「おお、着物。」
「はい。呪術師総会はこれを来て出席なさってください。」
私は女中の人に手伝ってもらいながら着物に着替える。水仙柄の綺麗な着物だ。
あれから一週間。通夜も葬式も終わり、諸々の手続きも済んで延期されていた呪術師総会が今日執り行われるのだ。勿論会場は此処、東雲邸だ。
正直言って緊張している。え?だって一級以上の呪術師が来るんでしょ?絶対怖いって。というか呪術師総会って何?そんなのする必要ある?連絡事項なんて携帯のメールですれば良いじゃない。私が当主になったんだし、もう取り消しにしようかしら。
私が当主になるって宣言しなくともあの人の遺書に『東雲絵名を当主とし、この者に全ての権限を譲る。』と筆で達筆に書かれていた為、何方にしても私が当主になる事は決定していたのだ。まさか勢いで言った事が本当になるとは。嘘から出た誠……いや?嘘じゃないからこの諺は可笑しいか。
「よくお似合いです。」
「えへへ、ありがとう。」
着付けが終わり、女中さんにお礼を言う。髪も序でに結ってもらい、これもまた水仙の髪飾りだ。なんだ。私イコール水仙なのか。可愛いから良いけれど。
私が鏡の前でくるくると自分の姿を見ていると、女中は私に向き直り正座をした。
「絵名様。どうかこれからの東雲家を、宜しくお願い致します。」
そう言って女中の人は土下座に近い形で私に頭を下げた。
これからの東雲家……ね。自信はない。これからの呪術界を変えていく器量も多分今の所持ち合わせてはいない。だから……。
「私、今まで呪術と縁もゆかりなくって、実際呪術師を初めて数ヶ月で……。だから右も左も上も下も分からない状態です。だから私に色々教えて下さい。私も出来る限り皆さんの期待に応えられる様に頑張ります。」
私も女中の人に頭を下げる。女中の人は慌てた様子で「どうか頭を上げて下さい!」と叫んでいた。なんか、人から持ち上げられるのは慣れていないからか、何処かむず痒い気がした。
女中の人に休憩をしてもらい、私は縁側に出る。雲一つ無い晴天で、庭に咲いている木や花々が綺麗に咲き誇っていた。今まで都会の方に居たからか、此の風景は凄く新鮮に思えた。
「はぁ……やりたくないなぁ。」
縁側に座り、項垂れる。あのジジイめ、変なシステム組み込みやがって。こちとら数ヶ月前まで女子高生だったんだぞ。って言ってもやると言ったのは私なのだが。
もうみんなは着いただろうか。高専は確か京都にも姉妹校があるとか。其処の人達も来るのだろうか。どうしよう。「お前なんか当主と認めない。」て言われたら。泣く自信しかない。
「う、胃が痛くなってきた……ちょっとトイレ行こ。」
ズキリと胃が痛くなり少しトイレに行こうと立ち上がった。一週間此の屋敷を歩き回りやっと地の利を理解したのだ。無駄に入り組んでいる所為で何度迷子になった事か。
まぁ多分此の総会が終わったら高専に戻るのだけれど。恐らく卒業して此の家に戻ってもまた迷うんだろうな。
私は手洗いを済ませ少し散歩をしようと思い外に出る。まだ総会までたっぷり時間はある。少しぐらいなら平気だろう。
此の山は東雲家所有の物らしく、その手続きも大変だったのを覚えている。まぁ腐るほど資金はあるらしいから、その件は後々勉強をするとしよう。その間はできるだけ信用できる人に任せると本家の使用人に伝えたのだ。
此の山はきちんと整備をされており、遊歩道の様になっていて真っ直ぐ続く石畳をスタスタ歩く。道中に川があって、橋の上に乗って川を見た。透き通った水が流れており凄く綺麗だ。風も吹いて気持ちも良い。
私が眺めていると、右側から落ち葉を踏む音が聞こえた。
「………高菜?」
「あ、狗巻君。」
其処には制服姿の狗巻君が立っていた。狗巻君は目を見開いて此方をみていた。その時風が吹き、花弁が散っていった。
「い……
狗巻君!!!!どうしよう!!!!私上手く出来るかな!!!?拒否られたりしないかな!!!?」
私がそう叫び狗巻君にしがみつく。
「こ、こんぶ!いくら!しゃけ!」
「いや大丈夫って言われても自信ないわよ!え?最初の挨拶どうしたら良いの!?舐められないかな?鼻で笑われないかな?」
「明太子!」
「う!!」
狗巻君は私の肩を掴み目を合わせる。綺麗な紫色の瞳に引き寄せられそうになる。狗巻君は目がでかいのだ。羨ましくなる程に。狗巻君は深呼吸をして、私も合わせて深呼吸をした。多分落ち着けと言う意味だろう。
「……分かったわよ。頑張るわよ。でも期待しないでよね。」
「しゃけ。」
私が落ち着きを取り戻すと、狗巻君はニコッと笑った。一週間会わなかっただけなのに、もう何年も会っていない感じだ。寂しかったのだろう。忙しさで気付かなかったのだけれど。真希や憂太やパンダは元気だろうか。狗巻君が来ているのだからもう彼らも居るのだろうか。今直ぐ会いたいな。
「あれ?そういえば狗巻君、どうして此処にいるの?」
私がそう聞くと、狗巻君はギクリとした感じで目線を逸らす。何か疾しい事でもあるのだろうか。
