東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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皆他が為に命を賭けるのだ


他が為

 あるはなく なきは数そう世の中に あわれいづれの 日まで歎かん   

                              ——小野小町

 

 

 

 

 

 「絵名……何故」

 

 狂気に満ちた顔を貼り付けた絵名は此方を見て笑う。それはいつもの無邪気な笑みでは無く、何処を見ているのか分からない、そんな笑みだった。

 絵名は夏油の呟きに口を開く。

 

 「何故……?あれ?何でだっけ。あれれ?あれ?そういえば酷くおなかが痛いよ。これじゃあご飯も食べられないね」

 

 ぐにんと体を横に曲げ人差し指で頭を触りながら絵名は答えた。開いた口からは血が流れ出し、襦袢を真っ赤に濡らす。今の言動と、口から血を流している事で、腹に何かしら怪我をしているのは明白だった。

 

 恐怖、絶望。それら全てが全員に降り注ぎ、身体が硬直する。

 

 絵名の目には光が灯っておらず、ただただ他の色とも混ざらない、光さえも宿さない瞳を此方に向けていた。栗色の大きな瞳が、真っ直ぐに。然し絵名は此方を向いているようで向いていない。何処か違う場所を見ている。或いは物?者?

 

 矢張り綺麗だと、夏油は場違いな思考に至る。それは一種の、刹那の現実逃避だった。一瞬の間にも夏油の目は、絵名の髪、瞳、肌、唇に至るまでの全てに見惚れてしまった。その流れる血ですらもまるで絵の具のように鮮やかで美麗に見える。

 

 「ばっか!傑!何ぼさっとしてんだ!死てぇのか!」

 

 五条の怒号で、夏油は現実に引き戻された。まるで朝に夢から目覚めた感覚だ。夏油は上に飛び跳ね、使役している呪霊を召喚しながら距離を取る。その瞬間地面は破裂した。恐らく今までの思考は一秒にも満たない刹那の一瞬だっただろう。然し夏油にとってはまるで一時間その場に硬直したかの様な感覚だった。

 もう一度見る。其処には先程と同様に絵名が突っ立って居るだけだった。先程のは幻想か。何が美麗だ。ただ痛々しく血を流している年端も往かぬ小さい女の子じゃないか——。と、夏油は己を叱責する。

 

 家入は彰人を安全な場所に避難させたのか、夏油が振り返ると、二人の姿はもうなかった。

 

 「絵名、何があったマジで。詳しく話せ」

 

 五条がそう言って近寄る先程よりも、慎重に。

 

 「何が?何も?何もない。そもそも私には何も無いんだよ。生きる意味も、守る義理も、産まれて来る権利も」

 

 絵名はそう言って涙を流す。静かにはただはらはらと。

 

 「落ち着けって。詳しく説明しろ。な?」

 

 五条はそっと優しく声をかけた。

 

 「落ち着け?落ち着いて居るよ落ち着いているともさ。私は狂えない。狂っていられない。そうだよ。彰人を……彰人を守らなくちゃ。お姉ちゃんだから。お姉ちゃんなんだから。私が……」

 「彰人はちゃんと無事だ。今心配なのはお前だよ、絵名」

 「心配?心配じゃないよ。そうだ……死ななきゃ……彰人の為に死ななきゃ……そうすれば彰人は助かる。でもあれれ?可笑しいな?死のうとすると死ねないの。如何やって死ぬの?死ぬって何?よくわかんないやふたり共助けて」

 

 支離滅裂である。死ぬと言ったり助けてと言ったり。全く要領を得ない。然しそれは絵名も同じであった。

 

 自分が何をしているのかさえ分からない。

 何をしたいのかさえ分からない。

 

 ただ絵名の脳味噌には己の祖父の言葉がこびりついていた。

 

 

 ——彰人が先に産まれて来れば良かったのだ。

 

 

 全部無駄だったのだ。家の事の為に頑張った勉強も。強くなる為に我慢した訓練も。何もかも。

 

