東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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出会ったあの日、決意をした──


護る決意

 五条は焦っていた。攻撃する度に精度が上がっていく鬼姫の術式。今この瞬間対等な力を持っている二人だが、明らかに鬼姫は今この時をもってしても〝成長〟している。それは五条にとって、とても好ましくない状況だった。

 

 鬼姫は勝利を確信しているかの様な、そんな不敵の笑みを浮かべる。

 

「術式反転──『赫』!」

 

 五条がそう叫ぶと、鬼姫は遠くの建物に吹き飛ばされる。その建物は音を立てて崩れ、鬼姫の上へ次々と落下していく。然し、これで倒せる程、鬼姫は決して弱くはない。それを五条は理解をしていた。

 

 ピタリ。と落ちていく瓦礫が空中にて止まる。その間から見える鬼姫は体を横向きにし、手を上に上げていた。そして徐々に下ろして行き、そして遂に弓を構える姿勢を取る。一切の無駄もなく綺麗な〝構え〟。絵名と瓜二つの美麗な顔も相まってそれは本当に美しかった。

 

「重展──『(じゅう)(おん)()()』」

 

 そう言い鬼姫は右手を離す。その瞬間──全ての瓦礫が五条に襲いかかった。起動を引かれたかの様に、真っ直ぐと。然し無下限を持っている五条には一切効かない。

 

 然し長続き出来るかと言えばそれは否である。実際五条は常時無限を発動している為、そこら辺は遜色ないのだが、今この状況では()()だ。

 この瓦礫は鬼姫が操っている訳ではなく、此方に()()を傾けさせているだけである。此の儘だと五条の反撃が出来ない。もう一度『赫』を発動するには、無限を解かなければいけない。そうすれば五条は今此方に()()()()()()()瓦礫に押し潰されるだろう。

 

 五条は意を決して無限を解き、瞬時に上へ高く飛ぶその0.5秒後、五条の居た位置で瓦礫は衝突し、粉々に砕け散った。コンマの隙だった。その隙を潜り、五条はこの自分を護る無下限()から抜け出したのだ。少しでも遅れていたら肉塊(ミンチ)になっていただろう。

 

 その位置で、五条は建て直す。そしてすぐさま無下限を発動────出来なかった。

 

「が……は……?」

 

 胸に、生暖かい感覚が広がると次に遅れて痛みが襲う。後ろを振り向けば、先程まで目の前に居た鬼姫が背後から顔を覗かせていた。手に持った刀を、五条に刺しながら。この感覚は、()()()()()()()()()()()()()。ソレは、前に、十一年前に一度────。

 

 五条はソレを払いのけ距離を取った。胸元には赤いシミが広がって行き、真ん中の穴からは液體が溢れる。

 

「───────!!」

 

 五条の口から胃の中身が出てくる。それは嘗ての、過去の記憶(トラウマ)

 そんな五条を、鬼姫は見下ろしていた。まるで哀れな子を見る様な、冷めた目だった。鬼姫は嘗て()()を見たことがある。ソレはあまりに残虐で、黒くて────青い春だった。五条が教師を目指すきっかけ。その親友の崩壊と再生。全てを見てきた。

 

──落ち着け。乱されるな。集中しろ──

 

 五条は己を叱咤し、立ち上がる。これで負ければまた同じ轍を踏んでしまう。それは絶対にダメだ。そう五条は己に言い聞かせる。

 

「五条悟。何故貴方は、いえ、何故貴方たちはこう迄して東雲絵名を護るの?」

 

 鬼姫は地面に降り立ち、そう問うた。それは長年の疑問であった。何をそんなに彼らを駆り立てるのか。彼女に、己を生んだ母胎に、一体何の魅力があると言うのかと、鬼姫はずっと考えていた。考えても。考えても考えても考えても考えても考えても考えても。いつまで経っても答が出ない。鬼姫はいい加減苛立ちを覚えていた。

 

 然し五条はそんな鬼姫を────。

 

「ぷ。あっははははは!」

 

 笑い飛ばした。豪快にも。

 そして五条は笑いを抑え、先程とは違い不敵な笑みを浮かべる。

 

「そんな事も解らねぇのかターコ。土でも食ってろ」

 

