東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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色んな想いを乗せて。


被った猫はベールを脱ぐ

 私が九十九由基と出逢ったのは僅か数ヶ月前、まだ奏達と再会する前の事だった。

 

 その日は雲一つない晴天で、日差しも強く、紫外線の心配をした程だった。真希との体術訓練が終わった後、そのあまりの暑さに喉が渇いた私は、喉を潤そうと思い自動販売機に向かっていた時に、彼女は現れたのだ。

 

「東雲絵名ちゃん……だよね」

 

 断定的だった。

 確認ではなく、問いかけではなく、最初から知っていたかの様に、まるで知っているのが当たり前かの様に。九十九由基はそう言ってきた。

 

 あまりの堂々とした出立ちに、私はその違和感を感じず、間抜けな顔で自動販売機のボタンを押していた。

 

「はい、私が東雲絵名……ですけど。どなたですか?」

「君はどんな男が好み(タイプ)だい?」

「はい?」

 

 何を言っているんだと思った。心の底から思った。出会い頭にそんな事を聞く人間なんて、私が生きてきた中で全くと言って良い程存在しない。と言うか世界中のどこを探してもこの人以外に存在しないだろう。

 

 まだ五条先生の方がマシなレベルだ。

 

「……何で初対面のアンタに好みの趣味(タイプ)を教えなきゃいけないのよ」

 

 私はその質問に不信感を覚え、素っ気なく返す。

 

 然しそんな事を気にする素振りも見せず、九十九由基は「まともな回答だね。結構、結構」と言った。その余裕な態度に少しばかり腹を立てる。理不尽だと思うが、私は元より天才が嫌いだ。いや、努力して自分と向き合っている天才はまだ良いとして、何も努力せずまるで小指を折るかの様に淡々と熟していく天才が、どうしても好きになれないのだ。

 

 九十九由基はそれの典型にあたるだろう。見るからに〝天才〟。生まれ持った〝才覚〟。

 

 五条先生も同じだ。恩人でなければ一生関わる事は無かっただろう。どころか関わったら関わったで突っぱねていたかもしれない。

 

 まったく、我ながら理不尽この上無い。

 

「私は九十九由基、特級術師だよ」

「──特級?」

 

 私はピンッとこず、首を傾げる。確か前に憂太から説明をされた様な、そうでも無い様な……。いつだったかな。

 

 あぁ、思い出した。あの初めて任務に着いて行った時、憂太に学生証を見せながら説明されたんだった。

 確か下から四級、三級、二級、一級。そしてその上が特級。

 

 ……ん? 特級?

 

「特級!?」

「あっはは! 反応ラグ!」

 

 九十九さんに笑われ、私は恥ずかしさで頬が熱くなる。特級、という事は私より遥かに強いと言う事だ。

 

 然し雰囲気、出立ちで解る。この人は強い。五条先生と同じくらいだろうか。

 

 比べるのも烏滸がましいと思うが、私とはまるで違う。

 

 土俵も度量も──違う。

 

「で? 絵名ちゃんはどんな男が好み(タイプ)だい?」

「えぇ、まだ続けるの? この話題」

「勿論。これが本題と言っても過言ではないからね」

「優しい人がタイプです。じゃあさよなら」

「待って待って待って待って! 王道でどうでも良い風な返答して去ろうとしないで! 冗談! 冗談だから! 本題別にあるから!」

 

 私が立ち去ろうとしたら肩を思い切り掴まれて叫ばれた。

 

「本題?」

「そう。少し長くなりそうだからベンチ座って話そう。君も訓練後で疲れているだろう?」

 

 疲れている事が分かっているのなら日を改めてはどうだろうか──と言う言葉は飲み込んだ。恐らく今私がどうこう言ったところでこの人はその()()に入るまで帰ってくれないだろうし私を解放してくれそうにもない。

 

 それにその()()も気になる所だ。

 

 私は九十九さんに促されるままベンチに座る。九十九さんもその横にどっしりと座った。女性が足を広げて座るのはどうかと思うが、まぁまた脱線しても仕方がない。ここはスルーしておこう。

 九十九さんは女性の中では大柄な分類に入るようで、足を広げて座れば場所を取ってしまっている。無論、肥えているとかではなく、堅いの話だ。後は女性の持つべきモノが少々……いや、かなりデカいが。

