謎の浮遊感に包まれ私は目を覚ます。目が覚めて初めに認識したのは白い天井だった。次に消毒液の匂い。そして迫り来る身体の激痛。此処は……病院だろうか。
身体の激痛を堪え起き上がる。窓の外は青空が広がっていた。そしてその窓際にある花瓶に入った大量の花。……本当に多いな。そしてぬいぐるみやら玩具やらが大量に置かれていた。………如何いう状況だ。というかその中にけん玉やらカルタやらが置いているのだが。入院中にしろって事?無茶言うな。
両腕を見てみると包帯が巻かれており、もう肌も見えなかった。全身焼ける様に痛く、もう死んでしまいそうだった。筋肉痛より痛いわよ。これ。
私は如何してこうなったんだ?えっと、確か建人と一緒に任務に行って、変な呪霊に足に巻きつかれて、それで……。
ガタリとベットから落ちる。頭をぶつけてしまって激痛が走るがそんな事は如何でもよかった。
私、みんなに何をした?
「……何してんの?」
いつの間にかドアが開いていて、其の出入り口にジト目をした硝子さんが壁にもたれながら立っていた。正気になって自分の姿を見てみれば、足はベットに、上半身は地面につけている状態だった。ハハ、こんな姿を見られるなんて、なんかもう………、死にたい。
私は身体の激痛で起き上がれずにいると、硝子さんは私の腕を強く引っ張ってベットに乗せる。いや、怪我人なんだからもう少し優しく……。
然しそう思った時、昨日の事が頭を過ったのだ。優しく……なんて。私にそう言う資格などあるわけないのに。みんなはこれ以上に痛い思いをしてきた。私がさせた。だからこんな痛みは償いにも、代償にもなりはしない。そんな程度の痛さじゃ無かった筈だ。
「……良かったよ。目が覚めて。」
硝子さんは優しい顔で私の頭を撫でた。其の手があまりに優しく、泣きそうになる。
「硝……子さん…。私……。」
「あぁ、あの見舞い品かい?凄い量だね。アイツら持って帰る事考えてないだろ。」
「え?いやそう言うことじゃ無く……」
「え?トイレとかって事?そこに繋がってるだろう自分の尿ど……。」
「それじゃないです!なんて事言ってんですか!……ってうわ!マジだ!きもちわる!」
漫才の様な会話を繰り広げながら、私は「違います!」と遮る。
「みんなは……大丈夫なんですか?」
硝子さんは真顔で此方をみる。私は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、其の目を逸さなかった。
「……大丈夫だよ。みんな傷も完治して元気にグラウンド飛び跳ねてる。それにアンタの友達もね。」
「そう………ですか。良かっ……た……。」
目の前が霞み、頬に冷たい感覚が走る。泣いているのだ。
生きてる。
よかった。よかった。本当に。
私は嗚咽を漏らしながら泣いた。安堵と後悔が入り混じり、水となって目から溢れ出す。
あぁ、何故あんな事をしてしまったのだろう。あの時私は何を思ってあんな事をしたのだろう。
硝子さんは無言で私を抱きしめた。其の優しさが痛く、苦しくそして嬉しくて、また泣いた。
「絵名!」
病室に響き渡る程の声と共に入ってきたのは、真希と狗巻君。それに憂太とパンダ君だった。
彼等は私の泣き顔を見て目を見開き、硝子さんの方をみる。
「………硝子さん、アンタ。」
「いや違う。私は何もしてないよ、真希。ちょ、乙骨君。刀を出さないでもらえる?ほんと何もしてないから。」
そんなやり取りを私は鼻を啜りながら眺める。みんなの顔は傷一つ無く、元気そのものだった。
其の姿にまた私は涙を流す。
「うわー!また泣いた!ちょ、大丈夫!?何処から痛む!?」
「うるせぇよ憂太!!!静かにしやがれ!!!」
「テメェが一番うるせぇよ畜生パンダ!!!!」
「おかかぁ!!!!」
「お前ら全員うるせぇよ!!!!病院では静かにしやがれクソガキども!!!」
「あ、すんません。」
それぞれ叫んでいたが、最後の看護師さんの罵声によりその場は何とかおさまった。
其の姿があまりに可笑しく、私は思わずプッと吹き出してしまった。というか口悪いな、看護師さん。
「えっと、みんな大丈夫?なんか何処か痛いとかない?動かないとか、うまく動かせないとか。」
「私らは大丈夫だ。今のお前よりかな。お前丸二週間眠りこけてたぞ。」
「え、嘘。」
二週間……一週間が七日で、七日が二回で十四日……。え?私十四日寝てた事になるの?