 五条はそう言い、舌を出して鬼姫を煽った。

 

 それは絵名を理解すれば解ること。絵名と共に居、そばに居ようとすれば、自ずと答えは導き出される。五条はソレを理解出来ない鬼姫を──笑った。嘲り、笑う。

 

「絵名はね、優しいんだよ。優しすぎる程に、痛い程に、悲しい程に。自分の身を犠牲にしても、それでも絵名は誰かを助けようとする。……彼女の行動原理には、いつも誰かが居た。真希であり、憂太であり、パンダであり、七海であり。奏であり、まふゆであり、瑞希であり、彰人であり───棘であり。いつも其処には誰かが居た。誰かを重視する代わりに、絵名は自分を軽視する。だから決めたのさ、十一年前、初めて会ったその日から」

 

 五条は右手を前に出す。その姿勢に、鬼姫は構えた。

 

()だけは、絵名の味方で居よう──ってね」

 

 虚式────『茈』

 

 五条から放たれた紫色の塊は、鬼姫に襲いかかる。然し鬼姫は臆する事なく手を前に出し防御の姿勢をとった。これならば防げる。これならば対処出来る。これならば──。

 

 

 

「──────な!?」

 

 

 

 空気上に張った膜を超え、その塊は鬼姫の右手を吹き飛ばす。通常ならば、ここで『茈』を防げる。然し茈は呪力を破り、絵名に向かってくる。それはあり得ないはずだった。

 

 五条の術式の精度が上がった──それは否である。確かに気合いで多少は攻撃の()が上がる事はある。然しそれは矢張り微量の力であり、鬼姫の呪力を破る程の力ではない。ではもう一つの可能性。

 

 

 鬼姫の呪力が格段に()()()と言う事。

 

 

「ッ─────!」

 

 今度は、足が崩れ落ちた。まるで腐敗しているが如く、液体とも個体とも言えないドロドロしたものになり、鬼姫の身体を蝕んでゆく。今度は五条が見下ろす。見下した目で。

 

「な、何が起こって────まさか!」

 

 そう叫び鬼姫は、呪力の塊を絵名が寝ている本殿にぶつける。然し五条はソレを止めはしない。ただジッと終わり(ソレ)を見ているだけだった。

 本殿が破壊され、白い煙幕に覆われる。本来其処には絵名が寝ているはずだ。()()()()()()()()()()()()()

 

 然し如何だろうか。

 

 実際目にしているのは。

 

 鬼姫が最も危惧し──恐れていた事が目の前で起きてしまっている。

 

 絵名の隣には、狗巻棘と宵崎奏がいるのだから。割れ物を扱う様に、絵名の手を両方とも握りながら。

 

「──────何故貴様たちが此処に!!」

「口調が崩れてるよクソババァ」

 

 五条はすかさず鬼姫の腹を爪先で蹴る。爪先。されども鬼姫は遠くに吹き飛ばされた。五条は刺された傷を反転術式で治癒し、戦闘体制に入る。

 

 立場は逆転した。

 さあ、反撃の狼煙だ────。

 

 

◆◆◆◆

 時は、数時間前に遡る───。

 

「やぁ君たち。どんな男がタイプだい?」

 

 そう言い、金髪の女性は色っぽくウインクをした。突然入ってきた女性に、私は少し警戒する。なるほど。猪野さんもこんな感じだったのだろう。

 

「はい! ツンデレで服のセンスが良い()です!」

 

 そう言い瑞希は真っ直ぐと手を挙げ元気よく応えた。この状況でよく素直に応えられるなと感心する。順応が早いというか何というか。今ばかりは瑞希の性質が羨ましい。対して私はこの状況を飲み込めず情け無くもオロオロしていた。

 女性は瑞希の返答を大層気に入ったらしく豪快に笑った。

 

「あっはっは! 良いね! 大事だよそこ」

 

 大事なのか。

 

 猪野さんの方を見てもポカンと口を開けていた。どうやら知り合いではなかったらしい。この人も呪術師なのだろうか。然し、そしたら猪野さんが知らないのも不自然だ。

 

 然し呪術師と言われても納得してしまうほどの雰囲気を放っている。立ち住まいで解る。この人は──強い。嘗て会った事のある五条さんと何処か似ている。

 

