東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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彼等の声はもう届く事は無い。


崩壊する人格、現れる自我

 おはよう眠り姫。

 

 目覚める時がやってきた。

 

 

 

 続々と此の公園に住み着いていた呪霊が顔を出す。絵名の悍ましい呪力に引きつられて。当の絵名は公園の丁度中心部分に佇んでいた。何処を見ているのか、それとも何処も見ていないのか。

 呪霊は彼女を殺そうとするが、彼女はそれを小指を折るより容易く祓っていく。その姿はまるで踊り子の様だった。

 無情に呪霊を祓っていく姿はあまりにも美しく、此の場に居る全員目を奪われた。

 皮肉な話である。奏の傷がきっかけに、絵名を繋ぎ止めていた、縛っていた鎖が音を立てて千切れたのだから。

 絵名は長らく眠っていた心を起こし、本来の姿を取り戻したのだ。

 〝東雲絵名〟の完成だ。

 そうなれば後は絵名の独壇場だった。然し長らく眠っていた眠り姫は世の事をてんで知らない。それ故に彼女の判断材料は快か不快のみであった。

 辺りは血の海に。けれどもそれはカーペットの様に絵名を映させた。

 今の儘の方が幸せだろう。無駄に傷つく事はない。誰かの為に自分が犠牲になる必要は無い。

 然しそれで良いのか?それは果たして絵名が望む姿なのか?

 狗巻はそう思った。此の数ヶ月、彼女は誰かの為に傷付いてきた。絵名はそれを自分の為だとか、エゴだとか言ったが、確かに誰かの為に動いていた。

 狗巻は知っていた。彼女が優しい事に。泣きたくなる程に。彼女は相手を問答無用で助けようとする。然し彼女は自分が救われる事を拒んだ。救われる様に何かに許しを乞う事もしなかった。

 不公平だ。そんなのが許される筈がない。彼女が救われない事などあってはならない。

 絵名は次々に祓っていく。手を取られようが、脳を吹き飛ばされようが、腹を抉られようが。笑って祓っていた。

 見ていられなかった。

 「おい!棘!」

 狗巻は真希の静止を振り切って前に出る。

 

 『爆ぜろ』

 

 狗巻がそう言った途端に、絵名の周りに居た呪霊は全て爆発し消え失せた。絵名は一瞬ポカンとした後顔を顰めた。お気に入りの玩具を全て取り上げられた気分になったのだ。

 絵名はグリンと狗巻の方を向く。その最上級に綺麗な顔を憤怒に染めて。美人が凄むと怖いと言うのは本当らしい。

 然し狗巻は怯まなかった。此処で引いたらもうお終いだ。

 此の儘だと一般人をも襲いかねない。そんなのはさせない。

 絵名に人殺しなどさせない。

 「ったく。しょうがねぇな。」

 真希は溜息を付き、狗巻の横に並ぶ。

 「手伝ってやるよ。好きな奴の前ではカッコつけてぇもんな。」

 「………しゃけ。」

 狗巻は暫くの間を置いて頷く。

 今こそ認めよう。狗巻棘は東雲絵名が好きなのだ。初めて会った時から、数ヶ月前に出会ったあの日より前から。ずっとずっと好きなのだ。

 「よっしゃ。絵名を正気に戻すぞ。」

 真希と狗巻は絵名に走って向かう。標準が定まらない様に曲がりくねって。

 絵名は地面を抉り、体勢を崩そうとするが、真希にはそれは効かない。真希は思いっきり宙に舞い、こちらに大刀を投げつける。絵名はそれを片手で止める。掌に刺して。

 そうして掌から大刀を引き抜き地面に放り投げた。

 彼らの攻防戦を、まふゆ達は息を呑んで見守る。絵名は普段こんな事をやっているのか。

 「絵名は、一体何者なんですか。」

 瑞希は横に居る伊知地と七海に聞いた。目の前の光景が受け入れられなかったのだ。伊知地は少し間をおいて、これは嘘は通用しないなと観念し説明をする。

 「……呪術師というのをご存知ですか?」

 「名前は聞いたことはあります。文字通り、(まじな)いを扱う人の事ですよね。」

 まふゆは記憶を遡り、前に見た本に載っていたのを思い出す。

 「日本での怪死者•行方不明者は年平均一万人を超えています。その殆どが人間から流れ出た『負』の感情、呪いによる被害なのです。そしてそれらを祓うのが彼等呪術師の役目。」

 伊知地の説明が何故かすんなり入ってきて、尚且つ納得が出来た。目の前の状況がそうさせているのだろう。。此処で有り得ないと言うのは難しいだろう。目の前で起こった出来事、絵名が使っていた超能力みたいな物、奏を治した事実。その全てが現実だと物語っていた。

 「そしてその呪術師の元締め及び総括を担っているのが東雲家なのです。」

 「え?と言う事は……。」

 「絵名さんは東雲家相伝の術式を持っておられます。即ち……

 

 

 

 

 絵名様は時期東雲家の当主なのです。」

 あまりの事実に二人は驚く。今まで一緒に居た友人がそんな重要な人物だとは思いもしなかった。

 では目の前の光景は何だ?絵名は楽しそうに二人を攻撃し、二人はそれを防ぐしかない。

 あれが絵名の本性なのか?

