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「オイオイお嬢ちゃん。呪霊に無理矢理ヤられてる気分は如何よ」
「あっはは!また呪術師の卵を潰しちまったよ!」
無数の手が、てが、テが。絵名の身体を触り、弄っていた。呪霊は其の小さい身体に容赦なく己の欲望をぶつける。
「はー。もうそろそろ喰おうぜ。沢山運動したら腹減っちまった」
「だな!いやー、やっぱ運動した後の飯は格別だよな」
そんな下世話な会話を呪霊達は繰り広げている。まるで絵名は玩具だと言わんばかりに殴ったり、蹴飛ばしたりと好き勝手やっていた。最初こそは絵名も叫びながら抵抗をしていたが、次第に叫び声すら上げなくなり、ただ身を任せているだけになっていった。
然し。
突然呪霊の頭は潰され、破裂し、此の粉々になった。いつの間にか絵名は起き上がり、此方を見ていた。
其の表情はさっきとは打って変わって狂気の笑みに満ちていた。
今までの苦痛、祖父の言葉は、絵名の心を壊すには十分すぎたのだった。
◆◆◆◆
「絵名大丈夫だろうか」
夏油はそう呟く。和室には夏油、五条、家入、灰原、そして家入の治療が済んだ七海が居た。彰人は家入の側で寝息を立てて居る。傷はもうすっかり完治し、あとは彰人が起きるのみだ。
「すみません。私がお嬢を止めていれば」
「いや、七海の所為じゃないさ。逆に私達が来てくれるまでよく保ってくれてたよ」
落ち込んでいる七海に夏油はフォローを入れる。実際其の通りだった。ほんの一秒でも早く七海がやられていたら絵名の手によって皆殺しだったのだから。本当に七海はよくやってくれたと夏油始めこの場に居る全員が心の底から思っている。
「……絵名の試練って何だろう」
家入の言葉に全員が黙る。試練と言うのだから簡単な事では無いのは確実だ。しかもあの当主の事だ。碌な事にならない。
絵名はいつもそうだった。誰かが助かるのであれば自分をいとも簡単に犠牲にしてしまう。それは義務感ではなくただ息を吸う様に当然とやってしまう。これでは何方が護られているのか分からない。
やめて欲しいと思うと同時に其の儘で居て欲しいとも彼等は思っていた。
優しいからこそ、誰かに幸せになって欲しいと考える。優しいからこそ、自分より他人を優先出来る。今までの行動は全て絵名の優しさであり、素晴らしい、尊い感情だ。
ただ分かって欲しいのだ。絵名が傷つく事により沢山の人が傷つくと言う事を。こんなに絵名の事を大切に思っている人が沢山居ると言う事を。
絵名が護ってきた人間達が、同じくらい絵名の事を護りたいと思っている事を。
「抑も何故彰人様を殺すと言う話になるのかさっぱり分かりません。夏油さん、何か知ってますか?」
灰原は夏油に問いかけた。夏油は少し口籠る。此の二人を巻き込むつもりはなかったのだ。このまま三人で片付けるつもりだった。然し巻き込んでしまった以上、説明しない訳にもいかない。
夏油は夜蛾から説明された事を掻い摘んで説明をした。説明された事を説明するのだから少し伝わっているか夏油は不安だったが、何とか伝わって欲しい所を七海と灰原は理解してくれていた。此の二人が頭が良い方で良かったと夏油はホッとする。
「次子を殺すなんて、いつの時代ですか」
「ホント時代遅れも甚だしいな」
七海の呟きに五条は肯定した。本当にそうである。今時何処の呪術師の家系も、もうそんな事はやっていない。寧ろ戦力を上げる為に兄弟は沢山居る。
「でも本家からしたらこれ以上に無い程の譲歩だったんだろうね」
「……僕、やっぱりお嬢の所に行きます!そんな話を聞いてじっとしてられません!」
灰原はそう言い勢いよく立ち上がる。然しそれを制したのは七海がだった。
「やめろ。俺達が行って如何こうなる問題じゃ無いだろう」
「でもこのままじゃお嬢が危ないだろ!七海はお嬢が心配じゃ無いのかい?」
「それは……!」
そんな訳がなかった。七海も此の場に居る全員と同じくらい絵名を大切に思っている。妹の様に可愛がって来た絵名を、七海が心配しない訳が無い。
「……邪魔するぞ」
一触即発。珍しく七海と灰原が喧嘩しそうな空気に割って入ったのは、此の屋敷で珍しく着物を着ていない男だった。
「あ……慎英さん。それに冥さんも」
「なんだい喧嘩かい?君達二人が珍しいね」
其の姿を見て五条は呟く。そこにいたのは水色の髪を後ろに一本で括っている一級呪術師の冥冥と、東雲家に婿養子に入った天才画家で、同時に絵名と彰人の父である東雲慎英だった。
慎英は彰人に目をやり側に行く。
「俺の子供達が世話になったな」
そう言って彰人の頭を撫でる。
「慎英さんは知っていたんですか?此の事」
七海の問いに慎英は首を横に振る。
「いや、情けない話、知らなかった。抑もそんなシステムがある事も知らされていない。冥さんに聞いて初めて知ったんだ」
「そうだったんですね」
当たり前である。そんな事を知っていたなら慎英は黙ってなどいなかった。然し今知ったとて手遅れだ。時すでに遅し。後悔先に立たず。
「……今妻が別館の懲罰房に監禁されている」
慎英の言葉にその場にいる全員が目を丸くした。然し考えてみれば分かる事だった。何故子供達が危険な状況なのに全ての元凶である母親が出てこないのか。
連中も計画の邪魔される事を危惧したのだろう。
