東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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向き合う強さ

 冷たい風が頬を掠める。数時間しか寝ていないのにも関わらず、もう何年も寝ていたかの様だ。記憶を戻してから見る外の景色は、矢張り記憶を戻す前のそれとは違っていた。それは良い事なのかは私には分からない。ただ、見方が変わった。視点が変わった。それだけなのだろう。下を見ると、私によく似た呪霊は殺気を纏った瞳で私を見ていた。

 

 危なかった。一秒でも遅く目覚めていたら奏はもうこの世に居なかったかもしれない。

 

「絵名……」

「奏、大丈夫?」

 

 私がそういうと、奏は勢いよく首を縦に振る。その姿に私は浅く息を吐く。如何やら身体にも異常は無い様だ。

 私はその事実を確認してから、前を向く。

 

「奏、リン、()くん。一緒に居てくれてありがとね」

 

 私は、そんな感謝を二人に伝える。二人がどんな顔をしているのか、此処から窺う事は出来無い。然し、その必要も無いだろう。見なくても分かる。どんな顔をしているのか。

 

 いや、振り向かないのではなく、恐らく振り向けない。今の私はとんでもなく酷い顔をしているに違いない。その顔を向けられる程、私はそんな恥知らずではなかった。

 

「棘くん、下に降りてみんなの援護お願い。奏は此処にいて」

「……! しゃけ!」

 

 私がそうお願いすると、棘くんはすかさず下へ降りた。その際に棘くんは階段を使わず、吹きざらしとなった所から飛び降りた。よくよく考えてみると棘くんって運動神経と言うか、体の動かし方が上手いのよね。

 

 棘くん……。

 

 棘くんには、色々話さなければいけない事がある。そして謝らなければいけない事も。だからこそ私は────。

 

 ……今はやめよう。考えるのは。それはこれが終わってからで良い。でなければ冷静な判断は出来ない。今は当主として、東雲絵名として何をしなければいけないのかを考えよう。TPO、〝時〟〝場所〟〝場合〟は大切。

 

 棘くんを見送った後、私は下を見る。私と同じ顔した()()は自らの上半身と下半身を繋ぎ合わせていた。皮膚がグロテスクに伸び、内臓もまろび出ている。それでも生きているとなると……反転術式か……いや、違うな。術式を用いて皮膚を伸ばしているのか。何ともまぁグロテスクな事。

 

「絵名!」

 

 奏の声に、振り返る。

 奏はキュッと唇を噛む。そして勢いよく顔を上げた。

 

「これが終わったら、伝えたい事があるの。だから……っだから! 必ず、一緒に帰ろう! 約束」

 

 そうやって下手くそに笑う奏はあまりにも────眩しかった。私はその眩しさに、顔をくしゃりと歪ませる。優しい、私の尊敬する人。

 

「──うん、約束」

 

 私はそう微笑んで下へ飛び降りる。勿論、あの呪霊を祓う為に。

 

 今なら解る。あれは()だ。私から生まれた記憶()であり、私の想い(呪い)。だからこそ、私自身がケリを付けなければいけない。その義務がある。

 

 地面に着地し、呪霊を……自身()を見つめる。本当に見れば見る程私と似ていた。呪霊は体の修復が終わったのか、立ち上がり此方を見返す。その目には殺意が込められていた。

 

「随分舐めた真似してくれたわね。そんなに殺されたいの?」

「殺されたくは……ないわね。奏との約束もあるし抑も此処まで頑張ってくれたみんなにお詫びもなしにはいさようならってあんまりじゃあない」

 

 そうだ。此の儘死んでしまったら此処迄私の為に命を張ってくれたみんなに申し訳が立たない。それに────。

 

 天国の傑くんにも顔向け出来ない。

 

 だから私は責任を持って生きるしかないのだ。

 

「……詭弁ね」

「何とでも言いなさいよ」

 

 それを合図に────。

 

 お互いの拳がぶつかる。

 

 拳にビリビリと激痛が走った。今迄殴り合いと言うものをして来なかったのだが、今のは良い筋だったんじゃないかと少し自惚れる。そんな事をやっている束の間、私と呪霊は距離を取る。そうして休む暇も無く次の攻撃に移った。

 

