銃弾についてはボワン!スー……して下さい。
鼓膜を殺さんとする耳鳴りが、身を焼かんとする熱風がいつの間にか“魔法”をかけたような静寂に変わっていた。
芯まで冷えるような冷たさと焼けるような全身の痛みに口が喘いで、吐息にすらならないような生命の悲鳴を上げる。耳元で轟々と血潮の唸りが響いた。
あの子は逃げたか――あの子?
魔法が解けないように――魔法?
兄に見つからないように――兄?
――おれは、誰だ。
顔を優しく撫でるような感覚が優しく意識を引き上げた。呼吸ですら刺す痛みと口元の雪で空気が十分に吸えず頭に喘鳴が響く。
なぜ、どうして。自身の事態は把握できていないが生命の危機に瀕していることだけは嫌でも理解できた。混乱と生への葛藤が頭を巡る。少しでも情報収集に努めるが、血が流れすぎたのだろう聴覚と視覚は本来の機能を奪われていた。
諦めの境地で目を閉じていると、先ほどの感覚が再度額の辺りへ悪戯する。その探るような動きにまさか、と心が生きたいという気持ちへ大きく傾いた。悪戯の主へ震える手を伸ばすと、柔らかな感触が指先を擽った。
途端に前髪をかき分けるように世界が開く。
――アマ公! 人だ! デカすぎるナリをしちゃいるが……
声だ! 雪から解放された口元からは濁った咳が漏れ、ゴロついた呼吸が喉奥から挨拶する。ぼやけた視界には青を背景に赤い模様の入った白い何かがいた。眠気の襲う意識でそれが何かを見定めようとした時、黒い質量が押し寄せた。
「ゴぼッ!?」
――バカヤロウ! 画龍は生き物にゃ効か……効かねェのか……?
死ぬ。生きる希望のはずが一気に虫の息だ。体が痙攣して命の警鐘を鳴らしまくってるが、小さく甲高い声はボソボソと話し合っており、一向に救いの手は差し伸べられない。
――……ㇽ
――う~ん、“直す”はまだしも“治す”となっちゃよォ……。病はともかく、ケガなァ……。そういやァ、やったことねェときたモンだ。
救いかと思っていたが、まさか死神の類だったのだろうか。朦朧としたまま考察し、ふ、と自嘲の笑いがもれた。恨まれる為とも言える血筋にはお似合いの最後なのかもしれない。ふと、思考に疑問が飛んだ。
血筋とは何の――
――……クㇽ
――よし、モノは試しだィ! アマ公! やっちまいなァ!
「ブべばッ!?」
思考を呑み込むように、墨の清々しい薫りが先ほどの倍以上の質量となって“ ”の体を襲った。
「アペクㇽ! 起きるでゲス!」
もふ、と心地よい肌触りが胸元で飛び跳ねていた。心配気にこちらを覗き込むのは住み込み先の上司だ。跳ねる度にもふりぼふりと毛皮顔負けの羽根触りは格別だ。うっかりこの感想を口にした日には、一週間は怯えられるため気を付けなければならない。
「――夢……」
「おわッ」
がばりと起きて、寝間着の隙間から胸や腹を触れる。瘢痕があるのみで、傷もなければ血も出ていない。ほう、と安堵の息をつけば、胸を叩いていた動悸が小さくなった。
「夢……じゃねェでゲス! 温泉番ともあろう者が寝坊とはいい度胸ゲス!」
「す、スイマセン!」
顔に再びふわつく衝撃を受け、慌てて飛び起きる。ずるり、足元が布団ごとすべった。
「ッでェッ!?」
「ゲスッ!?」
上司ごと巻き込み盛大に転ぶ。寝起きからドジ過ぎゲス! と憤慨する上司へ改めて謝罪を述べるが、体が覚えていると言っても過言ではないこの転び癖はどうにもならない。記憶を失う前から続いていたとすれば、自分がどうやって生きていたのか是非とも話を聞きたかった。
ひっくり返った視界には、光明の差す新緑の竹林がざわめく。優しく覚醒を促してくれる笹の爽やかな薫りが風に乗って部屋へ舞い込んだ。
「さァ、今日も伝説の客人……大神様に感謝を込めて舞うでゲス!」
ここは笹部卿。スズメ組の経営する温泉宿で、記憶を失った男アペクㇽの今の家である。