 「……あの、私達に出来る事は有りますか?」

 まふゆは伊知地と七海に向かって真っ直ぐな目で聞く。其の瞳は光が無い目でも、優等生の目でも無い。

 仲間を救いたい。そんな決意の目で。

 「……有りません。」

 七海は無情にも切り捨てた。呪力を持たない彼女達に何が出来ようか。否、それ以前に彼女達は子供だ。こんな危険な目に遭わせてしまっている事こそ七海の失態だ。だからこそこれ以上危険に晒せはしない。絵名の友人だったら尚更だ。絵名は此の人達を守る為に呪術師になったのに、其の所為で此の人達に何かがあったら本末転倒だ。

 然しまふゆは引き下がらなかった。これはまふゆにとって異例の事態であり、生まれて初めての事だった。

 「絵名は私にとって、いいえ、私達にとって大切な友達で仲間なんです。東雲家とか呪術師とか関係無い。だからお願いです。何かさせてください。私達も絵名を助けたいんです。」

 そう言いまふゆは頭を下げた。それは友人の為であり、自分の為に。

 「ボクもお願いします。」

 瑞希も頭を下げ懇願した。

 暫くの沈黙が流れる。そして七海はハァッと息を吐くと「分かりました。」と答えた。子供がこんなにもお願いをしているのだから、断れる筈がない。七海も助けたいという思いは同じだから。

 「今からいう事をしてください。」

 

 

 場面は変わり絵名の現状。

 狗巻と真希は二人がかりでも歯が立たず、もうスタミナも切れつつあった。狗巻の呪言も、絵名はあろうことか己の鼓膜を無理矢理破り防いだのだ。これではどうしようもない。

 然し全く聞こえないと言うわけではない。狗巻は大声で叫び動きを止めようとするも、0.5秒くらいしか止まらず、その間に真希は攻撃するが瞬時に塞がれてしまう。

 まるで象を相手にする蟻である。

 「なぁおい。絵名。お前がしたかったのはそんな事なのか?違うだろ!」

 真希は語りかける。此の儘では絵名の友人を殺す可能性がある。そんな事は絶対にさせない。

 「お前が一番苦しむ事をお前がするな!」

 然しその言葉は絵名に届く事は無かった。

 真希は空気砲の様な物で吹き飛ばされる。今の絵名にとって此処は楽しく遊べる玩具箱なのだ。

 狗巻の喉も限界に近かった。喉の焼ける様な痛み、口に広がる鉄の味。二人がこんなになっても、絵名は元気どころか益々攻撃の精度が上がっている。

 攻撃の傷だけではない。二人には心的ストレスも感じていた。大切な友人をこの手で攻撃しなければいけない。そんなストレスが。

 狗巻と真希の内側に絶望の様なものが押し寄せる。去年の十二月でもこんな事は無かった。それは恐らく相手が大切な人だから。

 

 「おね……がい。と……まって……。」

 狗巻は呪力の籠っていない声でそう言う。もうカスカスなのだ。けれど語りかける。届くまで延々に。

 絵名は自分の手を刃にして振り上げる。絵名の呪力が(かよ)っていれば、どんなものでも変幻が可能なのだ。

 「狗巻君!」

 七海は間一髪で狗巻を抱え距離を取る。

 「七海サン!アイツらは……。」

 「帳の外に出しました。大丈夫です。今は先ずお嬢を優先しましょう。」

 七海はネクタイを手に巻き構える。

 

 時間外労働。

 手当てはしっかり貰いますよ。

 

 「………ねぇ、私はどうしたら良かったのかな?」

 絵名は突然にして喋り出す。

 「みんなを護る為に……私が自分で選んで呪術師になった……つもりだった。でも護れなかった。」

 絵名の悲痛な叫びとも言える言葉は、広い公園に響き、そして消えていく。

 「みんなの所為にするつもりは毛頭無い。ただもうどうしたら良いか分からないの。」

 狗巻達は黙り込む。どうしたら良いなんて、分からないのだ。自分たちも失ってきた。大切なものを、目の前で。

 然し絵名は違う。絵名はまだ間に合う。

 「これから方法を見つければ良いでしょう。私だって救えなかったものは沢山あります。然しどんなに嘆いたって喚いたって却ってきません。でも貴女は違うでしょう。まだ失って無いでしょう。」

 ——だから帰ってきてください。

 七海は真っ直ぐ見てそう言う。真っ直ぐ、東雲絵名を見て。

 

 

 

 「あハ?」

 絵名は一瞬にして七海に詰め寄り、顔を地面に叩きつける。七海の言葉は絵名には届かなかったのだ。否、絵名がもう届かない所まで落ちてしまった。七海達は、最後のチャンスを、みすみす逃してしまったのだ。

 「——ガッ」

 「七海さん!」

 真希は七海の身体を引きずって距離をとった。瞬間七海の元いた場所に二発目が撃ち込まれ、今度こそ地面にクレーターが出来る。

 もう無理かもしれない。

 そうこの場にいる誰もがそう思った。

 然し諦めていない人物が二人いたのだ。

 

 

 『止まれ。』

 

 

 拡声器の様な音が公園内に響き渡り、流石の絵名も食らったのか、攻撃しようとする手をピタッと止めた。

 その瞬間絵名の地面に何かが殴りかかってきたのだ。絵名は吹き飛び、ジャングルジムにぶつかる。

 

 「憂太!パンダ!」

 其処には任務のはずの乙骨とパンダが居た。

 「パンダくん。あれやりすぎじゃない?」

 「あれ?やっぱそうかな。やべぇ、後で絵名に怒られちまう。」

 二人は絵名に向き直る。其の瞳は怒りではなく、ただ友人を止めたい。そんな顔で。

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