「だーーー!何なのよあのジジイ共!絵名様に向かって無礼にも程があるでしょ!?」
「まぁ落ち着きなって歌姫。そんなキレてたら禿げるよ?」
絵名達がゲームで遊んでる同時刻。大人達は大広間に集まっていた。其処で先程の巫女姿の女性、庵歌姫が怒りを露わにしていた。
「五条はなんとも思わないの!?絵名様があんな風に言われて!」
「成長したなぁって。」
「親か!」
五条は歌姫の怒号を聞き流しながら氷で冷やされたお茶を飲む。会議途中から喉がカラカラになっていた五条の喉は瞬く間に潤っていく。まだ歌姫は叫んでいるが、五条は別に腹は立たなかった。逆にあんな逆境の中でよく言ったと感心するまである。
確かにたった
「歌姫先輩落ち着いて下さい。逆に言えばあのジジイ達を一人で否せたという事です。見ましたか?あの焦った顔を。」
「む。確かにそうね。」
歌姫の癇癪を収めたのは意外にも家入だった。五条は自分が言った時には治らなかったのにと苦言を呈したいが、先ず抑も普段の行いの所為だろう。歌姫は家入には甘いところがあるのだ。それに家入の口調からして、彼女もだいぶご立腹の様だ。笑顔から滲み出る負のオーラが怖い。
今大広間に居るのは五条、歌姫、日下部、家入、夜蛾、七海、伊知地。そして一級呪術師の冥冥だった。そして絶対に此の家には居てはいけない人物がもう一人。
「なんで、私は呼ばれたのかしら。」
「いやいや、此の集まりで貴女が居ないのは如何考えても可笑しいでしょう?お嬢様?」
そう呼ばれた人はグッと眉間に皺を寄せて五条を見る。其処には随分前に自ら此の家を出て行った絵名の母が座っていた。
「悟君。其の呼び方辞めてと何回も言っているでしょ?」
五条はアッハッハと笑うばかりで謝りもしなかった。きっと訂正される事は無いのだろうと絵名の母は溜息を吐く。
彼女は此処には居てはいけないのだ。況してや自ら出て行った女など、本家の人間は良しとはしない。ここまで隠れるのにどれほど彼女が苦労したことか。それを知る人物は此の屋敷において彼女を匿っていた伊知地のみだろう。彼はいつも貧乏くじを引かされるのだった。
「さて、閑話休題。本題に入りましょうかね。」
五条は入っていたお茶を一気に飲み干しそう言った。それでは話終わった後に喉が渇いても何も飲む物ないのでは無いかとそれを見ていた七海は思ったが、まぁ自分は関係ないしなと直ぐに思考を放棄した。
それ以上にあの五条悟はいつになく真剣な面持ちだったのだ。
「絵名に昔の事を聞きました。絵名は11年前の事は何も覚えて居ないそうですね。」
ピクリと反応した。それが何を意味するか此の場の全員は即座に理解をした。否、
五条はそれを確認してまた言葉を紡ぐ。
「貴女ですよね。絵名の記憶を消したのは。11年前。丁度11年前ですよ。〝あの事件〟が起こったあの年。」
五条は手で11の文字を作りながら問う。彼女はそれを肯定する訳でも否定する訳でもなく聞き続けた。それを見て五条はまた話を進める。
「絵名は11年前以前の記憶を全くと言って良い程覚えて居ませんでした。僕でも六歳以前の事を細やかにじゃないですけど覚えていますよ。けれど絵名にはそれが無い。個人差では片付けられない程に。それは貴女の術式で忘れさせているんですよね。」
五条は付けていた目隠しを外し彼女を見る。真っ直ぐと。逃さんと言わんばかりの眼差しで。
「
暫くの沈黙が流れる。彼女は俯いたきり何も話さなかった。しまった、少し畳みかけ過ぎたかと五条が思った時、彼女重い口を開いた。
「仰る通りよ。あの時の私はあまりにも浅はかだったわ。言い訳になるかもしれないけれどあのままの絵名を放置する事なんて私にはできなかった。そのせいで絵名が更に苦しむ事になるだなんて。情けない話ね。本当にごめんなさい。……ごめんなさい。」
彼女の消え入りそうな声が静かな部屋に響き渡る。少しばかり体が震えていた。
「そうですか。よかったです。」
「へ?」
彼女が涙を溜めた目で五条を見上げると、五条は彼女の方を優しい目で見ていた。
「責めるような言い方してごめんなさい。貴女を呼んだのは意思確認をする為です。」
