東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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目覚める前の、少しの話


閑話

 とても、長い夢を見た。いや、これは記憶だ。遠い、遠い記憶。酷く、悲しい記憶。忘れたくて、思い出したくなくて。奥底に閉じ込めて。二度と見ない様にした残酷な記憶。

 

 けれどもそれは、大切な記憶までもを封じてしまった。暖かくて、優しい記憶(思い出)。泣きたくなるぐらい、優しい、暖かい、そんな記憶。思い出すたびに胸が張り裂けそうで、嬉しくなって、同時に苦しくなる。

 

 私が一人で絵を描いてると、探しに来て一緒に絵を描いてくれる傑くん。

 

 一緒に料理人の人にスイーツを強請(ねだ)ってくれる悟くん。

 

 怪我した時、呆れた顔で、けれども優しい顔で治療をしてくれた硝子ちゃん。

 

 物事の良し悪しを教えてくれた建人。

 

 私の絵を褒めてくれた雄。

 

 私の為に使用人に喝を入れてくれた歌姫ちゃん。

 

 人形を作ってプレゼントしてくれた学長。

 

 お金の大切さを説いた冥冥さん。

 

 私の、初めての友達になってくれた、大好きな棘くん。

 

 みんな、私の大切な人。私の大切な記憶。だけれどそれを忘れる事で、私は私を守っていただけかもしれなかった。思い出さない様に、悲しまない様に。

 

 思い出してしまったら、苦しいから。もう戻れないと知って、自分で壊してしまったと嘆いて。戻れない思い出程、悲しいものはない。だから奥底に封じ込めて、最初っから無かった様にした。それはあまりに残酷で、罪深い事だった。

 

 悲しい記憶が多かったのかもしれない。呪術界の軋轢、彰人の冷遇。次期当主としての責任。日に日に少なくなる使用人達。そしてあの時の事件。幼いながらに私はそれを目の当たりにしてきた。

 

 けれど。

 けれども。

 

 だけれど、それでも、私は確かに幸せだった。悟くんがいて、傑くんがいて、建人がいて、雄がいて、歌姫ちゃんがいて、学長がいて、冥冥さんがいて──棘くんがいて。幸せだったのだ。身に過ぎるくらいに、幸せだった。

 

 だから思い出そう。

 

 これは、私が背負わなくちゃならない咎だ。誰かに──況してや母に背負わせてはいけない。

 

 歌声が、聴こえる。その歌声は温かく、胸にじんわりと染みた。その次に両手に感触が伝わる。まるで包み込まれて居るかの様だった。

 

 泣きたくなった。泣きたくなる程、暖かかった。

 

 さあ起きて、私。

 みんなを助けに行こう。

 

 

◆◆◆◆

 

『奏──』

「リン、なんで此処に居るの?」

 

 私は狗巻のスマホからホログラムで出ているリンに少し驚きの顔を向ける。然し冷静に考えれば前にミクも私のパソコン(元は父の所有物だったが)に干渉していた為、『悔やむと書いてミライ』が無くとも来れるのかと思い直す。

 

「宵崎……! 何でお前が此処にいんだよ!」

 

 真希さんは焦った様に詰め寄った。まあ当然の反応だろう。

 

 私は目線を逸らして九十九さんの方を見る。私が逸らしたのを合図にみんなも其方を見た。すると九十九さんは片目を閉じてドヤ顔をする。

 

「私が連れて来たのさ。絵名ちゃんを探していたからね。なぁに、ただの奉仕活動さ。ボランティア、ボランティア」

 

 九十九さんがあっけらかんとそういうと、その場に居た全員驚いた顔をする。

 

「九十九……由基!」

「お、私の事知ってる!?」

 

 日下部さんがそう言った後、九十九さんは期待の眼差しで全員の顔を見渡す。あ、この流れはさっき見たぞ。

 

「確か特級の癖に任務も受けず海外をプラプラしてるろくでなしだろ」

「此処でもかぁ!どんな教育してんだ高専!」

 

 真希さんの言葉に九十九さんは五条さんを指を刺して怒鳴ったが、五条さんは気付くことなく鬼姫を相手にしていた。私も九十九さんに倣って見上げる。どう言う原理か五条さんは浮いた儘戦っていた。

 

「す、凄い……。あれが、呪術師の戦い」

「アレと一緒にすんなよ。アレは特級同士だ。俺たちとは違う」

「と、特級同士……」

 

