ブルーアーカイブalternativetype 作:Ringseiran
アビドスの保健室には、紅茶の茶葉や茶菓子が常備してある。俺が休み時間に飲んだり、皆にふるまうために持ち込んだものだが、たまには客人に出すのもいいだろう。
何種類かある中で、カジュアルな銘柄を取り出す。クセが少なく色んなスイーツに合うブレンドで、とても重宝しているものだ。きっと先生の口にも合うだろう。
慣れた手つきでお茶を入れて、簡単な茶菓子を持って先生のもとへ向かう。そうすると彼は、興味深げにこちらを見ていた。
「どうしましたか?」
「あ、いや。ティーバッグとかかと思ってたから、結構本格的なんだなーと思って」
先生は俺が持っているティーポットに目を向けている。その中にはさっき入れた茶葉がお湯に浮かんでおり、湯気からは良い香りがしていた。
「紅茶とか好きなの?」
「そういう訳じゃないんですけど・・・」
先生にそう聞かれるが、俺は特別紅茶が好きというわけではない。
紅茶を飲んでいるのは、カフェインを取りたいときにエナジードリンクだと体に悪そうで、コーヒーは苦くて飲めないから紅茶で代用しているだけだ。
対策委員の皆にふるまい始めたのも、ノノミがパックのものと間違えて茶葉の紅茶を買ってきた時に、俺が淹れた紅茶が好評だったからだ。
「結構手馴れてたよね、どこかで習ったの?」
「アビドスに来る前にいた学校で、教えてもらう機会があっただけです。それより早く本題へ入りましょう」
客人用のコップに紅茶を注ぎながら、話を始めるように促す。
俺が先生に紅茶を渡すと、彼は小さく礼を言って一口飲み、一泊置いて話し始めた。
「スグルがきぜ・・・寝た後に、無事ヘルメット団の前哨基地を破壊できたんだ。それで帰ってきてから、たまたま借金の話を聞いてね」
「!・・・・・・そうですか」
先生の言ったことに驚く。
まさか借金問題の話を既に聞いているとは思はなかった。大方誰かが口を滑らしたといったところだろう。個人的には先生にそこまで踏み込ませるつもりはなかったのだが、彼がこれからも俺達と関係を持つつもりなら、遅かれ早かれ知られていたかもしれない。
問題はアビドスの借金を知った先生がどう動くかだ。
今まで大人たちが、この学校の抱える問題に耳を傾けてくれたことはなかった。得体の知れない調査機関シャーレ、その先生に何の考えがあってこんな辺境の学校を助けたのかは知らないが。まず何か裏があるだろう。シャーレに救援を要請する判断したのは俺だ。責任を持って確かめる必要がある。
「色々事情は聞いたよ」
真剣な表情で話を続ける先生。
同情でもしてくれるのだろうか、上辺だけの感情なら容赦はしない。
少し高ぶった気持ちを抑えるために紅茶を一口飲む。
「それで、このまま対策委員会を見捨てて戻れないと思ってね。結論から言うと、私も対策委員会の一員として、一緒に頑張ろうと思うんだ」
「ブ!ゴホッゴホッ!は!?」
先生の口から出た言葉は、俺の想像したものとはかけ離れていた。
この大人は今何と言った、一緒に頑張る?冗談だろう、それともこちらの警戒を解いて何かするつもりなのか。
「い、今何と?」
「・・・?一緒に頑張ろうと思って」
念のためもう一度聞き返すが、先生の言葉は変わらない。
混乱しながらも、彼の思惑を推察する。
すると先生は何が面白いのか、こちらを見ながら笑い出した。馬鹿にしているのかと彼を睨む。
「ああ、ごめんごめん。スグルがあまりにもホシノが言った通りだったからさ」
「は?ホシノ先輩が?」
「うん。スグルくんは絶対先生のこと信用してないから、一回ちゃんと話し合った方がいいよーって」
先生の発言に面食らう。
その発言からして、他の皆はもう先生を信用したのだろう。少し危うさを感じてしまう。
「私のことは、信用できない?」
より一層先生への警戒を強めていると、今度は優し気な表情で俺の目を見て語りかけてくる。
これ以上取り繕った所で無駄だと判断して、少し本音をぶつけてみることにした。
「初対面で信用しろって方が無理な話ですよ。それに、今まで先生のように、俺達を助けてくれた大人はいなかった。」
「そっか」
「隠しても無駄です。何か裏があるんでしょ。そうじゃなければこんな辺境の学校に、救援なんてしに来ない」
先生には感謝している。ヘルメット団を追い出せたのは彼が補給品を持ってきて、指揮もしてくれたからだ。
だが、それとこれとは別だ。
初めに蜜を与えて、依存させた後利用し搾取する。
そんな奴らを山ほど見てきた。
俺自身そんな罠にまんまと掛かった事もある。
あんな思い、他の皆にさせるつもりは無い。
「先生の目的が何であれ、これ以上の介入をさせるつもりはありません」
「目的なんてないんだけどね。私はただ、大人として対策委員会を助けたいだけだよ」
「有り得ない。無条件の支援なんて、一体何の得がある」
