「玉犬!」
伏黒がそう唱えると、影から二匹の犬が出てくる。其の犬は普通の犬とは違い、額には謎の模様が入っていた。
「行け!」
そう叫ぶと共に、玉犬は絵名に向かって走り出す。
そして絵名の腕に噛み付くも、絵名は其の腕を大きく振り上げ地面に叩きつける。
すかさずまた日下部は抜刀を繰り出し攻撃をした。側から見れば多勢に無勢だが、実際問題圧倒的に優勢なのは絵名の方だ。
五条も呪力を使い動きを止めようとするも、絵名は其れを器用に躱していく。
「おい!悟でも対応出来ねぇのは如何いう事だ。」
乙骨の反転術式により回復した真希は伏黒から渡された呪具を持ち叫ぶ。
「いやぁ、本気を出せば動きを止められるんだけど、本気を出せばこの辺り一面更地になるけどしても良いの?」
「程良くでお願いします!」
伏黒が大声で懇願する。ここら一帯更地とは少なくとも自分達にも影響があるという事だ。そして絵名にも。それは御免だとこの場にいる誰もが思った。
最強過ぎるのも困ったものだと五条は絵名を見て思った。
絵名は今何を思っているのだろうか。これは絵名が望んでしているのか?
「おるぁぁぁぁ!!!!」
パンダが地面を思いっきり殴る。然し絵名はその地面の破壊された石を五条の無下限の如く止める。彼女の術式、己の呪力が通っている、または己の視覚に入った全ての気体、物体、液体を思うままに操れるうちの一つ、重力操作で五条の無下限を再現する事は可能なのだ。
「………マジかよ。」
五条はいつもの口調が崩れる程に追い詰められた。
「………『
然もあろうことかその止めたコンクリートだったものは、事如く五条達の体に容赦なく叩きつけられる。これもまた重力操作。相手に向けて横に重力を落とす。物質が重ければ重い程威力を増し、そして破裂する。宛ら木から落ちた林檎の如く。
五条は唯一絵名を止められる方法を知っていた。然し今の状況では不可能だ。一瞬でも正気に戻さなければ其の技は通用しない。
「其処の君達!何か絵名が正気に戻るようなこと言って!」
五条はまふゆはと瑞希にそう叫んだ。
「えぇ!?正気に戻るような事って……?」
「何でも良い!君達絵名と付き合い長いんでしょ!?」
瑞希とまふゆはうーんと唸る。
知ってる事……。
「絵名は頑固で、面倒臭がりで朝に弱くって。」
「あと………よく人に突っかかるよね。」
「ちょ?まふゆ?」
絵名の動きが少し止まる。然し正気に戻ったわけではなかった。
「えぇっと、甘いものが大好きで、よく自撮り撮ってるし、ツンデレだし服に五月蝿いし。」
「あとイラストは偶に何描いてるか分からないし。」
「まふゆ?さっきから絵名の悪い所しか言ってないよね?」
瑞希はまふゆの方を見てそう言う。いつの間にか優等生ではなく普通のまふゆに戻っていた。
「私に直ぐ怒るし。怒ったかと思えば泣くし。凄く面倒臭いし。あと遅刻癖あるよね。」
「まふゆ!?」
「でもそれだけ。」
まふゆはスタスタと歩き出して絵名に近づく。
「知ってるだけで何も理解してない。だから教えてよ。絵名の事。」
まふゆはそう言い絵名に手を差し出す。
暫くの沈黙だ。
「あぁア?」
絵名は目を見開いてまふゆの顔に手を当てようとする。
真希はまふゆを抱えて距離をとった。瞬間まふゆのいた所は大きな穴が空き、クレーターが出来た。残念ながらまふゆの声は絵名には届かなかったのだ。
「駄目じゃん!」
瑞希はまふゆに叫んだ。当のまふゆは瑞希の元に戻り「駄目だった。」といつもの様子で伝える。