 パンダくんの言葉に思わず息を呑む。世界に三人しか居ない特級呪術師。あんなに凄いものなのか。

 

「まあ世界で三人しか居ねぇからな。驚くのも無理はねぇか」

 

 日下部さんはそう言って頭を掻く。

 

「特級って九十九さんと五条さんですよね。あともう一人は誰なんですか?」

 

 私がそう聞くと、真希さんは「よく知ってんな」と目を見開いた。まあ猪野さんと九十九さんの授業により少しばかり詳しくなってしまったのだが。そういえば瑞希は大丈夫だろうか。まぁ、猪野さんと一緒にいるから大丈夫だろうが、矢張り心配だ。

 

 そんな事を知ってか知らずか、みんな一斉に何処かを指差した。その先には……乙骨くんが居た。乙骨くんは頬を掻きながら照れる様に手を上げていた。

 

「……え?」

「ぼ、僕でーす」

「──────!!」

 私は驚きのあまり声が出なかった。侮っていた訳では無い。ただ、どうしても乙骨くんが特級だなんて、信じられなかったのだ。

 

「分かるぞ。こんな弱っちそうな奴が……って思うよな。でも実際特級なんだわコイツ」

「いや、其処迄では……」

 

 真希さんの言葉に少し弱く反論する。確かにこんな優しそうな人が特級とは俄かに信じ難かった。こんな無害そうな顔をして一人で国家転覆出来るとは。末恐ろしい。

 

「つーかお前も特級をアゴで使うとかどう言う神経してんだよ」

 

 真希さんの言葉に私は思わず首を横に振る。

 

「ち、違う違う! 九十九さんが送ってくれるって言ってくれたからお言葉に甘えて……」

「私はパシられて悲しいよ……オヨヨ」

「つ、九十九さん!?」

『奏はそういう所あるから』

「リンまで……!?」

 

 誤解だ。本当に誤解だ。私は産まれてこのかた人の事をパシリに使った事はない。誰かに頼ったことも……無い、筈だ。……少なくとも望月さん以外は……多分。

 

 私が呆気に取られていると伏黒くんは「あの……」と手を挙げた。

 

「東雲先輩の所に行かなくっていいんですか?戦況、劣勢ですけど」

「あ」

 

 全員の声が重なる。言われて見上げると、本当に五条さんは劣勢だった。

 

◆◆◆◆

 

 本殿の中は思ったよりも暗かった。私はスマホのライトを付け道を照らす。文明の力に感謝だ。

 

 あれから私は狗巻君を連れて本殿へ入った。鬼姫に気付かれずに入れるかと不安になったものの、その鬼姫は五条さんとの戦闘で此方に目もくれていなかった。私はあの時気を失っていたので見れていなかったが、こんな凄いものかと狼狽した。

 

 因みに狗巻君は真希さんに物凄い力でお尻を蹴られて「しのごの言わず早く行け!」と言われていた。狗巻くんは遠くに飛んでしまい、人間ってあんなに飛ぶんだなぁと感心してしまった。

 

 五条さんと鬼姫の戦闘を思い返す。

 

 あれが、命を懸けた戦い。アニメや漫画でしか見たことがないが、そのアニメですらも過小に描写されているのだなと思う程に凄まじかった。言葉では現せない程に、現しきれない程に。私自身が戦っている訳では無いのに、心臓が煩く、恐怖に包まれる感覚になってしまった。それは映画に感情移入と似ていた。まあ、映画じゃなく現実なのだが。

 それでもああやって私達非術師を護ってくれているのかと思うと感謝しか出ない。

 

「此処……かな」

「しゃけ」

 

 本殿の、一番奥。其処の扉の前に立つ。この部屋に絵名が寝ているかと思うと、些か緊張してしまう。

 

 鬼姫の事は、九十九さんから聞いた。絵名の記憶の空白から産まれた呪霊。本来ならば絵名は秘匿死刑になる予定だったが、五条さんがその鬼姫()()を祓う事が可能だと上に直談判し、絵名は死刑から免れた……らしい。尤も絵名が死んでしまったら東雲家の当主が居なくなるという理由が一番効いたらしいが。何故九十九さんが知っているのかは謎だ。然しそれが本当のことだとするなら、私は五条さんに頭が上がらない。

 

 私は深呼吸をして襖を開ける。

 

