東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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彼等の物語は、ゆっくりと動き出す。


出逢った二人

 「あれ?君誰?」

 

 蹲っている少年に絵名は喋りかけた。その少年は草木に隠れる様にしゃがんでおり、嗚咽を漏らしていた。年は絵名と同じくらいで何方かと言えば小柄な少年だった。その少年は絵名の言葉に反応して上を向く。少年の口には布が被せられており、表情を伺うことはできなかった。

 

 「私は東雲絵名。君のなまえは?」

 

 絵名はジッと少年の紫の瞳を見つめて聞いた。少年は気まずそうに目を逸らす。絵名はそれした目を見つめようとその先に移動をして無理矢理目を合わせようとした。仲良くしたいという思いは少年にもひしひしと伝わったが、然しながら少年は己の名前を名乗れないのだ。

 

 「……もしかして喋れないの?」

 

 コクリと頷く。

 

 「んー。あ、じゃあコレ!」

 

 絵名は手に持っていたスケッチブックと鉛筆を少年に渡した。

 

 「コレで名前を書いて」

 

 少年は一瞬ポカンとした表情になったが、言われた通りに自分の名前を書く。その字は(つたな)く、ヨレヨレだったが、絵名は自分の為に一生懸命伝えようとしてくれている事に喜びを感じ、顔を綻ばせていた。

 

 何とか書き終わり、スケッチブックを絵名に返す。絵名はまじまじとその文字を見ると、パァッと効果音が付きそうなくらいに笑顔を見せた。

 

 「狗巻棘君!いい名前!かっこいい!」

 

 絵名がそう言うと、その少年……狗巻は照れた様に頭を掻いた。今までこんな直球で褒められたことは無かったのだ。

 勢いよく絵名は立ち上がり、狗巻に手を伸ばす。

 

 「棘君!一緒に遊ぼ!」

 

 コクリと頷くと、絵名は狗巻の手を掴み走り出した。

 

 カランカランと下駄の音が辺りに反響して、まるで二人しかこの世にいないみたいだと、何処かで聞いた比喩を狗巻は思い浮かべた。

 

 二人はいろんな所に行った。山奥にある池、石畳の道中にある水仙畑、そして絵名のお気に入りの場所、神社だ。二人は石造りの階段に腰掛ける。遊びすぎて足が痛くなったのだ。

 

 「そういえば、何で棘君は口に布してるの?暑くない?あ、汗滲んでる」

 

 絵名は棘の額に手を当てると、ビチョリとした感覚がした。いくら涼しい季節だとはいえ肌面積が少ないとどうしても蒸し暑くなってしまう。狗巻はパタパタと手で扇ぎ風を送るが雀の涙である。

 絵名はスクっと立ち上がると、近くに流れている水をタオルにかけて狗巻の額に押し当てた。

 

 「はい!コレで冷やして。お母さんが偶にやってくれるの」

 

 額からひんやりと冷たさが広がって行くのを感じた。タオルから雫が滴り、狗巻の鼻筋を通って口を覆っている布を濡らしていく。子供の握力では水は完全に水を抜く事はできずタオルは少しばかりびしゃびしゃだ。

 狗巻はタオルを受け取り顔を隠す様に自分で額にあてる。心臓が五月蝿く、この暑さは恐らく気温の所為ではない。

 然し子供の狗巻にはわかる訳はなく、ひたすらに顔を冷やしていた。

 

 「そういえば何で喋れないの?」

 

 子供の無知とは怖いもので。狗巻は喉を締め付けられる感覚に襲われた。然し絵名は狗巻の心など分からないと言った様子で光を反射した眼が狗巻を見つめていた。

 狗巻は震える手でスケッチブックに鉛を押し当てる。

 

 

 『しゃべったらほんとうのことになってみんなきずつけちゃうから』

 

 

 絵名はそれを見てポカンとした顔になる。

 ——あぁ嫌われた。

 折角友達になれそうだったのに。嘘を吐けばよかったのに。然し何故か絵名には嘘を吐けなかったのだ。狗巻は、絵名を騙せなかったのだ。

 

 「え?じゃあそうしたら助かれって言ったら助かるって事?すごいじゃん!」

 

 その言葉に狗巻は顔を上げる。突然の事で理解が追いつかなかった。

 

 『こわくないの?』

 「全然?だって棘君優しいじゃん」

 

 狗巻の頬に

 冷たい何かが伝う。絵名はギョッと目を見開き狼狽える。

 

 「……それ、邪魔じゃない?外す?」

 

 狗巻は少しの間をおいてコクリと頷くと、後ろに手をやって紐を解く。すると隠されていた口が現れた。口の両端には奇妙な模様が刻まれている。

 

 「………かっこいい!」

 

 絵名は目を輝かせて顔を近づけた。先程から予想の斜め上をいく絵名に狗巻はたじたじになる。然しそれと同時に嬉しかったのだ。初めて己を受け入れてくれる人物に出会った。

 どれほど待ち望んでいた事だろうか。もはやこれは夢ではないだろうか。然し狗巻の頬に触れている絵名の手の感触が現実だと叫んでいる。

 

 「あ、でも棘君は悩んでるんだよね。うーん……」

 

 絵名は狗巻から離れ考え出した。まだ頬に残っている絵名の体温が少し名残惜しい。

 すると「あ!」っと叫び絵名は勢いよく立ち上がる。それに狗巻は吃驚して飛び跳ねる。

 

 「そうだ!おにぎりの具にしたら?しゃけや昆布や明太子!どう!?」

 

 またコクリと頷く。ぶっちゃけ何でもよかった。ただ誰かが自分の為に一生懸命考えていると言う事実が狗巻の心を満たして行く。

 

 「じゃあ一緒に考えよ!」

 

 絵名は隣に座り狗巻に鉛筆を渡す。狗巻は絵名の言葉を聞きながら鉛を押し当てた。それは先程とは違い、走らす鉛筆は軽やかなものだった。

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