯⋯!」

 

突然、外の廊下で音がして、二人は『討論』をやめた。どんなに大声で話していたかについて、二人とも全く気がついていなかったのだ。

 

「早く!」

 

ロンがマントを僕たちに被せた。その途端、ミセス・ノリスの蛍のように光る目がドアの向こうから現れた。僕たちは息を呑んで固まっていた。──このマント、猫にも効くのかな?二人とも同じことを考えているのが手に取るようにわかった。

やがてミセス・ノリスはくるりと向きを変えて立ち去った。

 

「まだ安心はできない──フィルチのところへ行ったかもしれない。僕たちの声が聞こえてたかも。さあ」

 

ロンは僕を部屋から引っ張り出した。

 

 

次の朝、雪はまだ溶けていなかった。

 

「ハリー、チェスしないか?」

 

とロンは誘って来た。

 

「しない」

 

あんなに楽しかった魔法のチェスが、灰色に色褪せて見えた。

 

「下に降りて、ハグリッドのところへいくのは?」

 

「ううん⋯⋯君が行けば⋯⋯」

 

ハグリッドのところへいっても、あまり楽しくない気がした。

 

「ハリー、あの鏡のことを考えてるんだろう。今夜は行かない方がいいよ」

 

「どうして?」

 

「わかんないけど!だけどあの鏡のこと、なんだか悪い予感がするんだ。フィルチもスネイプもミセス・ノリスもうろうろしてるよ。連中に君が見えないからって安心は出来ないよ。ぶつかったらどうする?君が何かひっくり返したら?」

 

「ハーマイオニーみたいなことを言うね」

 

珍しいほどお節介を焼いてくるロンに、僕は刺々しく返した。

 

「本当に心配なんだよ。ハリー、行っちゃダメだよ」

 

そう言われても、僕は鏡の前に立つことしか考えていなかった。ロンがなんと言おうと、この決心を変えるつもりはなかった。

 

 

その夜は昨夜より早く道がわかった。あんまり速く歩いたので、自分でも用心が足りないと思うくらいに大きな音を立てた。幸運なことに、誰とも出会わなかった。

お父さんとお母さんはちゃんとそこにいて、僕に微笑みかけ、おじいさんの一人は嬉しそうに頷いていた。僕は鏡の前に座り込んだ。何があろうと、ずっと家族とそこにいたかった。誰も、何にも、邪魔されたくなかった。

 

「ハリー、また来たのかのう?」

 

僕の身体中が凍りついたようになった。ゆっくりと振り返ると、壁際の机の上に、あのアルバス・ダンブルドアが腰掛けていた。僕は全く気づいていなかった。きっと鏡の傍に行きたい一心で、彼の前を素通りしていたに違いなかった。

 

「ぼ、僕、気が付きませんでした」

 

「透明になると、不思議と随分近眼になるんじゃのう」

 

ダンブルドア学長が言った。

彼が微笑んでいるのを見て僕はほっとした。校則違反を処罰されることはなさそうだ。ダンブルドア学長は机から降りて僕と一緒に床に座った。

 

「君だけではないよハリー。何百人も君と同じように、『みぞの鏡』の虜になった」

 

「学長先生、僕、そう言う名前の鏡だとは知りませんでした」

 

「この鏡が何をしてくれるのかにはもう気がついたじゃろう」

 

「鏡は⋯⋯僕の家族を見せてくれました⋯⋯」

 

「そして君の友達のロンには、首席になった姿をね」

 

「どうしてそれを⋯⋯」

 

僕は驚いた。昨日は確かに誰もいないはずだったのに。

 

「わしはマントがなくとも透明になれるのでな」

 

ダンブルドア学長は穏やかに言った。

 

「それで、この『みぞの鏡』はわしたちに何を見せてくれるのかと思うかね?」

 

僕は首を横に振った。家族と理想の自分の間の共通点がわからなかった。

 

「それではヒントじゃ、ハリー。この世で一番幸せな人には、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのままの姿が映るんじゃ。これでわかったかね?」

 

僕は少し考え、ゆっくりと答えた。

 

「なにか、欲しいものを見せてくれる⋯⋯なんでも自分の欲しいものを⋯⋯」

 

「当たりでもあるし、外れでもある」

 

ダンブルドア学長は静かにそう言った。

 

「鏡が見せてくれるのは、心の一番底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。ロナウド・ウィーズリーはいつも兄弟の陰で霞んでいるから、兄弟の誰よりも素晴らしい自分が一人で堂々と立っているのが見える。しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。大人の魔法使いさえ、鏡の映すものに魅入られ、発狂してしまうこともあるんじゃよ。

ハリー、この鏡は明日他所へと移す。もうこの鏡を探してはいかんよ。たとえ再びこの鏡に出会うことがあっても、その時はきっと大丈夫じゃろう。夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのは良くないことじゃ。それを良く覚えておきなさい。さあて、その素晴らしいマントを着て、ベッドに戻ると良いじゃろう」

 

僕は立ち上がった。

 

「あの、⋯⋯ダンブルドア学長。質問してもよろしいですか?」

 

「もちろん構わんとも。さっきまでのものも質問じゃったからの」

 

学長は微笑んで言った。

 

「しかし、もう一つ質問を許そう」

 

「学長なら、この鏡に何を見るんですか?」

 

「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」

 

僕は目を瞬かせた。

 

「靴下はいくつあっても良いものじゃ。なのに今年のクリスマスにも靴下は一足も貰えんかった⋯⋯。わしにプレゼントをしてくれる人は、みんな本ばっかり贈りたがるんじゃ」

 

ダンブルドア学長は本当のことを言わなかったのかもしれない、僕がそう思ったのはベッドに入ってからだった。でも⋯⋯僕は思った。きっとあれはちょっと無遠慮な質問だったんだ──。

 

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