「意思確認?」
「はい。近々絵名の記憶を戻そうと思いまして。其の時貴女が邪魔しないようにと……けどそれも必要ありませんでしたね。逆にそんな大変な時に力になってあげれなくてごめんなさい。今まで独りでお辛かったでしょう。お疲れ様です。ありがとう。」
其の言葉に此処に居る全員は少しばかり驚愕した。此奴に人を労う気持ちがあったのかと。
五条がそう言った時、彼女は溜めていた涙を流した。其れは一種の解放だった。
彼女が今まで償ってきた贖罪は、
今此の時を持って完遂したのだ。
「然し、記憶を戻すなんて如何やってするんだい?そんな曖昧な物、直ぐには戻せやしないだろうに。」
今まで黙って聞いていた冥冥は口を開いた。自分の絵名には昔世話になった。だから出来る限り手助けはしたいと思っては居るが、記憶なんて簡単には戻らないだろうと今の話を聞いて思ったのだ。
其の言葉に全員黙り込む。記憶を取り戻せる術式を持つ者もいなければ、現代にそんな技術はない。数百年後だったら別かもしれないが。
「ありますよ。戻す方法は。とても危険なやり方ですけど。」
意外にも口を開いたのは、絵名の母だった。いや、記憶を奪った張本人だから意外でもない。
彼女は懐から試験管のような物を取り出して五条に渡す。其の中は真っ黒な液体とも言えないドロドロした物が入っていた。持って見ても何も重量も無い。まるで何も入っていないような、然し確かに其処には何かが入っていた。
「絵名の記憶。結局食べられずに取っておいてたの。これを飲めば記憶は戻るわ。」
「危険と言うのは如何言う事ですか?」
次に聞いたのは歌姫だった。絵名の母は少し間を置いて言葉を発する。
「此の屋敷には結界が張られているのは御存知でしょう。簡単に入り込めない様に、呪霊から遠ざける様に。そして其の結界を張っているのは代々東雲家の当主なんです。そしてこれを飲むと一時的に意識が過去に向かう。つまり……。」
「寝ている間に結界が緩み、呪霊がこぞって襲ってくると言う事ですね。」
其の解を出したのは夜蛾だった。其の言葉に絵名の母は頷く。謂わば此処は呪術界の要。結界が緩んだら様々な呪霊、差し当たっては呪詛師が狙いに来るだろう。
「………如何しましょう。」
歌姫は学長に問うた。学長は暫く唸り声をあげ、決意した様に言った。
「戻そう。多少のリスクを負ってでも彼女の記憶を戻した方がいい。」
「じゃあその間の呪霊は如何するんですか?」
「我々で捌く。彼女が起きれば多少は結界が強まるだろう。その間に我々で持ち堪えるのだ。謂わば時間稼ぎだ。」
シンっと静まり返る。
学長の言う事はつまり、たった一人の少女の為にこの身を犠牲にしろと言っている様な物だった。そんな事、此の場に置いて……。
「しょうがない。絵名の為に頑張りますか。」
「確かに特級がいれば余裕だねぇ。」
「生徒達にも聞いてみましょう。京都校には私から言います。」
誰一人として嫌だと言う人間は居なかった。此の空間は昔の絵名を知っている者ばかりだ。そして絵名のことを理解している。
此の場にいる皆、嘗て絵名に救われたのだ。きっと絵名は覚えていないだろう。彼女は勝手に、無意識に人を救う。然し本人は救った自覚がない。そんな人間なのだ。
今度は自分達が救おう。
そう誰もが思った。
「丁度聞いて!パンダ君私にばっか攻撃してくるんですけど!」
突然障子がスパンと開き、ゲーム機を持った絵名が涙目でそう言っていた。そして後ろでニヤニヤしながら「よえー奴から喰われんだよ。」と言っている。それを見て絵名はまた怒りに満ちた顔でパンダに掴み掛かるが、パンダは躱わすどころか其の手を掴みにぎにぎしていた。
それを見て大人達はポカンとしていた。先程の会議の時とは一変して、ただの普通の女の子だ。
絵名は母に気付いたのか、吃驚した顔を向けた。
「お母さん!?何で此処に!?葬式にも来てなかったじゃん!」
絵名の母はクスクスと笑い「ごめんなさいね。」と謝罪をした。そして急に真顔になったかと思うと、絵名に手招きをする。
「絵名。来なさい。大事な話があります。」