東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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死して償え。神もそう望んでいる。


山の怒り

 今朝の天気予報は晴れと言っていた。なのになんだ此の大雨は。と心で苛立っても此の雨は止むどころか、どんどん強まる一方だ。あぁ、いっそこのまま此の記憶も雨と一緒に流れていってくれれば良いのにと願っても、如何してかさっきの光景が頭から離れない。

 鬱血した顔が、限界まで見開かれた目が、変色した肌が。全て写真の様に鮮明に、事細やかに思い出せる。忘れようと目を瞑っても、暗い視界にボヤァと浮かび上がる。私はそれが嫌でまた目を開き、気を紛らわせる様にスケッチブックに絵を描いていく。

 私達はあれから遺体を硝子さんに明け渡し、其の儘解散となった。狗巻君は最後まで私の心配をしていてくれていたが、私は「大丈夫。」と笑顔を貼り付けて部屋に戻った。我ながら下手くそな笑顔だったと思う。然し私はそうするしか無かった。

 誰かに慰めて貰える資格など、無いのだから。

 自分で足を突っ込んだ世界だ。こうなる事は分かっていた筈だ。

 窓の外は暗く、月どころか星の一つも見えやしなかった。時刻は午後八時を回っており、そういえば夜ご飯を食べていないなと考える。

 今日はいいや。食欲無いし。

 そう思い私はまたスケッチブックに向かう。題材は『死体』だ。

 あんな事があった後に不謹慎だと思うだろう。実際私もそう思った。然しあんな事が起こった後だからこそ描いているのだ。

 そうすれば気持ちも楽になるかもしれない。此処に全部吐き出せば記憶から消えてくれるかもしれない。

 然し描けば描く程理想から遠ざかり、もう何を描いているのか自分でも分からなくなってくる。

 謂わばストレス発散のつもりが、上手く描けない事で更にストレスが溜まったしまうという悪循環に苛まれる。私はスマホを取り出し、いつもの如く自撮りをする。

 「うん、可愛く撮れてるじゃない。此れを加工して……あ。」

 上手く撮れた事に満足をして私はふと思い出す。

 そういえば自撮り垢全然更新していないんだった。

 それはただ忘れていたとかではない。自撮り垢はニーゴのみんなもフォローしているのだ。みんなとの関係も絶った今、此処で更新をすると優しいあの人達の事だから何かコメントをするのだろう。『今何処に居る?』だとか、『ニーゴの絵師はえななんしかいない』だとか。幸いダイレクトメッセージは閉じているのでメッセージが来る事はない。

 今みんなの優しさに甘える訳にはいかないのだ。

 「そういえば、あの呪霊なんかすっごい弱かったなぁ。」

 今日の出来事を思い返してみると、ふと違和感を持つ。

 勿論自分が強いと思った事はない。ただあの呪霊はあまりにも弱かったのだ。異様な程に。基本呪霊の階級に合わせて同じくらいの階級の術師が向かわせる。私達の階級は準一級と一級。少なくとも呪霊の強さも一級レベルでなければならないのだが、然しあの呪霊はお世辞にも一級とは言えなかった。

 じゃあ何故私達が配属された?

 別に私達じゃなくても良かった筈だ。いくら人手不足といっても、それはあり得ないだろう。

 他に目的があったとか?

 なんだろうか、凄く嫌な予感がする。此の儘じゃ取り返しのつかない事になりそうな、そんな予感。胸辺りが異様にざわめき、脳味噌が早くしろと警報を出す。

 私は本能のままに部屋を出る。

 さっきの事で学んだのだ。あの人は私達が遅れたからああなってしまったかもしれない。だとしたら行動あるのみ。

 私はそのまま呪術高専を出て走って向かった。

 

 

 

 

 

 ————

 夜の山というのは怖いもので、雨の音もありより不気味さを増している。あれから私はバスを乗り継いで二時間かけ昼間の森にやってきた。本当は次の日でも良かったのだが、思い立ったが吉日。今晩のうちに行ってしまおうと本能のままに此処へ来たのだ。きっと帰る時にはバスはもう無いんだろうな。などと考えている間に目的地に着いてしまった。

 昼間となんら変わらない湖というには些か清潔さが足りない底なし沼だ。矢張り臭いが酷い。

 私は合羽に跳ねる雨音を聞きながら辺りを見渡す。特に変わったところもない。ただ暗闇が続いているだけだった。その光景に背筋が凍る。冷静になって怖くなったのだ。そういえば忘れていたが、こういう所は大の苦手なのだ。自分でも忘れていた。そういえば憂太も一時の感情は身を滅ぼすと言っていたのを思い出す。クソ、今になって思い出さなくても良いじゃない。

