東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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彼女の、もう一つの顔


知らない彼女

 

「こ、此処が、呪術高専……でかい」

「あれ、奏は来るの初めてだっけ。でかいよねぇ此処」

 

 瑞希の言葉に私は頷くしかなかった。夜という事もあり、途轍もない威圧感を感じる。大きく、高い建物が山の中に聳え立っており、この全てが学校だと思うと腰を抜かしそうになる。まるで江戸時代にタイムスリップしたかの様だ。

 

 あれから私は瑞希の案内と共に呪術高専へと足を運んだ。まふゆはと言うと、夜という事もあり、母の目があるので自宅で待機という事になったのだ。二人は前に一度来た事があるらしく、瑞希は迷い無く私を案内してくれた。都内でも外れた所はこんなにも辺鄙な所なのかと少し意外に思い、己の行動範囲の狭さを痛感する。

 絵名が此処で呪いについて学んでいるのかと思うと、少し感心を覚えた。

 

「えっと、勝手に中に入ってもいいの?」

「うーん、どうだろう。前は恵君が丁度来てくれたし、中に入らなくても良かったんだけど、今回も都合良く誰かが来てくれるわけじゃ無いしねぇ。かと言って窓口もないし。どうしよう」

 

 私は再度校舎を見上げる。いや、あれが校舎なのかも怪しい。然し此処で待ち惚けしている訳にもいかない。時間は刻一刻を争うのだから。

 

「……入ろう」

「奏……。でも良いのかな?不法侵入とかに……」

「こんな所で胡座をかいているわけにもいかない」

 

 瑞希は少し顔を強張らせて頷く。そうだ、こちらから何か起こさないと、何も起きてはくれない。絵名がまた何か問題を抱えているとしたら、私は何度でも手を差し出そう。無力かもしれないけれど、それでも私は絵名の力になりたい。

 瑞希も覚悟を決めたらしく、先程の表情とは打って変わって頼もしい顔になった。

 まず私が一歩を踏み出す。その瞬間、背中に冷たいものが走る。

 

 悪寒。

 

 まるで此方を拒絶している様だ。前に初めてまふゆのセカイに訪れた感覚に似ている。いや、それ以上かもしれない。何方にせよ、歓迎はされていないみたいだ。然しそれでも迷いなく私は歩みを進める。拒絶されようが歓迎されようがすべき事は同じだ。

 瑞希も私の後に付いて来る。普段なら怖がって瑞希の後ろに隠れるのだが、今の私は前とは違う。覚悟を持って、意思をもってここに居る。此処で引き返すなんて、絶対にしない。

 

 校内はだだっ広く、校舎に続く道が延々と続いていた。その道はまるで参道の様で、道の端には灯籠が明るく道を照らしていた。

 その間、私達は会話という会話は無かった。ただ私と瑞希の足音が辺りに響くだけであった。瑞希も喋る気にはならない様で、いつも饒舌だが、今回ばかりは黙って歩いていた。

 

「あ、見えてきた」

 

 瑞希の言う通り、目の前にはまるで京都にありそうな建物が高々と立っている。遠くからでも見えたのだが、近くで見るとこれは圧巻だ。見上げるにも身体を後ろに倒さなければいけない。

 

「凄い大きいね。寺院みたい」

 

 そう、それだ。私が言いたかったのはそれである。どうやら肝心な時に私の頭は回らない様だ。

 

 私は玄関に近づき、戸に手をかける。鍵は掛けてはおらず、簡単にその扉は開かれた。瑞希と共に顔を覗かせるが、夜だからか人の気配は全くしない。然し電気は変わらず付いている様で、何処かに人がいる事は明白だった。然しあまりにも静かすぎる。耳を澄ませても何の音もしない。

 

「と、取り敢えず中に入ってみようか」

「うん、そうだね」

 

 瑞希の言葉に私は頷き靴を脱いで中へ入った。矢張り中も広く、入った途端に背筋が伸びる。自分の場違いさに少し緊張を抱きながらも、私は歩みを進めた。

 

 和風な校舎らしく、教室への扉も襖だった。矢張り表向きは宗教関連の学校と名を売っているだけあってなかなかのものだ。私が通信制で通っている学校と比較にもならない。

 廊下も入り組んでおり、外から見た建物の構造から行って不可能である内装をしている。これも所謂呪術なのだろうか。

 

「あ、二年の教室だって。絵名達の教室かな? 組とか書いてないし」

 

 廊下を歩きまくって、もうどっちから来たのか分からないと思ったとき、突然瑞希が上を指差しながらそう言った。倣って私も上を見ると、確かに二年と書かれた札があった。視野が広い瑞希に少し感心する。

 

「本当だ。中ちょっと入ってみる?」

「そだね。何か分かるかもしれないし」

 