 あぁ、きっと彰人はこんな気持ちだったのだろう。ごめんね。分かってあげられなくて。ダメなお姉ちゃんでごめんね。今彰人の居場所を作ってあげるから。だからもう安心して。

 

 「ねぇ、二人共、私を殺して?」

 「そんな事出来る訳ないだろう!」

 

 叫びに近い声を夏油は発した。恐らく即答だった。

 恐ろしい事を云うと夏油は恐怖の感情を抱く。

 

 出来る訳が無い。

 そんな事。

 そんな恐ろしい事。

 考えも付かない。

 

 絵名がこうなってしまった経緯を二人は知らない。だが何かしらされたのか予測はつく。それは絵名の()()()()()()()()()()()()が物語っていた。きっとあの当主の所為だ。あの当主は如何した。孫がこんなになっているのにも関わらず、のうのうと何処かに隠れているのか。はたまた逃げたか。

 夏油は腸が煮え繰り返る思いだった。五条もそれは同じな様で、彼もまた人を殺めそうな顔をして居る。

 その瞬間、地面が崩れ、夏油達の身体は宙に浮く。周りの無機物は奇妙な形に変化していく。浮遊しているはずなのに上からの重力で押しつぶされそうになり気持ち悪かった。

 

 五条は血の気が引いていくのを感じた。

 

 「まさかお前……自分の術式を全て……!やめろ!そんな事したら脳が焼き切れるぞ!脳だけじゃねぇ、呪力を介してる目や手もだ!取り返しがつかなくなる!」

 

 五条は喉が張り裂けてしまいそうな程に叫んだ。然し無情にも五条の叫びは届かなかった。呪力の大量放出は器が耐えられない。器。即ち宿主の体。それも五歳の身体には途轍も無い負荷がかかる。

 

 下手したら命すらも落としてしまうだろう。

 

 「殺さないなら、死んで?」

 

 そう言って絵名は五条の胸元を掴み遠くの山へ投げ飛ばした。

 思いっきりぶつかったのだろう。爆発音が響き狼煙が上がっている。

 

 「悟!……クッ!」

 

 夏油は重い足を無理矢理動かして五条の元へ走る。此の場合、五条を信じて夏油一人でも応戦するのが最適解なのだろうが、夏油は五条を選んだのだ。

 今の夏油では、絵名の相手は荷が重すぎたのだ。

 デカいエイの様な呪霊に乗り、五条が吹き飛ばされたであろう山に向かう。その間絵名は夏油の後を付いてくる様子はない。夏油は急いで向かう。何時(いつ)もは何とも思わない呪霊に対して、今日ばかりは遅いと感じた。

 

 

 

 

 

 「悟!大丈夫かい!?」

 やっとの思いで到着した夏油は五条に駆け寄る。山に大きな煙が上がっていたので見つけるのは容易かった。五条は伸びをして「何とかな」と呟く。其の姿に夏油はホッとした。

 東雲邸の方角を見てみると、先程有った屋敷は姿を消し、ただ木が連なって山となっていた。

 

 結界だ。

 

 東雲邸は、代々受け継がれている結界を当主が張り、外から屋敷を見えない様にしている。其の結界も、遺伝ではなく、何か方法があり、それを末代迄教え継ぐ方式なのだ。

 だから五条達が真似をしようとしても不可能で、当主にしか出来ない術なのだ。

 

 「ちょっとあんたら!こんな所で何やってんの!?」

 

 凛とした声が響き渡る。高すぎもせず、低すぎもせず、心地の良い声だ。

 声のした方を見てみると、艶のある綺麗な黒髪をおさげに纏めた巫女姿の少女、そして横には七海が立っていた。

 

 「歌姫じゃん。何でこんな所にいんの?」

 「山が突然爆発したから吃驚して見に来たの。そしたら七海と鉢合わせて『あれは五条さんかもしれない』って言うんだもん。五条にしては凄いやられようね」

 