だが其の裏をつき夜蛾に頼んで五条達を動かしたのだ。此れは夜蛾の頼みであって、同時に母親からの〝依頼〟だったのだ。
「もう一度礼を言おう。本当に有難う」
慎英は深々と頭を下げる。
「これからは俺がでなんとかしよう」
「俺が……って、あんた術式疎か呪霊も見えやしないでしょ」
慎英の言葉に五条は顔を顰める。慎英は所謂非術師だった。それでも当主が結婚を認めたのは彼が名の知れた画家だからだったのだろう。
「あぁ。だがこれ以上お前達を巻き込む訳にはいかない取り返しのつかない事になる」
「何でっすか」
「お前達がまだ子供だからだ」
五条は自分の額に血管が浮き出るのを感じる。此れは明確な怒りだった。
——子供だからなんだ。そんなもの呪術界にとっては関係ないだろ。子供は大切な人を護りたいと思う事も許されないのか。
「つまり、私達は用済みって事ですか」
夏油も同じな用で、声を震わせてそう聞いた。声に少し怒りが混じっており、其の中には悲しみも混じっていた。
「そうは言っていない。ただお前達にはこんなものは背負わせられないと言っているんだ」
「同じ事じゃないですか!こんだけ巻き込んでおいて、今度はやめろって、身勝手過ぎます!」
夏油は思わず怒鳴ってしまった。彼が感情的になるのは珍しく、相棒である五条も目を丸くしていた。
「身勝手なのは分かっている。だがもう君達を巻き込めない」
其の言葉にまたも夏油は怒りを覚える。
然しそれを遮ったのは慎英の隣で静かに傍観していた冥冥だった。
「まぁ落ち着きなよ。慎英さん、あんたは少し言葉足らずだね。そんな言い方じゃ此の子達が怒るのは当然だよ」
冥冥にそう言わら、慎英は苦虫を噛み潰したような顔をした。五条達は訳が分からずポカンとする。
「此の問題はね、君達が思っている以上に難しく、そして危険な事なんだよ。大人でも抱えきれない程ね」
だから、最強である三人を頼った。頼らざる負えなかった。子供に迄縋らなければ耐えれなかった。
然しそれは大人としては、最もやってはいけない事だと言う事に気が付くのには時間が足りなかったのだ。だから七海は死にかけ、絵名は彰人の身代わりとなった。
だからもう、本当の意味で手遅れになってしまう前に、慎英は彼等を危険から遠ざけたかったのだ。
「お前達は普段から危険な仕事をしているが……。これ以上危険な目に遭ってほしくないと言うのが大人としての本音だ。子供には、戦争を知らず、命を懸ける事を知らずにのびのびと育って欲しい。だから頼む。この件から手を引いてくれ。後は俺がなんとかしなければいけない」
そう言って慎英は頭を下げる。五条達は言葉が出なかった。此処まで自分達の身を案じてくれた大人が今までいただろうか。いいや居ない。
元一般人だからだろうか。こんな優しいのは。それと同時に此の場に居る全員が同じ事を思ったのだ。
——あぁ、きっと絵名はこの人譲りなんだろうな。
夏油の怒りはいつの間にか冷めており、慎英と目を合わせる。
「慎英さん。有難うございます。私達の心配をしてくれて。でもお願いです。巻き込んでください。慎英さんが私達子供を大切に思ってるのと同じくらい、私達も彼等を大切に思っています。だからどうかお願いです。お手伝いをさせて下さい」
夏油は慎英に土下座をする。精一杯、敬意を払い、懇願する。そして続けて五条、家入、そして灰原と七海も頭を下げた。
慎英は少し考える。
「——子供達に頭を下げられて、何が駄目と言えようか」
「え?」
「良いのか?此の問題は想像を絶するくらいに過酷で、時には残酷な選択をしなければいけない。それでも出来るのか」
夏油達は頷く。残酷上等。命を懸ける覚悟は、彰人と絵名に会った時から出来ていた。
「……俺達は山の奥にある別館に行く。その間、此の屋敷を頼む」
「はい!」
慎英から正式に頼まれ、五人は気合が入る。あの冥冥ですらも苦言を呈する程、此の任務はキツい。然しそれは五条達のやる気を放出とさせた。
慎英達は出ていき、またもや五人だけとなる。
「さて、これから如何する。私達は当主様に目をつけられている以上、あまり好きに出歩けないけど」
家入はポケットから煙草を取り出しそう言った。恐らく当主から何かしらの処分は下る。その間五条、夏油、家入の三人は此の部屋で待機をしておかなければいけない。
チラッと灰原と七海を見る。其の顔は先程とは違い、覚悟に満ちていた。
「私達はお嬢の様子を見て来ます。先輩達は私達が帰って来るまで作戦を練っていて下さい」
「年下に命令されんのはすっげむかつくけど……分かったよ。その代わりあんま怪我すんなよ」
「五条さんにも人を心配する心がまだ残ってたんですね」
「はい七海後でマジビンタ!」
そんな他愛もない会話をして、七海と灰原は障子に手をかけた。
其の時、突然爆発音が響き、地面が揺れる。五条は立ち上がり、ある方向を見た。
「なんだ……此の呪力の気配は……!」
至る所で悲鳴が聞こえた。五条達は部屋を出て様子を見る。
窓ガラスは割れ、壁もひび割れ、所によっては崩れている。そして下に転がる無数の死体。
まるで地獄絵図だった。
そして後ろからペタペタと何かが此方に近づいて来るのが聞こえる。
「……絵名」
そこには、襦袢を真っ赤に濡らした絵名が虚に立っている。髪もボサボサで、廃人の様だった。
「アハ」
——東雲絵名、本日二度目の術式暴走