東雲の空に鳴り響く聲は   作:亥露

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それが、束の間だとしても


終わりの宴

「では、鬼姫完全討伐を祝って──」

『かんぱーい!!』

 

 五条先生が立ち上がり号令をかけたと同時に全員グラスを掲げそう叫んだ。

 

 あれから一週間が経った。そしてその一週間、私は本家の方で色々あった。まずは壊れた本殿の修復。そして侵入してきた呪霊の後始末。結界の貼り直し。曰く此処は天元様と言う日本に結界を張り巡らせている人の管轄外とか何とからしい。だから千年前からずうっと代々東雲家当主が結界を張っているらしい。

 

 極秘だからか貼り直すのも時間がかかったし難しかった。結界なんて今迄張ったことも無かったし、そもそもお爺ちゃんの遺した遺書に文字として説明されていただけだから分かる筈もない。その上まるで江戸時代の文字の如く達筆なのか下手なのかわからない歪んだ線で書かれたのを見た時は今世紀最大の殺意に見舞われた。そしてそれを習得した期間は僅か三日間。死に物狂いだった。恐らく十年分くらいのストレスが溜まっただろう。

 

 そして高専に帰ってきたのがようやっと一週間経った頃だった。しかも寮に着いたのは日が落ちてからで、疲れがピークに達していた私は寮に帰って速攻で死んだ様に寝た。

 

 そして起きたのが次の日の夕方。いくら何でも寝過ぎてしまったと後悔。そして今に至る。

 

 寮の食堂。そこでいろんなご飯や飲み物が並べられ、約一日何も食べて居なかった私の胃はその匂いで悲鳴をあげて居た。作ってくれたおばあちゃんの寮母さんにはもうこれから足を向けて寝れない。

 

「んー! 美味しいー! 生き返るぅ!」

 

 私は口一杯に頬張り舌鼓をうっていた。どれもほっぺが落ちそうな程に美味しい。温かさが全身に染み渡る。

 

 大人達はと言うとこの宴に乗じて酒をガバガバ呑んでいる。然し五条先生は酒が飲めない様でずっと甘いスイーツを食べていた。硝子さん曰く学生時代に失敗したそう。いや、未成年飲酒はダメでしょ。

 

 ……私の分も残しなさいよ。食後に食べるんだから。

 

 スイーツはと言うとチーズケーキにパンケーキ。ショートケーキにクッキーやマカロンなど、まるでパーティーに並べられていそうな程綺麗だった。食べる前に写真を撮りピクシェアにあげたが、盛り付けが最高だったからかすぐに大量のいいねが付いた。恐るべし、可愛さの暴力。

 

「ったく。よくそんな食べんな」

「真希! 当たり前よ、こんなに美味しいんだから」

 

 横に座ってきた真希の言葉に口に入れていたお肉を飲み込みそう言った。

 

 高専に転校してからと言うもの、私は驚く事に凄く食べる様になった。まず今迄朝ご飯を食べずに居ても昼まで保ったが、今では朝ご飯は必須だ。食べずに任務に行ったら文字通り死んでしまう。

 

「……前は兎の餌と思える程の量しか食べれなかったのに……人って変わるもんっすね」

「ちょっと! 兎の餌ってどう言うことよ!」

 

 伏黒くんの言葉に机を叩きながら反論する。伏黒くんは顔を逸らす。それにまた苛立ってしまった。最近本当に生意気になってきたわね、この子。ほんっと彰人にそっくり。

 

 だって兎の餌って。

 なんかさぁ。

 いやじゃん。

 

「あはは、まぁまぁ。絵名、これも食べる?」

「肉じゃが! 美味しそう! ありがとう憂太!」

 

 憂太が渡してきた肉じゃがを頬張る。うん、ほろほろのじゃがいもに味が染みて大変に美味だ。肉もジューシーで体に染み渡る。玉ねぎもインゲンも美味しいし、何より糸蒟蒻も入っている。完璧な風神だ。うんうん、大変美味しい。

 