 地面に呪力を流し、呪霊の居る地面を針まみれにする。まるで針山だ。然し、それを素直に受ける程呪霊は弱くは無かった。直ぐに飛び退き、私に襲いかかる。今度は私が避けた。

 

 瞬間、私のいた所には大きなクレーターができ、あのまま居たらぺっちゃんこだなとゾッとした。

 

 蹴る、殴る、投げる、刺す、潰す、轢く、切る。

 

 私は形容し難い程の痛みに襲われる。然しそれは呪霊も同じな筈だ。

 

「ッフ!」

「────ッ!」

 

 落ち葉に呪力を流し、呪霊にぶつける。所謂目眩しという奴だ。その瞬間に背後に回り、懐に入れていた小刀で刺そうとする。

 

 然し──。

 

「──!!」

 

 小刀の刃は、呪霊に届く事無く無情にも(いと)も容易く砕け散った。いや、正しくは届いたが呪霊の手によって砕かれたという方が正しい様な気がする。

 

「呪力を一気に流しすぎると呪具が耐えられないのよ。知らなかったの?」

 

 そう言い、私を蹴飛ばした。

 

 これはまだ読み通り。

 

 私は空中で体勢を立て直し着地する。唯一の武器は壊れてしまった。さぁこれからどうする。

 

 などと意味の無い思考をしても結局は術式で戦うと言う選択肢しか無いのだが。然しそれだけではダメだ。もっと、何か具体的な方法があるはずだ。此の儘術式のみで戦っても勝てはしない。考えろ。考えろ。

 

 考えている間にも、呪霊の攻撃が続く。同じ顔して力はこうも違うのか。

 

「──遅い!」

「─────!!」

 

 呪霊の言葉で、私の右腕は吹っ飛ぶ。そして腹を蹴られ、私は建物に衝突する。

 

「ガ……ハッ」

 

 背中に激痛が走り口の中に鉄の味が広がる。油断していた訳では無いが、矢張り私が起きた所で、多少弱くなった程度で手に負える訳が無い。分かっていた事だが、こう現実を突き付けられてしまっては心が折れそうだ。

 

「う……ぐ」

 

 体に、力が入らない。一応吹っ飛ばされた右腕は術式で修復したが、呪術師になって数ヶ月。

 

 たかが、数ヶ月。

 

 そんな人間が、十一年間私の想い(呪い)を吸い取った相手に、まともに戦って勝てる訳が無い。

 

「あら? もう終わり? 思ったより早いわね。東雲家当主が聞いて呆れるわ」

 

 何も、言い返せない。

 

「でもまぁいいわ。時間は早ければ早い程良いし。そうねぇ、あんたが終わった後、狗巻棘も送ってあげる。地獄で独りじゃ寂しいでしょう?」

「─────」

「うん、よし決まり。はい決まり。これは決定事項」

 

 呪霊はそう言って、パンっと手を叩く。

 

「……何か、言い残す事はなぁい?少しくらいなら聞いてあげるわよ」

「……じゃあ、一つだけ」

 

 力を振り絞って声を出す。

 

「私は、今迄ずっと逃げてきた。ずっと、この家からも、絵からも、呪術からも。ずっと、ずっと」

「良いじゃ無い。逃げの何が悪いの? 逃げるというのは生物の生存方法。無茶しなくちゃいけないなんてものはないの。人間は逃げて良いんだから」

「……それは近年の考え方ね」

 

 だけれど──。と私は続ける。

 

「やっぱり逃げいいと言うのは弱者の言い訳でしか無いのよね。弱者が弱者でいる為の言い訳。頑張らない為の詭弁。生きてる限り無茶しなければいけない場面は必ずしもあるし、立ち向かわない限り弱いまま、誰かを守れやしない」

「……何が言いたいの?」

 

 呪霊は怪訝な顔をする。

 

 逃げて、逃げて。そして大切なモノまで取りこぼしてしまう。

 それは、私が一番よく知っている。だから──。

 

「領域展開」

 

 もう逃げない。

 

(かい)()(すい)(せん)

 

 

◆◆◆◆

 

「絵名……」

 

 乙骨は心配そうに絵名の方を見る。鬼姫が弱ったとは言え、矢張り特級呪霊。力の差は明白だった。自分も助け立ちした方が良いのではないかと、心配が沸々と湧いてくる。

 

