あの日から、私は生きた心地がしなかった。
いつも通りまふゆを救う為に曲を作り、二十五時になったらナイトコードにログインする予定だった。〝だった〟そう、過去形だ。二十五時になる一時間前、ナイトコードの全体チャットに、一通のメッセージが入る。それは我らが絵師、東雲絵名、えななんからだった。その時の私は何の疑いも無く、「あぁ、若しかしてイラストが出来上がったのかな。」など、見当違いの期待に、胸を躍らせていた。その期待は半分外れていた。半分。イラストは仕上がっていて、文句なしの出来だ。此れはまふゆが幾度と無く訂正を要求して、やっと出来た傑作なのだ。文句の付けようがない。
ではもう半分は何か。其れは画像ファイルと共に送られてきた一つのメッセージだった。
『ごめん。ニーゴ抜ける。後の絵師は此の中から探して。勿論此の他でも構わないけれど。』
何かの冗談だと思った。然し絵名は此のような達の悪い冗談を言うタイプではない。取り敢えず話を聞こうと思いメッセージを送るも、一向に既読もつかず、とうとう二十五時になってしまった。
瑞希は勿論戸惑っていたが、まふゆはその時は如何でも良さそうにしていた。然しその日から凡ミスが増えたり、歌詞の打ち間違いなどが多くなったので、其れは動揺ではないかと指摘した所、まふゆは「そうかもしれない。」と声を震わせていた。結局まふゆも絵名が大切だったようだ。
然し一番悲しいのは私だ。その日から私は、食事も喉を通らず、外に出るも、ずっと絵名を探してしまう。
許せなかったのだ。たった一文で終わってしまう関係が。其れを築いてきた自分自身が。そして絵名も。
何も直接言わずに目の前から音も無く消えた絵名を許せなかった。絶対見つけてやる。絶対見つけてニーゴに戻してやる。ニーゴの絵師は『えななん』しかいないのだから。
「だから、絵名に会わせてください。お願いします。あの子と話がしたいんです。」
私は目の前に居る人達に頭を下げる。なんなら相手が望むのなら土下座だってする。やっと見つけた手かがりなんだ。此の機会を逃せば一生後悔する。もう二度と絵名に会えない。そんなのは絶対に嫌だ。
彼等は少し困惑した表情をしている。然し私は頭を下げ続けた。今の私に出来る事は、絵名に会わせてもらえる様に懇願する事だけだった。
「取り敢えず頭を上げてください。」
白い服を着た男の人の言葉に従い、私は顔を上げる。
「君が絵名と知り合いって事は分かりました。でも僕達の独断で貴女と絵名を会わせる事は出来かねます。」
「どうしてですか!」
「お前らが原因だった場合だよ。」
今度は眼鏡の女性が口を開いた。その姿は少し怒っている様にも見えた。いや、本人は至って真顔なのだが、圧があるのだ。
「お前らが原因で彼奴が離れた場合、安易と会わせる訳ねぇだろ。」
心臓が止まった様に感じ、背中に冷たい何かが走る。そうだ。私達は一度として
情けない話だが、絵名が何かに悩んでいる事は薄々勘付いてはいた。それは認められて必要にされたいとかでは無く、もっと他に、何か私達が触れてはならない様な奥底にある悩み。
絵名は偶に何処か遠くを見ていた時が何度かある。遠くを見て、顔を顰めるのだ。然しそれは安易に触れてはならない様な気がしたので、私も何もしなかった。しなかったからこそ、こんな事態になったのか?
「其れでもお願いです。絵名に会わせてください。」
私は再度頭を下げる。もうこうするしかないのだ。恥を承知で懇願するのみ。
「もう……これ以上誰かが目の前で消えるのは見たくないんです。」
目の前が霞み、地面に雫が落ちる。涙が出てきた。それでも私は頭を下げる。何度でも。絵名と会えるまで。
「……しゃけ。」
その言葉に私は顔をあげる。其れを言ったのは、先程から口を二重の意味で閉ざしていた少年だった。
「ちょ、棘お前!」
「明太子!」
少年は何かを眼鏡の女性に訴えてかけていた。その内容は私にはわからないが、私はもう一度頭を下げる。
頼む。お願いだ。
暫くの沈黙が流れる。その空気は私にとても重くのしかかった。
そして女性は「はぁ」とため息を吐き、頭をガシガシする音が聞こえた。
「わぁったよ。連れて行きゃいいんだろ。連れてきゃ。但し明日だ。絵名は今日忙しいかんな。」
その一言に思いっきり頭をあげる。
まさかこんなに早く了承を得る事ができるなど思っても見なかったからだ。いや、了承してもらうまで頭を下げるつもりだったが。
「ありがとう御座います!」
私はもう一度頭を下げた。これ以上にない速さだっただろう。あの私がこんなに早く頭を下げられるなんて、人間極限状態になれば何でも出来るんだな。
「あー!もう分かったから。頭下げんな!目立つだろうが!」
「そうですよ!頭上げて下さい!」
「しゃけ!」
私は三人の言葉に目頭が熱くなる。きっと此の三人は絵名が大好きなのだろう。大好きで、大切で。だからさっき私にあんなに強く当たったのだ。此の三人が絵名の如何言う関係なのか分からないが、きっと絵名の優しさに惹かれたのだろう。
私もその一人だ。優しさだけじゃない。時に厳しく、時に慈悲深く。そして最後には手を伸ばして救ってくれる。そんな彼女に強く惹かれた。絵名は私に救われたと言うが、全然逆だと私は声を大きくして言いたい。
だから今度は私達の番だ。貴女がまふゆにした様に、今度は私達が貴女を引き止める番だ。私達の前から消えようとしている貴女を。
————
「良かったの?狗巻君。勝手に決めちゃって。」
奏が去った後、三人は高専に帰る道中で話し合っていた。勿論議題は絵名の事だ。
はっきり言って、乙骨はあの少女と絵名が再会する事を快く思ってはいない。絵名が何を思って少女達の元から去ったのか分からないが、絵名が何かを覚悟して姿を消したのなら、その決意を無駄にする様な事は、乙骨にはとても出来ないのだ。
然し狗巻は会わせると言った。絵名と少女の関係を修復しようとした。
「でも絵名には如何説明すんだ?実際に絵名に伝えんのは私と憂太だろ。」
「そうだね。うーん、普通に併せたい人が居るって言ってもダメだろうし。」
二人は頭を抱える。然し実際絵名と会ったら絵名は如何するのだろうか。彼女達の元に戻ると言うのだろうか。其れは其れでいい。こんな死と隣り合わせの所より、呪霊の事を忘れて普通の女子高生としての幸せを歩んだ方が絶対に良い。
「実際絵名は如何いう判断するんだろう。」
然しだ。頭では分かっていても、心は如何だろうか。今になって彼等は絵名と離れ難くなっていた。ずっと一緒にいて欲しい。そう思う様に。
其れだと少女達となんら変わらない。彼女達もまた、絵名に魅せられた人間なのだ。
三人の間に微妙な空気が流れる。誰もが感じた事はない、誰かを失う恐怖を。乙骨もまた、里香の死を拒んだ時とは別の感情だ。
彼の子も同じ気持ちなのだろうか。そう思った狗巻は、会わせないと言う選択があの時出来なかった。絵名にあの少女と
「でも決めんのは絵名だ。私らは其れに従えば良いんだよ。」
真希はそう言い少し早足で歩く。
彼女の判断がこれから如何言う運命を辿るかわからない。でも彼等は絵名の幸せを願うだろう。
それが如何に自分達を苦しめようと。