 

「それで、本題というのは……」

「君、東雲家の当主になる気はない?」

「はぁ?」

 

 それは心からの言葉だった。

 

 私にはその質問の意図が、よく解らなかった。然しそんな反応をする私に対して九十九さんは怒る素振りを見せず飄々として語りだす。

 

「私はね、絵名ちゃん。原因療法がしたいんだよ。起こってからの対策じゃなくて、根本的な問題を消去したい。どういう事だか解るかい?」

 

 私は九十九さんの言っている事が分からず首を横にする。九十九さんはそんな私を満足そうに笑い、笑ったと思ったら一瞬にして表情を無くす。いや、無くすというのはこの場合不釣り合いだ。全てのおふざけを取り除き真剣な面持ちになる。

 

「要するにね、高専がやっている事は『対症療法』な訳。実際に被害が出てから呪霊を祓うんだから。警察と同じだね。そういうのじゃなくてもっと根本的な事を解決しようよって事」

「根本的?」

 

 私がそう反復すると、九十九さんはより一層声を低くして私を真っ直ぐと見つめる。

 

「呪霊の生まない世界。それが私が目指している世界だ」

 

 呪霊の、生まない世界。

 

 私の頭の中でその言葉が反響する。

 

 それはあまりに────理想的だった。

 

 だけれど──。

 

「それと私が当主になるっていうのは何が関係あるの? そういうのは五条先生とか、それこそ上層部(うえ)に話せば協力しそうだけど」

 

「ダメだね。五条悟は兎も角、上層部(うえ)はアウトだ。信用ならない。それだったら一人でやった方がマシなレベルだ」

 

 そうはっきりと、九十九さんは言い切った。

 

「上層部は恐らくこの状況を手放すつもりは無いだろうね」

「どうして──」

「一番上で甘い蜜を吸えるポジションを、どうして自ら手放したいと思うかい?」

「───!」

 

 絶句した。

 

 今迄上層部に期待をした事はないし、五条先生曰く上層部(うえ)は腐ったみかん(恐らくこれは某ドラマの例え話を引用したのだろう)だと言っていた。然し。

 

 だが然しだ。

 

 こんなにもどうしようもない連中だったのかと愕然とする。私達は前戦で命を懸けて戦い、それでも非術師の為だと己を鼓舞し震える足を叩きながら呪霊に挑んでいる。実際この数ヶ月、命の危機に瀕した事は数え切れない程あったし、仲間が死んでしいそうになる恐怖も感じていた。

 

 だけれど上層部はそれを茶でも飲みながら高みの見物を決め込んでいるのか。これでは──。

 

 これではまるで──。

 

「私達は使い捨ての人形()じゃない……!」

 

 私は顔を歪ませながら震える声で叫んだ。

 

 九十九さんはそんな私を見て目を伏せる。それが何を意味するのか分からないほど、私は馬鹿でも鈍感でもなかった。

 

 これは、明確な()()だった。

 

 上層部への底知れぬ──憤怒。

 

「だからこそ上層部は私には協力してくれないし、私も少しやりにくい。そこで絵名ちゃんの出番という訳だ」

「で、出番?」

 

 九十九さんは私の手を勢い良く握り瞳を煌めかせながら詰め寄る。その勢いに少し引き気味に聞き返す。

 

「君が東雲家の当主になって私の計画に協力して欲しい!」

「はぁ!?」

 

 今度は腹の底からの叫びが出た。

 

 突然の話に驚くなという方が無理があるだろう。私はまだ一塊の新人呪術師だ。冷静に考えてそんな大それた計画に協力出来る訳が無い。出来るとしても戦闘中ただの肉盾になるくらいだろう。

 

 彼女は私に何を求めているのだろうか。

 

「勿論無料(タダ)でとは言わない。私はこう見えて礼儀を重んじるからね。変わりと言っちゃあ何だけど、私が全国を飛び回って得た呪いの情報を()()明け渡そう。どうだい?中々の交渉材料だろう?」

「ぬっぐっ」

 

 それは中々に魅力的な内容だ。呪術師としては何としても、喉から手が出る程に欲しいものだろう。

 

 然し──。

 