「絵名」

「いやー。凄く美味しいわね。さっすが寮母さん」

「絵名」

「このじゃがいもなんかは特に!ご飯が進むー!」

「おい無視してんじゃねーぞ。人参も食え人参も」

 

 真希の言葉に私は俯く。そう、肉じゃがに絶対入っているもの……それは人参だ。

 

 人参……それは私が最も忌み嫌う食べ物と言う言葉を使うのも烏滸がましい植物だ。あれを食べている人の気が知れない。あれはもう雑草の領域だ。

 

「ほれ、食べろ」

「ぐぎぎぎぎ……」

 

 真希が無理矢理口に捩じ込もうとするのを私は歯を閉じ抵抗をする。

 

 やめてやめて。そんな毒物を捩じ込むのは。それはもう人の食べるものじゃないのよ。馬が食べる物なのよ。

 

「そんなにダメなのかよ。ガキみてぇだな」

「はぁ!? 誰がガキ……むぐっ!」

 

 パンダくんの発言に反論しようと口を開いたらその隙を狙われて口に人参が入る。口の中に仄かな苦味が充満し、一気に私の顔色が青くなる。然し此処で吐き出すのも勿体無いので諦めて咀嚼をする。

 

 うえぇ……不味い。

 

「おお。食えたじゃねーか。この調子でもう一個」

「ううう……」

 

 真希の優しい言葉に諦めて口に入っていた人参を飲み込み口を開く。次々に入ってくる人参に涙目になりながら、それでも頑張って食べる。

 

「本当に子供みたいっすね」

「絵名、偉いよ! 頑張ったね!」

「憂太ー」

 

 私は伏黒くんの言葉を無視して憂太に泣きつく。あー。癒しだ。

 

「ったく、考えて食えよ」

 

 そう言った真希も口一杯に頬張っていた。

 

「いや、真希も人の事を言えないじゃない。何杯目? それ」

「良いだよ私は。食ってる以上に動くから」

 

 恐らく五杯以上は食べているだろう。

 

 共同風呂で見たことがある。真希の体を。胸がデカいのは勿論。腹筋もヤバかった。割れていた。世はそれをシックスパックと言うのだろうか。然し本当に凄かった。

 

「……やっぱり食べてる物によるのかしら」

「あ? 何の話だ」

「ううん。こっちの話」

 

 私は顔を逸らしながらそう言った。胸に至っては私は小さい訳ではないのだが、何でか負けた気分になってしまう。主にプライドが。

 

「おーいガキども。寿司届いたぞー」

「高菜ー」

 

 沢山のお寿司を両手に日下部先生と棘くんが食堂に入ってくる。出前で頼んでいたらしい。

 

「わぁ、本当だ!」

 

 私は立ち上がりそう叫んだ。お寿司なんてここ数年は食べていなかった。中学生の時に両親に連れて行って貰ったきりだ。どんな味だったか今では思い出せもしない。

 

 棘くんと日下部先生が机に並べて行く。お寿司の匂いにまた胃がなる。

 さっき食べたばかりなのに。恐ろしい、思春期の腹。

 

「すじこー」

「ふふ、お疲れ様、棘くん」

 

 棘くんは私の横に座り、私は労いの言葉をかける。まぁ麓まで歩いて行ったのだから疲れて当然である。

 

「なんか飲む?」

「いくら」

「はいはいお茶ね」

 

 私は紙コップにお茶を注いで棘くんに渡した。棘くんはそれを一気に飲み、すかさず寿司のタッパーを開ける。余程お腹が空いていたのだろうか。

 

「棘くんはお寿司のネタで何が一番好き?」

「しゃけ」

「へー、サーモンか」

「いや何でわかんだよ」

 

 パンダくんは私と棘くんの間から顔を覗かせる。

 

「え? 普通わからない? ねぇ棘くん」

「しゃけしゃけ」

「いや全然わからん」

 

 私と棘くんはお互いに「ねー」と言いながら顔を見合わせる。

 

 全然わからんと言われましても。

 

 ニュアンスでわかるもんだと思うけれど。

 

「ってあー!! 五条先生! チーズケーキ残しといてよね! 私も食べるんだから!」

 