少し口調を強め、先生を睨む。
ここで引き下がったら、相手の思うツボだ。
「生徒が笑って、学園生活を送ってくれるようになる」
ブチッと、自分の中で何かが切れる音がした。
思わず立ち上がる。その勢いで座っていた椅子が床に転がり、大きな音がした。
「そんな上辺だけの言葉を、これ以上俺に聞かせないでください」
「上辺だけの言葉なんかじゃないよ」
先生も立ち上がり、俺の方に向かって歩いて来る。
「スグルがどんな体験をしてきて、どうしてそんなに大人を信用出来なくなっちゃったかは知らないけど、私はスグルの先生だから。ここで引けない」
「・・・・・・・・チッ、よく口が回る」
こんな事なら紅茶に自白剤でも入れておけば良かった。
紅茶の味が損なわれるのを躊躇ったのは、はっきり言ってミスだった。
「でも、スグルは知ってる筈だよ。無条件に助けてくれる人」
「・・・・・・・・・・・・親の事なら覚えていません。物心着いた時には、俺は孤児だった」
先生の言葉に一瞬戸惑うが、すぐに理解して反論する。
「親の事じゃない、それは人にもよるからね」
俺の言葉を先生は否定する。他を想像するが、彼の口から放たれた言葉は、俺の想像したものではなかった。
「ホシノは、スグルを無条件に助けてくれたでしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・それは、先輩から聞いたんですか・・・・・・?」
先生は黙って頷く。
思い出されるのは、1年前の出来事。
約半年を過ごしたトリニティを抜け出して、キヴォトスのあちこちを放浪していた時期。
全てがどうでも良くなって、それでも死ぬのは悔しくて、いっその事どこまでも堕ちて行こうと、犯罪を犯そうとしたあの日。
止めてくれたのは、ホシノ先輩だった。
止めると言っても、内容はただの暴力。あっちこっちをショットガンで撃たれて、痛みで身動きが取れなくなった後。理由を無理やり吐かされた。
俺は一通りホシノ先輩に事情を話した。
もうどうにでもなってしまえばいいと思っていた俺に、何かを包み隠す理由はなかった。
全てを話した。
トリニティで慕っていた人に騙されていた事。何もかもどうでもよくなった事。もう誰も、信用出来ない事。行くところもなければ金もない、それでもトリニティには戻りたくないから、犯罪を犯して後戻り出来なくしようとした事。
俺の話を聞いたホシノ先輩は、笑顔でこう言った。
『行く所がないなら、アビドスに来る?』
意味が分からなかった。
俺の言ったことを聞いていなかったのかと、もう誰も信用出来ないのだと、彼女を怒鳴った。
それでも、ホシノ先輩は笑って言った。
『おじさん的には、そんなに追い詰められてやろうとしてた犯罪が、10円ガムの万引きなんていう子が、悪い子だとは思えないんだよね~。だから、助けてあげたいと思ったんだ~』
『ねぇ、アビドスに来ない?信用できるかどうかは、おじさんをゆっくり観察して見定めてよ。そして君が、判断すればいい』
『悪い話じゃ、ないと思うけどな~』
忘れもしない、一年前の記憶。
決定的に、俺の運命が変わった日。
その出来事を先生に挙げられて、驚きはすれど、動揺はしない。
「確かにホシノ先輩は、俺を無条件に助けてくれました。だから俺は彼女を信頼し、尊敬している」
「でもそれは、ホシノ先輩があれから長い時間を掛けて、俺に行動で示してくれたからです」
先生の意図は、何となく分かった。
「あなたは俺に、俺達に、そこまですると言うのですか?」
でも、それは本当に、何の得にもならない。
しかし彼は、俺の目を見てこう言った、
「初めから、そのつもり」
目の前に立つ大人が、ホシノ先輩と重なる。
歳や性別が違えば、身長もちがう。ホシノ先輩とはかけはなれた先生から、あの日の彼女と同じものを感じる。
「すぐに信用しなくていい。スグルは、スグルのペースで私を見定めて」
━━━━━君がホシノを、信じるようになった時みたいに
先生は、笑顔で俺の肩に手を置く。
この人は、どこまで俺を見透かしているのだろうか。
初めて会って話したのに、先生はまるで俺の全てを知っている様だ。ほんの少し先輩から昔の話を聞いた程度で、俺に信用される為にはどうすればいいか分かっている。
「先生」というものは、誰もがこんな人なのだろうか。
「・・・・・・」
信用は出来ない。しかし彼は、ホシノ先輩と同じ様に長い時間を掛けて、俺の信用を勝ち取ると言った。
これを無視して先生を追い出せば、俺はどうしてホシノ先輩を信頼していると言えるだろうか。
ああ、やっぱり、大人はずるい。
「・・・・・・・・・はぁ」
倒れた椅子を戻して、腰をかける。それに合わせて先生も、元の席に戻った。
口の乾きを感じ、冷めた紅茶を一口飲む。
「分かりました。先生を追い出すのは一旦保留にします」