「あの、どちらさんっすか。──つかここのセキュリティガバガバじゃん」

 

 猪野さんはそう呟いて口を尖らせる。確かにセキュリティ方面は些か気掛かりだ。こんな一般人の私達ですら難なく侵入出来たのだから。呪術高専はそこら辺を直した方が良さそうだ。

 

「──特級術師『九十九由基』と言ったら解るかな?」

 

 そう言い、不敵に笑った。

 

 心臓が高鳴るのが分かる。

 

 ドクドクと五月蝿い程鳴っている。

 

 特級術師。

 

 猪野さんの説明が本当なのだとしたら、世界でたった三人しかいない階級な筈だ。猪野さんも驚いた様に口をあんぐり開けている。この人は感情が豊かの様で、直ぐに顔に出る。とは言う私も驚きを隠せないでいた。

 

「九十九由基……ってあの!?」

「お、良いね! どのどの?」

 

 猪野さんの驚きに九十九さんは嬉しそうに問うた。

 

「特級のくせに任務を全く受けず海外をプラプラしてるろくでなしで有名なあの九十九由基っすか!?」

「やっぱ高専嫌いだわ!!」

 

 そう言い九十九さんは地団駄を踏む。私はその光景を瑞希と顔を合わせながら見守っていた。呪術師の内情は私たちにはさっぱりだが、彼女が呪術師にとって何かしらの()()()()()()である事は明白だ。

 私達がポカンとしていると「まあ冗談はともかく」と私達の方を向き直った。

 

「初めましてお嬢さん方。私は九十九由基。一応特級術師をやってるよ」

「よ、宵崎奏です」

「暁山瑞希です」

 

 私達は礼儀として名を名乗った。九十九さんはそんな私を見て「ふふ、二人ともいい名だ」と褒めた。一応私は自分の名前を好ましく思っているので褒められて悪い気はしない。

 

「まあこの高専は天元の〝結界〟で護られているから、抑も普通の一般人は入れないね」

「天元……?」

 

 聞き馴染みのない言葉に私は思わず反復してしまう。けれども九十九さんはしまったと言う顔をして手をヒラヒラやる。

 

「あー。そこら辺は理解しなくても良いよ。兎に角君たちは歓迎された。それだけだ。まあともあれ急がないと、そろそろ〝護り〟も突破されそうだ」

「護り?」

「あぁそうだ」

 

 そう言うと、九十九さんはスッと真顔になる。その顔は今迄とは違い真面目そのものだった。心なしか私の背筋も伸びる。

 

「絵名ちゃんは今、昏睡状態にある。()()()()()を取り戻す為にね」

 

 九十九さんは目を伏せ、言葉を続けた。

 

「絵名ちゃんはね、十一年前の記憶を無くしているんだ」

 

 記憶喪失。

 

 私は驚きのあまり席を立ってしまった。

 ソレは予想の斜め上をいくどころか、まず抑も予想すらしていなかった。絵名が記憶喪失。そんな事がある訳……いやでも。

 

 納得は出来る。

 

 今までの絵名の行動を鑑みれば私でもその事実に辿り着けた筈だ。ヒントは、そこらへんにあった。然しソレに辿り着けなかったのは、呪術界の知識が無かったからなのだろう。

 

 絵名は空白の記憶を今迄如何やって抱えていたのだろうか。どの様な想いで、向き合っていたのだろうか。

 

「絵名ちゃんを探しているんだろ?よかったら私のバイクで送ってやるよ。私が飛ばせば一時間とかからない」

「──!!本当ですか!?」

「但しどっちか片方だ」

 

 九十九さんの声が、部屋に響く。

 

 どっちか片方。

 

 私は瑞希と顔を合わせる。冷静に考えて、ここは瑞希が最適だろう。瑞希は絵名と仲が良い。相棒と言っても差し支えない程に。客観的に見たら瑞希が適任だ。対して私がどうだろうか。私はただのサークルのメンバー。確かに絵名とも仲が良いが、それだって瑞希やまふゆよりは無い。

 

 膝に乗っけた手を握り締める。本当は私が行きたい。然し私以上に適任の人がいるのなら、譲るのが礼儀だろう。

 