「いやでもホント良かったよ。一時は如何なる事かと……。」
私はそれを聞いて重いものがのしかかる。
あのままだと私は如何なっていたのか。いや、私では無くみんながか。
あの時の私は自分とは切り離されて見ており、まるで映画のスクリーンを眺めている様だった。目を瞑る事も許されず、やめてと叫んでも終わってくれない。
まるで悪夢の様だった。
「………ごめん。」
私はみんなに頭を下げる。本当は土下座をした方が良いのだが、いかんせん足が上手く動かせない為、この様な謝罪になってしまう。退院したら改めて土下座をしよう。
「私が馬鹿をやったばっかりにみんなを危険な目に合わせてしまって。本当にごめん。」
「ちょ、顔上げろって!……逆に謝らなきゃいけねぇのは私達の方だし。」
真希はそう言ってそっぽを向く。
「絵名に宵崎達の事を守れって言われたのにあのザマだ。笑えねぇよな。」
「違う!」
私はその言葉を思いっきり否定した。違う。真希達は何も悪くない。
「……奏達を守ろうとしてくれて私はどんなに嬉しかったか。私の大切なものを大切にしてくれて、私……は……。」
また私はポロポロ涙を流す。
そうだ。彼等は奏達を守ろうとした。その事が私は嬉しくてたまらない。彼等だけじゃない。建人や五条先生や日下部先生や伏黒君も……。本当に謝っても謝りきれないし、お礼を言っても言い切れない。
「じゃあ速くお前が回復して相殺な。」
パンダ君は閃いた様にそう言う。
「絵名が俺たちに負い目を感じてんだったら、謝罪の代わりにその傷を速く治す。これでこの話はお終いだ。」
私はポカンとしてパンダ君をみる。
そんなので良いのか。そんなので赦される罪なのか。
「でも、それじゃあ釣り合わないじゃない!みんなは命懸けで助けてくれたのに、私一人だけこんな……。」
私がそう言うと、真希はハーッと息を吐き、私にデコピンをする。凄い力で。
「あのなぁ。私らの本来の目的はお前を元に戻す為であってお前を苦しめる事じゃねぇ。絵名が完治しねぇと私らの目的は達成されねぇんだよ。そこんところ履き違えんな。」
真希はそう言ってフンッと一息つく。
真希の言葉が私の心にストンと落ち、じわじわと広がっていく。
「……うん。ありがとう。私頑張るね。」
私は今度こそ涙を堪えてそう言う。それに満足したのか、やっとみんなの顔に笑顔が戻った。
こんな人達に囲まれて私はなんて幸せものなのだろうか。
「あのぉ。もう良いかしら。」
出入り口の方から声がし、振り返ってみると、久々の顔に私は思わず「え!」と声を出してしまった。
何故この人が此処に……。
「……お母さん……!?」
「はぁ!?」
真希とパンダ君の声が病室に響き渡る。
「お久しぶりです。お嬢様。」
「久しぶりね。硝子ちゃん。こんなに美人さんになって。」
「恐縮です。」
硝子さんは礼儀正しくお母さんに頭を下げる。何が起こってるんだ?一体。
「禪院の子と、狗巻の子と、夜蛾の子と、五条の血筋の子ね。いつも絵名がお世話になってます。絵名の母です。」
「あ、ど、どうも!」
みんなはそれぞれ頭を下げた。何やら緊張しているようだが、みんなはこう言うので緊張するタイプだったか?と疑問が出てくる。まぁ気にしてもしょうがないか。
「硝子ちゃん。ごめん。絵名と二人っきりにさせてもらえるかしら。」
「かしこまりました。ほらアンタら。出るよ。」
硝子さんはそう言い四人を連れて部屋から出て行く。
それを見送った後「さてと。」と言ってお母さんは椅子に腰掛けた。こんなに面と向かって喋る事は長らく無かった為、謎の緊張感が走る。
「……怪我の様子は?」
「………大丈夫に見える?」
「いいえ?」
お母さんはクスクスと笑ってそう答えた。
そしてフーッと息を吐き遠くを見つめる。
「……まさかこんな形であの子達と再会出来るなんてね。意外だったわ。それも貴女が呪術師になるって言うんですもの。吃驚しちゃった。」
確かにそうだ。然し私だって驚いた。まさか自分の母がそう言う呪術の出だったなんて。然もみんな腰も低いし。
「……みんな良い子ね。」
「え?」
「あの子達、すっごく良い子。大切にするのよ。」
「……うん!」
私はお母さんの言葉に勢いよく頷く。当たり前だ。みんなは私を大切にしてくれている。だったら私だってみんなを大切にする他ない。
お母さんは、窓の外を見つめた。その目は何を見ているのか。綺麗な青空なのか。それとも自分の過去だろうか。