「でも私が持っててもただの宝の持ち腐れだし……。そういうのは五条先生とかに渡した方が良いんじゃないの?」

 

 そう、私が持っていても何も価値は無いのだ。

 

 けれど九十九さんは首を横に振る。

 

「いいや。これは絵名ちゃんが知る事に意味があるんだ。〝東雲〟である絵名ちゃんに」

「はぁ……」

 

 何だか事の大事さが分かれないでいる。私が持っていたら……何なのだろうか。

 

「まぁ渡したら渡したでその情報は君の物だ。五条悟に渡すも良し、捨てるも良し。好きにしてくれ」

 

 そう言って九十九さんは私に何十冊もの大学ノートとナイロン袋に入っている大量のUSBメモリーを渡す。然し私は少し受け取る事を渋った。

 

 これを受け取って仕舞えば交渉成立だと言う事を理解していたからだ。

 

 簡単な問題では無い。

 

 これは呪術界の根源を揺るがしかねない話なのだ。

 それを一塊の女子高生で、まだ新米の呪術師である私が協力する事で良い方向に転がるなんて──どうしても思えなかった。

 

「うーん。まだ駄目かぁ。……じゃあさ、少し授業をしよう」

「授業?」

 

 私は首を横に傾けそう聞いた。

 

「絵名ちゃんはさ、どのような用途で呪霊が生まれると思う?」

「えっと、確か人間の負の感情から生まれるのよね。こう、怒りやら悲しみやら恥ずかしいとか」

「うんうんそうだね。概ね正解だ。じゃあ次に誰からの負の感情が流れ出て呪霊が生まれると思う?」

「え?だから人間──」

「Bat」

 

 そうはっきりと、言い切った。発音が良い英語に、流石世界を飛び回っている人は違うと、少しこの場にそぐわない事を考える。

 

「半分正解で半分不正解かな? 呪霊はね──非術師〝のみ〟から生まれるんだよ」

「……え?」

 

 ()()()()()

 

 その言葉が私の中で反芻する。

 

 私は今迄私達呪術師からも生まれるとばかり思っていた。

 

 全人類、差別なく。

 

 けれどその考えはハッキリと──否定された。

 

「負の感情と言うのは所謂呪力だ。全人類少なからず呪力を持っているが、非術師はその呪力を垂れ流して生きている。そしてその有象無象の呪力が寄せ集められて具現化したのが呪霊という訳だよ。逆に呪力のコントロールが出来る呪術師は呪力が身体中を廻る為に流れ出る負の感情(呪力)が極端に少ない。だから基本的に呪術師から呪霊が生まれる確率は()()0%だ」

 

 そう言って九十九さんはてで0の形を作る。

 

 思い当たる節が、無い訳ではない。

 

 五条先生から課せられたあの呪力をコントロールする訓練。それは()()()()()だったのか。

 

「絵名ちゃん。これはね、非術師だけの話じゃ無いんだ。呪霊の生まれない世界を作る。これは呪術師をも救う事にもなるんだよ。仲間が死んでしまう悲しみも、終わる。だから頼む。私に力を貸してくれ」

 

 九十九さんは私の手を、力強く、けれども優しく握った。その目はあまりにも──真っ直ぐだった。

 

 そして私は其の儘──差し出されていた大学ノートを受け取った。

 

「しょうがないわね。分かったわよ。こんな必死にお願いされて、首を横に振る方がおかしいわ」

「──本当に?本当の本当の本当に?」

 

 そう言って詰め寄る九十九さん。

 

「ほ、本当よ……。ここで嘘ついてなんになんのよ」

 

 そう言うと、九十九さんはこれでもかと言う程に満面な笑みを浮かべて私に思いっきり抱きついた。

 

「marvelous!! 有り難う絵名ちゃん! ほんっと君は良い女だぜ!」

「ちょ……! 急に抱き付かないでよ! 危ないでしょ!?」

「やっと、やっとだ! やっとスタートラインに立てる……!これでやっと……!……あ、今後訂正しても駄目だからね!言質ちゃんと取ったから!吐いた唾は飲めませんー!」

「聞いて人の話!」

 

 テンションがややマックスな九十九さんを宥めた。

 こんなに喜ぶものなのか。不思議な人だ。

 

「ところで君はどこまで出来るんだい? 領域展開はもう済んだかい?」

「りょう……なんて?」

 