 中は本当に暗く、目を凝らしていても一寸先も見えやしなかった。スマホの灯りで照らしてみると、四畳半の部屋が微かな灯りで照らされた。部屋には家具も何も無く、ただポツンと……絵名が寝ているだけだった。

 

 絵名は綺麗な着物を身に纏い、地面に寝息を立てて寝ている。まるで赤子の様に、すやすやと。

 

 (いま)だに絵名が此処の当主だという事が信じられない。見るからに──普通の可愛らしい女の子じゃないか。十六歳で当主を務めるなんて、正気の沙汰ではない。絵も描き、呪いを祓い、学業にも励む。それはこれから絵名に途轍もない負担がかかるだろう。絵名も、恐らくそれを分かった上で当主になる事を選んだのだろう。その覚悟は──凄い。

 

「高菜」

「え?あぁそうだね。入ろう」

 

 二の腕を手の甲で小突かれ、ハッと我に帰る。そして促される侭に中に入った。そして部屋の真ん中で寝ている絵名の顔を伺う。どうやら魘されているらしく、顔色が悪い。眉間に皺を寄せ、汗もかいている。

 

「……こんぶ」

 

 狗巻くんも心配そうに絵名を見た。

 

 絵名は、どんな夢を見ているのだろうか。どんな過去を、思い出しているのだろうか。きっと、私には想像もつかない程の、悲しい記憶なのだろう。

 

『絵名、魘されてるの?』

 

 狗巻君のスマホから出て来たリンは、心配そうにそう聞いてきた。リンと絵名は仲が良い。本当の姉妹の様に。だからこそ心配なのだろう。嘗て絵名が絵画教室にまた通うってなった時、一番絵名を気に掛けていたのはリンだった。それ程までにリンは、絵名が大切なのだ。

 

『──────』

 

 ふと、歌声が聴こえる。歌っているのは──リンだった。それは前に、絵名がどうしようもなく落ち込んでしまった時に、絵名の為に私が作った曲だった。あの時、私達ではこの曲を届ける事が出来なかった為、リンにこの曲を預けたのだ。

 

 まだ、覚えていてくれていたのか。

 

「ツナマヨ」

 

 狗巻君はそう言って目を細める。「良い曲だ」と言っているのだろうか。言ってくれていると嬉しいな。

 

 心なしか、絵名の顔も先程より少しばかり穏やかになった気がする。私はそれを見て、絵名の手を握る。絵名の手は汗が滲んでおり、見るからに悪夢を見ている事は明白だった。私が握ると……絵名も握り返した。その姿があまりにも愛おしい。

 

「……狗巻君はさ、知ってるの?絵名の忘れた〝過去〟の事」

 

 私がそう聞くと、狗巻君は少し狼狽する。そして目線を泳がせて、口を開いた。

 

「……しゃけ」

 

 矢張りか。然しそうだとしたら何故今迄言わなかったのだろうか。──若しかしたら言えなかったのか?

 その証拠に、狗巻君は絵名の右手を優しく握る。その顔は少しばかり曇っていた。それがいかに絵名の過去が壮絶だったかを物語っていた。

 

 

 

 

 

「────!!」

 

 

 

 

 

 突然、床が揺れた。爆発音も響き、生暖かい風が一気に頬を掠める。

 

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。然し、それも束の間。目の前は開け、夜空が広がっていた。其処に居る──鬼姫。

 

 鬼姫は恨めしそうに此方を睨んでいた。その目付きに、私は背筋が凍る。

 

 怖い。

 怖い。

 今すぐ走って逃げ去りたい。

 

 然しそれをグッと堪える。目線を右にずらし、狗巻君を横目で見る。狗巻君は鬼姫をジッと睨んでいた。

 

 ……あぁ、そうだよね。

 

 私は強く、されど優しく絵名の手を握る。

 

 信じるんだ。絵名を。

 

 いつもの絵名が戻ってくる事を。

 

 いつもみたいに呆れ顔をして、それでも笑って許してくれる絵名を。

 

「コイツを殺せばなんとでもなる───!」

 

 鬼姫はそう言い物凄い速さで向かってくる。

 

 大丈夫。

 きっと大丈夫。

 信じてる。

 

 

 

 

 

「形変──『(ねん)(ばつ)』」

 

 

 

 

 

 瞬間、鬼姫の体は捻れ、血飛沫を上げる。

 

 その願いが功を成したのか、通じたのか。いや、この際どちらでも良い。

 

 どちらにしろ絵名は──。

 長い眠りから目覚めたのだから。

 

 

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