 視界の端でチーズケーキを全部一人で食べようとしていた五条先生を引き留めそう叫んだ。

 

「ふ、絵名。この世は弱肉強食なんだ。弱いやつから喰われて行くんだ」

「いや今食べてんのチーズケーキ!」

 

 私がそう言っても五条先生はやめる気配が一切無し。慌てて私が手を止めようとするも、五条先生は無限を使い抵抗する。子供か。

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

 突然食堂の扉が開き、入ってきたのは──

 

「え!? 奏!?」

 

 そこに立っていたのはいつものジャージ姿の奏だった。此方を申し訳なさそうに覗いている奏はチマっこくて可愛らしい。

 

「ボクらも居るよ!」

「瑞希、まふゆまで……どうしてここに!?」

 

 奏の後ろから瑞希とまふゆがひょっこりと顔を出す。

 

「僕が呼んだんだよ。絵名が喜ぶと思ってね」

 

 そう言って五条先生はフォークをフリフリさせてそう言った。その気遣いが妙に嬉しくもありむず痒くもあり、思わず顔を逸らした。

 

「ふ、ふーん。五条先生にそんな気遣いが出来たなんてね……」

「お、ツンデレ! 僕初めて見たかも」

「絵名って本当に素直じゃないんですよー。可愛いですよねー」

「そこ! 煩い!」

 

 瑞希と五条先生がコソコソと話している所を見て先程迄のむず痒さはどこへやら。一気に殺意が高まる。ツンデレじゃないし。ただ少し素直になれないだけだし。

 

「絵名」

「あ、まふゆ」

 

 私の目の前に来たまふゆはいつもの優等生じゃなく、無表情だった。私は少し気まずくて目を逸らす。恐らくあの遺書はもう見つけられたのだろう。仕方なかったとは言え、あれはやり過ぎだっただろうか。

 

「おかえり」

 

 そう言ってまふゆは──笑った。

 

 心からの笑顔だったと思う。

 

 その笑顔で漸く帰ってきたのだと実感した。実感して、目頭が熱くなった。然し私はそれを堪えて、笑顔で返す。

 

「ただいま」

 

 みんなの元へ、帰ってこれた。それが途轍もなく──嬉しかった。嬉しくて、泣きそうだった。

 

「おーい。絵名。早くしないと五条に全部ケーキ食われるよ」

「え!? ちょっと待って硝子さん!」

「やっほー! 恵くん。元気にしてた?」

「いや先週もあったばかりだろ。ポテトあるけど食うか?」

「食べる食べる!」

「あんたも酒飲むかい?」

「あはは、遠慮しておきます。未成年飲酒は犯罪なので」

「真面目だね。私の若い頃なんてね──」

「あ、狗巻くん。久しぶり」

「しゃけ。いくら、すじこ」

「ご、ごめん。何言ってるかわからない……絵名、通訳出来る?」

「奏が言うんだったら仕方ないわね!」

「明太子……」

『わぁ、美味しそう』

『ミク、私にも見せて』

『ふふ、大所帯ね』

『まぁ、この煩さも偶には良いかもしれないわね』

「はぁ!? ちょ、ミク! それにリンとルカとメイコまで! 出て来ちゃダメでしょ!」

「大丈夫だよ絵名。ここにいる人みんなミク達の事を知ってるから」

「私が寝ている間に一体何が!?」

 

 ワイワイガヤガヤ。

 

 大人達は酒を呑み、子供達はご飯を食べる。ニーゴのみんなだって高専の人と仲良く出来てる。そんな当たり前の光景が、今はとても大切な物に思えた。

 

 まるで、昔に戻ったみたいに。

 

 いや、戻れはしない。失った過去はいつまでも戻らない。傑くんも、雄も、戻ってこない。

 

 この安らぎだって束の間かもしれない。明日にはこの中の誰かがいなくなっているのかもしれない。

 

 だけれどこれから新しく作って行くことは可能なのではないか。昔の模倣でも、レプリカでもない。

 

 私達の青い春。

 

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