 瑞希の同意を確認して、龍の毛様をした襖を開ける。中はガランとしていて、中央には机が五つ並んで置かれている。今時は珍しい木製の机が、この教室や校舎に相応しかった。黒板を囲っている素材も木製であり、本当に和風の校舎だ。

 

 中に入り、辺りを見渡す。こんな広い教室で五人だけとは少々寂しくはないだろうか。然し何やら漫画の中に出てきそうな様相で、少し異次元に来た様だ。絵名は毎日此処で勉学に励んでいるのか。

 

 廊下を出て、窓を見てみると、歩いていた時には気付かなかったが、広いグラウンドがある。陸上競技で使われそうなグラウンドだ。本当に何から何まで普通の高校の内装とは違い過ぎる。そしてこの建物ではないが、敷地内の中に学生寮が存在するのだろう。若しかしたら此処は金持ちが入る学校なのではないか。それならば納得だが。

 

 私の、私達の知らない絵名を覗き見しているみたいで、少しばかり緊張してしまう。

 

「奏! 絵名の机見つけたよ。絵名ったらスケッチブック引き出しに入れっぱだ!」

 

 瑞希に言われ、私は教室の中に入る。瑞希はパラパラとスケッチブックの中身を笑顔で見ていた。勝手にみるのはどうかと思ったが、まぁ状況が状況だ。後で絵名に謝ろう。

 私は瑞希の横に立ち、スケッチブックの中身を見る。そこには私のよく知っている、大好きな絵が描かれてあった。この敷地にある建物、お堂、狗巻君達。そしてこの前沖縄に行った絵。様々な絵が日記の様に描かれている。私はそれを見て矢張り自覚する。

 

 私は絵名の絵が好きだ。この気持ちを乗せた絵が、全身全霊で描かれた絵が、何よりも好き。

 

 ガタリと、音がする。それは出入り口の方で聞こえ、私達は思い切り振り返る。別にやましい事をしている訳ではないが、無断で校舎内に入った緊張感から少しばかり後ろめたい気持ちになる。

 そこには黒いニット帽の様なものを被った青年が立っていた。服も真っ黒で、何処と無く人相の悪い。

 

「だ、誰だ!?」

「えぇ!?」

 

 突然叫ばれ、思わず私は狼狽えてしまった。確かにそうだ。いきなり知らない女が居たら誰でもそうなるだろう。

 

「御免なさい。勝手に入って。ボクたち東雲絵名って子に用があるんですけど。正門に行っても受付も何もありませんでしたから勝手に入ってしまいました」

 

 私が言葉を失っていると、瑞希が起点を効かせてそう説明をした。瑞希がそう言うと、その男の人は目を見開いて此方を見る。東雲絵名という単語に、反応した様に見えた。そして此方をキッと睨んで警戒心を露わにする。

 

「彼の方に何の用だ!」

 

 どうやら完全に警戒されてしまった様だ。

 

「あの、信じてもらえないかもしれませんが、私達絵名の友達なんです。それで、これを見つけて……」

 

 私はそう弁解して絵名の書いたであろう遺書をその男の人に渡した。男の人は警戒しながらも、ゆっくりとその遺書を受け取る。そしてその手紙の表面を見て目玉が飛び出そうな程に見開いた。

 

「こ、これ本当に絵名様が書いたのかよ!」

「はい、筆跡も絵名ですし、その……」

 

 あぁ、しまった。どこで見つけたのかという説明を考えていなかった。セカイの事を言うわけにもいかないし、かと言って私達が集まる場所と言ってもファミレスくらいだし。よもやファミレスで見つけましたー。なんてそんなバレバレの嘘つけるわけもなく。と言うか本当にファミレスだとしたら私ではなくまず店員さんが見つけるだろう。知らない人の遺書を。

 

 男の人はワナワナと震えてその遺書を見ていた。そんな長い文章という訳でもなく、もう端的に『一週間以内に戻らなかったら死んだと思って下さい。絵名』とだけ書かれた遺書だ。今更ながらに思うが、もっと書き方ぐらいあっただろうと絵名に苦言を呈したくなる。たった一文って、中身がないどころか何も伝わってこない。これではもはや遺書ではなく書き置き。

 

 すると男の人は携帯を取り出しどこかへ電話をかけた。私はさっき見た光景に、思わず瑞希の方を見る。瑞希は少し顔が強張っており、緊張が伺えた。

 

「クッソ! 通じねぇ!七海さんだったら分かると思ったのに」

「七海さん!?」

 

 知った名前に、瑞希は声を上げた。そしてその男の人は瑞希を見て「七海さんを知ってんのか?」と尋ねた。確か七海さんという人は絵名と同じ呪術師だと聞いた。私はあまり話した事はないから分からないが、信用出来る大人だと瑞希とまふゆは言っていた。

 

「……此処じゃ何だ。場所変えようぜ」

 

 そう言って男の人は教室を出た。私達は顔を見合わせてその後をついていく。どうやらいい人みたいだから。

 