「……本当はね。電話で悟君から貴女を呪術高専に入れるって聞いた時、お母さん凄く怒ったのよ。私の娘に危険な事はさせるなって。それにあんな所に行かせるのは如何しても嫌だったの。家族を差別する所なんて。」
そうだろうと思った。そういえばあの時の五条先生、頬腫らして髪もボサボサだったなぁっと思い出す。
「怒りすぎて少し
そう言いお母さんは親指と人差し指を近づけて言った。マジか。あの最強の五条先生を打てたのか。
「それでも彼の子はお母さんに頭を下げ続けたわ。彼の子、なんて言ったと思う?」
「さぁ?」
「『私達にはあの子が必要です。』って。土下座までしてね。懇願されたわ。もうそうやられるとこっちも強く出れないじゃない。」
私はそれを聞いた時、胸元に何かがじわぁっと広がっていくのを感じた。
私が一番言われたかった言葉だ。なんであの人が、一番言って欲しい事を言うのよ。
「だからお願いしたの。代わりに絵名を守ってって。そして悟君はその願いに100%応えたわ。」
——だから貴女は今生きているんだもの。
お母さんは私の頬に手を添えて微笑んだ。私もお母さんの手を握って笑う。
そうだ。先生は私の事を守ってくれた。あの八人は私の命の恩人だ。
だから今度は私の番だ。私がみんなを守らなくてはいけない。
私はある事を考える。
「ねぇ、お母さん。少し相談があるんだけど。————」
私達は暫く世間話をした。彰人はどうだとか、アイツの話とか。
そしてお母さんの昔の話とか。五条先生達の学生時代の話やらを諸々聞いた。
「それでね。悟君ったら正道君に拳骨喰らって。」
「え?マジ?ダサすぎでしょ。」
「ちょっとぉ!?何勝手に人の思い出語ってんの!?」
ドアが思いっきり開き、サングラスをかけた男の人が立っていた。
………誰だ?
「あら悟君。久しぶりね。元気してた?」
「えぇお久しぶりです。いやそんな事はどうでもよくて、何人の恥ずかしい話を言いふらしてんですか。」
「あら?可愛いじゃない。」
「ぜんっせん!」
サングラスの男は顔を真っ赤にしてお母さんへと近づく。……悟って言った?
「え!?若しかして五条先生!?」
私がそう聞くと、待ってましたと言わんばかりに五条先生はチャッと勢いよくサングラスを外す。
青い綺麗な目が覗いており、睫毛も長く、なんかもう……。
「腹立つくらい美形ね。」
「でしょー。」
五条先生は自分の容姿に自覚的らしく、ウインクをしてきた。私は飛んできた星を手で払う。
五条先生の後ろには伏黒君が立っており、五条先生の事を覚めた目で見ていた。やめたげて。伏黒君。
「……貴方は………。若しかして甚爾君の……。」
お母さんは伏黒君に近づき顔を見る。伏黒君は何がなんだか分かっておらず、無言でお母さんの目を見つめていた。お母さんはと言うとまじまじと伏黒君の顔を見て「へぇ」っと呟いていた。
「ふふ。瓜二つね。若い頃の甚爾君にそっくり。」
「でしょー?やんなっちゃいますよね。」
「はぁ。」
いつの間にか五条先生とお母さんで思い出話に花が咲いてしまって、伏黒君は逃げる様に私の所へきた。
「大丈夫ですか?」
「うん。伏黒君は?」
「俺はわりかし平気です。」
伏黒君は少し笑う。よくよく見なくても伏黒君は顔が良い。イケメンという言葉が似合う。なんで私の周りって顔が良い人が多いんだろうか。少し劣等感を感じてしまう。
「良かったです。先輩が生きてて。」
「伏黒君もね。」
私がそういうと、伏黒君はパチクリと目を見開いた。何か変な事でも言ってしまっただろうか。
「ねぇ、絵名。何か欲しいものある?お母さん買ってこようか。」
お母さんは私と伏黒君の間にひょこっと顔を覗かせ聞いてくる。
私はうーんと悩んで考える。何か……何か……。
「あ。チーズケーキ食べたい。あと紅茶も。」
「そんなものあるわけないでしょう。」
「じゃあ買ってきて。みんなで。その間私は寝とくから。」
「はぁ?」
伏黒君は顔を顰めてそう言った。お母さんはいつもの事の様に「ハイハイ。」と言って五条先生と伏黒君の腕を掴み病室を出て行った。
シンっと静まり返った病室で、私はある事を考える。
「………そろそろ決着つけなきゃな。」
スマホに映し出されている『悔やむと書いてミライ』を眺めながらそう呟いた。結局私はあの時からこれを消せてはいない。消せてはいないという事はそういう事なのだろう。
みんなにも謝らなきゃ。
今度こそ面と向かって。
私は連続に来た人の相手に少々疲れたのか、うとうととして、眠りにつく。
幸せな気分に包まれて。