「瑞希──」

「奏が行きます」

 

 然し瑞希は、迷いなく、そう言った。その目は真っ直ぐと九十九さんを見ており、それ以外の道はないと、言っている様だった。

 

「絵名を一番理解しているのは奏です。そして絵名が求めているのも──。だから奏が適任なんです」

「で、でも瑞希……」

「奏」

 

 今度は私の方に向き直る。瑞希の目は迷いがなかった。その眼差しに、私は思わず口を噤んでしまう。そして私の手を掴み、小さい子に言い聞かせるかの様に言葉を発した。

 

「奏、ボクは此処に残って二人の帰りを待つよ。だから奏も──自分の気持ちを絵名にぶつけてきて」

 

 自分の……気持ち。

 

 私は──絵名が好きだ。とても、とっても。

 私を呼ぶ声が好き。私に向ける笑顔が好き。絵に対して真剣な絵名が好き。チーズケーキやパンケーキを美味しそうに頬張っている顔が好き。打ち上げの時、眠そうに目を擦りながら待ち合わせ場所に来る絵名が好き。

 好きで、好きで、好きでたまらない。

 

 自分の気持ちを伝えられずに終わるなんて、そんなの絶対に嫌だ。

 

「ありがとう、瑞希。この恩は絶対に忘れない」

 

 私は瞳に滲んだ涙を拭い、そう言った。瑞希はそれを見てはにかむ。私は本当に、友達に恵まれた。その事実が何より、嬉しい。

 

「決まったかい?じゃあ急ごう」

 

 九十九さんがまず部屋を出ていく。次に私が部屋を出ていく。

 九十九さんは平均より少し身長が高い様で、私は後ろ姿を眺めながら私もいつかはこうなりたいな──などと思った。……なれるかな?

 

「そう言えば奏ちゃんの好きな好み(タイプ)を聞いてなかったな。如何なんだい?」

 

 後ろを振り向かず、そう聞いてきた。それに私は口角を上げる。

 

 好きなタイプなんて、そんなの決まってる。

 

「私は、後にも先にも絵名だけですよ」

 

 

◆◆◆◆

「ぐ……ゔ……」

 

 ──失敗した失敗した失敗した──

 

 崩れゆく自分の身体を、鬼姫は恨めしそうに見る。これはどこからどう見ても、鬼姫の()()だ。鬼姫は知らなかったのだ。

 『悔やむと書いてミライ』が無くとも、バーチャルシンガー達は他に干渉出来ると言う事。そして僅かな情報だけで真理を読み解くと言う事を。

 

 鬼姫は絵名の記憶の空白。そして絵名の心の呪い()から生まれた。だからこそ絵名の記憶を戻したとて、鬼姫が居なくなる訳ではない。この場合の絵名の闇は〝孤独〟だ。誰かが消えてしまう。誰かが離れてしまう。そんな心の闇から。

 

 なれば逆は如何だろうか。

 

 絶対に離れない。消えたりしない。そんな()()があれば。そしてそれが最も心が近しい人間であるならば。

 

 鬼姫は存在意義を無くし、消えてしまうだけである。

 そして此処は環境が完璧過ぎたのだ。

 

「けれどもそれは、コイツを殺せばなんとでもなる───!」

 

 そう叫び、鬼姫は軌道修正して奏の方へ向かう。奏は非術師だ。いくら側に術師が居ようと、奏が足手纏いなのは明らかだった。そして奏、若しくは狗巻が死ねば鬼姫が消えることは絶対にない。

 

 然し奏は逃げなかった。ただジッと、鬼姫を睨みつける。今の奏には、恐怖心は無い。先の戦いで腹をぶち抜かれたからではない。ただそこにあるのは、

 

 仲間への信頼。

 

 

 

「形変──『(ねん)(ばつ)』」

 

 

 

 声が響く。その瞬間、鬼姫の腰は捻れ、血飛沫が飛ぶ。

 其の儘鬼姫は地面に落ち、鈍い音を立てた。

 

──何が、起こった──

 

 鬼姫は顔を先程の場所に向ける。其処には──。

 

 

 

此方を見下ろした絵名が、威風堂々と立っていたのだった。

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