 九十九さんは私に抱きついたまま私に聞いてきた。然し私は聞いた事も無い単語に首を傾げる。すると九十九さんは手をおでこに持ってきて「あー」と渋い顔をする。

 

「まだそこまで行ってないかー。まぁそうだよね。まだ数ヶ月だもん。うんうん。……良し絵名ちゃん!」

 

 そう言って九十九さんは思いっきり立ち上がる。

 

「特別授業だ。私が呪術のなんたるかを教えてあげよう。当主になるんだったら最低でも領域展開を習得しなければいけない」

「えぇ……」

「因みに拒否権はないよ。ささ、早くグラウンドに行こう!」

「ちょ、分かったから! 押さないで!」

 

 

 

◆◆◆◆

 両手で印を結ぶ。

 

 左手の人差し指を立て、残りの指を握り、その人差し指を右手で包み込む。

 

 ────『智拳印』

 

 金剛界の大日如来に特有の印相であり、「迷いを捨て、世界を全て知る」という大日如来の智慧を表していると言われている印相。

 

 それが自然と──降りてきた。

 

 まるで前から知っていた様に、当たり前かの様に。

 

「領域展開───『(かい)()(すい)(せん)』」

 

 瞬間。

 

 辺りは暗闇に包まれ、私たちを覆い隠す。私は思わず目をふせた。そして真っ暗闇になったと思ったらポツリと一雫の水が降ってくる。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 そして次第にその量は増えて行き、それは雨として私達を濡らして行く。

 

 目を──開ける。

 

 そこは沢山のビルに囲まれており、まるで夜明け前の様な青さの街だった。

 

 いつか描いた──私の絵。

 

「──!!」

 

 鬼姫は顔を顰め距離をとった。けれど──。

 

「──な!?」

 

 それを阻む様に、沢山のビルが降り注ぐ。ビルがだけでは無い。雨水も鬼姫の体を貫く。

 

 呪力がごっそりと、抜け落ちる感覚に陥った。

 

 これで良い。

 

 今、この瞬間に私の()()をかける。

 

 ここは誰にも邪魔されない、私だけの領域。私の──全て。

 

 けれども鬼姫は瓦礫をまるで上から降ってきた紙をどけるかの様に軽々しく押し除ける。鬼姫は頭から血を流しており、身体も穴が開いたままだ。如何やら反転術式を使う呪力は残っていない様だ。

 

「こんなんで私を祓えると思っているの?だとしたらとんだおめでたい脳味噌ね」

 

 鬼姫はまだ、強気な態度を崩さない。まぁ、相手は特級だ。この程度で祓えるなんて思っていない。

 けれども──。

 

「発言には気を付けなさい」

「何を……──!?」

 

 鬼姫は今気付いたのだろう。

 

 自分の足が地面に埋もれている事に。

 

 そして浮いていた信号機が一斉に鬼姫の方へ向き……。

 

「──っく!!」

 

 鬼姫へ目掛け飛んでゆく。

 

 鬼姫は出来る限りの呪力を使い、その信号機を止める。然し全部を止められる訳も無く、うち数十本は鬼姫の体を貫く。これでもまだ祓えないというのだから、文字通り化け物だ。

 

 私が瓦礫を日本刀の形に模す。憂太が使っているのと似たような代物だ。ただ私は日本刀疎か短刀しか扱ったことはない為、武器の扱いが上手いと言われれば、それは否である。

 

 けれども此処は私の領域。

 

 完全必中だ。

 

「──ッ!!」

 

 私が踏み込み、刀を振りかぶる。そして鬼姫の──手足を斬った。

 

 右手右足、左手左足。それぞれバラバラになり、まるで四肢を切断された兵隊人形の様に崩れ落ちた。

 雨水をかき集め、数百、数千もの槍を作り、鬼姫へ向ける。そして──。

 

 パチンと、指を鳴らす。

 

 瞬間。

 

 大量の槍が鬼姫の体を貫く。

 

「ぐっぁぁあああああああ!」

 

 鬼姫の体は悉くボロボロになり、まるで使い古した雑巾の様だった。

 

「クッソがぁぁぁ!!」

 

 然し鬼姫は諦める事なく、足元にある瓦礫を、私に向かって飛ばしてくる。

 