 今になって誰か連れて来れば良かったなと後悔してももう遅いだろう。きっと私が此処に居ると聞いて来てくれるのは精々憂太と狗巻君だけだろう。他の人達は「怠い。」「面倒臭い。」「一人でやれ。」「眠い。」と断るのは目に見えている。かと言って二人の優しさに漬け込む訳にもいかない。我ながら面倒臭い性格をしていると思う。

 諦めて私は遺体があった古屋に向かう。その道のりも地面が滑っており、矢張りブーツを履いて来て正解だったなぁっと頭の片隅で考える。

 古屋も昼間と変わらず今にも崩れそうだ。中に入ると、雨漏れが酷く、至る所でポタポタと音がしていた。此処はベットも台所も設置されており、誰かが住んでいたのは明白だった。

 その台所も、ベッドも通り過ぎ、私が向かった先は便所だった。

 男がついさっきまで詰められていた所だ。ぼっとん便所だったが、幸い此処の住人は長年住んでいないらしく糞尿も無く空っぽだった。だから詰められたというのもあるのだろう。

 それを見ながら私は一つの疑問が浮かび上がる。

 果たしてあの呪霊に男を詰める事が出来たのだろうか。

 あの呪霊は私に即座に攻撃して来た。恐らく理性というものはなかっただろう。そんな呪霊が遺体を此処に隠すという考えに行き着くだろうか。いや、まず思考があるのだろうか。

 私が悶々と考えていると、懐中電灯の光の反射なのか、便器付近にキラリと何かが光った。

 コレは……。

 

 「うわぁ‼︎」

 古屋全体に爆発音が響く。何事かと思い見上げると、でかい木の枝の様な物が襲いかかって来た。私は咄嗟に身構えるも間に合わず、押される形で外に放り投げられる。粉々になった木材の破片が体に刺さり少し痛かった。突然の事で脳味噌はパニックに陥る。

 何だ?急に。何があった?痛い。苦しい。気持ち悪い。

 なんとか体勢を立て直し、荒くなった息を整える。ポケットに忍ばせていた小刀は遠くの方に投げ飛ばされていた。

 古屋の中から足音が聞こえる。それは重量を帯びていて、何よりとんでもない呪力の気配だ。恐怖から私はカラカラになった喉に唾を流し込む。冷や汗は止まらず、逃げる足も震えていて使い物にならない。

 暗闇から現れた〝ソレ〟は、とても醜く、悍ましく、恐ろしいかった。身体はまるでペンキを塗った様に白く、両目からは太い枝の様な物が突き出しており、左腕は布で包んでいる。

 本物の呪霊だ。

 確かに人の負の感情から流れ出た存在と言っても納得はいく。それほどまでに恐ろしかったのだ。

 『呪術師……ですか。また人間が来るなんて。』

 一瞬息が止まる。

 耳としては理解し難い発音で、然し内容は頭に直接流れ込んでくる。此の感覚は非常に気持ち悪く、まるで車酔いの様な気分だ。

 意思を持っている呪霊。それは今まで会ってきたどの呪霊よりも恐ろしく、気持ち悪い。私は後ろに下がりながら身構える。

 此処でやらなきゃ、私は逃げられない。出来るのか?私に。

 「ねぇ、さっきのトイレに男の人を詰めたのはあんた?」

 意思の疎通が可能かどうかを確かめる為に、一つの疑問を呈示する。私が最も必要とし、私が此処のいる理由だ。その為に私は此処にきた。

 『頷いたら如何するんですか?』

 「勿論あんたを祓う。」

 『身勝手ですね。』

 「それが仕事だからね。」

 私は相手の発言に一つ一つ発言をする。恐怖を悟られない様に。いや、ただ単に饒舌になっていただけかもしれない。

 『そうですか。残念です。』

 するりと足に感覚が走る。見下げてみると、太い枝が私の足首に巻き付いていた。

 拙い。

 そう思う間も無く、私は先ほどの様に投げ飛ばされ、今度は木を貫き、何処までも飛ぶ。その度に息が詰まり、体に激痛が走る。

 最終的に岩にぶつかり、視界がばちばちと点滅する。息もあまり吸えず、脳味噌が痺れている。

 『弱いですね。何故です。其れ程迄の呪力を持っていながら、何故弱いのです。私には理解が出来ません。』

 「五月蝿いのよアンタ。脳味噌に直接語りかけてきやがって。」

 なんとか力を振り絞り立ち上がる。何本か骨は折れていて、身体中が軋む様に痛い。

 落ち着け。訓練を思い出せ。真希との体術、五条先生との呪力の出し方。彼らの私にかけた労力を水の泡にするつもりか。

 『貴女達は森を、植物を無駄にしてきました。今こそその報いを受けるべきなのです。』

 ——死になさい。

 次々に枝が攻撃を仕掛けてくる。私はなんとかそれを避ける。その呪霊はスペードが落ちるどころか、速くなり私の心臓目掛けて攻撃をする。クソ、コッチは避けるのがやっとなのに。