「──っ!!」

 

 絵名が吹き飛び、建物が崩れる。

 乙骨はもう見ていられなかった。この場には特級が三人居るのにも関わらず、絵名の助けにもなれていない。五条も、九十九も、低級呪霊を難なく祓っている。いや、中には一級相当の呪霊も居るが、特級にかかればヘでもない。だからこそもどかしい。こちらは余裕なのに助けられない。

 

「憂太」

 

 慌てて駆けつけようとした乙骨を真希は肩を掴み止める。その目は真っ直ぐと乙骨を捉えていた。

 

「真希さん!でも絵名が……」

「絵名は大丈夫だ。心配いらねぇ。信じてやれ」

 

 信じる。

 

 乙骨の中にその単語が復唱される。

 

「あれは、絵名が自分で向き合わなくちゃいけねぇ。だから私らが入ったらダメなんだよ。それは所謂余計なお節介で、当て馬にもなりゃしねぇ」

 

 そうはっきりと、真希は制した。

 

 確かに、真希の言う通りだった。鬼姫とは本来絵名の記憶から生まれたモノだ。それに向き合い、打ち勝ってこそ、絵名はまた、東雲絵名として生きていけるのだろう。

 

 乙骨は、心の何処かで絵名を下に見ていたのかも知れなかった。大切な友人と言うのは変わらない。然し乙骨にとって絵名は、『守ってあげなくてはいけない人間』としてカウントされていた。実際、絵名は術式は類稀な力を持っているものの、戦闘能力、体の使い方は乙骨の目からしたらまだ素人に毛が生えたモノだった。

 

 然し真希は気付いていたのだ。絵名の潜在能力(ポテンシャル)に。 

 数年前、まだ未熟だったとは言え、あの五条悟と夏油傑を追いやったのだ。それを考えれば、力だけで言ったら絵名がいかに自分たちの上に立つ人間に相応しいかなど、一目瞭然だ。

 

 忘れただけで、失った訳では無い。絵名は着実に感覚を取り戻している。それが全て戻った今、絵名は誰にも負けはしないだろう。

 

 だからこそ、ここで余計な手助けは無用だと、五条も九十九も悟って今低級呪霊を祓っているのだろうと、真希は踏んでいた。

 

 乙骨はまだ腑に落ちない様だった。当然だろう。今軽く説得されて、はいそうですかと納得出来る程、乙骨の絵名に対する情は浅くは無い。友人が危険な目に遭っているのだったら、助けてやりたい。手を差し伸べたい。その危険を全て薙ぎ倒したい。それが乙骨憂太なのだ。

 

 それを真希は分かっていた。だから、乙骨にわかる様に、乙骨の身近な事件を抽出した。

 

「里香と、お前みたいなモンだよ」

「──!!」

「里香はお前が呪って、そしてお前自身で祓わなきゃいけなかった。だから悟も無理に里香を祓わなかったし、余計な手助けもしなかった。それと同じだ。鬼姫は絵名から生み出された。だからこそ、絵名自身が向き合わなきゃいけねぇ。その重大さを、お前が知らない訳は無いだろ」

 

 七年前、乙骨は大好きな幼馴染を事故で亡くした。信じられなくて、信じたくなくて、乙骨は幼馴染の折本里香を呪った。それから七年間、地獄を生きてきた。乙骨も、里香も。それが去年、漸く解放されたのだ。

 

 長年のお互いを縛っていた呪縛が、解かれたのだ。

 

 だからこそ、絵名も向き合わなければいけない。

 

「……分かった」

 

 乙骨は、目を伏せながらそう言った。そう言われては、乙骨も何も言えない。見届けるしか、無い。見守るしか無い。

 絵名は、乙骨が思っているより、弱い人間では無い。心の強さを持っている。それは、人間にとって最も大切なモノで、尊いものだった。

 

 ふと、絵名の方を見る。

 

「────え?」

 

 絵名が居た場所には、大きな球体があった。黒い、丸い球体。人が何人でも入れそうな、そんな球体。

 

 乙骨は──。

 

 ()()を知っていた。

 

「領域……展開」

 

 呪術師の真骨頂。

 生得領域の具現化、術式の最終奥義。

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