「──!!」

 

 反応が、少し遅れた。

 

 右に避けたものの、私の左手はその瓦礫に巻き込まれ無残にも引きちぎれてしまった。

 

「ッ──!!」

 

 あまりの激痛に、顔を顰める。けれども大丈夫。

 

 これはまだ耐えられる。

 

 私は腕を再度反転術式で修復し、立ち直す。鬼姫は地面に這いずって蠢いていた。それはあまりに──醜かった。

 

「何で──」

 

 鬼姫はポツリと、呟く。

 

「何でよぉぉ!! ふざけんなふざけんなふざけんな!! やっと……やっとこれからだったのに……!! 畜生……!」

「……あんたは何をするつもりだったの?」

 

 私がそう聞くと、鬼姫は狂った様に高笑いをする。

 

「私が呪いの王になるんだよ!! そうして私がこの地球上の人間を全て食ってやるんだ!! それをお前は邪魔をした! ふざけんじゃないわよ」

「──そう」

 

 それを聞いて私は目を伏せる。そしてホッと胸を撫で下ろすと同時に少し残念な気持ちになった。

 

 私の分身とも言える存在だから少し期待をしていたのだが、矢張り呪いはどこまで行っても呪いだ。期待した私が馬鹿だった。いや、もしかすると私の中にもこいつみたいな想いがあるのではないか?

 

 まぁともあれ、

 

 ──これで漸く心置きなく安心して祓える。

 

「極ノ番──『(びょう)(じき)(じゅう)』」

 

 私がそう唱えた瞬間、地面のアスファルトが盛り上がり、大きな猫の形となる。その大きさに作った私自身も圧倒される程だった。

 

 ここで終わらせるんだ。全て。

 

 色んな人が私を救ってくれた。認めてくれた。

 

 憂太が、真希が、パンダくんが、日下部先生が、五条先生が、伏黒くんが、建人が、学長が、奏が、まふゆが、瑞希が、傑くんが、雄が九十九さんが──棘くんが。

 

 だからこそ私はみんなを救う為にコイツ()を払わなくちゃいけない。恩返しなんてこの場合足りない。沢山、沢山私を救ってくれた私が──この程度でくたばってはいられなかった。

 

 弱いふりはもうやめよう。

 

 私は──強い。

 

 だからこそみんなを──護るんだ。

 

 鬼姫をジッと見つめる。

 

 切っても駄目。潰しても駄目。だったらもう──

 

 

 食べるしかない。

 

 

「いや……いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 その猫は鬼姫の方へ一直線に向かい、そのまま鬼姫を飲み込んだ。噛み砕きもせず、文字通り丸呑み。

 

 其処迄して漸く──鬼姫の呪力の気配が切れた。

 

 その瞬間、パリンと音を立てて領域は壊れ、冷たい風が流れ込んでくる。私は其の儘後ろに倒れた。

 

 頭が上手く回んない。手足も上手く動かせない。

 

 けれど私が地面に倒れる事は──無かった。

 

 柔らかい感覚と共に、何かに包み込まれる様な気持ちになった。そして次に花のいい香りが漂う。

 

「──奏」

 

 奏は私を後ろから優しく抱き止めてくれていた。

 

「お疲れ様、絵名」

「うん。疲れた。もう身体の何処も動かせないわよ」

「そっか」

 

 そう言って奏は私の頭を自分の膝に持ってきた。あぁ、誰かに膝枕をされたのはいつぶりだろう。

 奏は優しく私の頭を撫でる。それが少し気恥ずかしくて顔を逸らす。

 

「ねぇ絵名」

「ん? なぁに?」

「私、絵名が好き。大好き。良ければ結婚を前提に付き合ってくれないかな」

 

 そう言って奏は優しく私の頬を撫でた。

 

 思ったより私は驚かなかった。別に察していた訳でも知っていた訳でもない。けれどその言葉はどんな賛美よりも嬉しかった。

 

 奏は私にとって憧れで、理想で──とても大切な存在だった。

 

 けれど……いや、だからこそ私は──。

 

「奏、ありがとう。すっごい嬉しい。けどごめん。私、好きな人いるんだ」

「うん、知ってた」

 

 そう言って奏はにこりと笑った。

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