 「ぅあ!」

 手をついた先が雨で滑り、それを待っていたが如く顔面に攻撃が入る。口に鉄の味が広がり、視界が歪む。

 

 ——絵名の術式は観たもの、触れたものの物体、液体延いては気体の質量、形状を思うままに操れる術式だね。

 

 頭を打った衝撃からなのか、嘗て五条先生とのやり取りを思い出す。

 モノを……操る。

 触れたもの。

 私は自分に降り注ぐ雨粒を見ながら考える。

 これなら——。

 『貴女と私では話になりませんね。これで最後です。』

 今までのどれよりでかい枝が私に降り注ぐ。これでは避ける事は難しいだろう。

 ()()()()()()()()()

 

 

 「『(ばん)(そう)(へん)()(そう)(じゅ)(ほう)』」

 

 

 私に滴っている雨水をかき集め、でかい盾を作る。その反動で枝は壊れ、粉々に散っていく。私は立ち上がり、拾った枝に呪力を流し刀を作る。水分が取れた服はさっきより幾分か動きやすくなった。

 呪霊は驚いたのか、先ほどまで余裕だったのが、空気が変わった様に緊張が走る。

 今度は私の番だ。

 呪霊の身体に枝を巻きつけ拘束する。先ほど私に降り注いできた枝に予め呪力を流しておいたのだ。呪霊は振り解こうとして身体を捻るも、枝はさらに身体に食い込み、苦しそうにする。

 「無理に千切ろうとしない方が良いわよ。反比例で枝が短くなって食い込むから。」

 私は近づき、呪霊に語りかける。

 「ねぇ。本当の事を教えて。あの男はアンタが殺したの?」

 『……何故そんな事を聞くのです?』

 「有り得ないと思ったから。」

 そう、今までの発言を聞いて、コイツが如何に自然を大切にし、愛しているかわかった。そして自然破壊を現在進行形でしている私らを恨んでいるとしたら。

 「死体を此の山に放置するなんて、アンタがするはず無い。」

 正直、コイツの事はあまり知らない。たかだか会って数十分。然も何方も殺そうとした。そんな相手のことを知る由もない。ただ自然を愛しているコイツは、そんな事はしない。そう思ったのだ。

 しかも『()()人間が来るなんて。』と言っていた。その発言から察するに、前に人が来た事があるということだ。

 『……何故貴女は今私を祓おうとしない。何故私に普通に語りかける。』

 「別に私はアンタに恨みなんて無いし、アンタの言う事も分からなくはない。アンタのやる事を咎めたりはしないわよ。ただ私も死ぬのは嫌だから抵抗するだけ。さっきの攻撃は今の拘束で相殺してあげる。」

 少しの沈黙が流れる。

 そして呪霊が口を開こうとした瞬間に、後ろから声がした。その声は地を這うような、ゾワゾワする声だった。

 「ダメだよ。俺の家族に手を出したら。」

 身体に触られる気配がして、その手を払い除け、遠くに逃げる。

 誰だ?

 「……今のは、空気?そうか、気体か。」

 身体がつぎはぎで、ボロボロの服を着たその男は、自分の手を見ながら興味深そうにそう言った。

 「うん。興味深い。出来れば今すぐ君と遊びたいんだけど、生憎そんな時間は無いみたい。」

 男はパチンと指を鳴らすと、茂みから呪霊が出てくる。それを慌ててさっき雨水で造った刀で切ると、さっきの男は、拘束していた呪霊を抱えて目にも止まらぬ速さで走っていくのを見えた。

 いつの間に。

 「あ、コラ!待ちなさい!」

 「また今度遊ぼうね!東雲絵名!」

 その言葉に私は足が止まる。

 何故私の名前を知っている?

 私が追いかけようとすると、頭の中に言葉が流れた。さっきの呪霊だ。

 「先ほどの回答。私は殺しても破棄してもいません。私が彼処に来たのはその遺体を処分する為です。あの男を殺した犯人は——。」

 

 

 

 私ははぁっと息を吐いてその場に座る。深追いはしない方が良いだろう。あの男も相当強そうだ。しかもあの呪霊と同じくらい。だとしたら二対一は分が悪い。

 私が体の激痛で項垂れていると、ポケットからコロンと何かが落ちた。

 分かっていた。これは呪霊の仕業じゃ無いって。あの低級呪霊に、そんな事は出来ないって。

 あの事件は、呪霊などという単純な、一言では済まされない事件だという事を。

 私はソレを握り締め夜空を見る。

 雨が私の頬を伝い、下にピチャンと落ちる。

 あぁ、いっそこのまま此の記憶も雨と一緒に流れていってくれれば良いのに。




(ばん)(そう)(へん)()(そう)(じゅ)(ほう)』が絵名の術式の名前の決定版です。ネーミングセンス皆無だったらごめんなさい
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