「え、私追い出されそうだったの?」
「はい、信用出来ないと分かったらすぐに叩き出すつもりでした。でも、先生の言う通り少し時間をかけて判断しようと思います」
俺の結論を聞いて、安心した表情を浮かべる先生。
さっきまでの緊迫していた雰囲気が和らぎ、肩の力を落とす。
外を見ればすっかり日が暮れて、真っ暗になっていた。
散々寝ていたので眠気こそ感じないものの、気が抜けると空腹感が湧いてきた。茶菓子のクッキーひとつ取って口の中に放り込む。
「それは良かった。・・・・・・今日はもう遅いし、帰ろうか」
先生は立ち上がり、帰る支度を始めた。
クッキーを呑み込んで、俺も片付けを始める。
「手伝おうか?」
ティーポットを洗っていると、先生が袖をまくって近づいてきた。
「気持ちだけ受け取っておきます。このティーポットは人から貰ったもので、信用している人にしか触らせてません。俺に信用されたと思ったら、また声を掛けてください」
そう言って断れば、先生はすぐに引き下がった。
流石の彼もそんなに早く俺に信用されるとは思わないらしい。
「先生は先に帰っててください。あんまり遅くなると、電車に乗れなくなりますよ」
まだ終電にはかなり早いが、わざわざ待たせる必要も無いだろう。
手早く先生を見送って、俺も帰るために荷物を対策委員会の教室に取りに行く。
すると、もう誰もいないと思っていた教室から、明かりが漏れていた。
アヤネ辺りが残って作業でもしているのだろうか。外はもう暗い。早く帰った方がいいと伝えようと思い扉を開くと、
「あ、話は終わった~?スグルくん」
残っていたのは、ホシノ先輩だった。
「珍しいですね、ホシノ先輩がこんな時間まで残ってるなんて。てっきりもうみんな帰ったと思ってました」
ホシノ先輩の手元に目をやると、俺のDMRが握られていた。どうやら手入れしてくれていたようで、机には整備道具が散乱している。
「はいこれ、最近忙しくて手入れしてなかったでしょ~」
「ありがとうございます。いやぁ、最近はバイトばっかりだったので、なかなか時間が取れなくて…」
やっぱりホシノ先輩は、よく周りを見ている。それに比べて俺は、自己管理も出来ず奇行に走ってしまった。ホシノ先輩には敵わない。
「先生とは、ゆっくり話せた?」
「お陰様で。それにしても、随分先生を信用しているみたいですね。まさか俺とホシノ先輩が初めてあった時の話まだしているとは思いませんでした」
借金の話はまだしも、俺の昔話までしているのだから、ホシノ先輩は相当先生の事をかっているのだろう。
「先生は、何となく信用しても大丈夫だと思ったんだ~」
「何となく、ですか」
ホシノ先輩は何も考えていないようで、委員長としての自覚はしっかり持っている。今回も彼女なりに何か考えがあるのだろう。それは、俺がホシノ先輩を長い時間をかけて観察した結果分かった事の一つだ。
「それにしてもスグルくん、ちょっと聞こえちゃったんだけど、おじさんを尊敬してるって・・・・・・」
「な、なんでそれを!って違います!あー!!あー!!なんのことですか俺覚えてないです!!!」
「本当にー?」
こっそり保健室の外で聞き耳でも立てていたのだろう。恥ずかしくて絶対に本人には言えない事を聞かれていたらしく、言及されてしまう。話を逸らそうと、話題を変える。
「そ、そうだ!もう遅いですし、このまま一緒に夕食とかどうです!?ちょうどこの前柴関ラーメンのクーポン貰ったんですよ!」
「え~セリカちゃんに怒られるよー」
「大丈夫です!きっとセリカなら許してくれます!!」
俺の秘密のために少しだけ目を瞑ってくれるよう、心の中のセリカにお願いする。
「ほらほら、そうと決まれば早く行きましょう!」
「わわ、ちょっと押さないでスグルくん。そんなに急いでもラーメンは逃げないよ~」
今日のラーメンも、きっと美味しいだろう。
信頼できて尊敬する人と、一緒に食べるのだから。
「ところでホシノ先輩、他の皆は借金のこと先生に話す時何か言ってませんでしたか?セリカ辺りが認めないとか言いそうですけど」
「鋭いね~セリカちゃん怒って学校飛び出しちゃったんだ~」
「あーやっぱりですか。・・・・・・って今から行くのセリカのバイト先ですよ!それ大丈夫なんですか!?」
「ラーメン屋行こうって言ったのはスグルくんだからね、おじさん応援してるよー」
「oh...」
この後しっかり怒られた
あとがき
スグルは基本年上や目上の人には敬語を使います。ちなみにスグルがホシノに出会ったのは、原作で言うとシロコがホシノと出会ったほんの少し前ぐらいの出来事です。まあ、ブルアカの対策委員会編が何月とか公式から詳しく言及されてないので、結構時間軸が曖昧です。
次の話からもこれぐらいの文字数で書いていきます!!多分…
良かったら感想、評価よろしくお願いします。