 五条は珍しく何も言えなかった。油断をしていた。子供だからと。年齢で力を侮ると碌な事が無いと五条は少し反省をしたのだ。

 こんな無様な姿を見られて少し恥ずかしい気持ちになった五条は手元にある石の欠片を七海に投げる。然し七海は死んだ顔でその石を避けた。もう慣れである。

 すると突然後ろの草木がガサガサ言い出した。

 

 誰かいる。

 

 そう思い全員に緊張が走る。然し出て来たのは思いもよらない人物だった。

 

 「……こんぶ?」

 「は?棘?」

 

 五条は間抜けな声をあげた。其処に居たのは夕方帰った筈の狗巻が木の影から姿を現した。

 何故こんな時間、然も真夜中に子供がこんな所に居るんだと全員の頭にハテナマークが浮かぶ。

 

 「何で居んだよ!親は如何した!まさか勝手に来たんじゃねぇだろうな!」

 「しゃけ」

 「しゃけじゃねぇ!」

 

 狗巻もまた、歌姫と同じで爆破に気付き駆け付けた人間の一人だ。母達は本家からの連絡で忙しそうにしていたため、抜け出す事は可能だった。

 それに狗巻は嫌な予感を感じたのだ。爆発と共にやってきた本家からの連絡。父が絵名の名前を出した時、狗巻は一目散に走ったのだ。

 

 絵名に何かあったのではないか?

 絵名が危険なのでは無いか?

 

 そう思えば思うほど狗巻は居ても立ってもいられなかった。

 

 「にしても如何すんだ?あれじゃあ無限を使っても近づけねぇぜ」

 

 五条は狗巻の頭に手を乗せて言った。狗巻は後で家に送り届ければいい。

 

 「あぁ、私の使役している呪霊を使っても無駄に私の手持ちが少なくなるだけだ。絵名自体は戦闘力は無いが、あの術式が厄介だな。あれは一つに纏められてはいるが、実質三つの術式二分類に分けている。実際三つ術式を持っていると言っても過言では無い」

 「あ?如何いう事だ」

 

 五条はさっきぶつけた頭を無理矢理回転させて夏油の台詞の意図を考える。

 

 「絵名の術式は『(ばん)(そう)(へん)()(そう)(じゅ)(ほう)』だろう?其の名の通り万物を操り、変幻自在に出来る術式だ。此れをパズルの完成系としよう。そしてピースは三つに分けられる。先ず一つ目のピース『物体』。二つ目のピース『液体』そして三つ目のピース『気体』。此れを変化させる事が出来る。例えるなら此の枝を刀に出来たり、紙を銃に変えたり。それが1セット。そして同じセットで条件を変え今度はその物質達の質量を変える。これがもう1セット。そしてそれを合わせる。そして組み合わさって出来た物が『(ばん)(そう)(へん)()(そう)(じゅ)(ほう)』何だ」

 

 五条は分かったか分からない様な複雑な感情だった。偶に夏油の話はよく理解できない物が多すぎる。

 

 「その物体って、生物でも可能なの?」

 

 歌姫は夏油に聞いた。歌姫の方が先輩なのだが、夏油の方が術式のシステムを理解してそうなので、恥を忍んで疑問を呈す。夏油のすごい所は、二年前迄非術師だった筈が、ここまで強くなれた事だ。これが天賦の才なのだろう。少し歌姫は悔しくなった。

 

 「えぇ。肉体という物体、そして血液という液体がある以上可能でしょう」

 

 ゾッとした。全員の背中が冷えていくのが分かる。

 

 「……しゃけ!」

 

 狗巻は右手を挙げ、左手で自分の方を指差した。

 

 「まさかお前、自分が止めるって言う意味じゃねぇだろうな。だとしたら笑えねぇ冗談だぞ」

 「おかか!」

 どうやら冗談では無いらしい。逆に冗談だとしたらどれ程良かったか。

 「……方法はあるにはあるわよ」

 「歌姫!?」

 

 

 「ねぇ棘君、絵名様の為に死ねる?」




更新遅くなって申し訳無いです。体調崩してしまって入院してました。今病室から投稿してます。
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