「えぇっと………馬鹿!メンヘラ!陰険自撮り女!加工強すぎて元の顔分かんないし!」
瑞希は思いつく限りの悪口を絵名に伝える。其の間も絵名は五条達の攻撃を避けたり、逆に攻撃したりしていた。其の語彙の少なさに全員戦意を削がれる。
「陰険自撮り女ってなんだよ。」
「ただの悪口じゃね?」
「おかか。」
「あはは……えっと、はは。」
真希、パンダ、棘、乙骨の順番で喋る。乙骨はというと何かフォローを入れようとしたが、上手く言葉が見当たらなかったのである。悪口だった。今のはまごうこと無き悪口だった。
然し今の所瑞希達の言葉は響いていないようだ。
「アホ!マヌケ!えぇっと……。」
「その位置!パンツまーるみえ!」
「………え?」
「え?」
瑞希のふとした発言に絵名は一瞬焦った様な顔をした。瑞希も瑞希でそれが効くとは思っていなかった為、ポカンとした。
今だと五条の本能がそう告げる。
「領域展開……『無量空処』」
五条は今までつけていた目隠しを外し、右手の人差し指と中指を交差させてそう言う。するとあたりはまるで宇宙の様な空間ができ、絵名はそのとまった思考のまま固まる。
全ての情報が流れてきて、完結しないのだ。
五条は絵名の頭に呪力を思いっきりぶつける。
「が……っ」
わざと脳震盪を起こさせ、判断を遅らせるのだ。
五条は領域展開を解除し、着地する。
絵名を止めるために膨大な呪力を使った為、長く展開出来なかったのだ。
然しそれでも上場の結果だ。
絵名はふらつき上体を前にして倒れそうになる。
然し絵名が地面に顔をつけることは無かった。その前に狗巻が抱えたのだから。
『眠れ。』
狗巻は絵名の耳元でそう呟く。すると絵名はスッと目を閉じ眠りについた。
狗巻は自分の膝に絵名の頭を乗せ、撫でた。すると絵名は目から一粒の涙を流す。
おやすみ。
疲れただろう。
もう休んで良いよ。
絵名は規則正しく寝息を立てる。
「終わっ……た?」
乙骨は五条にそう聞くと、五条は無言で頷いた。
「………よかったぁ。」
緊張の糸が途切れたのか、生徒達は次々に座ったり寝そべったりしていた。
「絵名!」
瑞希達は絵名の方に駆け寄る。絵名は寝息を立てて寝ており、ほっと胸を撫で下ろす。心の底からの安堵に、二人は顔を見合わせて顔を綻ばせた。
「お疲れ様です。」
「あ、七海。ありがとね。今まで保ってくれて。」
五条は七海に珍しく感謝の意を伝える。然し七海は顔を顰めて頭を下げた。
「いえ、……全ての責任は私にあります。」
「無いよ。」
五条ははっきりと言いきった。
「多分絵名は七海じゃなくてもあーやってた。そういう子だからね。」
五条はそう言い狗巻達の所に向かう。
「棘〜帰る………よ……。ね、寝てる?」
五条は狗巻の方に顔を向けると、狗巻も絵名を膝枕しながら鼻ちょうちんを出していた。恐らく疲労がピークに達したのだろう。
「おーい。誰か棘と絵名を運んでー。」
「無理に決まってんだろ。」
他の生徒に呼びかけるも、彼らはその場から動こうとはしなかった。彼等もまた疲労が頂点に達して動けないのだ。
「……こんなに疲れたのは十一年前ぶりです。」
七海は懐かしそうに目を細める。今でも覚えているのだ。
十一年前の悲劇を。
残酷で、残虐で、冷酷なあの事件を。
「……そうだね。でも決定的に違うのは死者は出なかったじゃないか。」
五条はそう言い絵名の頭を撫でた。
今度は救えた。そう思って。
時刻を見ると、もう日を跨いでいた。
数時間にも及ぶ戦いは、無事に幕を閉じたのだった。