 

 

◆◆◆◆

「俺の名前は猪野琢磨。二級呪術師だ」

「宵崎奏です」

「暁山瑞希です! 神山高校に通ってます!」

 

 通されたのは応接間の様な所だった。丁寧に掃除された部屋は、チリひとつない。望月さんが来てくれる以前の私の家とは大違いだ。

 

 猪野琢磨さんという人は、私たちにお茶を出しながら自己紹介をしてくれた。瑞希が神山高校の生徒だというと、「あぁあそこね!」と返している限り、この人はコミュニケーションが上手い部類なのだろうか。

 

「二級って、やっぱり階級とかがあるんですか?」

 

 私がそう聞くと、猪野さんは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを此方に向ける。

 

「そうなんだよ! 呪術師には四から一までの階級があって、四級は一番下の階級、まぁ始めたばかりの素人が此処らへん。そして三級。三級の基本は呪霊討伐経験がある事。まぁ見習い呪術師だな。そして二級! 二級は単独でも呪霊を討伐ができる事が条件。言っとくけど三級から二級に上がるのはめっちゃむずいんだぞ!」

「は、はぁ」

 

 猪野さんの説明にポカンとして聞く。内容は理解が出来るのだが、猪野さんの気迫に押されて少し体を引いてしまう。

 

「そして一級! 一級は呪術師の中で事実上の最高ランク!俺の尊敬する七海さんと君たちの友達である絵名様が一級呪術師だ! 任務の危険性、機密性、報酬額なんて一級未満とは段違い! まじでバケモン達の集まりだわ」

 

 それを聞いて私と瑞希は息を飲む。一級呪術師。絵名はそんな高い位置に居るのか。なんだか手に届かない所に行ってしまった様な感覚になり、少し寂しさも覚える。

 

 「事実上って事は、また上も居るんですか?」

 

 瑞希がそう言うと、猪野さんはピリッと空気を変えた。

 

「……あぁ、ある。〝特級〟って言われる人がな」

 

 特級。

 一級より上の階級。先程バケモンと言われていた一級より強いと言うことか。

 

「特級は圧倒的な破壊が可能な術式、軍勢を使役可能な術式を持つ術師が認定されてんだよ。要するに一人で国家転覆できる術師という事だ」

 

 ゴクリと唾を飲み込む。国家転覆……あまりに現実味がない言葉だ。

 

「現在の特級呪術師は三人。去年までは四人だったがうち一人は死んで今は三人だ」

「やっぱり死ぬとかあるんですね」

 

 私はおずおずと聞いた。今まで誰かの死というのは片手で数えられる程度しかなかったが、こう現実を突きつけられると少し怖くなる。

 矢張り呪術師は死と隣り合わせなのだろう。

 

「でもな、俺は絵名様は特級レベルだと思ってんだ」

「特級……レベル」

「あぁ。彼の方の術式は本当にやべぇよ。まじでぱねェ。俺一回見た時少しちびっちゃったもん」

 

 急に語彙力が無くなった。そんなに凄い術式を持っているのだろうか。奇しくも私は絵名の術式を見た事がない為、少し気になるところではあるが、そんなに凄い術式を持っているのだろうか──と思ったが、私のお腹を傷一つ残さず治癒していたので、凄くない訳がないなと思い直す。

 

「それで、絵名は今どこに?」

 

 私は猪野さんの説明が終わったと見て、早速本題に入る。随分遠回りをしてしまったが、こっからが本題だ。

 猪野さんは「あ」っと思い出したかの様に顔を上げた。説明に熱が入りすぎて重要な事を忘れていたのだろう。猪野さんは咳払いを一つし、説明をしてくれた。

 

「絵名様は今本家におれらる。確か呪術師総会に出席する為だな。対象は一級以上だから二級の俺はお留守番」

「本家ですか……そこってどこにあります?」

 

 私がそう聞くと、猪野さんは立ち上がり窓の方を見た。

「今は夜だから見えねぇけど、こっから見える山を二つ三つ超えた山にある。めっちゃでけえんだぞ」

「今からでも行けますか?」

「まさか!」

 

 猪野さんは信じられないものを見る目で私を見た。

 

「こっから車で片道三時間だぜ!んな事やったら日を跨いじまう!」

 

 う、片道三時間。それは厳しい。しかもバスももう走っていないだろう。然も明日は普通に平日。私だけならともかく瑞希は学校がある。片目で瑞希を見ると、案の定難しい顔をしていた。

 

「だったら、私が飛ばしてあげよう」

 

 突然、そんな声が聞こえた。入り口の方を見ると、一人の女性が柱に凭れ掛かり乍ら此方を見ていた。金髪の、長身の女性だ。

 

「やぁ君たち。どんな男がタイプだい?」

 

 そう聞いた女性は、此方に向けてウインクをした。

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