「すじこ……小松菜。」
「あぁ、迷子ね。」
それを聞いて私は納得をする。確かに此処だと迷子になるのも頷ける。私も一週間前は迷子になりいつの間にか麓まで歩いて降りてしまった事もあった。その時は五条先生が迎えに来てくれたが。その時の五条先生の「そうはならんやろ。」の顔が鮮明に思い出せる。なっとるやろがい。
「じゃあおいで!一緒に帰ろ!」
私が手を差し伸べると、狗巻君は少し顔を赤くして私の手を取った。あ、思春期の男子ってこう言うの気にするんだっけ。
然し握ってしまった手前、手を離す事も出来ず、私は少し恥ずかしい気持ちになる。どうしよう、手汗酷くないかな?誰かと手を繋ぐなんて小さい時以来だから緊張する。
歩みを進めると、繋いでいる右手が勢いよく後ろに引っ張られた。狗巻君が立ち止まってしまったのだ。どうしたのだろうか。脚でも痛めてしまったのだろうか。
「……こんぶ。」
「あ、水仙の花だね。綺麗。」
狗巻君の指の先を見てみると、水仙が綺麗に咲き誇っていたのだ。全て白色の水仙で、まるで白いカーペットの様だった。
「高菜?」
狗巻君は私の着物を見る。私の着物の柄も水仙だからだろうか。それに髪留めも。そういえば今日はやけに水仙の花を見るなぁ。
「どう?似合ってる?」
私はくるくると周り狗巻君に感想を聞く。まぁ多分ノリで「しゃけー。」と言ってくれるのだろう。然し狗巻君はいつも私の予想を超えていくのを、此の時の私は忘れていたのだった。
「しゃけ。高菜。」
「……へ?」
狗巻君は私の目を見て真剣な顔で言ったのだ。まるで綺麗だと言っている様に。いや、これはもしかして自惚れかもしれない。
「……もしかして、綺麗って言ってくれてる?」
私が半信半疑でそう聞くと、狗巻君は顔を赤くしてそっぽを向き「しゃけ……。」と今にも消え入りそうな声でそう言った。あ、これガチなやつだ。
顔が熱くなっていくのが分かる。やばい。私今どんな顔してる?
「あ、ありがとう……。」
私が振り絞って声を出す。然し狗巻君から返事が返ってくる事はなかった。え?嘘でしょ?なんか言ってよ。そう思い顔を見てみると、狗巻君は顔を真っ赤にしている。私にもそれが伝染したのか、手汗がじんわりと出てきた。
「御歓談中失礼致します。そろそろお時間故お迎えにあがりました。」
「わぁぁぁ!!!!」
「高菜ぁ!!!!」
突然先程の女中の人が間からぬっと現れてそう言った。私達は驚きのあまり叫んでしまったが、女中の人は気にする素振りも見せずただ真顔で此方をみていた。
「あ、ありがとうございます。迎えに来てくれて。」
「礼には及びません。さぁ御二方此方へ。」
私達は女中の後を歩く。お互い顔が見れず逸らした状態だった。くそ、こんな時に来なくても。いやこんな時だからか?道中私達は会話は無かった。それは気恥ずかしさからなのか、それとも……。いや、今考えるのは止そう。きっと総会に集中出来なくなる。
しばらく歩き、やっと屋敷が見えてきた時に、女中が振り返った。
「そういえば、手はいつまで繋いでおられるのですか?」
‥………あ。
私達は思いっきり手を離して距離を取る。忘れていたが私達は手を繋いでいるんだった。
「そういえば絵名様のご両親も彼処の水仙を手を繋いで見ておられましたよ。」
「良いから!そんな情報いいから!聞きたくないわよ身内の恋愛なんて!」
まさかこの女中、面白がってるな。こんな鉄仮面をして中身うっきうきじゃないの。
「じゃあ私行くから!狗巻君また後で!」
私はそう言って駆け出す。着物なので少し走りずらいがそんなのは関係ない。
あ、そうだ。
私は振り返り手を振った。
「狗巻君!私頑張るね!」
そう叫ぶと、狗巻君もにっと笑「しゃけ!」と答えた。
上手く出来るか分からない。若しかしたら私はみんなの期待に応えられる器じゃないかもしれない。でも今できる精一杯をしよう。
色んな人が私を救ってくれた。奏にまふゆに瑞希。それから狗巻と真希と憂太とパンダ君と伏黒君。日下部先生に五条先生に夜蛾学長に家入さん。それに建人も。こんな私でも此処にいていいよって認めてくれた。受け入れたくれた。………救ってくれた。
じゃあ今度は私の番だ。私がみんなを救う番だ。
私は中に入り軽く身支度を済ませる。そしてパンっとほっぺたを勢いよく叩いた。大丈夫。私ならやれる。いややるんだ。
「〝御当主様〟。そろそろお時間です。」
別な使用人が私を呼びに来る。私はそれに返事をして部屋を出た。少し入り組んだ道を行き、ある襖の前に立つ。
大きく深呼吸をして横にいる使用人と目を合わせて頷いた。その瞬間襖がゆっくりと開き中に入る。
大勢の人と目が合う。その中には見知った顔が何人か居た。狗巻君とも目が合い目線で伝える。
(大丈夫だよ。)
私はゆっくりと歩き真ん中にある座布団に座り前を見た。
「どうも。本日から当主になった東雲絵名です。以後お見知りおきを。」